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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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30/35

選択肢

 翌日、八角晶やづのあきらへの尋問が始まった。

 この人も壁に打ち付けられている。

 でもドクターと違って命乞いはしないし、目つきも鋭いままだ。


 今回は私だけでなく、佐伯少佐も立ち会った。

「八角、今日はゲストをお招きしている。こちらのお嬢さんが誰か分かるな?」

「ふん」

 興味なさそうに顔を背けている。というか壁を睨んでいる。

 少佐は気にしていない。部下に「例のものを」と告げ、クーラーボックスを持ち込ませた。それを八角晶の前において、静かに言葉を続けた。

「この中に、お前の部下の肉片が入っている。これが今日からお前の食事となる」

「……」

 さすがの八角晶も顔をしかめた。

 というか、私も気分が悪くなった。なんでこんなひどいことを思いつくんだろう。

 少佐は凍てついた視線でこう続けた。

「もちろんお嬢さんにも協力してもらうぞ。楽になりたければ質問に答えろ。お前たちの飼い主は誰だ? もう日本政府は存在しないんだ。かばい立てすることもないだろう」

「……」

「まだなにかおそれているのか? となると、それは我々よりも恐ろしい存在ということになるな。だが、そんなものがこの地上に存在するのか?」

「……」

「米軍も機能していないぞ。海外も等しく破壊されている。ならば、それは誰だ? 町田の『虹蛇会こうだかい』か?」

 すると八角晶は、苦々しい表情でようやく返事をした。

「あんなチンピラ、名前を出すな。不愉快だ」

「そうか、違ったか。だがそうなると、ますます理解に苦しむな。まさかとは思うが、旧政府の生き残りがどこかにいるのか?」

「……」


 きっと違うと思う。

 私が視線を向けると、少佐はさっと後ろへ回り込み、車椅子を少し押してくれた。

 目の前のクーラーボックスが気になって仕方ないけど、少佐に代わって私が脅してやろうと思う。


 八角晶の眼球のすぐそばで、私は空間を裂いた。

 なるべく体を傷つけないように。

「見て、おじさん。中になにが見える?」

「ぐっ……」

 眉間にしわが寄った。

 私の予想通りだ。彼には「見えている」のだ。黒いドロドロの怪物が。

 もう少し大きく開いて、私はこう続けた。

「もしかするとあなたは、人間をおそれてはいないのかもしれない。けれども、これは別だよね?」

「やめろッ! そいつを俺に近づけるなッ!」

「なぜ?」

「なんでもだッ!」

「きちんと説明して。納得できたら閉じてあげるから」

 かなり動揺している。

 彼は中の子の正体を知っているのかもしれない。

「待て! いったん閉じてくれ! 話はそれからだ!」

「それはズルい……」

 でもあまりに必死だったから、私は一度それを閉じてあげた。

 おじさんはゼーハーと必死で呼吸を繰り返している。まるで溺れていたみたいに。

 呼吸が少し落ち着いたタイミングで私は尋ねた。

「じゃ、約束通り説明して」

「クソ。なぜお前のようなガキが……」

「ガキ? 減点、一。ポイントが十溜まったらまたさっきのやるから。なぜそんなにおびえるのか説明して」

 でも十は優しすぎるかも。仏さまでも三度しか許さないのに。

 八角晶は盛大な溜め息をついた。

「分かった。話す。といっても、なかば推測に過ぎねぇがな。まず、お前が好き放題に開け閉めしてる空間。それは虚無だ。天国でも地獄でもねぇ。もちろん死後の世界でもねぇ」

「あの怪物は?」

「救済の実行者だよ。虚無に入り込んだ人間は、あいつに喰われる。で、口の中で、飴玉みてぇに転がされる。精神がドロドロに溶け合ってひとつになるんだ。苦痛はねぇらしい」

