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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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29/35

法と秩序

 看護師さんの介護を受けているうち、私は自分が誰なのかを思い出した。

 灰田エルザだ。

 日本メトロ帝国なる組織に保護されている。

 それ以上のことはよく分からないけれど。


 中年の女性が、私の口元を拭ってくれた。

 恥ずかしいことに、半開きの口からよだれが出ていたみたいだ。

「ありがとう」

「えっ?」

「いつもお世話してくれてる山口さん、だよね」

「そう……そうよ! 分かるの? 自分が誰だか分かる?」

「灰田エルザ……。たぶんだけど」

「ちょっと待っててね!」

 すると山口さんは「先生、患者の記憶が回復しました!」と大声で言いながら外へ駆け出した。


 その後、白衣の先生と一緒に、腕章をつけた制服の人も来た。精悍な顔立ちのおじさんだ。少しカッコいいかも。

「君が灰田エルザか……」

「ええ」

 まるで正体を知ってるみたいな口ぶり。

 魔法を警戒しているのか、少し遠巻きにしている。でもその距離なら魔法は届く。やらないけれど。

「ドクターを『尋問』したところ、魔女について教えてくれたよ。君の情報は、魔女の特徴と一致する」

「ええ。その魔女よ」

「つまり君は……超能力を使える、と?」

「私は魔法って呼んでる」

 おじさんは困惑した顔。

 私もうまく説明できる自信がない。

「もし魔法が見たいなら、なにか持ってきて頂戴。真っ二つに切断してあげるから」

「いや、結構」

 そして彼は、白衣の医者へ向き直った。

「いつ退院できる?」

「目立った外傷はありませんから、本人の頑張り次第といったところでしょうな」

 つまりは気持ちの問題というわけだ。

 私は試しに足の指を動かしてみた。なんとか動く。もちろん手の指も。電気ショックを受けていたときは力が入らなかったけれど、いつの間にか治っていたみたいだ。

 私は肩をすくめた。

「今日はムリかも。でも明日なら」

 すると山口さんが心配そうな顔で覗き込んできた。

「焦らなくていいのよ。リハビリしながら治していきましょう」

 なんて優しい人なんだろう。

 私は、こういう人からも平穏な日々を奪ってしまったのだ。


 *


 リハビリはその日のうちから始まった。

 自分で思っている以上に足腰が弱っていたらしく、ほとんど歩けなかった。少し歩いては座り込み、少し歩いては座り込み……。

 でも、寝たきりの状態からは回復できたと思う。

 車椅子で生活することになった。食事は途中で落としてしまうから、山口さんによる介護は継続することになった。


 また腕章の人が来た。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は佐伯。階級は少佐だ。今回は、君の処遇について話しに来た」

「処遇?」

 これから寝るところだったのに。

 でもこの少佐は、こんな時間になるまで私の処遇について会議していたのかもしれない。

 好意的な結果だといいけど。

「まず、適性検査については免除ということになった。君は今日からこの国の一員だ」

 こんなアッサリと受け入れてくれるのか。あの世田谷でさえ私を国民にしてくれなかったのに。

 私がうなずくと、少佐はこう続けた。

「次。現在、我々は八角晶やづのあきらへの『尋問』をおこなっている。君にも協力してもらいたい」

「尋問?」

「安心したまえ。法に則って適切に実行している。我々は法と秩序を軽視しない」

「きっと殺してしまうけど」

「ダメだ。その機会は別の日に与える。いまは粛々と情報を引き出して欲しい」

 私が聞いたからといって喋るような男だろうか。

 暴力がダメなら、色仕掛けとか?

