表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/35

心も同じくらい強くならなきゃ

 日が暮れる前に街を出た。

 内陸へ向かうにしたがって、底冷えするような寒さが襲ってきた。風はないのだが、空気そのものの温度が低い。

 すーちゃんは震えている。

 みんなもその姿を気にしている。

 私だって気にしてる。でも、なにも言いだせない。


「エルたん、この人寒そうだよ? なんか貸してあげたら?」

 イトたんが助け舟を出してくれた。

 きっと絶好のチャンスだったはずだ。

 私も乗りたかった。

 なのに、自分でもなぜかは分からないけれど、言いたかった言葉とは違う言葉が出てしまった。

「本人が貸して欲しいって言ったの?」

「えっ? 言ってないけど……」

「言ってきたら貸してあげる」

「……」

 向けられた目がつめたい。

 人を見放すときの目。

 自分のせいだって分かってる。

 でも……。


 しばらく行ったところで、私たちは一泊することにした。

 いつものように、崩れかけた壁に囲まれた閉所。

 イトたんが火をおこして、私たちは車座になった。

 ゆらめく火があたたかい。

 すーちゃんも必死になって手をあたためていた。ガタガタ震えて可哀相。早く優しくしてあげないと。


 マリオネット氏がわざとらしい咳払いをした。

「えー、あー、明日にはもう世田谷、だな……。シェルターを出てまだ数日だってのに、いろいろありすぎて、何ヶ月も経った気がする」

 これにアリスも同調した。

「そ、そうですよね! 僕もおんなじ気分です!」

 場を和ませようとしているのだろうか。

 私のせいでギスギスしてしまったから。


 食事の時間になった。

 みんな同じ内容。

 さすがに私も口を挟まなかった。もし食べ物で差をつけたら、もう後戻りできないと直感したからだ。

 すーちゃんは、私がなにか言い出さないかずっと気にしていた。そんな目で見られると、ついなにか言いたくなってしまう。私は優しくしたいのに。


 パンの缶詰。

 こんな世界でも、ふかふかしたパンが食べられる。贅沢なことだ。

 それに、味の濃いコーンのシチュー。

 旅の疲れが癒される。


 食事中、イトたんがすーちゃんにいろいろ話しかけていた。

「寒かったでしょ?」

「べつに……」

「そう? 今日は特に冷えたからさ。寒かったら言ってね? 上から着れるのあるから」

「ええ……」

「ご飯はいつもどんなの食べてたの?」

「客の残飯よ……」

「え、えー。それはひどいねぇ」

「べつに。あったかいだけマシよ」

 イトたんが気をつかって話を振ってあげているのに、すーちゃんの態度は信じられないほどそっけなかった。

 こんなんじゃ、ちっとも優しくする気になれない。


 食事も済んでもう寝るだけとなったとき、少し問題が起きた。

 私たちは防寒着に身を包んで眠ればいい。けれどもすーちゃんは、なにもなかった。それでイトたんが勝手に服を取り出して、すーちゃんに与えようとしていた。

 私は思わず口を開いた。

「待って。それは本人が希望したの?」

 場が凍り付いてしまった。

 イトたんも、不安というよりも、なかば怒りのような視線を向けてくるようになった。

「エルたん、それ本気で言ってる?」

「なんで?」

「だってすっごく寒いんだよ? こんなカッコで寝たら死んじゃうよ!」

 胸元は大きくあいているし、スカートだってちっとも足を隠していない。腕も大部分が露出している。

 たしかに、このまま寝たら命に関わる。

 イトたんの発した「死んじゃう」という言葉が、心臓を貫くような衝撃となった。実際、私は少しの間、呼吸を忘れていたと思う。

 死んでしまったら、今度こそ、二度とすーちゃんに会えなくなってしまう。そうなると、もう友人になるとかならないとか、そういう話ではなくなってしまう。

 死んだ人間は、私の思い出の中で都合のいいように操縦される。言いたくないセリフを言わされて、したくないことをさせられる。私の個人的な満足のために。

 ダメだダメだダメだ。

 そんなのは絶対にダメだ。


 イトたんは、私の意見を無視して服を与えていた。

 それでよかったと思う。

 すーちゃんはずっと不満そうだった。

 なのに、私にはなにも言ってこない。

 きっと私とは話もしたくないのだ。


 *


 エルちゃん、また嫌われちゃった。

 今日も縁石に座り込んでぷるぷる震えてる。

 空には大きな黒の裂け目。

 アイくんはそれを見つめ返してる。

 夢の中でも「怖いもの」に囲まれたまんま。


「エルちゃん。エルちゃん。元気?」

 私が声をかけると、エルちゃんは返事もしないで、首を横に振った。泣いちゃいそうな顔。でも本当に泣きたいのはすーちゃんのほうだよね?

 ま、いきなり蹴っ飛ばさなかったことだけは褒めてあげよ。

「エルちゃん、素直になりなよ? ずっとすーちゃんと仲直りしたかったんだよね?」

「あっち行って」

「ダメだよ、エルちゃん。エルちゃんは特別な力を持ってるんだから。心も同じくらい強くならなきゃ」

「うるさい」

「朝になったら、すーちゃんにごめんなさいしよ? ね?」

「しない」

「なんでしないの? 怖いの? 恥ずかしいの?」

「……」

 きっと自分でも自分の気持ちが分からないんだね。

 だから強い行動をとって、相手の出方を見ちゃうんだ。

 でもエルちゃん、それは逆効果だってことに気づいて?


 私が見つめていると、エルちゃんもこっちを見つめてきた。

 ううん。

 見るっていうよりは、睨むっていう感じ。

 知ってる。

 エルちゃん、私の目が嫌いなんだよね?


