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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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3/35

簡単に死んじゃう

 けれども僕は海を見る前に、もっと醜いものと遭遇してしまった。

「アレじゃね?」

「お、マジだ」

 瓦礫の街を歩いていると、銃を持ったスーツの男たちとばったり出会った。

 おじさんの同業者だろうか。

 たぶんどちらも二十代中盤。

 ニヤニヤ笑っている。

「オメーだろ、エルってのは? カワイイ顔してんな」

「なんか人形持ってんぞ。メンヘラかよ」

 ふたりともなんの遠慮もなく銃を向けてきた。


 僕が言い返そうとすると、おじさんが前に出た。

「いやいや、ちょっと待った。銃はマズいぜ。生きたまま連れて帰んなきゃさ」

「あ? なんだテメー? おっさんはすっこんでろよ」

「あいたっ」

 革靴で足を蹴られ、その場にうずくまってしまった。

 弱すぎる。


 男たちは僕に近づいてきた。

「姉ちゃん、一緒に来てくれるよな? 来ねーとパーンだかんな?」

 金髪の男が銃をゆらゆらさせながら挑発。

「近づかないで。僕は姉さんじゃない。弟のアイだよ」

「弟? そんな言い逃れ、通用すると思ってんのかよ? どっからどう見ても女だろテメーはよ。あんまグダグダ言ってっとヤッちまうぞ? あ?」

 せっかく新しい服に着替えたのに、返り血で汚れてしまう。

 こいつらが礼儀をわきまえないせいで。

 すると黒髪ピアスの男が、目を細めた。

「あー、でもこいつ、なんか特殊能力あんだっけ?」

「じゃあ腕でもイっとくか」

 この人たちも、お金のために人に悪いことをするヤツらなんだ。

 銃口の奥の闇溜まりが、空間の裂け目みたいに見えた。じっと僕を見つめる怪物。まとわりつくような視線。

「殺さなきゃいいんだよな?」

「無傷って言ってなかったっけ?」

「知るかよ」

 金髪の男がトリガーを引こうとした。

 僕は空間を開いて、拳銃ごと男の腕を裂いた。

「あがぁっ!」

 あまり大きく裂かなかったから、腕は落ちなかった。肘までザックリと裂けて、真っ赤なスイカを割ったような見た目になった。

 パァンと音がして、腕に激痛が走った。

「ぎひっ」

 もうひとりの男が拳銃を発砲したのだ。

 いままで受けたことのない鋭い痛みが、体の奥に来た。そんなに深く傷つけなくてもいいのに、なんて思うほどの硬質な痛み。火薬で撃ち出された弾丸は、僕に手加減なんてしてくれない。

