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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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32/35

怪物であること

 もしかするとこれは正解じゃないのかもしれない。

 私の頭がもう少し賢ければ、違う結論に達していたかもしれない。


 けれども、いまの私にはこれが限界だった。

 つまり、暴力で意見を通すのだ。


 大切な人たちが殺されそうになっている。

 だから殺す。

 とても簡単で、くだらない結論だ。


 ほかに解決策が思い浮かばなかった。

 時間もなかった。


「おい、ここは立ち入り禁止だぞ」

「うるさい」

 銃を持っていた男を、私は真っ二つに切り裂いた。

 きっと彼に罪はない。

 ただ仕事をしていただけ。他に選択肢がなかった。

 でも、みんなそう言いながら、他人に暴力を振るっている。

 殺すときも、殺されるときも、それしか言わない。

 役割が、立場が、職業が、人に暴力を促している。だったらその社会自体を破壊しないといけない。社会を破壊しなければ、人は自分で考えようとしない。機械を殺しても私の心は痛まない。


 患者衣に返り血がついてしまった。


 *


 私は殺しながら進んだ。

 軍人たちも異変に気付いて私に襲い掛かって来た。

 でも、まったくの無力。

 話にならない。

 弾丸は私に当たらない。なのに私はすべてを切り裂ける。バカみたいな能力。殺し放題。

 私は恩をあだで返している。

 心苦しい気持ちもないではない。

 けれども、それを凌駕するほどの気持ちに突き動かされている。

 私を怒らせた彼らが悪い。

 それでも誰かが私を責めるなら、こう言い返してやる。

 私にそうさせた世界が悪い。


「止まれーッ! 止まらんかーッ!」

 野太い声が飛び交っている。

 私は構わず殺す。

 首が飛び、腕が飛び、胴が落ちる。

 廊下は血まみれ。

 私も血まみれ。

「こっち来るぞ!」

「おい逃げるな! 戦え!」

「補給急げ!」

 彼らは悪くない。

 命じられるまま戦っているだけ。

 私も悪くない。

 仲間を傷つけられたくないだけ。

「もうムリだ!」

「諦めるな! 撃て!」

「ちくしょう!」

 人間が、人間レベルの戦いをしている。

 でもそんなの無意味。

 私を傷つけることはできない。

 無益。


 私は奥まで進み、一通りの男たちを殺害した。

 駅のホームや線路が血液でびしゃびしゃ。

 その血液がもうもうと蒸発して、すさまじい悪臭になっている。まるで人間の体臭を煮込んだスープをぶちまけたみたい。

 私は猟奇殺人鬼にでもなったみたいだった。

 でも私は好きで戦ってるわけじゃない。

 こうすることしかできないから、しているだけだ。

 もしここの上層部が優しい人たちだったなら、こうはならなかっただろう。


 そう。

 そこに優しさが示されたならば……。


 メガホンで声が響いた。

『止まれ! 止まりなさい! 大佐が交渉に応じる! 我々は争いを望まない!』

 姿が見えない。きっと物陰から叫んでいるのだろう。

 それにしても、「争いを望まない」だなんてよく言えたこと。なにもかも暴力で解決してきたくせに。いざ自分たちが劣勢になると、簡単に意見をひっくり返す。

 私は少し笑ってしまった。

「私になにか得があるの?」

『大佐は、人間らしく話し合いたいとおっしゃっている! 君にもなにか要求があるはずだ! 我々はそれを知りたい!』

「いいわ。ただし、少しでも怪しい動きを見せたらその瞬間に殺す。それでもいい?」

 見えやすいようにホールドアップした。

 手なんて使わなくても殺せてしまうから、このポーズにはあまり意味がないんだけど。

『その条件で構わない! いまから大佐が向かう! あくまで交渉だ! 暴力は慎むように!』

「一人で来てね。こっちも一人なんだから」


 すると約束通り、一人で来た。

 口髭のダンディなおじさま。

 制服姿が決まっている。これで顔が青ざめていなければカッコもついたんだろうけど。

「大佐の柿崎だ。事態を収束させたい。君の希望はなんだ?」

 私は少しイラっとしてしまった。

「希望? それはもうとっくに告げたわ。二秒で拒否されたけど」

「私にも教えてくれ」

「あなたならオーケーしてくれるの? さっきはダメだったのに、いまならオーケーになる理由はなに? 私の主張が正しいからではなく、ただ自分が助かりたいから意見を変えるのよね?」

