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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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31/35

確信させるのに十分

 私は「体調が優れない」とかなんとか言いながら、結論を先送りにしていた。

 「結論」というのは、つまりはこういうことだ。


A、日本メトロ帝国に手を貸し、世田谷の壁を壊す

B、日本メトロ帝国と手を切り、世田谷を守る

C、人類を救済し、もう二度と争えないようにする

D、新たな人格になり切って、この問題を考えないことにする


 本当はDがいい。

 私の知らないところで勝手に始まって、勝手に終わって欲しい。これが理想だ。私は参加したくない。そのせいで誰かが傷つくかもしれないけれど、知らないところでやられたことならば、私はその事実を知らずに済む。

 でも、私には意図して人格を変更することはできない。

 こういうときに限って私は私のままだ。


 選択肢Aは絶対に選びたくない。

 となると、BかCを選ばざるをえない。

 Cは取り返しがつかない。

 いや、どの選択肢も、取り返しがつかないのは同じだ。規模の違いはあれど。


 まずはBだろう。

 ここを抜け出して世田谷の人たちを助けなければ。

 もしどうしてもダメだったら、みんなを救済せざるをえなくなる。


 でも……。


「そろそろ答えを聞かせてもらおうか」

 少佐が今日もやってきた。

 厳しい表情をしている。だけでなく、後ろに二人も部下を連れている。山口さんも少しおびえている。

 少佐は私の返事も待たず、こう続けた。

「少尉待遇でも不服、ということならば仕方がない。ボーナスをつける。山口上級市民、君には親しくしていた友人がいたな? 彼を下級市民から上級市民へと引き上げてもいい」

 山口さんの表情が変わった。

「ホントですか!? あ、でも……選ぶのは灰田さんよね……」


 やり方が汚い。

 本当に。

 腹が立つ。

 なんでこんな条件を出してくるんだ。


 大事な人と、大事な人を、天秤にかけさせるなんて。


 私は率直に告げた。

「世田谷には、お世話になった人たちがいるの。攻撃したくない」

 少佐は片眉をつりあげた。

「まあそうだろうな。そうでもなければ、ここまで渋る理由もない。それで? お世話になった人たちというのは、彼女たちのことかな?」

「えっ?」

 差し出されたタブレットには、動画が映し出されていた。

 イトたんがドアをドンドン叩いて「出しなさいよ!」と叫んでいる。隣には、うるさそうな顔の鈴木さんと、じっと座っている嘉代ちゃん。

 頭がまっしろになった。

 きっと私を助けようとして駆けつけてくれたのだ。なのにこの人たちに捕まってしまった。

「なんで……」

「祝祭グループのシェルターに、武装して乗り込んできたところを保護した。もちろん手荒なマネはしていない。彼女たちにはこのあと適性検査を受けてもらい、国民として受け入れる予定だ」

「でも、それは……」

「そう。下級市民になる可能性もあるな。だが君の功績次第では、便宜を図っても構わない。これは例外ではない。きちんと明文化されたルールだ」

「できれば世田谷の人たちも助けて欲しいの……」

「ムリを言うな。我々がしているのは戦争なのだ。救えるのは、降伏勧告に応じた敵だけだ」


 玉田さん、白石さん、マリオネット氏、アリス、大統領夫妻……。いろんな人があそこに住んでる。

 全員を救う方法は、救済しかない。

 どうして世界はそちらへ行ってしまうのだろう。

 争わないで欲しい。

 生きて欲しい。

 私の願いはそれだけなのに。

 贅沢なことを言っているだろうか。


「戦争以外の方法はないの?」

「それを決めるのは君ではない。首相はすでに開戦の署名をした。あとは軍がどう動くかだけだ」

「意味がない……」

「それ以上は侮辱罪になるぞ」

「だったらなによ?」

 どうしても戦いたいなら、私はそれでもいい。

 いますぐ仕掛ければ、ここの軍人をみんな殺して、イトたんたちを救い出すこともできる。そしたら世田谷にいって、みんなと一緒に戦うんだ。

 少佐は溜め息をついた。

「地上の過酷さは、君もその目で見てきたはずだ。法も秩序もない粗暴な世界だ。弱者は徹底的に搾取され、最低限の権利さえ保証されない。君も監禁されて、再起不能にされる直前だっただろう?」

「……」

「我々はこの日本に、法と秩序を取り戻したい。そのためには、各人が好き勝手にやっていてはダメなのだ。ひとつの旗のもと、ひとつのルールで、みんなが暮らす。それこそが人間の社会性というものだ。君の理想とは違うかもしれない。だが、ここから始めるしかないのだ。我々人類の文明は、少なくとも原始時代まで退化してしまったのだからな」

 そして退化させたのは私。

 正確には弟だけど。

 いまは原始時代。だから日本史を最初からやり直して、また現代レベルまでもっていかなくてはならないのだろう。そのためには、少佐の言う通り、こういう方法も必要なのかもしれない。