「それが救済の真実?」

 考えただけでゾッとする。

 そんなものが救済なら、私は救済されなくていい。

 彼もふんと鼻で笑った。

「不快な話だろ? 俺だってゴメンだ。だが、お前の能力で強制的に放り込まれた人間には、選択肢なんてねぇからな。受け入れるしかねぇのさ」

「つまりあなたは、救済が怖くておびえていたの?」

「いいや」

 意味不明。

 だったら、さっきの態度はなんだったというのか。

「最初の質問に戻るわね。結局のところ、あなたはなににおびえていたの?」

「まだ分からねぇのか? あの怪物は、一個の生き物ってワケじゃねぇ。これまで救済された人間たちの総体だ。つまり、俺の雇用主もそこに含まれてんだ。お前が空間を開くと、そいつらと目が合う」

「なら丁度いいじゃない。ちゃんと挨拶したら?」

「てめぇ……」

 失礼な態度。

 減点、一。

「目が合うと、なにか不都合でもあるの?」

「言っただろ。雇用主に見られるんだ。もし俺の無様な姿を見せれば、取り込まれてから拒絶される可能性がある。すると怪物は糞としてその個体を輩出する。結果、虚無を永遠にさまようことになる」

「あなたにお似合いじゃない」

「……」

 不快そうだったが、反論はしてこなかった。

 私の機嫌を損ねて空間を開かれるのがイヤだったのだろう。


 少佐が隣に立った。

「八角、お前、やけに詳しいじゃないか。どこでその情報を手に入れた?」

「俺も能力者だったんだよ。若いころな。だが、いつのころからか能力が効かなくなってな」

「それで他人の能力を金で買い叩き、ビジネスに使ったというわけか」

「俺が個人で始めたと思うか?」

「では支援者が?」

「とある資産家とだけ言っておく。そいつが元能力者を集めてサロンをやっていてな。俺もそこに参加した。ずいぶん研究してたみたいだぜ。ま、人類の未来を左右する能力だからな。情報もナシに金をぶっ込むのは不安だったんだろ」

「過去にも実行されたのか?」

「まさか。もし他人を救済すれば、最後は自分だけが残されるんだぞ? やらねぇよ、誰も。騙されたバカ以外はな」

 弟をバカにした。

 減点、一。


 少佐は溜め息をついた。

「なあ、八角。取引しないか?」

「あ?」

「お前の処刑は、下級市民による『争奪戦』を予定していた。お前を景品として生きたままアリーナに放り込み、もぎ取った肉の量で報酬を与えるゲーム形式だ。楽には死ねない」

「……」

 獣のようなうなり声が出た。

 いくら敵同士とはいえ、あまりに残酷すぎる。

 少佐は表情ひとつ変えずこう続けた。

「だがもし素直に質問に答えれば、公開の銃殺刑にしてやってもいい。もちろんプロがやる。一発で死ねるぞ。それに、食事も下級市民と同じものを提供する」

「こっちに選択肢があるとは思えねぇが」

「その通り。お前の場合、救済されたところで虚無へと排出されかねない。普通に死にたいはずだ。答えろ。お前たちを管轄していた政府機関の名前は?」

「特別防災庁だ」

 吐き捨てるように答えが出た。

 少佐はしかし笑みを見せず、目を細めた。

「部下に調べさせる。事実を確認でき次第、お前の処遇をあらためる。我々は、法と秩序を軽視しない」

「クソが……」

 これで少佐の用件は片付いたことになる。

 けれども、私の疑問はまだ解消していない。

「ねえ、教えて。死んだ人間は、虚無にはいかないの?」

「さっきも言っただろ。あれは死後の世界じゃねぇ。中の連中はまだ生きてんだよ。日本政府も、米軍も。だからおそれてる」

 彼らはすでに救済されているから、同じくあとから救済されるはずだった八角晶も、事実を言うに言えなかったということか。もし心証を損ねれば、糞として排出されるおそれがある。

