人生で一番
エルちゃん可哀相。
ひどいこと言われて泣いちゃった。
だけどすーちゃんは許してくれないんだ。
「なに泣いてんの? ぜんぶ自分がやったことでしょ?」
「エルちゃんは悪くない」
「は?」
「悪くないの……」
悪いところもあるかもしれないけど、頑張って直そうとしてるんだ。
すーちゃんはちょっと言い過ぎだと思う。
溜め息までついて。
「なにエルちゃんって? もしかして、これが伊藤さんの言ってた二重人格ってヤツ? 都合よく逃げてるだけじゃないの?」
「違うの。エルちゃんは心の病気なの。もっと優しくしてあげて」
「イヤよ。どうしてもって言うなら、いつもみたいに魔法で私を脅してみたら? そしたら泣きながら従ってあげるから。やりなよ。ほら」
椅子から立ち上がって、こっちに近づいてきた。
「やめてよ」
エルちゃんは手で押しのけようとするけど、すぐに押し倒されちゃった。
「なに弱いフリしてんの? まだ続けるなら全力で引っぱたくけど、いい?」
「やだ」
「なら抵抗したら? ほら。私を殺してみなよ? 特別な力があるとか言ってるけど、人殺し以外に使えないんでしょ? 見せてみなよ」
「すーちゃん、やめて」
その瞬間、すーちゃんの動きが止まった。
「なにその呼び方? 馴れ馴れしいんだけど……」
怖い顔。
エルちゃんとお友達だったすーちゃんの顔じゃない。
「でも、すーちゃんはすーちゃんだから……」
「私を心の中でそう呼んでたの? 気持ち悪いからやめてくれる? とっくに友達じゃないんだから」
「でも、やり直せると思うの……」
「ムリでしょ、フツーに。傲慢すぎる。人をイライラさせてみたり、友達になろうとしてみたり。私の気持ち、完全に無視でしょ? 大事なのはあなたの気持ちだけ? じゃあなに? あなたがスイッチをオン・オフしたら、私はあなたを嫌ったり好きになったりするロボットなの?」
「そんなこと言ってない」
「言ってんのよ。それくらい自分勝手なことをさ。どうしても友達になりたいなら、まずは土下座して謝れ。ひどいことしてすみませんでしたって」
「うぐっ……」
しゃくりあげて、ちゃんとお返事できない。
すーちゃんはひどすぎる。
エルちゃんが可哀相。
ピシャリと鋭い音がした。頬が痛い。
「泣かないでよ。イライラするから」
「……」
「人の話、聞いてるの? 謝りなよ。そしたら少しは考えてあげる。友達ごっこだってしてあげる」
「……」
言葉が出なかった。
エルちゃんは悩んでるんだ。
謝ったら対等じゃなくなっちゃうから。それに、叩いたほうが謝るのが普通なんだ。すーちゃんが謝るべきだよ。
でも、もし本当にすーちゃんを傷つけていたなら、エルちゃんが謝るべきな気もする。
「灰田さんさ、ホント、どうしちゃったの? あんなに偉そうにしてたかと思ったら、急に子供みたいになっちゃって。これじゃあ私がいじめてるみたい」
「そうだよ、いじめだよ……」
「よく言うわね。被害者意識ばっかり。自分が上じゃないと気が済まない。だから対等の関係を作れない。そんなとこでしょ? そんなヤツと友達になれると思うの?」
「……」
エルちゃん、なにか言い返してやってよ。
なんで黙ってるの?