 でも……。

 でも……。

 でも……。


 少佐は腰を上げた。

「いちど出直す。だが、夜までには回答を用意しておいてくれ。もし君が参加を拒んだ場合でも、作戦事態は中止されない」

 それだけ言い残し、彼は部下を引き連れて退室した。


 山口さんはそわそわしている。

 私に参加を促したいのかもしれない。

 でも、そうしてこない。

 私のことを気づかってくれている。素敵な人だ、本当に。私はこの人を哀しませたくない。


 できれば別の人格に判断を委ねたいところだけれど、いまその兆候はない。

 私が決断するしかない。


「ね、山口さん。外の景色が見たい」

「え、いまから? 外出許可を取らないと……」

「じゃあどこか人のいないところへ行きたい」

「ここじゃダメなの?」

 不審そうな顔をしている。

 ムリもない。

 私から見ても挙動不審だ。

「魔法を試したいの」

「ダメよ。勝手にそんなことしたら……」

「お願い。どうしても大事なことなの」

「……」


 *


 車椅子を押してもらって小ホールへ移動した。

 イベントに使われるスペースだ。

 いまは誰もいない。


「本当は勝手に入っちゃダメなんだから」

「ありがとう。危ないかもしれないから、山口さんは離れてて」

「危ないことするの?」

「離れてれば平気だから」


 山口さんが離れたのを確認して、私は魔法で空間を裂いた。

 まずは小さな黒い裂け目。その闇をぐっと広げる。

 大きく、大きく。

 私の体が入りそうなほどのサイズになった。

 奥ではドロドロの怪物がなにかを歌っている。

 でも、この程度の穴じゃ怪物は出てこない。大空を切り裂くほどの大きさでなければ。


 私は呼びかけた。

「こんにちは、黒いの。私は灰田エルザ。少しお話ししましょう?」

 黒い空間の中で、大きなドロドロのうごめくのが見えた。

 どこかに目もついているのかもしれない。

 歌のような唸り声が、ぐわんぐわんと反響している。

 山口さんがきょとんとしているところをみると、私にしか聞こえない声なのかもしれない。

「あなた、お喋りはできる? お名前は?」

 すると、なにかもごもご言っているのが聞こえてきた。

 ああ。

 分かった。

 言葉が通じていないのではない。取り込まれたみんなが一斉に返事をしていたのだ。そのせいで、なにを言っているのか分からなくなっている。

 もちろん取り込まれているのは日本人だけじゃないから、本当に言葉が通じていない人もいるだろう。でも、通じていても聞き取れないのだ。

 音では分からない。

 けれども、雰囲気だけは理解できそうな気がした。気持ちが伝わってくる。

「あなたは誰なの? 神さま? それとも悪魔?」

 また返事が来た。

 聞き取れないけれど、言ってることはみんな同じだと思う。

 答えは「人間」だ。

 私は思わず笑った。

「人間、ね……。そんなカッコになってもまだそう信じてるの? 滑稽だわ」

 返事はない。

 怪物の興味は、私ではなく、こちらの世界そのものへ向けられていた。外へ出たいのだろう。でも、彼は出ることができない。大きすぎる触手は、その穴からはみ出すことさえできないのだ。

「黒いの、教えて。私は人間同士の戦いをやめさせたいの。そのためには、どうしたらいいと思う?」

 この答えは簡単だ。

 しかも熱狂を持って迎えられた。


 救済! 救済! 救済! 救済! 救済!


 怪物は仲間を欲している。

 もっとたくさんの人たちと混ざり合うために。

 その理由は「愛」や「慈悲」などではない。際限なく仲間を増やし続けたいのだ。無心でおやつをむさぼり続ける子供のように。

 肥大化することにしか興味のない醜い怪物。

 私をつかもうとして、穴へぐりぐりと触手を押し付けている。このドロドロの皮膚を切り裂いてやったら、いったいどんな反応をするだろう。


「黒いの、あなたには失望したわ。もう話すこともないでしょう。さようなら」

 まだ話し足りない様子の彼らを無視して、私は穴を閉じた。


 救済――。

 それはウソだ。

 少なくとも私は違うと思う。

 これは単に、怪物にエサをやるだけの行為だ。

 救済なんてただの誤解。

 きっと最初の誰かが「救済」と呼んでしまい、それを聞いた人たちが本気で「救済」と信じ込んでしまったから、妙な伝説になってしまっただけだ。

 いちどある行為に名前がつけられてしまうと、人はそのイメージに引っ張られる。

 事実かどうかは置き去りにされて。

 そして問題を問い直した人間は、異端とされる。


 分かったことはもう一点ある。

 私の力の本質は、救済ではない。

 私に備わっているのは、ただ空間を切り裂く力だけ。

 その空間になぜか怪物が寄生していたから、話がややこしくなってしまったけれど。

 私の能力と救済は、関係がない。


 たぶん。

 ただの直感だけれど。

 でもあの生き物の愚かさは、私にそう確信させるのに十分だった。


 私は車椅子の手すりにつかまり、勢いをつけて立ち上がった。

「帰りましょ、山口さん」

「ええっ? 歩けたの?」

「おかげさまで。もう平気よ」

「もーっ」


 *


 夜、少佐が病室へやってきた。

「答えを聞こう」

 また部下を二人も連れている。

 どちらも背の高い屈強そうな男たち。

 きっと威圧のつもりなんだろう。

 私は椅子に腰をおろしたままこう応じた。

「ええ、戦うわ」

「観念したか」

「観念というよりは覚悟ね。私、気づいたのよ。私は救済の実行者なんかじゃない。ただの破壊者だって」

「んっ?」


 空間を切り裂いて、三人の命を同時に奪った。

 崩れ落ちる下半身。

 滑り落ちる上半身。

 山口さんは「ひっ」と息をのんで腰を抜かしてしまった。できることなら、そのまま座っていて欲しい。戦いに巻き込みたくない。

「さようなら、山口さん。いままでありがとう」


 さて、仲間たちを救出にいかなくては。

 こんなことなら、先に居場所を確認しておくんだった。


 私は血だまりを踏まないよう、そっと廊下へ出た。


(続く)

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