 だが、死ぬのであれば、虚無には行かない。

 それは彼にとって一番マシな結果かもしれない。


 *


 三日後、地下広場にてイベントが開催された。

 おもな出し物は、ドクターの公開処刑と、八角晶の「争奪戦」だ。


 少佐は約束を守らなかった。

 日本メトロ帝国の法と秩序は、つまりはその程度のものだったということだ。


 会場は熱気に包まれていた。

 下級市民がアリーナと呼ばれるエリアに集められ、私たち上級市民は一段高い観覧席からそれを眺めた。

 両手を縛られた八角晶が、制服の男たちに連れられて姿を現した。

 頭蓋骨に皮を張り付けただけのような、虚ろな表情だ。

 ボロボロの服を着た下級市民たちは、興奮した様子でスタートの合図を待ちわびていた。

 制服の男たちが退場し、八角晶が残された。


 激しい音楽がかかり、アナウンサーが熱狂をあおった。

 歓声。

 怒号。

 悲鳴。


 下級市民たちは、道具も使わず八角晶の解体を始めた。

 乱暴というほかなかった。

 床へ叩きつけ、へし折り、ねじ切ろうとする。力づくで引っ張り合う。白熱して互いにケンカするものまでいる。


 死体に群がるカラスにだって、ある種の優雅さはあったと思う。

 こんなことは、人間のすることでない。

 到底、なにひとつ、擁護できそうにない。


 *


 医務室へ戻った私は、青白い顔の山口さんから話を聞かされた。

 ああいった「争奪戦」は、しばしば主催されているという話だった。

「争奪戦ではね、いつもはガラス片をバラ撒くの。ダイヤだとウソをついてね。みんな手を血だらけにして集めるわ。ただのガラス片でも、集めたら上はお金に交換してくれるから。それで必死になって集めるのよ」

「なんでそんなこと……」

「知らない。上はガス抜きのつもりでやってるのかもしれないけど。悪趣味よ」

 人の命で遊んでいるとしか思えない。

 あまりに気分が優れなくて、食事も喉を通らなかった。


 横になっていると、少佐がやってきた。

「失礼する。灰田上級市民、体調はどうだ?」

 どうだ?

 いったい、そっちこそどういうつもりなのだろうか。

「まあまあよ。でも今日はダメね。イヤなもの見ちゃったから」

「気の毒だったな。ところで君に相談があるんだが、少し聞いてくれるか?」

 それは拒否できるんだろうか?

 彼はこちらの返事も待たずに椅子へ腰をおろし、言葉を続けた。

「世田谷に集落がある。壁に囲まれた要塞でな。降伏勧告にも応じないから、戦闘になるのは時間の問題だ。そこで、君には壁の破壊を依頼したい。例の能力を使えば、壁を切り裂くくらいは余裕だろう。もちろん護衛はつける。身の安全も保障しよう。どうかな?」


 なんでこうなるんだろう。

 ここの人たちは、私を助けてくれた。

 でも、戦争に手を貸したら、世田谷の人たちが奴隷にされてしまう。もしかすると、イトたんたちのことも巻き込んでしまうかもしれない。

 絶対に手を貸したくない。

 でも……。


 私が返事を渋っていると、彼は小さく「ふむ」とうなった。

「そうだな。民間人のまま戦場に出るのもおかしな話だ。では、軍人としての階級を与えよう。それではどうかな? まずは少尉だ。尉官だぞ? 不服かね?」

 階級なんてよく分からないもの、もらったって嬉しくない。

 私は人を傷つけるのが怖くなっている。

 戦えば勝つ。

 でも、だからなんだというのか。

 人が死ぬと、誰かが哀しむ。だったら最初から戦わなければいい。なんでそんな簡単なことができないのか。

 死んでしまった人間は、生き返らないのに。


 もし人間がいつまでも闘争を続けるというのなら、私にも考えがある。

 救済だ。

 みんなを一つにしてしまうのだ。

 そうしたら彼らは、もう、二度と、戦うことができなくなる。傷つけあう身体もなくなる。

 これは救済だ。

 真の意味での救済だ。


「答えは急がなくていい。だが、国民としての務めは果たしてくれたまえ。我々は法と秩序を軽視しない」

「うん……」

 彼らが自分たちの法と秩序を一方的に押し付けてくるなら、私にだって同じことをする権利があるはずだ。


(続く)

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