エルちゃんはよく頑張ってるよ。
すーちゃんだって協力すべきなんだ。
でも、それじゃあダメだって思っちゃったのかな……。
すーちゃんは疲れたのか、エルちゃんの上からどいてくれた。
「魔法、けっきょく使わないんだ?」
「うん……」
「少しは成長したってこと? でも、それとこれとは別だからね」
「エルちゃんのこと、許してくれないの?」
そう尋ねると、すーちゃんは困ったような顔になってしまった。
「あーもー。私だって分かんないの。急にこんなこと……。どう考えてもびっくりするでしょ? あの灰田エルザがさ……。まーそのぅ、どうしてもアレなら謝んなくたっていいけどさ。きっと誰かに謝ったこともないんだろうし。こっちも叩いちゃったから。でも本気で仲良くしたいなら、普段からちゃんとして欲しい。あんな態度とられたら、誰だって印象悪くなるんだから」
「うん。エルちゃんもきっと反省してると思う」
これまでは、なにが悪いかも分かってなかったの。
だから、なんで嫌われてるのかも分かってなかった。
エルちゃん、とっても悩んでたのね。
すーちゃんはまだ渋い顔をしてる。
「あとさ、その……まあ病気じゃ仕方ないけどさ、こういう話するなら、ちゃんとしたときに話したい。あとでなかったことにされたらイヤだから」
「うん」
「とにかく、あなたの気持ちは分かった。でも、こっちも気持ちの整理が必要だから、ちょっと時間をちょうだい。あなたの態度が改善されてたら、こっちも考えを改めてあげる。でも改善されなかったらもっと嫌いになるから。覚悟しといて」
「うん」
エルちゃん、ロボットみたいになっちゃった。
ショックなんだね。
いま自分が誰なのかも分からなくなってる。
でも話はちゃんと聞いてたよ。
すーちゃんは「じゃあ行くね」と部屋を出ていった。
エルちゃんはぼうっとドアを見つめたまま。
頬が熱い。
*
軽く眠っていた。
みんなは一緒にお風呂に入ったみたい。でも私はタイミングを逃してしまった。みんなはキレイなのに、私だけ汚いまま。
ウサギをつかんで、顔を押しつぶした。
変な顔。
私はこのウサギが嫌い。
理由はいろいろあるけど、とにかく顔が嫌い。見てるとイライラする。だけど一緒にいないと落ち着かない。わけが分からない。
ただの無機物のくせに……。
次に鈴木さんと会うのが気まずい。
少し優しくしてくれたけど、私の人格がおかしくなったから、哀れに思ってくれただけなんだと思う。
できれば普通に仲直りしたかった。
いつも失敗ばっかり。
あのときああしていれば、こうしていれば、なんて考えばかりがあとから浮かんでくる。
でも、もし分かっていても、私はそうできなかったと思う。
性格が悪すぎる。
なんで私はこうなんだろう。
違う。
本当に聞きたいのはこうだ。
なんで私は、アイみたいじゃないんだろう。
似てるのは顔だけ。
性格はぜんぜん違う。
アイは誰とでも仲良くなれる。なのに、私は誰とも仲良くなれない。きっと私は認めたほうがいい。あいつの才能に嫉妬していた。
だから私は、アイに魔法を使わせたんだ。
たぶん。
記憶が曖昧だけれど。
さかのぼって、よく思い出してみる。
私はシェルターを出た。その前に職員をみんな殺した。ママを殺した。アイを殺した。なんで殺したのかというと、アイが世界を壊そうとしたからだ。その理由は私……。たぶん。でも違う気がする。分からない。
そのさらに数日前、私は夢を見た。
世界の壊れる夢だ。
あれは予知夢だったのだろうか。
夢のことはアイに伝えた。
そしたらいつの間にかママを自称する女に伝わって、「いつなの」と問い詰められた。そんなの分かるわけなかったから、適当な日を答えた。そしたらその日が来る前に世界が壊れた。私の予想は外れて、ひどく叩かれた。
それから、私はアイとママを殺した。
思い出せるのは、そんな断片的な記憶だけ。
でもこの話は少しおかしい。
世界を壊したのはアイだ。私の予想なんて関係ない。それに、もし私がやらせたのなら、予想が外れることはないはずだ。話の辻褄が合わない。
おかしいのは、予想が外れた点だけじゃない。
私がアイに命令してやらせたのなら、なぜ私はアイを殺したのだろう?
情緒が不安定だったから?
私はそこまで壊れていない。
別人格に入れ替わっていたから?
もしそうならなんとも言えない。記憶がないのも、きっと自分で封印しているせいだ。認めたくないから。
またはショックのせいで、本当に記憶が飛んでいるのかもしれない。
考えても分からない。
「ねえ、ウサギ。あなたはなにかおぼえてないの? あのとき見てたよね?」
「……」
返事がない。
顔をつぶすけど、無抵抗のまま。
肝心なときに役に立たない。
*
翌朝、役所で食事をとった。
参加者はぐっと減って、私、イトたん、嘉代ちゃん、鈴木さん、そして大統領夫妻だけ。マリオネット氏は国民になったから、もう客人としては扱われない。莫大な寄付のおかげで有力者にはなったかもしれないけれど。
私は仲間たちに「おはよう」としか言えなかった。
昨日のことを引きずっていたからだ。
きっと顔に出ていたから、みんなも声をかけづらかったと思う。こういうところから直していかないとダメなのに。
不安すぎて、ウサギまで連れてきてしまった。
いつか耳をつけてあげたい。
*
特に会話もないまま食事を終えた私は、すぐ部屋に戻ってひとりになった。
よく考えたら、専用の部屋を用意してもらったことで、私はみんなから孤立していたのであった。
部屋にはウサギだけ。
散歩でもしようか。
でもみんなから魔女だと思われているから、あまり出歩きたくない。
ドアがノックされた。
「エルたん、いる? 入っていい?」
「うん」
なんの用だろう?