 死んでもゴメンだけど。

「なにが知りたいの?」

「彼の『プロジェクト』について」

「世界の救済でしょ?」

「そこまでは把握している。問題は、そこに莫大な金が絡んでいたという点だ。おそらくは旧日本政府の、なんらかの機関が関わっていたはず。その機関を特定したい」

「私が直接聞けばいいの?」

「そうだ。くれぐれも殺さないように」

「分かった」

 廃人になりかけていた私を、ここまで世話してくれたのだ。少しくらい恩を返しておくべきだろう。殺さない自信はないけれど。

 私はついでとばかりに尋ねた。

「ドクターはどうなったの?」

「まだ生存している」

「少し話をしたいのだけど」

「……」

 あまり信用されていないのか、少佐は表情を渋くした。

 もしくは、会話できるような状態ではないということか。ここでの「法と秩序」とやらは、地上の摂理と大差ないのかもしれない。

 ま、こちらとしても、どうしても話したかったわけじゃない。ちょっと苦情を言ってやりたかっただけだ。食い下がるつもりもない。

「ダメならいいわ」

「いや、検討しておく。夜分に邪魔したな」

 帽子をかぶり直し、彼は行ってしまった。

 初老の紳士といった感じだ。カタブツだけどモテそう。


 山口さんが毛布をかけ直してくれた。

「もう寝る?」

「ううん。その前に、ここのことを少し知っておきたいの」

 運び込まれたまま、状況を把握していない。

 山口さんは「なにが聞きたいの?」と椅子へ腰をおろした。

「なんでもよ。どんな集まりなの?」

「大破壊のあと、地下で生き延びた人たちが作った国家よ。名前の通り帝国主義。周囲の組織を支配下において拡大してるの」

「天下統一でもするつもり?」

「日本復興のためよ。だから例の祝祭グループとも交戦したの。あそことは以前から小競り合いもあって……。降伏勧告に応じなかったから、ついに乗り込んでいったのね。でも、ずいぶん弱ってたみたい。もっとたくさんの負傷者が出ると思ったのに」

 組織はお金をバラ撒いて人を雇っていた。慢性的な人手不足だったのだろう。しかも時間の経過とともに消耗していたようだ。

「山口さんは、最初からここの人?」

「違う。別の小さなコミュニティだった。けど、取り囲まれて降伏したの。私は医療の経験があったから就職できたけど、他の人たちは下級市民にされたわ」

「下級市民って?」

「奴隷よ……」

 哀しそうに溜め息をついた。

「それはなにをする人なの?」

「強制労働よ。線路を回収して、製鉄するの。怪我をしても、まともな治療は受けられない」

「私はこんなによくしてもらってるのに?」

「もしかすると重要な人物かもしれなかったから……。実際、そうだったわけだし」

「じゃあ、奴隷にされてた可能性もあった?」

「でもあなた、見た目がいいから将校さんの愛人になれたかもよ」

「嬉しくないわ。きっと相手を殺しちゃう」

 愛人なんて願い下げだ。

 恋人だって募集してない。

 私は仲間たちと一緒にいられればじゅうぶん。みんなに会いたい。イトたん、鈴木さん、嘉代ちゃん。みんな、あのあとどうしただろう。

「ほら、もう寝ましょう。できるだけ楽しいことを考えて」

「うん」

 山口さんは会話を切り上げたかったのか、駄々っ子を寝かしつけるみたいな態度になった。

 私が質問攻めにしたせいだろう。


 *


 翌日、佐伯少佐がやってきた。

「灰田エルザ上級市民。ドクターへの面会が許可された。移動の準備を」

 上級市民だって。

 上級とかなんとか言ったところで、きっと奴隷じゃないというだけの話だ。


 私は車椅子を山口さんに押してもらい、ドクターの部屋に入った。

 彼はあきらかに拷問を受けていた。

 手足を壁に打ち付けられて、大の字にさせられていたのだ。服もボロボロ。いたるところに血痕が染みている。


 山口さんが顔をしかめていたので、私は「外にいて」と追い出した。ここで吐かれても困る。

 ドクターは恐怖に満ちた表情。

 これからなにが始まるのか、いろいろ想像しているのだろう。きっと頭の回転が速いはずだから、想像も人一倍だ。

「久しぶりね、ドクター」

「ち、違う! 違うんだ! 私は命令されただけで……」

 そうかもしれない。

 でもこっちには関係のない話。

 私はできるだけ威圧しないよう、笑顔を作った。

「そんなに怯えないで。聞きたいことがあって来たの」

「な、なんでも答える! だから助けて!」

「残念だけど、助ける権限はないわ。でも、ちゃんと答えてくれたら優しくするつもり」

「頼む! 助けて!」

 自分のことばかり主張するのね。

 私が「やめて」って泣き叫んでもやめてくれなかったのに。あのとき人間の尊厳というものを思いっきり踏みにじられた。

「ね、私の魔法について教えて欲しいの」

「魔法!? 能力のことか? なんだね? なにが知りたい?」

「リスクがあるって聞いたけど」

「……」

 ぶるぶる震えたまま、目を見開いてしまった。

 聞いちゃいけないことを聞いてしまったのだろうか。もしそうなら、この人には用がなくなってしまうのだけれど。

 私は首をかしげた。

「教えて?」

「い、いや、その、リスクという表現が適切かどうかは議論の分かれるところであって……」

「ここ、魔法使えるんだよね?」

「分かった! 言う! 言うから!」

「言っておくけど、薄切りもできるからね」

「救済されない! それがリスクだ!」

 ん?

 いま答えを言った?

