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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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33/35

争いはもうたくさん

 道を進んでいると、次第に霧が晴れてきた。

 幻想的な風景だったのに。

 視界が明瞭になると、壊れた世界が目の前に広がった。


 ふと、嘉代ちゃんが刀に手をかけた。


 遠くからエンジン音が近づいてきたからだ。

 敵だろうか。

 ガタガタと異様にやかましい音を立てている。

「待ってくださーい! 世田谷でーす!」

 運転手は大声で叫んでいる。

 どうやってここを特定したのだろうか……。


 バイクが目の前で停車した。後ろにはリヤカーをつけている。ガタガタ音を立てていたのはこれだろう。ただし、荷物はない。

「迎えに来ました。マリオネットさんが、衛星で皆さんを見つけまして」

「助けてくれるの?」

 私の問いに答えたのは、その男性ではなく、イトたんだった。

「そうだよ。なにかあったら協力してって事前に頼んでおいたんだ」

 そして彼らはその依頼に応じてくれた、と。

 なら、私も手を貸さないわけにはいかない。

「ありがとう。世田谷まで運んでくれるの?」

「はい」

「ちょうどよかった。メトロの人たち、世田谷を攻撃しようとしてる。それを知らせに行くところだったの」

「把握してます! その件で、大統領から、プリンセスにご助力願いたいと」

「善意なんかじゃなく、互いに利用し合う関係ってわけね。いいわ。そのほうが信頼できる」


 *


 お尻がとんでもなく痛かったけれど、昼前には世田谷に入国することができた。

 私たちが通されたのは役所の会議室だ。

「お目にかかれて光栄です、プリンセス」

「私もよ、大統領」

 この場にはマリオネット氏もいた。

 彼は細長い指示棒を手に、ホワイトボードに描かれた地図を示した。

「感動的な挨拶はあとだ。敵の部隊が世田谷に迫っている。数は千五百強。みんな武装している。対する世田谷の人口も千五百弱。だが、戦闘可能なのは、そのうち七百もいない。まともにぶつかれば負ける」

 負ける、などと言い切った割りには、表情に不安の色はなかった。

 なにか策を用意してあるのだろう。

 私が質問せずとも、彼は自分からこう続けた。

「そこで、敵の進行ルートにあらかじめ罠をしかけた。玉田氏の考案したガソリンの罠だ。敵が通過しかけたところで作動させ、隊列を中央から焼く」

 想像したくもない作戦だ。

 けれども、こうなってしまった以上、効率的に敵の命を奪うしかない。

 私は特に興味もなかったけれど、会話で気を紛らわせたかった。

「どうやって罠へ誘導するの?」

「バイクを使う。偶然をよそおって敵の集団に遭遇させ、Uターンで逃走させる。すると敵は、そこが世田谷への安全ルートだと考えるだろう。そこを焼く」

「で、考案者の玉田さんはいまどこに?」

「壁の防衛に参加している。指揮官として後ろにいればいいものを」

 玉田さんらしい。

 また撃たれなければいいけど。婚約者の白石さんを哀しませることになるから。

 マリオネット氏は指示棒でボードを叩いた。

「だが、安心はできないぞ。罠だけで全滅させることはできない。大部分は壁まで迫ってくるだろう。戦闘は避けられない。敵は梯子を用意しているし、火炎瓶なども投げ込んでくるかもしれない。ある程度の被害は免れんだろう」

「じゃあ、その戦いは私が担当するわ」

 マリオネット氏が眉をひそめた。

「お前たち四人で?」

「いいえ。一人よ。ぜんぶ私が引き受ける」

 もう躊躇しない。

 空間を大きく切り裂いて、一気に始末してあげる。

 イトたんがしがみついてきた。

「待ってよ! 無茶なことしないで!」

「無茶じゃないわ。私にはそのための力があるの。そのためにしか使えないような力がね。それに、みんなを巻き込みたくないから、イトたんたちは一緒に来ないで欲しい」

 イトたんはなにか言いたげだったけれど、マリオネット氏が遮った。

「おっと、いまはセンチメンタルなやり取りをしてる場合じゃない。正面の敵はお前に任せる。おそらく適任だろうからな。だが、敵は部隊をいくつかに分けるはずだ。側面に回り込んできた連中は、国民で対応する必要がある」

