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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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22/35

レモンちゃん

 私たちはいったん北へ向かい、そこから東へ戻るルートを選択した。あまり北へ行き過ぎると、大きな裂け目にぶつかってしまうから、適当なところで角度を変えないといけない。

 台車は砂浜を進めないから、舗装された道を行くことになった。

 とはいえ瓦礫がいっぱいで、何度も迂回した。

 ヘリコプターでもあれば楽なんだけど……。


 嘉代ちゃんが近づいてきた。

「のぅ、姉さん」

「なに?」

 やけにもじもじしている。

 トイレにでも行きたいのだろうか。いや、そんなことでもじもじするような子ではなかったはず。

「アイさんのことなんじゃが……」

「えっ? なに?」

「次はいつ切り替わるんじゃろ?」

「……」

 うんざりだ。

 いつもの殺気は完全に消え去って、恋する少女の顔になっている。

 恋に落ちるような行為は特になかった気がするのだけど。それとも、ちょっと少年っぽい喋り方をしただけでこうなってしまったのか。そういえば、女子校でもボーイッシュな女性がモテることがあるらしい。

 でも、彼女のそれは幻想だ。

「嘉代ちゃん、アイは死んだの。たまに出てくるのは……私の病気だから。そっとしておいて」

「そ、そか……。そうじゃな。すまんの……」

 落ち込ませてしまった。

 心が痛む。

 私が気に病むことじゃないのに。

 アイは死んでも私を苦しめる。なんで顔のソックリな双子に生まれてしまったんだろう。かといって、この件で親を恨むわけにもいかない。いろいろ言いたいことはあるけれど、それは親にも選ぶことのできない現象だった。


 *


 しばらく進むと、通行人に出くわした。

 たくさんの荷物をリヤカーに積んだ老若男女だ。中年のおじさんとおばさん、そして若い男が三名。男たちは工事用のヘルメットをかぶり、鉄パイプを手にしている。

「ああ、待ってください。私たち、怪しいものじゃありません。商売人でして」

 おじさんがそう切り出した。

 私たちの台車と違って車輪の大きなリヤカーだから、ちょっとした瓦礫なら乗り越えられそうだ。あちこち旅しているのかもしれない。

 私も前に出た。

「なにか売ってるの?」

「ご所望であれば。ただし、現金は扱ってません。料金表がありますんで、そのレートで物々交換しとります」

 私たちが大荷物なのを見て、商売のチャンスだと思ったのかもしれない。

「少し見てもいい?」

「ええ、どうぞ」


 寒いけれど、あまり風もないし、太陽も出ているから、少し余裕があった。

 というより、ずっとはんてんを着て歩いているから、汗ばむくらいだった。

 リヤカーの中には、懐中電灯やラジオ、よれよれの服、水の入ったボトル、フルーツの缶詰、よく分からない薬品類、お酒などがあった。

 正直、どれも必要じゃなかったけれど、私はなるべくフレンドリーに会話を続けることにした。

「いっぱいの荷物ね。どこから来たの?」

「町田と小田原をね、往復しとるんです」

「町田って、あのお金とるところ?」

「ええ、まあ。ただ、お金で入れてくれるだけまだマシですよ。その先の世田谷なんかは、頑として入れちゃくれませんから。なんでああ閉鎖的なんだか」

 集落の印象は、人によってそれぞれ、ということだろうか。

 私はポケットから金貨を取り出した。

「お金、使えないんだっけ? じゃあこれもダメ?」

「ほう、これは……。少し拝見しても?」

「どうぞ」

 おじさんは重さを確かめたり、太陽にかざしたり、それが本物かどうか判定しているようだった。

「いやぁ、これはこれは……。なかなかのお値打ちですよ。リヤカーの商品全部差し上げても足りないくらいです。どこでこれを?」

「拾ったの」

「はぁ、羨ましい」

「それで買い物させて。ぜんぶはいらないから。お水だけ欲しい。その代わり、町田のことを詳しく教えて欲しいの」

「えっ? 本気でおっしゃってる?」

「うん。だってそんなの持ってても、食べられないもの」

 私は少しのウソを混ぜて交渉した。

 正直、情報なんかもらっても釣り合わないトレードだと思う。でも私が金貨を持ってフラフラしてるなんて噂が広まったら、きっとつけ狙うヤツも出てくる。だから私たちは偶然一枚だけ拾ったことにして、その一枚もここで使い切る。そうすれば狙われることもない。

