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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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23/35

ダメなのに

 マリオネット氏が早くやれという目で見てきたけれど、私は無視した。

「案内して」

「こちらです」

 紫のスーツが先頭に立ち、私たちを取り囲むように男たちがついてきた。

 もしこの状態で始めたら、間違いなくマリオネット氏を巻き込んでしまう。戦うのは会長と会ってからでいいだろう。


 *


 マーケットから離れた場所に、ひときわ立派な屋敷が建っていた。和風とも洋風とも言えない不思議な家だ。

 大きな玄関。

 靴を脱ぐ必要はなかった。


 応接室に通された。

 ソファに座っていたのは和服にマフラーをした老人。白髪頭を後ろへなでつけた、精悍な顔立ちの男性だ。

「おかけください」

 老人はゆっくりとした動作で私たちに席を勧めた。

 部下たちはズラッと壁際に整列しているけれど、もちろん私は遠慮なく座らせてもらう。

「ご用というのは?」

 黙ってしまったマリオネット氏に代わり、私が尋ねた。

 老人はニヤリと不気味に笑っている。

「肝の据わったお嬢さんだね。そう怖い顔をすることはないよ。ちょっとお話ししたいだけだからね」

「内容は?」

「ずいぶんと結論を急ぐ……。なら率直に聞こう。その金貨の出どころは?」

 えーと、なにを聞かれても私は「知らない」と答えるんだっけ?

 するとマリオネット氏が正気に戻った。

「お、俺はIT企業の社長をしていてね。そのときに、資産の一部を金貨に換えたんだ。だけど、それ以上は持ってない」

「なるほど。それ以上は持っていないのに、大金を投じて女を一人買いたいと……。その後の生活はどうされるおつもりで?」

「生活費は別枠で確保してる。だから、ここで使える金じゃない」

「総額はいかほど?」

「お、教える義務はないはずだ」

 すると老人が、部下に目配せをした。

 部下のひとりがドスを手に近づいてきた。

 これはもう宣戦布告としか思えない。

 老人は余裕の表情で告げた。

「これから指を一本ずつ落とす。ゼロになる前に答えたほうがいい」

 答える必要はない。

 私は空間を切り裂き、ドスの中ほどを切断した。

 刃は絨毯に落ちて、スンと情けない音を立てた。

 みんな、その光景を呆然と眺めていた。

 勝手に壊れたとでも思ったのだろう。

 でも、「壊れた」わけじゃない。私が「壊した」のだ。

 私は立ち上がり、こう返した。

「私はこの世界を壊した魔女よ。そちらが暴力でくるなら、こちらも暴力でいかせてもらう」

「……」

 返事はない。

 私はドスを根本まで切り落とした。次は男の手を切り落とすしかない。

 老人はしわがれた声を出した。

「ま、待て。教団の? お前、灰田エルザか?」

「ずいぶん詳しいのね、お爺さん」

「参ったな……。宮下、さがれ。作戦変更だ」

 すると、ドスの柄だけ握っていた若者が、ペコリと頭をさげて列へ戻った。

 ずいぶんお行儀のいいチンピラだ。

 老人はなんとか威厳をたもったまま、あまり私を刺激しないよう配慮しつつ言った。

「まあ座りなさい。知らぬこととはいえ、こちらの対応に非があったことはお詫びする」

「本当に? そう思うなら、あの男たちを部屋から追い出してよ。視線が気になって会話に集中できないから」

「そういうわけには……」

「もし私が本気になったら、あんなのボディーガードになんてならないわ。私は、お話ししたいと言っているの。あなたにその気がないなら、私はいつでも始めるけど?」

「分かった。さがらせる。おい、お前たち。外へ」

 すると男たちは「はい!」と返事し、足早に出て行ってしまった。迅速に命令に従ったのか、それとも魔女から逃げたかったのかは分からない。


 三人になった。

 壁には動かない振り子の時計。棚にはよく分からないトロフィー。ここだけ破壊をまぬがれたかのように見える。

 でもきっと、破壊を予見して地下に退避させておいたのだろう。


「お爺さん、教えて。あなたはあの組織とはどんなつながりなの?」

 すると老人は、観念したように溜め息をついた。

「下請けさ。金をもらって汚れ仕事をする。たいして詳しくは知らねぇよ」

「知ってる範囲でいいから教えて」

「特殊な能力をもった双子がいるってんだろ? そのうちの一人がお前さんだ。もう一人は死んだって聞いた」

「誰から?」

「教団の連絡員だよ。だが、もう手は切れた。こっちは街の運営で忙しいんでな。こんな時代だ。もう昔のルールじゃやっていけねぇ」

 まったく全貌が見えない。

 質問を変えてみよう。

「教団について教えて」

「あんたのほうが詳しいだろう」

「なにも知らないの。教えて」

 老人はうんざり顔になった。

「宗教法人だ。手広くやってたらしい。学校だの病院だのまで運営してたな。あんたを育ててたママってのがいたろ? そいつが教祖だ。だが、ありゃ背後になんかいるぞ」

「なんかって?」

「言わせんな。俺たちは、そういう詮索はしない主義だ」

「予想でもいいから教えて」

 すると舌打ちが出た。

 次やったら血を出させてやる。

「教えなさい」

「政府だ。日本政府。ま、時の政権が把握してたかどうかは知らねぇが。とにかく、専門の機関があって、そいつが教団をバックアップしてた。いっぺん青ナンバーの車を見かけたから、米軍も一枚噛んでるのかもしれねぇ。とにかく、俺たちみたいな民間企業が首を突っ込めるハナシじゃねぇんだよ。これ以上は勘弁してくれや」