 さすがにそこまでは手が回らない。あまり大きく切り裂くと「救済」が発動してしまうからだ。

 嘉代ちゃんがうなずいた。

「なら、わしゃ側面を守るけぇ。姉さん、あとで会おうや」

「撃たれないように気を付けてね?」

「なに。わしゃ鉄砲玉じゃ。鉄砲なんか怖くない」

 彼女の家は、本当に剣術の道場だったのだろうか。


 私は不安になってイトたんに向き直った。

「危なそうだったらちゃんと止めてあげてね」

「任せて!」

 ぐっと親指を立ててバチバチとウインクをしてくれた。

 ふざけてるけど、イトたんには妙な説得力がある。


 鈴木さんがおずおずと尋ねた。

「あのー、私はどうすれば? 戦うのとかムリなんですけど……」

 すると大統領の島村さんは、優しげな表情でうなずいた。

「なら裏方の仕事をお願いします。炊き出しや怪我人の手当てなど、いろいろすることがありますから」


 *


 戦闘配置についた。

 といっても正面は私ひとり。

 壁の上に立ち、瓦礫の街を眺めている。

 うららかな空気。

 なまぬるいそよ風。

 遠方には霞んだ地平線。

 世界は壊れているのに、すぐそこまで敵が迫っているのに、それでも平和に見える。


 私は、マリオネット氏のくれたヘッドセットに語りかけた。

「あとどのくらい?」

『現在、罠の手前を通過中です。その後の判断次第かと。あ、でももし罠がなければだいたい十分くらいです』

 オペレーターをしているのはアリス。

 声がかわいい。

 これで男の子だというんだから……。

 まあいい。

 姉よりかわいい弟など存在しない。そう考えて生きてきたけれど、いい加減、私も受け入れなければならないのだ。女子よりかわいい男子は存在する。


 しばらくすると『罠にかかりました』と続報が来た。

 映像がないのはなによりだ。

 私は、決して血が見たいわけではない。グロテスクなのも苦手。本当なら、お花とネコとあまいお菓子に囲まれて生きていたい。だけど世界がそれを許さなかった。


 音が近づいてきた。

 ブラスバンドだろうか。

 軍隊が行進するときにやる演奏かもしれない。

 もしこれが戦争でなければ、素直に楽しめたのに。


『敵が三手に別れました。北と南の部隊は警戒してください。東側正面、あと五分で遭遇します』

「了解よ」

 私は穏やかな気持ちで応じた。

 もう始まるのだ。

 そうしたら、全力でやらないといけない。

 手加減をすれば、敵を余計に苦しめることになる。


「全体、止まれ!」

 聞き覚えのある声が響き、男たちが行進を止めた。

 私の眼下に、数百の男たちが整列している。

 先頭には口髭の大佐。

 彼は一人で前へ出た。

「あくまで世田谷に手を貸すというのか……」

「そうよ。恩があるもの」

「我々への恩はない、か」

「あるわ。だから、もし戦いが終わったら、私を殺すためのヒントをあげる。きっと何人かは生き延びるでしょうから」

「……」

 なんとも言えない表情になってしまった。

 彼は部下にうながされ、後ろへさがっていった。

「全体、構え! 戦闘用意! 撃てぇ!」

 誰かの号令で、一斉に同じ動きをする。

 よく訓練のされた兵隊たち。

 でも、何度やっても、私には勝てない。


 私は大きく空間を裂き、彼らの立っている大地ごと切りつけた。パァン、パァンと銃声がする。けれども、体勢を崩した兵士たちは、てんでバラバラの方向へと発砲していた。


「ひるむな! 前進! 撃て! 撃てぇ!」


 哀しいほど無力な大人たち。

 魔女に銃を向けるなんて。

 そんなに血が見たいのなら、自分たちの血を見るがいいわ。


『東側、戦闘が始まりました。北側、遭遇まで一分。南側、遭遇まで二分三十秒です』

 アリスが忙しそうに報告を入れている。


 小さな雲が青空を流れてゆく。

 火薬の炸裂音。

 男たちの怒鳴る声。

 出血して死んでゆく身体。

 歓喜する黒いドロドロの怪物。

 地球は丸い。


 私は壁から飛び降りて、彼らの前に立った。

 怯えた表情。

 私は切り裂く。

 大きく裂きながら、ただ前へ進む。

 人が死ぬ。

 百人、二百人、三百人――。

 そのうちに、彼らは押し合って逃げ始めた。

 ドタドタと靴音がする。

 それに土埃も。


 首相が開戦の署名をしたと言っていた。

 だから彼らは来た。

 そこに意思は働いたのだろうか。自分たちで判断したのだろうか。上が命じてきたからその通りに来ただけなのだろうか。

 もちろん、こんなことを俯瞰できるのは、私に特別な力があるからだ。

 もしなければ、彼らと同じことをしていたかもしれない。

 だから私の問いは不毛なのだ。

 自分ができるからといって、できない人間に、「なぜ?」と尋ねている。

 私は私が嫌い。


 腕や足が、瓦礫にぶら下がっている。

 右も左も死体ばかり。

 生きている人間は、ほとんどいなくなってしまった。


 足を怪我して逃げ遅れたおじさんが、乱れた呼吸でうずくまっていた。武器は手にしていない。きっと逃げる途中で転んで、仲間たちに踏みつけられたのだろう。


「安心して。殺さないから」

「ひっ、ひっ……」

 呼吸なんだか悲鳴なんだか分からない声。

 私は空を見上げた。

 本当に爽快な春の空。

 ピクニックにでも出かけたい気分。

「ひどいわね。仲間たちに踏まれて。だれもあなたを助けなかったのね」

「こ、殺すなら一思いに……」

「殺さないって言ったでしょ? あなたにはお土産をあげる。祝祭グループのシェルターをよく探してみて。あそこには、魔女の能力を封じる機械があるから。それを使えば、私のことなんてちっとも怖くなくなるはずよ」

「えっ? な、なんで……」

 なんで?