 金貨は箱にいっぱいあるのだ。ここで出し惜しみすることもない。


 *


 おじさんたちの話はこうだった。

 町田の集落は「NTBPニュー・トーキョー・ビジネス・パーク」という名称。仕切っているのは「虹蛇会こうだかい」という組織。おそらくギャングだと思われる。

 旅人は入場料で五十万とられるけれど、ビジネス目的なら五万円で入れるそうだ。ただし若い女ばかりだとナメられるから、マリオネット氏を前面に押し出したほうがいいというアドバイスももらった。


 ほか、最近、銃で武装した連中が各所に出没していて、治安が悪化しているという話だった。きっと組織の連中だろう。

 それと、荒川を超えてはいけないという忠告ももらった。魔女の集落があるらしい。もし事実なら、私にピッタリという気もする。


 *


 私たちはある程度進んだところで腰を落ち着けた。

 まだ日は高かったけれど、マリオネット氏がしきりに「疲れた」というので仕方がなかった。

「まったく、お前たちには人をいたわる気持ちがないのか? もう一歩たりとも歩けんぞ!」

 偉そうなのは相変わらずだ。

 イトたんもぶちゃネコ顔になった。

「仕事するか黙ってるかどっちかにして」

「なら黙る。仕事をしたくとも、足が動かんからな」

「まったく」

 顔をしかめながらも、イトたんは手際よく火をおこした。いつ見てもほれぼれするような腕前だ。

 家がつぶされたおかげで、乾燥した木片はそこらに転がっている。

 おかげでいまのところは燃料を持ち歩かなくて済んでいる。いつまでもこうだといいけれど。

 アリスはかいがいしくマリオネット氏の世話をし始めた。

「ご主人さま、大丈夫ですか? マッサージしましょうか?」

「やめろ。いつまでも召使いみたいなマネをするな」

「でも……」

「いいか? 俺たちは対等な仲間になったのだ。ふん。仲間など、虫唾が走るがな。だが、そういうルールだ。たとえ『ごっこ遊び』に見えてもな。俺も守る。お前も守れ」

「はい……」

 つめたいような気もするけれど、事実だ。アリスはマリオネット氏の世話だけしていてはいけない。もし世話をするなら、みんな平等にしてくれないと。


 食事を終えると、マリオネット氏から提案があった。

「聞いてくれ。町田での作戦を立てた」

 少しは役に立ってくれるつもりになってくれたらしい。

 彼はニヤリと笑みを浮かべ、こう続けた。

「交渉には俺があたる。お前たちは、なにを聞かれても知らないと言え。特に、潤沢な資産を有していることは絶対に言うな。そうしないと吹っかけられるからな。金貨の持ち合わせは数枚しかない。そしてもしお前の友人を買い取れなかった場合、素直に諦めて出直す」

 諦めて出直す?

 私は思わず身を乗り出した。

「諦める? そのまま帰っちゃうの?」

「一度はな。しかし少なくとも金額は分かる」

「それで?」

「また偶然、どこかで金貨を拾うんだ。それで差額を埋める」

「納得すると思う?」

「もしいつまでも金額を釣り上げてくるようなら、そもそも売る気がないってことだ。それに、大金を持ってることがバレれば、今度は暴力的な手段で奪いに来るだろう。なにせ相手はギャングだからな」

「す、鈴木さんはどうなるの?」

「諦めろ」

 信じられない。

 いまこうしてる間にも、鈴木さんは肌の露出した服装で、男たちにジロジロと体を見られているはず。いや、見られるだけならいい。もっとひどいことだってされている。想像しただけで頭の血管がキレそうになる。