 本当にただの下請けで、ちょっと事情を知ってるだけ、みたいだ。

 私はまた話題を変えた。

「じゃ、本題に入りましょ。レモンちゃんを売って欲しいの。そのために来たんだから」

 これに老人は怪訝けげんそうな顔を見せた。

「それなんだが、なぜお前さんはその女に執着する? たいした器量でもないだろう。サービスだっていいとは言えねぇ」

「知り合いなの。理由はそれで十分でしょ?」

「だが五千万だ。その金がないなら売ることはできんよ」

「そういうこと言うの? じゃ、私たちへの迷惑料を回収してもいい?」

「……」

 暴力は楽でいい。

 どんな偉そうな人間でも黙らせることができる。

 私はこの悪人どもを「善意で殺さないでやっている」のだ。それを理解して欲しい。

 老人は顔をしかめた。

「お前さんの力が凄いのは分かった。だが、そんなに無邪気に使って平気なのか? リスクがあると聞いたぞ」

「命乞いのつもり?」

「そうじゃねぇ。善意で教えてやってるんだ」

「証拠は?」

「ねぇよ。だが、まあそりゃそうだよな。ママはお前らに教えなかったんだ。もし教えてたら、お前たちはいざ審判のときに、力を使うのを躊躇したろうからな」

 本当に?

 ママを自称する女は、口癖のようにこう言っていた。

「大丈夫だからね。私がやれと言ったら全力でやるのよ。それまでは我慢しなさいね」

 大丈夫。

 やれと言ったらやる。

 それまでは我慢。

 リスクの説明はなかった。

「どんなリスクなの?」

「さぁな。俺も、ドクターとママの会話をちょろっと盗み聞きしただけだ。あのときの女のツラから察するに、いくらか厄介そうな感じだったが……。ま、詳しくは教団の連中にでも聞くんだな」

 もしこれがハッタリなら、もっと上手にウソをついているはず。

 たとえば「力を使えば寿命が縮む」とか。

 どちらにしろ老人は詳細を知らないのだ。私はこの場で彼を殺してから、組織に聞きに行くことだってできる。なのにそういう流れではない。

 事実かどうかは分からない。けれども、これが真実であっても、ウソであっても、彼の身を助けない。

 老人は覚悟を決めたように、こう続けた。

「信じろとは言わねぇよ。もしこれがウソなら、お前はあとからでも俺を殺しに来るだろうしな。俺にはここしか居場所がねぇから、逃げることもできねぇ」

「もっともらしく聞こえる」

「この際だから正直に言うぞ。俺は一刻も早く、お前たちにお引き取り願いたい。だから例の女はタダでくれてやる。この街を台無しにされるよりゃマシだ」

「取引成立ね」

「今回限りの特別サービスだ。次はねぇ」

「そうね。次はないわ」


 *


 外へ出て、イトたんと合流した。

 ずっとオナラをしている。

「もう食べられないわ」

 そう言いつつも、左右に持ったサツマイモを交互に食べている。

 嘉代ちゃんもアリスも苦笑いだ。


 黒服が、不服そうな顔の「レモンちゃん」を連れてきた。

「オラ、挨拶しろ。こちらのお客さまが、今日からお前のご主人さまだ」

 私のすーちゃんが来た。

 私だけのすーちゃん。

 メガネでおさげで、露出の多いメイド服。

 かなり寒そう。あったかくしてあげたい。

「レモンです。よろしくお願いします……」

 私と目を合わせてくれない。

 けど、関係ない。

 私は距離を詰めて、頬をなでた。

「よろしくね、レモンちゃん」

「ぐっ……」

 本当に悔しそうな顔。

 自分がタダで売り飛ばされたと知ったら、どんな顔をするだろう。

「黒服のお兄さん、ありがとう。あとはこっちでなんとかするわ」

「じゃ、自分はこれで」

 もう関わりたくないとばかりに、黒服は早足で行ってしまった。

 でもいい。

 私はいま、心の底から満足している。

 目の前にすーちゃんがいる。夢じゃない。ホンモノ。少女らしさはだいぶ抜けているけれど、でも小学生のころの面影がある。いつも出しゃばってきて、私とアイを守ってるフリして、自己陶酔してた女。私の唯一の友達だった女。

「ね、レモンちゃん。そのカッコ、寒いでしょ? なんかお洋服買ってあげようか? どんなのがいい?」

「なんで……も……いいです……」

 声が怒りに震えている。

 なんで怒ってるんだろう?

 元クラスメイトの私が、変態おじさんたちから救い出してあげたのに。

「なんでも? じゃ、そのままでいい? あとから寒いとか言ってもダメだから」

「……」


 なんでだろう。

 なんでなんだろう。

 みんなの目が冷たい。


 ううん。

 自分でも理由は分かってる。

 優しくするつもりだった。

 仲良くするつもりだった。

 なのに、どうしても厳しく当たってしまう。


 きっと相手を試してる。

 これくらいやっても平気かどうかを。


 ダメなのに。

 絶対にやっちゃダメなのに……。


(続く)

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