もし話し相手になってくれるなら嬉しいけど……。
ドアが開いて、みんなが入ってきた。
「やー、さすがプリンセスだね。ひとりじめだもん」
イトたんはそんなことを言いながら近づいてきて、ベッドに腰をおろした。
嘉代ちゃんも顔をしかめている。
「ズルいのぅ」
「べ、べつにそういうつもりじゃ……」
鈴木さんと一対一で話をしたかったから、思い付きで部屋を要求してしまっただけだ。本当はひとりで寂しかった。
鈴木さんも来た。
「仕方ないから遊びに来てあげたわ」
「うん」
なんだろう。
嬉しい。
本当に?
遊びに来たということは、友達になってくれるという意味なのでは? いや、ダメだ。ここで焦ると失敗する。もっと慎重にいかねば。
「まあ座ってよ」
言う前からイトたんと嘉代ちゃんは私の左右に座っているから、これは鈴木さんに言ったようなものだ。
できれば鈴木さんには隣に来て欲しかったけど。
「エルたんひとりで寂しかったでしょ? あ、言わなくていいよ。きっと『違う』って言うでしょ? でもあたし、分かっちゃうんだよなぁー。そこそこ長い付き合いじゃん? ま、なんでもお見通しってワケよ」
イトたんの言う通り。
寂しかった。
どうしていいか分からなくて。
鈴木さんも溜め息をついた。
「私も、昨日のままだとなんかイヤだしさ。伊藤さんたちに相談したの。そしたらみんなで話し合おうってことになって」
「うん」
「私ら二人だと、きっとケンカになるから」
「ケンカはしたくない」
「本当は言いたいこといっぱいあるけど、また泣かれたら面倒だし、今回は我慢してあげる。感謝してよね?」
「うん。ありがとね、鈴木さん」
なんでかは分からないけど、素直になれた。
そしたら鈴木さんもまごまごして黙り込んでしまった。
嘉代ちゃんが笑った。
「仲直りするには腹割って話すんが一番じゃけぇ」
そう言っている当人は生きているから、きっと「腹を割る」という言葉の意味は、私が一瞬想像したものとは違うはずだ。
それからは、とりとめもない話をした。
というか、ほとんどは小学生のころの私がいかにヤバい子だったかという暴露話だったけれど……。
「だって、いきなり机割るんだよ? バーンって。こっちはどうリアクションすればいいわけ?」
「エルたんひどい!」
「わしもそこまではしたことないのぅ」
悪口を言われている!
でもイヤな感じはしなかった。こうして冗談みたいに笑ってもらえたことで、言っても大丈夫という雰囲気にしてもらえた。
鈴木さんは、本当は気づかいのできるいい子なんだ……。私が疑いの眼差しで見ていただけで。あと、他の子と仲良くしてるのを嫉妬してただけで。
本当に子供じみた嫉妬だった。
私の友達が、別の友達と仲良くしたっていいのに。そして実際、いまそれに救われている。イトたんと鈴木さんが、きちんと相談し合ってくれたから。
鈴木さんは、私にほほえみかけてくれた。
「あ、でも一回だけね、灰田さんのこと見直したことあったな」
「なに?」
思わず立ち上がりかけた。
やっと褒めてくれるんだろうか?
なんでもいい。
とにかく褒めて欲しい。
「ほら、女子ってネコとか見ると、すぐ寄ってくじゃん? ネコをかわいがってるあたしかわいい、みたいな。でも灰田さんは違ったよね」
「私、なにかしたっけ?」
「おぼえてない? ネコが近寄っていったらさ、いきなり地面をバンで攻撃して。もう無言で追っ払ってたよね」
「えっ?」
「あのとき、やっぱこの子は違うなって思ったよ。みんなドン引きだったけどね」
「……」
ちっともいいエピソードじゃなかった。
私はネコが好きだ。本当はかわいがりたい。でもネコをかわいがるとクラスの女子にウザがられるから、わざと追っ払っていた気がする。
「す、鈴木さん、もっといい話とか……ないの?」
「あるわけないでしょ。やることなすこと全部ヤバかったんだから。あなたの長所は顔だけよ」
「顔だけ……」
それはさすがに泣きそう。
すると鈴木さんは、そっぽを向いてこう続けた。
「でも変わりたいんでしょ? だったらいいじゃん、いまからでもさ。そしたら顔以外も長所になる可能性あるし」
「うん」
今度こそ本当に、仲直りできそうな気がする。
みんなのおかげ。
もしかするといま、人生で一番幸せかもしれない。
(続く)