「どう思われても構わない。ただ、要望を知らなければ、こちらも応じようがない」

 そうね。

 きっとあなたたちはそうなんだわ。

 暴力で引き裂かれなければ、意見を変えられない人種。

「私ね、戦争をやめて欲しいってお願いしたの。そしたらダメだって言われちゃった」

「戦争? 世田谷の件か?」

「そう」

 もちろん私はワガママを言っている。

 彼らが戦争好きだったおかげで、救済グループが壊滅し、私も救われたのに。

 だから一番都合のいいことを言っているのはこの私。これは人に救われたペットが、飼い主の手を噛んでいるようなものだ。でも、ペットにもペットの「気持ち」がある。

 彼は苦虫を噛み潰すような顔になった。

「それは……私の一存では決められない。だが待て。議題にあげることはできる。早まった行動はしないで欲しい」

「いいの。もう諦めたから。それに、今回辞めたところで、どうせあとでまたやりたくなるでしょ? 力を持っていると、周りのみんなをコントロールしたくて仕方ないものね。私、そういうのよく分かるわ。殺そうと思えば殺せちゃうのに、我慢しないといけないんだもの」

「落ち着いて話をしよう」

 彼の言葉は、いちいちストレスだった。

 もちろん「落ち着け」と言われて「私は落ち着いてる!」なんてキレちゃうのは定番だけど。いま私が抱いているのは、そういう中学生レベルの反骨ではない。

 もっと幼稚な感情。

 イラついたから痛めつけたいというだけの、動物みたいな衝動。

 ただの万能感だ。

「分かったわ。落ち着く」

 気持ちとは裏腹の返事をすると、彼はほっとした表情になった。

「助かる。うー、君の要望は把握した。最大限尊重したい。法と秩序のために」

「法と秩序……」

「我々とて、決して争いを好んでいるわけではないのだ。すべては法と秩序をあまねく広めるための活動。志は君と一緒だ」

「そう……」


 一緒なわけがない。

 なぜなら私はワガママで、ふざけた力を持っていて、魔女で、気に食わないヤツを黙らせたいだけで、自分の好きな人たちだけ助けようとしているのだ。もしそれと志が一緒なのだとしたら、そんな危険なヤツとは手を組めない。自分のことだからなんとか許せているだけで、もし他人だったら決して許せないだろう。