 私は手近なコンクリート・ブロックをつかみ、空間ごと真っ二つに裂いた。

「私、強いの。もし戦いになっても必ず勝てる」

 マリオネット氏は目を点にしている。

「えっ? はっ? な、なんだいまの……。手品?」

「魔法」

「いやいやいや、魔法って……」

「私、魔女なの。この世界を壊した力を持ってる」

 まだ納得していなかったようなので、コンクリートの地面も裂いて見せた。

 アリスも、嘉代ちゃんも、ぎょっとした表情だ。

 そういえば、イトたんにしか見せてなかった気がする。

 マリオネット氏は瓦礫に座り直した。

「あ、えーと……そういう……ことか。はいはい、なるほどね……。完璧に理解した。あー、じゃあもう少し……強気に交渉するか……うん」

「相手が銃を持ってても平気だから」

「分かった、分かった。なら、一度目の交渉で済ませよう。俺たちは三千万の金貨を見せつける。で、相手の交渉にはいっさい応じない。もし断るようなら、お前が彼らを……魔法でなんとかする。これでいいか?」

「ええ」

 鈴木さんを苦しめるヤツらは、私が切り裂いてやる。

 たぶん、暴力で解決するのは最善の方法じゃない。けれども、こんな時代だ。警察も裁判所も機能していない。金貨を出すだけマシだと思って欲しい。

 私は怒っている。

 力で弱者を食い物にするなんて。だったら力でなんとかしてあげる。私にはそれができるんだから。


 *


 町田へは、そんなにかからず着くことができた。

「通行証」

 ゲートのところに立っていた若者が、愛想のない態度でそれだけ告げた。

 先頭に立ったのはマリオネット氏だ。

「ない。ビジネスのために寄ったんだ。たしか五万だったな」

 スーツの内側から五万円を取り出すと、男もすぐに納得した。

「ああ、リピーターか。滞在予定は?」

「一日でいい」

「いま記入するから待っててくれ」

 前は一人あたり五十万と言われたのに、今回は全員で五万だ。商売人と金持ち以外は入れたくないということなのかもしれない。


 台車を押しながら中へ入ると、紫のスーツの男が近づいてきた。整髪料で髪をなでつけた男だ。前にも見た。

「ビジネスのお客さま? おや、そちらの女性は以前にも……」

「商売に来たの」

「そうでしたか。ビジネスの成功をお祈りいたしますよ。どうぞお通りください」

 やはり彼もここの関係者だったようだ。

 個人で観光に来たときと、まるで対応が違う。前は「レストラン」で「アルバイト」させられるところだった。


 屋台が近づいてくると、イトたんのおなかが鳴った。

「ああーっ! ソースの音ぉ!」

 たしかに鉄板でソースの焼ける音がしている。

 それに、お祭りのときのようないいにおい。醤油やソースの焦げるにおいに、クレープのあまったるいにおいまでしている。

「イトたん、お金出しちゃだめだからね」

「分かってるけどぉ……」

 あきらかに分かってない顔をしている。

 ここで金貨なんか出したら大騒ぎになる。

 するとマリオネット氏が、ふところから万札を出し、イトたんに手渡した。

「交渉は俺とエルでやる。お前たちは時間をつぶしていろ。紙幣なら怪しまれないだろ」

「わ、マジで? マリオっち、イケてるぅー」

 これがいまどきの女子高生のリアクションなのだろうか。いや、たぶん違う気もする。そもそも、イトたんはイトたんなので、あれこれ考えても仕方がない。


 私はマリオネット氏と二人で案内所に入った。

 派手なピンクのペンキで塗られた、小さな小屋だ。

 中では毛髪の少ない老人が、退屈そうに音楽を聴いていた。

「失礼する」

「お、見ない顔だね。どんなご用で?」

「女を買いたい」

 マリオネット氏はそんなことを言った。

 まあ、実際そうなんだけど……。でもなんかイヤな言い方だ。

 老人もぎょっとしている。

「女を? 後ろのべっぴんさんは?」

「彼女が買うんだ」

「女同士で? かぁー、たまげた。いや、まあ、あたしゃ構いませんけどね。はぁー。で、どんなのがお好みで?」

 とんでもなくイライラする。

 私はそれでも冷静をよそおって、こう応じた。

「鈴木まお」