 僕は自分の意思に反してへたり込んでいた。

 戦わなきゃいけないのに。

 ピアスの男は血走った目で僕を見ていた。

「特殊能力って、こういうことかよ……バケモンじゃねーか……」


 いろんな記憶がフラッシュバックした。


 僕は怪物じゃない。

 僕は悪魔じゃない。


 以前、僕は姉さんと一緒に闇の正体を探ろうとした。

 そのとき姉さんはなにかに気づいたみたいだった。

 ううん。

 気づいたのは僕のほうだったかもしれない。

 もうなにも思い出せない。


 体に力が入らなかった。

 空間を裂くことができない。

 ワケもなく哀しくなってしまった。


「僕を……殺さないで……」


 このセリフを言ったのは初めてじゃない。

 たぶん。

 僕はいつかも誰かに命乞いをした気がする。


 男は過呼吸気味になっていた。

「黙れよ。テメーを殺さねェと、こっちも危ねんだからよ……」

「僕を殺したらお金が……」

「分かってんだよ、ンなこたァよ! けど、このままじゃ俺が……」

 お金と命を天秤にかけている。

 手はぶるぶると震えている。

 いつトリガーが引かれてもおかしくない。


 パァンと音がした。

 二発。

 ピアスの男と、金髪の男が、糸の切れた人形のように床へ転がった。


 撃ったのはおじさんだった。

 彼はこちらへ近づいてくると、ついでとばかりに男たちへトドメを撃ち込んだ。

「痛むか? 傷が化膿する前に手当てしたほうがいい」

「助けて……」

「薬持ってたよな? 悪いが鞄の中あさらせてもらうぞ」

「うん……」


 信じられないくらい痛い。

 だけど、それ以上に現実味が感じられなかった。

 コンクリートに反射したパァンという発砲音が、いつまでも頭の中で繰り返された。頭が爆発してしまいそうだ。


「消毒液に、包帯か。悪くない。弾は抜けてるよな?」

「痛いよ……」

「悪いが、袖のところ切るぞ。我慢してくれ」

「あぎッ」

 少し動かされただけで、刺すような痛みが肩全体に来た。


 *


 包帯をされて、鎮痛剤を飲んだけれど、それでもずっと痛い。消毒液をかけすぎだと思う。でも、おじさんは震える手で必死に手当てしてくれた。

 いま僕は小さくなってリュックを抱えて座っている。

 おじさんも少し離れたところにいる。

「どっかでちゃんとした治療が受けられりゃいいんだが……」

「いいよ、もう……」

 僕はスニーカーの先端で小石を蹴った。

 それだけの動作で腕が痛む。

 骨は折れてないみたい。だけど、金属片が腕を貫通したのだ。ずっと痛い。姉さんとケンカしたときだって、こんな痛い思いをしたことはない。

 おじさんは溜め息をついた。

「こういう連中が、ほかにもいる。悪いことは言わねぇからよ、俺と一緒に来ねぇか? 組織はあんたを生きたまま欲しがってる。つまり殺すことはねぇってことだ」

「信じられないよ……」

「ま、俺もじつはそう思ってるが……」

 悪いヤツをお金で使っているのだ。

 悪いヤツに決まっている。

 だいたい、そいつらはママの仲間なのだ。また僕を閉じ込めていいように利用するつもりだ。

「下っ端が仕事に失敗したと知ったら、もっとヤバいのが動き出す可能性がある。そしたらなにしてくるか分からんぜ? 遠くから狙撃してくるかもしんねーしな」

「僕、そんなに嫌われてるの?」

「いや、そんなことないさ。だが、まあ、あいつらが善人じゃねーことは確かだ。クソ。生きたまま連れて帰るって約束なのによ……。どういうつもりなんだよ……」

 おじさんは困ったように頭をわしわしした。もともとボサボサだった頭が、もっとボサボサになってしまった。

「おじさんは、なんで僕を助けてくれたの? 僕が死んだらお金にならないから?」

「そうだよ。金のためだよ。たぶんな。だが……。はぁ……。金のためだ」

 だったらあの二人と協力すればよかったのに。

 ウソのヘタクソなおじさんだ。

 この人なら、本当のことを教えてくれるかもしれない。

 僕は思い切って尋ねた。

「ねえ、僕のことどう思う?」

「えっ?」

 目を丸くしてしまった。

「僕の魔法、見たでしょ? 怖い?」

「まあ、そうだな。怖くないと言えばウソになる。けど、俺は別にヤられてないからな。なんだっていいさ。もしそれが銃だろうがなんだろうが、危険なのは、誰かがそれを使って人を傷つけようとしたときだけだ。いや、暴発の可能性があるだけ銃のほうが厄介だろう。え、まさか俺を殺そうなんて思ってないよな?」