 いきなり私の耳をつかんで、思いっきり投げ飛ばそうとした。そしたらブチッと音がして、耳がとれちゃった。


 *


「あっ! あーっ! あーっ! あ……」

 私は飛び起きた。

 バニラの耳がとれてしまった。

 私は胸元に抱きしめているぬいぐるみを確認した。耳はちゃんとついている。ほっとした。ただの夢だった。

 動悸が止まらない。

 私が急に騒いだせいで、みんな目をさましてしまったみたいだ。でも、誰もなにも言わず、またそれぞれ眠りについた。

 なんだか「またか」といった様子だった。

 私という人間は、そんなに不安定だと認識されているのだろうか。


 呼吸を整えながら、冬の空を見上げた。

 まっくろな空間に、キラキラと星が輝いていてきれい。

 なんでこんなにキラキラなんだろうか。

 私は空間を切り裂いて、黒いドロドロを引きずり出すことしかできない。

 きれいなものと、きたないものが、世界の端と端にある。そんな気さえした。

 私は汚い。

 私は醜い。

 だから空は私に罰を与えるのだ。きっとそうだ。

 いっそ夜空を切り裂いてしまいたい。それで苦しみから救われるなら。


 リスク――。

 あの老人は、私の力にリスクがあると言っていた。

 具体的に、どんなリスクなんだろう。

 取り返しのつかないことなんだろうか。

 これまでたくさん使ってきた。

 もしアイが生きていれば、経過を観察することもできたかもしれない。でもあいつは私が殺してしまった。

 私はぜんぶ、取り返しがつかなくなってから後悔している。

 なんでこんなにバカなんだろう。

「すーちゃん……」

 聞こえるかどうかの声で、私はつぶやいてみた。

 でも、返事はない。


 私は世界を壊すことも、救うこともできる。

 なのに、友達だった子と仲直りすることもできない。

 なんでこんななんだろう……。


 *


 ほとんど眠れないまま朝を迎えてしまった。

 みんなの態度もよそよそしい。

 すーちゃんは死ななかったけれど、少し白っぽい顔になっていた。きっと体が冷え切ってしまったのだろう。素直にお願いしてくれたら、私のはんてんに入れてあげたのに。


「立てる?」

「平気」

 イトたんが心配してあげているのに、すーちゃんはムキになって強がった。

 でも、見るからにつらそうだ。

 目も落ちくぼんでいるし、呼吸も少し荒い。

 手当てしないと。


 私は、でも顔を直視することができなかった。

「あのさ、もし歩けないんだったら、台車にでも乗ったら? 一人くらいなら乗せられるから」

 いまの私に優しくできるギリギリのライン。

 でもすーちゃんの声は冷たかった。

「いえ、結構です」

「……」

 なんで?

 断るのはいい。でも、なんで「いらない」って言ってくれないんだろう? なんで敬語なんだろう? そんなに私が嫌い?

 嫌われるようなことは、かなりしたけど……。


 移動スピードは遅かったけれど、昼頃には世田谷の壁が見えてきた。

 黒スプレーで「通行禁止」の文字。

 また壁を壊したら怒られるだろう。

 どこかに出入口があるはず。だけど、私たちは正確な位置を把握していなかった。

 どうにかして向こう側と連絡をとらないと。


 マリオネット氏が「なるほど」とうなずいた。

「ドローンを使おう」

 上から連絡をとるつもりか。

 でも私は首をかしげた。

「壊れたんじゃないの?」

「スペアがある。小型だがな。この辺は放射線もなさそうだし、問題なく飛ばせるだろう。メッセージを投下したいんだが、なんて書いたらいい?」

「中に玉田さんって人がいるの。私の名前を見せれば迎えに来てくれるはず」


 *


 ドローンを飛ばした。

 メッセージはごくシンプル。

「玉田さんへ。エルです。入れてください。西側にいます」

 これで通じるはず。

 マリオネット氏の扱う操作パネルは、カメラの映像を観ながら操作できるタイプだった。


 上空から見ると、小さな畑のあるのが見えた。そして建ち並ぶ建物。重機もある。人々はドローンを見上げて指さしている。表情はさまざま。不安そうだったり、好奇心だったり。

 私はマリオネット氏に口頭で「世田谷国役所」への道案内をした。

 騒ぎを聞きつけたらしい大統領の島村さんが出てきて、着陸したドローンをつかまえた。ゴソゴソやって私のメッセージを回収したようだ。表情が渋くなった。魔女の私は、あまり歓迎されていないみたいだ。

 それでも、周りの人たちに指示を出して、動き出してくれた。

 たぶん攻撃されることはないと思うけど……。


 二十分ほど待っただろうか。

 バイクに乗った男性がこちらへ近づいてきた。

「あー、いたいた! エルさん! 助けてください!」

「えっ?」

 よほど急いでいるのか、彼はヘルメットもとらず、スクーターにまたがったまま険しい表情でまくしたてた。

「じつはまた攻撃を受けてまして……。お願いです! 俺たちに力を貸してください!」

「敵は?」

「あのスーツの連中ですよ! みんな拳銃を持ってて! このままじゃ持ちそうにありません! 後ろに乗って!」

「分かった」

 前回の戦いでは、玉田さんが撃たれた。今回も同じことになるかもしれない。早く行かないと、誰かが犠牲になる。

 私はみんなに「先に行ってるから」と告げ、バイクにまたがった。乗り方は分からないけれど、ちゃんとしがみついていれば大丈夫だろう。たぶん。


 ともかく、いまは内省している場合じゃない。

 考え込むのは、戦いが終わってからだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