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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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ぜんぶ魔法で解決しちゃう

 私たちは数日滞在してから、世田谷を出ることにした。

 魔女の街を目指すためだ。

 そこにはきっとなにかがある。私はそう直感していた。


 大統領夫妻、マリオネット氏、アリス、玉田さん、そしてその婚約者の白石さんが見送りに来てくれた。

「これ、白石さんから。醤油団子だ。途中で食べてくれ」

 玉田さんが、アルミホイルに包まれたものを手渡してくれた。当の白石さんは無表情で後ろに控えたまま。感情をあまり表に出せない人なのかもしれない。

 私は笑顔を作った。

「ありがとう」

「約束守れなくて悪いな。旅の無事を祈ってる」

「大丈夫。玉田さんもお幸せにね」

「ああ」

 照れているのか、それとも申し訳ないと思っているのか、玉田さんは複雑そうな表情を浮かべていた。

 私も責めたりはしない。

 あきれてはいるけど。

 でも、玉田さんには玉田さんの人生がある。

 私にも私の人生がある。信頼できる仲間もできた。


 *


 あまり長い挨拶は交わさなかった。

 これで最後というわけじゃない。また気が向いたらふらっと寄ることだってあるだろう。私の旅には、明確な目的があるわけじゃない。


 世田谷で防寒着をもらったから、鈴木さんも。どこからどう見ても地元消防団のジャンパーだけど。いまは贅沢を言ってはいられない。


 ゴロゴロとうるさい台車を押しながら、私たちは足立区を目指した。

 まっすぐ北へ向かって荒川を越え、それから東へ向かうというルートにした。都心には組織の連中が待ち構えていそうだったからだ。


 ずっと歩きっぱなしなら一日で着くかもしれない。

 でも、そんなに急いで体力を消耗する必要もなかったから、二日か三日でついたらいいなという感じだった。


 少し歩いて、杉並区のあたりで休憩した。

 イトたんが「疲れた」を連呼し始めたからだ。きっと疲れたのではなく、醤油団子を食べたかったのだと思う。

 少し奥まった瓦礫のところで、風を凌ぎながら車座になった。

「お団子、お団子」

 イトたんはうきうきでアルミホイルをあけた。

 お醤油と焦げで黒っぽくなったお団子が、串で連なっていた。もちろんすでにさめている。


 私たちは、串を一本ずつとって食べ始めた。

 味は……。なんというか、みたらし団子ではなかった。ちっともあまくない。これはスイーツではなく、あくまで栄養補給の手段と考えたほうがよさそうだ。

「あ、これちょっと焼いたほうがうまいかも」

 イトたんが焚き火であぶりだした。

 私たちも真似してみた。

 醤油の焦げるいいにおいがした。

「うまそうじゃ……」

 嘉代ちゃんが目を細めた。

 髪がオカッパだからコケシみたいな顔。

 少し焦がしてから齧ると、急においしくなった。醤油の香ばしさに、団子のほのかなあまみが調和して、なつかしさがわっとあふれてきた。お正月にお婆ちゃんと一緒に食べた味。

 冬休み、家族、こたつ、宿題、学校……。そういったものが思い出された。


 鈴木さんと目が合った。

「おいしいね」

 私がそう言うと、彼女も「そうね」とうなずいてくれた。

 返事は少しそっけなかったけれど、敬語じゃなかったし、無視もされなかった。それだけで私は満足だった。


 串をアルミホイルで包み、そっと脇へ寄せた。本当はちゃんとゴミ箱へ捨てたいところだけれど、もうそんなものは存在しない。街そのものがゴミ箱みたいになってしまった。

 鈴木さんがウサギをつかんだ。

「これさ、耳、つけないの?」

「つけたいけど、裁縫道具が……」

「街で借りればよかったじゃない」

「……」

 針仕事は苦手だ。

 私がそれを気にしているのはイトたんも嘉代ちゃんも知っているから、露骨に目をそらしてしまった。

 鈴木さんは溜め息をついた。

「私、直せるよ。材料さえあればだけど。どこかで見つけて直してあげる。イヤじゃなければ、だけど」

「ホント? 直してくれるの?」

「そう言ってるでしょ」

「ホントに? ウソじゃないよね?」

「意味分かんない。そんなウソつくわけないでしょ」

 そうだけど。

 でも嬉しすぎてちっとも信じられなかった。

 あの鈴木さんが、私のウサギを直してくれるなんて。なんだか友達みたい。ううん。これはもう完全に友達と言っていい。

 大袈裟かもしれないけれど。

 こんな状況だと、ささやかな優しさが以前の何倍にも感じられてしまう。

「ありがとね。あ、それと……もしよかったら、前みたいに下の名前で呼んで欲しいんだけど……」

「気が向いたらね」

「うん」

 エルちゃんって呼んでくれたら、私もすーちゃんって呼べる気がする。なんだったらエルたんでもいいけど。でもそこまで強要するのは行き過ぎというものだ。少し興奮を抑えなくては。


 *


 食事を終えて、また移動。

 はんてんを着ていても、冬の寒さは身に染みる。

 なんといっても顔がつめたい。

 みんな鼻や耳が赤くなっている。


 ゴロゴロという台車の音。

 地面をこする靴の音。

 誰かが鼻をすする音。

 吹き抜ける風のごうという音。


 建物がないせいか、ときおり風は物凄い勢いで駆け抜けてゆく。

 以前の私たちが、いかに「コンクリートの壁」に守られていたかがよく分かる。

 それだけじゃない。

 パチッとスイッチを入れれば電気がついたし、火をおこすのだって簡単だった。夜もあまり暗くなかった。

 いつもなにかの音が聞こえていた。

 たとえば人々の話す声、自動車の騒音、信号機の音、お店から漏れ出す音、遠くの電車の音。

 地下シェルターにだって水道管の音や、空調の駆動音、蛍光灯のかすかな音があった。

 でもここには、最低限の音しかない。


 石ころを蹴飛ばすと、その音がやけに響いた。


「待った。なんか妙じゃ」

 嘉代ちゃんが、腰の刀に手をかけた。

 誰かいるのだろうか?