 そんなの簡単だ。

 私は自然と笑みを浮かべた。

「だって、悪い魔女がずっと強いままなんて、正しくないでしょ? 物語はハッピーエンドじゃなくちゃ」


 *


 戦いは終わった。

 イトたんも、嘉代ちゃんも、怪我はないみたいだった。玉田さんがまた病院に運ばれたようだけど。


「次郎さん! 死なないで次郎さん!」

「あだだ! 痛い! 痛いってハナちゃん」

 ベッドに寝かされた玉田さんを、白石さんが必死でゆすっていた。本気で心配しているようだけど、たぶん逆効果だ。

 白衣の老人も「やめなさい」と顔をしかめている。

「でも次郎さんが!」

「大丈夫だよハナちゃん。足を撃たれただけだから」

「痛い?」

「痛いけど、動かなければそんなに……。だから君は、できるだけ俺を動かさないで欲しい。いい?」

「うん……」

 婚約者をこんなに哀しませるなんて。

 やっぱり空振りおじさんだ。


 無事を見届けたので、私は声もかけずに病院を出た。

 外では鈴木さんが待っていた。

「どうだった?」

「大丈夫みたい」

「でもあの人たち、病院でイチャイチャしすぎよね」

「私たちもイチャイチャする?」

 そう尋ねると、鈴木さんはあきれたように口を半開きにした。

「あなたって、ときどきとんでもなくバカになるわね」

「なにそれ」

「言葉通りよ」

「でも私が撃たれたら、鈴木さんも泣いてくれるでしょ?」

「私はどうか分からないけど、伊藤さんは泣くんじゃない? あの子、あなたのファンだから」

 おさげ髪をいじっている。

 きっと照れているだけに違いない。


 そのイトたんは、炊き出しのおにぎりを両手につかみ、交互に食べていた。

「働いたあとのご飯は格別だわ。エルたんも食べた?」

「あとで食べるわ」

「急がないとなくなっちゃうよ?」

「口元にお米ついてる」

「チュッてして?」

「ふざけないで」

 ふてぶてしいぶちゃネコね。

 顔を突き出してきてしつこかったので、私はそれを指でとって食べた。

 一粒じゃ味は分からない。


 すると嘉代ちゃんも近づいてきた。手にはおにぎりがひとつ。

「伊藤の姉さん、相変わらずじゃの。それで何個目じゃ?」

「まだ五個目よ。この倍はいけるわ」

「姉さんのせいで地球が温暖化しそうじゃな」

「どういう意味よ!」

 でも、みんな笑顔で楽しそう。

 本当は楽しいわけないけど。

 でも死ぬかもしれない緊張感から解放されて、ようやくほっと一息つけたところなのだ。無邪気に楽しみたい気持ちはあった。


 島村さんが近づいてきた。

「お疲れさまです。皆さんの戦いぶりは、衛星でも拝見させていただきました。おかげで我が国は、被害を最小限にとどめることができたようです。なんと感謝を申し上げればいいやら」

 我ながら桁外れの戦力だったと思う。

 でもたぶん、労働した分は、もうおにぎりで回収したような気もする。

「お互いさまよ、大統領」

「いえ、もしあなたが敵方についていたらと思うと……」

「私は善人じゃないけど、親切にしてくれた人には報いたいと思ってる。だって、よくしてくれた人まで傷つけたら、一人になってしまうもの」

 言いながら、自分でも妙な気分になった。

 一人になってしまう――。

 最初はそんなの覚悟の上だったはず。なのに、仲間ができたら、もう離れられなくなった。それどころか、むかしの友達にまで復縁を迫った。私は必死だった。結局のところ、私は寂しさを克服できなかったのだ。もし「救済」なんてしたら孤独が待ってる。そんな世界には耐えられない。

 島村さんは何度もうなずいた。

「プリンセス、あなたは救国の英雄です。もう魔女とは呼ばせません。我が国は、あなたへ最大限の感謝を捧げます」

「大袈裟よ。それに、魔女って呼ばれるのももう慣れたわ。また遊びに来たときに、受け入れてくれればそれで結構よ」

「もちろんです。いつでも歓迎しますよ」


 世界がどこもこうであったらよかったのに。

 争いはもうたくさん。


(続く)

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