「えっ? いや、源氏名で言ってくんないと困るなぁ。うちにいるのはイチゴちゃんとメロンちゃん、ミカンちゃん、それにドラゴンフルーツちゃんと、あとは……」

「メガネでおさげの子!」

「あー、レモンちゃんね。はいはい。時間は? 一時間あたり……」

「無制限で」

「はい?」

「永遠に。買い取りたいの。ここから連れ出すんだから」

「あ、身請け? 『買う』ってそういうこと? あー、じゃあオーナーだな……。お金はあるの? 高いよ?」

「大丈夫だから。オーナー呼んできて」

「かぁー、世の中分からねぇモンだな。ちょっと待ってて。いま呼んでくっから」

 リアクションがいちいちウザいことには目をつむろう。


 お爺さんは大袈裟に腕を振りながら、走ってレストランに入っていった。

 反動をつけないと走りづらいのだろうか。

 わりと頑張って走ってくれたような気がする。

 というより、私の言動に驚いただけかもしれない。


 しばらくすると、老人がスーツの男を連れてきた。眼帯をしている。背も高いが、服の上からでも分かるほど筋肉がついていた。

「身請けしたいってお客さま? レストランのオーナーをしております野上です。失礼ですが、どのような素性の方で?」

 外見で判断するのは失礼かもしれないけれど、それでも、どこからどう見てもカタギではなかった。

 私は答えず、マリオネット氏に応じさせた。

「じつはIT企業の社長でね。最近まで地下シェルターにこもってたんだ。そしたらここに面白い街があるって聞いて、遊びに来たんだ。そしたら彼女が、遊び相手を欲しいって言い出して」

「そちらの女性は?」

「俺の愛人だよ」

 この落ち武者め……。

 眼帯男は怪しんでいたが、それ以上は詮索してこなかった。

「じつは彼女、借金がありましてね。ちょっとばかり値が張るんですが、支払えますかね?」

「額は?」

「五千万」

 思っていたより高かった。

 以前の相場なら百万といったところだ。

 マリオネット氏は一拍置いて、静かに応じた。

「おや、残念だな。そこまでは手持ちがない」

「いくらまで出せます?」

「あー、それなんだが、じつは金貨しかなくてね。おそらく三千万にはなると思うんだが」

「……」

 眼帯男は沈黙している。

 値切られて怒っているのだろうか。それとも力づくで奪おうとでも考えているのか。

 マリオネット氏は懐から袋を取り出し、カウンターに中身をぶちまけた。

 金貨が十二枚。

「一枚あたり、二百五十万にはなると考えてる」

「もっと出せるでしょう?」

「ないとは言わないが、残りは他に使う予定がある。それに、どっちにしろ五千万はムリだ。そんなに持ち合わせはない」

「ぜんぶで幾らあるんです?」

 威圧感がある。

 こういう失礼な質問をしてくるとは、あるだけぶんどろうという魂胆だろう。

 マリオネット氏はやや苦い表情ながら、こう応じた。

「分かった。よくしてくれたら、個人的に金貨を一枚つける。オーナーへのチップだ。だが、それ以上は期待しないでくれ。俺は予算をどう使うか、あらかじめキッチリ決めてるんだ。これは動かせない」

「……」

 また沈黙。

 どうやったらさらに金を引き出せるのか、考えているのだろう。

 すると、マリオネット氏はテーブルの金貨を回収し始めた。

「残念だが、交渉は決裂のようだな」

「待った」

「この十二枚。それにチップで一枚。それ以上は出せないぞ」

「いま連れてきます。少々お待ちください」

「ありがとう」

 予定より一枚多く金貨を失うことになった。

 けれども、戦いにはならずに済みそうだ。


 しばらくすると、出て行った眼帯男が戻ってきた。鈴木さんの姿はない。代わりに、屈強な男たちが並んでいる。

 紫のスーツの男がドスの効いた声を出した。

「お客さま、うちの会長が、ぜひお会いしたいと」

 マリオネット氏は青ざめている。

「か、会長? なんで?」

「質問はナシ。拒否権もありません。さ、どうぞこちらへ」


 つまり彼らは、ビジネスに応じるつもりはない、というわけだ。


(続く)

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