 待ち伏せの気配はない。まあ気配を感じ取れるほど私は達人じゃないけれど。

 でも、人が隠れられそうな場所は、基本的にないように見えた。瓦礫はみっしりと折り重なっているし、その隙間に人の隠れられそうなスペースもない。

 イトたんもキョロキョロし始めた。

 この二人にはなにか聞こえたのだろうか? 人ではなく野犬とか?

 私は鈴木さんと顔を見合わせた。分かってないのは私たちだけだろうか。


 ふと、後ろから肩口をつつかれた気がした。振り向いたけど誰もいない。なにかがぶらさがっている気がする。虫だったらイヤなんだけど……。

 私はそれに触れようとして、急に体勢を崩した。

 体のバランスが取れなかったのだ。ひねりながら倒れて、なぜかそのまま起き上がれなくなった。貧血? でも意識はハッキリしている。たぶん。

 イトたんが駆け寄ってきた。

「エルたん! どうしたの?」

 鈴木さんが怯えたような目になった。

「背中! なんか刺さってる!」

「え、ダーツ……?」


 拡声器で、遠くから声がした。

『動くな! 抵抗すれば射殺する! こちらには狙撃手がいる!』

 男の声だ。

 頭にワーワー響いてくる。

 もしかすると、意識が遠のいているせいかもしれない。

『我々の目的は灰田エルザだけだ! 残りのものたちは、ただちにその場を離れなさい! 素直に従えば、傷つけたりはしない!』


 そういえば、前に玉田さんが言っていた気がする。

 組織の連中は、遠くから狙撃してくるかもしれない、と。

 きっと私は遠くから撃たれたのだ。なんでダーツなのかは分からないけれど。先端に麻酔でも塗られていたのだろう。


 私は声を絞り出した。

「みんな……逃げて……」


 *


 夢を見ていた。

 いつもみたいな、あのだだっ広い道路の夢じゃない。

 焚き火を囲んで、みんなで楽しくお喋りをしている夢だ。イトたん、鈴木さん、嘉代ちゃん、玉田さん、ウサギ、アイ……。

 それだけじゃない。

 首のない死体や、半分に裂けた死体もいた。

 よく分からなかった。


 目をさますと、私は一人、まっしろな部屋にいた。

 組織の病院だろうか?

 ベルトのようなもので体を拘束されている。

 私は魔法でそれを切り裂いてやろうとしたけれど、なぜか空間がまったく反応しなかった。体調が回復し切っていないせいだろうか。

 まあいい。

 魔法が使えるようになったら、すぐにでも復讐してやる。絶対に許さない。


 しばらく呼吸を繰り返していると、ほとんど髪のない白衣の老人が、部下を引き連れて入ってきた。

「お目覚めかな、救世主のお嬢さん」

「こんなことしてタダで済むと思うの?」

 私は余裕ぶって尋ねた。

 いまは魔法が出ないけれど、そのときになれば何分割にでもすることが可能だ。もちろん返事次第だけれど。

 彼は小馬鹿にするような笑みを見せた。

「もちろんだ。それともなにかね、本気になれば、君は私をどうにでもできると思っているのかな?」

「知ってるでしょ? 私、魔女なの」

「魔法の封じられた魔女だ」

「えっ?」

「我々が、なんらの対策もなく君のような怪物をつかまえると思っているのか? この周辺には、君の能力を中和する信号が発せられている。泣いても喚いても奇跡は起きない」

「……」

 何度試してみても、空間はちっとも反応しなかった。


 本当に?

 魔法は封じられてしまったの?

 だとしたら……私は……きっとなにもできない……気がする……。

 えっ?

 本当に?

 本当に?

 本当に?


 男は愉快そうにニタリと口元を歪めた。

「安心したまえ。殺しはしない。ただ、データは取らせてもらうよ。頭も開く必要がある。世界をこんな状態にした責任を取ってもらわないといけないからねぇ」

「ウソ……だよね……?」

「ノー。残念ながらウソじゃない。恨むなら、自分の行動を恨むといい。愚かな自分をね」

「ウソだ……ウソだよ……エルちゃんは……なにも悪いことしてない……のに……」


 *


 エルちゃんは檻のついた部屋に放り込まれた。

 手錠をされているから、手も使えない。

「エルちゃん、大丈夫だよ。すぐに魔法が使えるようになって、悪いやつらみんな倒しちゃうんだから」

 服は薄い患者衣が一枚だけ。

 少し寒い。

 ベッドもカタい。

「エルちゃん、元気出そ? ね? 負けちゃダメだよ?」

 でもエルちゃんは虚ろな目で壁を見てるだけ。

 廊下では監視役の男たちが「こいつなんか言ってるぞ」「ヤッちまうか?」なんて話してる。どうして大人なのに助けてくれないんだろう?

「ファイト、ファイト」

 私には、エルちゃんを応援することしかできない。

 すると、急にガーンと金属のドアが叩かれた。

「うるせぇぞ! 静かにしとけボケェ!」

「ギャハハ! さすがにやりすぎだろ!」

 とてもはしゃいでいる。

 男子って、何歳になっても乱暴なんだから。

 エルちゃん、負けないでね。

 ちょっとの我慢だからね。

 少しだけ我慢していれば、ぜんぶ魔法で解決しちゃうからね。


(続く)

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