「もっと詳しく」

「だから、君は救済されないんだ。君だけがね。全員が救済されたあとも」

「全員なんて救済されないでしょ? あなたも、ほかの人たちも残ってるんだから」

「そ、そうだ。みずからの意思で救済を拒んだ人間もいる。だが君たちの力は、その意思すらも凌駕するはずだった。たとえば灰田アイトがミッションを完遂していれば、彼以外の全人類が救われたはずだったのだ」

 ああ。

 そういうこと。

 本来ならみんな消え去って、アイだけが残るはずだったんだ。

 なのに私が途中で止めてしまったから、ドクターや少佐たちまで救済されなかった。そして皮肉なことに、私は孤独にならずに済んだ。

 ドクターは青ざめていた。

「もし事前にこのことを知っていたら、君たちは救済をためらっただろう。この地上にたった一人で取り残されるんだからな……」

「そうね」


 私はこのリスクを、事前に知っていた気がする。

 ママを自称する女が、ぽろっとこぼしたのを聞いていたのだ。

 そしてもうひとつ、大事なことを思い出した。

 私がアイの命を奪った理由。

 アイを最後の一人にしないため、だ。

 だってあいつは、私と違って、人に愛されていないと生きていけないから……。なんて。私も結局は同じだったけど。

 だから救済は私が実行するはずだった。

 もちろん冗談で「もう救済しちゃったら?」とからかったこともある。でもあのときは、魔王が襲ってくる前にやったらどうなるかって話だった。


「ね、ドクター。もうひとつ質問。私たちの力は、悪魔を撃退するための力って話だったよね? あれはウソなの?」

 すると彼は、首がもげそうなほどうなずいた。

「もちろんウソだ。君たちに力を使わせるためのお伽話。計画では、君たちのママが日時を予言し、そのタイミングで救済が発動するはずだった。彼女は、そのために君たちを洗脳教育していたはずだ」

「あの女、本当にしつこかったわ」

 口を開けば「悪魔が」「悪魔が」だった。


 ともあれ、なんとか点と点がつながってきたような気がする。

 一連の話を整理するとこういうことだ。


 私の両親は、カルト教団「終焉の祝祭」の信者だった。

 私たちの能力は十億という値段で売り飛ばされた。

 悪魔というのはただの設定だった。

 自称ママが日時を予言するはずだった。

 救済が完遂されたら、私かアイのどちらかが世界に取り残されるはずだった。

 ところがアイが先走った。理由は、私の夢を真に受けたから。でも、本当にそうなのかは分からない。

 私は救済を止めようとしてアイを殺した。

 そのショックで頭がどうにかなって、私の記憶は不確かになった。


 そして裏側はこうだ。


 このプロジェクトは「祝祭グループ」という怪しい組織が取り仕切っていた。

 日本政府も絡んでいた。

 米軍も絡んでいたかもしれない。

 かなりのお金が動いていた。


 ま、それは私にとってはどうでもいいことだけれど。

「ねえ、ドクター。ここからは少し相談なんだけれど」

「なんだ?」

 息をのんでいる。

 どんなふうに殺すのか、本人の希望を聞くようなサイコ女とでも思われたか。お望みならばそうしてあげてもいいけど。

「私は人類を救済すべきだと思う?」

「も、もちろんだ! いますぐそうしてくれ! なにせ、そのためのプロジェクトだからな!」

「自分が助かりたいだけでしょ? それより、あの黒いドロドロはなんなの? あれは悪魔じゃないの?」

 するとドクターは、きょとんとしてしまった。

「ドロドロ? なんのことだ?」

「空間の裂け目から見えるあのドロドロのこと。おっきな怪物」

「ああ、君たちがしきりに主張していた空想のモンスターか……」

「空想じゃない」

「そう言われてもな。私たちにはなにも観測できなかったんだ。日米共同チームが昼夜問わず分析を続けたのに、だぞ? あれは子供のころの冗談だろう……」


 本当に知らないみたいだ。

 私とアイにしか見えない存在。

 ウサギの言う通り、その正体は「悪魔」みたいなものなんだろうか? それとも救済された人間たちの集合体?

 いや。あのウサギも、しょせんは私の人格のひとつだ。私の思い込みを、さも正解のように口走っているだけかもしれない。

 もし怪物でないとしたら……。

 まさか、神さま?

 あんなのが?

 なんであれ、いずれ話し合わないといけない。


「ありがとう、ドクター。もう気が済んだわ」

「待ってくれ! 私をこのままにしないでくれ! お願いだ!」

 泣き叫びたいなら勝手にそうすればいい。

 それで状況が変わるのであれば。

 私は助けるつもりはない。そうする理由もないし。できるだけ長く苦しんで欲しいとしか思えない。


(続く)

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