「教えない」

「……」

 目をパチクリさせている。

 僕のことを、少しは危ないと思っているみたいだ。

「ウソ。殺さないよ。僕を傷つけようとしない限りはね」

「なら安心だ」


 でも不思議だ。

 もう悪魔が世界を破壊してしまったあとなのに、僕を捕まえてなにをさせるつもりなんだろうか。

 まだ片付いていないものを、片付けさせるつもりだろうか。

 もしすべての街を切り裂いたら、このおじさんのことも巻き込んでしまう。


「ねえ、おじさん。僕の魔法ってね、本当は人を傷つけるためのものじゃないんだ」

「そうなのか? たとえばなにができるんだ?」

「なにも。ただ、『向こう側』にね、誰かいるんだ。誰かっていうか、でっかいドロドロの怪物が」

「怪物?」

「声がするの。でもなにを言ってるかは分からなくて……。こっち側をずっと見てるの。たぶんだけど」

「ほう……」

 要領を得ない顔だ。

 でも、僕も正直よく分かっていない。もしかしたら姉さんだけがなにかを理解していた可能性があるけれど。

 僕はぬいぐるみに問いかけた。

「姉さんはどう思う? あの怪物は、僕たちになにが言いたいんだろ?」

「……」

 もちろん返事はない。

 そして僕は、返事がないことに満足している。

 間違いなく姉さんは死んだ。だから返事がなくて当然。もしなにか聞こえてきたら、そっちのほうが怖い。


 おじさんが立ち上がった。

「なあ、移動したほうがよくないか?」

「動きたくない」

「そうは言っても……」

 死体がふたつ転がっている。

 誰かに見られたら面倒だ。

 近くに仲間もいるかもしれない。


 おじさんは死体を引きずり、ズルズルと物陰へ寄せた。

 見物するカラスが集まっている気がする。

 餌にされてしまうのかもしれない。


 おじさんが戻ってきた。

「包帯や消毒液も、どこかで補給しないとダメだな。どっかに薬局でもありゃいいんだが」

「あのさ、いくら僕によくしても、一緒に行かないからね?」

「いいよ。ただ、このままじゃ感染症になる可能性があるからさ。鞄の抗生物質でなんとかなりゃいいが……」

 キョロキョロしている。

 瓦礫しか見えないのに。


 僕は別に死んだっていい。

 殺されるのは怖いからイヤだけど。

 どうせ生きていても、こんなつまらないことの連続なんだろうから。


「ねえ、おじさんはなんで生きてるの?」

「えっ?」

「だってさ、もう世界は壊れちゃって、楽しいことなんてなにもないんだよ? 虚しくならないの?」

 するとおじさんは乾いた笑いを出した。

「ま、あんたの言う通りだな。虚しいっちゃ虚しいぜ。夢や希望もない。ただ、死ぬのが怖いだけだ。惰性で生きてる。若いころは、いろいろ前向きな理由をつけようと思ったこともあったが……。ただな、ひとつだけハッキリしてんだよ。生きてりゃ死ぬことができるのに、いっぺん死んじまったら生き返ることはできないんだ。こればっかしは取り返しがつかない。だから、生きられる限り生きようって」

「ふぅん」

 一理ある気がする。

 死なない理由としては、まあまあだ。

 やっぱりこのおじさんは口がうまい。

 僕はもっと聞いてみたくなった。

「大事な人を失ったことはある? そのときどう思った?」

「何年か前に、病気で父親が亡くなったな。哀しかったよ。俺の就職をずっと気にしてて。なんで俺はこんな不出来なんだろうって自分を責めたりもした。だが、それだけだ。俺は特に更生もせず、無職のままだった」

「無職だったんだ……」

「社会の野郎が俺から搾取しやがるからよ。世界がもっとバランスってのを取り戻したら働こうと思ってたんだ。ホントだぜ?」

 なんとも言えない顔になってしまった。

 自分の過去に言い訳してるみたい。

 僕は溜め息をついた。

「それで僕を誘拐する仕事についたの? 悪いことするより、無職のままのほうがよかったんじゃない?」

「奇遇だな。俺もいまそう考えてたところだ」

 調子のいいことを言う。


 僕はカラスだらけの空を見上げた。

「僕は姉さんを失ったんだ。ううん。正確には、僕が殺したの」

「えっ……」

「理由は忘れちゃった。なんかね、思い出したくても、ちっとも思い出せないの。つい最近のことなのに。姉さんだけじゃなく、ほかの大人たちもいっぱい殺しちゃった。僕を誘拐して閉じ込めてた大人たち。僕が魔法を使ったら、簡単に死んじゃうんだ」

 さすがに恐怖しただろうか。

 ちらと顔をうかがうと、おじさんは哀しそうな顔をしていた。

「なんでそんな顔をするの?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ。責めるつもりはないんだ。いろいろあったんだな……」

「うん……」

 腕の痛みが薄れてきた。

 傷が治ったわけじゃない。

 心がざわざわして、痛みを感じるどころじゃなくなっていたせいだ。


 姉さんは死んだ。

 ちゃんと見ていたから間違いない。

 僕とよく似た顔をした双子の姉。

 精神を病んで、まともに会話もできなくなって、いきなり笑い出したり、いきなり泣き出したり、とにかくおかしくなっていた。

 ママによくぶたれていた。


 カラスの鳴き声がひどくなってきた。

 耳障りな騒音。

 抜け落ちた黒い羽根が、宙を舞っている。


(続く)

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