 私は善人じゃない。

 救済者でもない。

 私利私欲のかたまり。

 足りない頭脳に、暴力だけが搭載された怪物。


 大佐は必死で説得を続けていた。

「つまり、分かり合えるのだ。互いに争う必要はない。本来は君も平和主義者だろう? 手を取り合おうじゃないか? な?」

 まあいい。校長先生の演説ほど長くもないし。

 私は溜め息のような深呼吸をしてから、こう応じた。

「要望、もうひとつあったわ。私の仲間がどこかに閉じ込められてるの。そこへ案内して? もし少しでも傷つけたら、ここの住民をみんな殺す」

「わ、分かった。案内する」


 *


 かくして私は、「ごく平和的に」仲間たちと再会できた。

「エルたん! エルたんだ! やった! 生きてた!」

 ドアが開いた瞬間、イトたんが抱きついてきた。

 血で汚れているのに。

 嘉代ちゃんも来た。

「姉さん、すまんの。わしが不甲斐ないばかりに」

「いいのよ。みんなが無事でよかった」


 すると鈴木さんも来た。

「あなた、ホント滅茶苦茶よね。かなり引くわ」

「嫌いになった?」

「まさか。その逆よ。私の騎士ナイトさまだもの」

「それはアイに言って」

 こんな皮肉を言い合えるのもいまは嬉しい。

 もし死んでいたら、皮肉さえ言えないんだから。


 大佐が咳払いをした。

「で、次は……」

「もういいわ。私たち、ここを出るから。言っておくけど、追ってこないでね。もし追ってきたら、みんな殺してしまうから」

「ぐむ……承知した……」

 まったく納得していない顔。

 彼らにしても、助けた魔女が街を破壊するとは思っていなかったろう。私の存在は災厄でしかない。


 けれども私は、自分を責めるつもりにはなれなかった。

 この世界は、誰か一人の意見だけでは動いていない。

 たとえば今回のように、私だけがいい子でいたところでどうにもならないケースがある。そういうときは相手に譲歩してもらうしかない。

 なのに彼らは譲歩しなかった。

 衝突は必然。

 結果は強いほうが勝つ。

 それは原始時代からずっと同じだったし、いまに至るまで誰にも解決できていない問題だ。

 私に解決できるわけがない。

 経験豊富な大人たちでさえこんなザマなのだ。

 私は失望していた。人類に、世界に、自分自身に。

 だから、自分が怪物であることを受け入れた。

 楽になるために。

 我慢するのがバカらしくなった。


 *


 外へ出ると、私はまっさきに出入口を破壊した。

 後ろから追ってこられないように。

 看板によると、ここは茅場町らしい。


 瓦礫の街を、美しい夕日が照らしていた。

 もう春だろうか。

 だいぶあたたかい。


 没収されていたみんなの荷物も取り戻した。

 中には私のウサギもあった。耳がついている。鈴木さんがつけてくれたらしい。私のかわいいウサギ。

「鈴木さん、ありがとね」

「えっ?」

「ウサギ」

「ああ、そんなこと。べつに。約束してたし」

 照れておさげ髪をいじり始めた。

 素直じゃないんだから。


 イトたんが不安そうな顔で近づいてきた。

「このあとどうするの?」

「メトロの人たち、世田谷を攻撃するって言ってた。やめてって言ったけど、たぶんやると思う。早く知らせないと」

「マジかぁ。じゃあ急がないと」

「どっちだっけ?」

「西!」

 太陽の沈むほうだ。


 そういえば昔、アイと一緒に夕日を追いかけたことがあった。

 地球が丸いということは知識として知っていたし、永遠に追いつけないということも分かっていたのに。

 それでも、どうしても追いかけたかった。

 もし追いつけたなら、それはきっと特別なことだと思ったから。

 でも結局は追いつけず、迷子になって終わった。

 暗くなったころ、親がスマホのGPSで見つけてくれた。かなり怒られた気がする。


 *


 たぶん追っ手はいると思う。

 私たちが世田谷を目指すのもバレバレのはず。

 でも遭遇はしなかった。

 出入口は封鎖したし、どんなルートを通るかは特定されていないはずだから、鉢合わせするかどうかは運次第だった。


 日が暮れてきたので、私たちは奥まった場所で一泊することにした。

 焚き火はしない。

 敵に居場所を教えることになってしまうから。

 少し肌寒かったけれど、みんなで体を寄せ合ってなんとかしのいだ。

 水と食料はイトたんのバッグに少しだけ残っていた。足りないけれど、我慢するしかない。


 *


 夢を見た。

 広い道路にたたずんでいる私。

 アイは黒く裂けた空を見上げている。

 足元にはウサギ。こっちのウサギは、まだ耳がひとつしかない。


 私はアイの顔を覗き込んだ。

「なに見てるの?」

「空だよ」

 無邪気な笑顔。

 私とそっくりなはずなのに、似ていない顔。

「空になにがあるの?」

「宇宙」

「あれは宇宙じゃないよ」

「宇宙だよ」

「違う。虚無だよ。中に怪物がいるの」

「うん」

 そんなことはアイだって知っている。

 するとウサギがこちらを見上げた。

「怪物じゃないよ、エルちゃん」

 つぶらな瞳。

 あとでいっぱい押しつぶしてあげる。

「怪物だよ」

「そんなこと言ったら可哀相だよ」

「じゃあなに? 人間だとでも言うの? 私に優しくしてくれないのなら、どちらにしろ怪物よ」

「それは自分勝手だよ」

「そうよ。私は自分勝手なの。ワガママで、なんでも暴力で解決しちゃう。ひどい女でしょ?」

「ひどいよ」

 でも、誰も私を止めることができない。

 私が自分で止めるしかない。

 そう。

 一番の怪物は、この私なのだ。

「ね、バニラ。私のこと怪物だと思う?」

「えー? エルちゃんはエルちゃんだよ!」

「能天気なウサギ。あなたのそういうところ好きよ」

「ホント? 私もエルちゃんのこと大好き!」

 愛嬌を振りまくしか能のないウサギ。

 本当にかわいいわ。


 私は棒立ちの弟に向き直った。

「アイはどう思うの? 私って怪物?」

 彼はほほえんだままうなずいた。

「うん。怪物だと思う」

「なら、そのうち誰かに退治されるわね」

「僕がそうされたみたいに?」

「そうよ」


 私は不死身じゃない。

 空間を切り裂いて生き延びているだけ。

 後ろから撃たれたら普通に死ぬ。寝ているところを襲われた場合も同じ。か弱い少女。少女って歳でもないけど。


 *


 寒さで目をさました。

 あたりは霞で白くなっている。

 子供のころ、こういう日に登校するとテンションがあがったものだ。特別な一日という感じがした。

 でもいまは寒いだけ。視界が悪いのも困る。

 おなかがすいた。

 なのに食べ物がない。

 早く世田谷に行かなくちゃ。

 今日中にはつけるはず。


「ん? エルたん、もう起きたの?」

 イトたんがもぞもぞと起き出した。

「寒くて目が覚めちゃった」

「ホント寒いねぇ。しかも霧が出てる」

 ふたりで真っ白な世界を見つめた。

 なんだか、仲のいい友達同士でキャンプに来たみたい。


 いつまでもこうしてぼうっと生きていたい。

 そのためには、戦って勝たなくては。

 メトロの人たちは、きっと世田谷を攻撃する。

 私はそれを壊滅させる。

 平和のためじゃない。

 世界を、自分の望んだ通りにしたいから。

 それだけだ。


(続く)

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