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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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21/35

仲間になればいい

 エレベーターが下へつくと、ドアの隙間から濁った水が入り込んできた。

 水位は高くない。靴底がひたる程度だ。僕のスニーカーが汚れるのはイヤだったけど、どっちにしろもうとっくに汚れてしまっている。

 アリスがモップ片手に近づいてきた。

「お帰りなさい。ご主人さまはお部屋にいらっしゃいます」

 通路の片隅に土嚢が積まれている。そこへ水を溜めているらしい。けれども、土嚢の隙間からは、絶えず水が漏れ出していた。


 部屋へ行くと、マリオネットさんが椅子を回転させてこちらを向いた。

「ご苦労だったな。まあ座れ」

 相変わらず偉そう。

 僕たちは荷物をソファに置いて、その隙間に座った。

 マリオネットさんも対面に座った。

「で、どうだった?」

 この質問に、伊藤さんが顔をしかめた。

「はい、持って帰りました! なにも知らずに放射線を浴びながらね!」

 ダンと力強くテーブルに計器を置いた。

 マリオネットさんも少しビクッとした。

「そう怒るな。原発の位置や、気象条件はあらかじめ把握してある。拡散の状況についてもシミュレートした。人体に深刻な影響はないと判断したから行かせたんだ」

「でもずっとピーピー鳴ってた」

「低い線量でも鳴るように設定したからな。ともかく、お前たちの仕事は終わった。報酬を支払う」

 ズボンのポケットから金貨を取り出し、テーブルに置いた。三枚。

 僕たちは手を出さなかった。

 遠慮したわけじゃない。マリオネットさんがなにか言いたそうな顔をしていたからだ。

 彼は少しだけ表情を苦くして、こう続けた。

「その上で、新たな依頼がある。受けてくれるか?」

 そう言われても、返事はできない。

 内容も聞かないうちから受けるわけがないのに。

 伊藤さんがテーブルをバンバン叩いた。

「まずはどんな依頼なのか言ってからにしてよ!」

 彼の返事はこうだ。

「お前たちには、ここから出て行って欲しい。アリスと一緒に」

「はいぃ?」

「さっきも言った通り、気象条件をシミュレートした。数日前に内陸で降った雪は、かなりのスピードで溶け出していてな。このシェルターは、数日以内に水没するものとみられる。この俺が何度も計算したんだ。間違いない」

「……」

 マリオネットさんは、なんとか偉そうに振る舞っていたけれど、よく見ると表情に力がなかった。

 たぶん、本当に水没してしまうのだろう。

 彼は溜め息とともに天井を見上げた。

「お前たちを外へ行かせたのも、事前調査のようなものだ」

「え、じゃあこのドローンは……」

「じつは重要じゃない。どのルートでどう移動したら安全な場所へたどり着けるか、それが知りたかった」

「あんたはどうするの?」

 伊藤さんの言葉に、マリオネットさんはキザったらしく肩をすくめた。

「水が引くまで外で暮らすさ」

 この人は、どこまでも他人に頭をさげるのが苦手なんだと思った。

 なんだか自分を見ているみたい。

 助けて欲しいのに、それを言い出せない。

 僕は思わずこう切り出した。

「ねえ、僕たちを雇ったら?」

「それも一度は考えた。だが、俺の資産は無限じゃない。食料だっていつ尽きるとも知れない。備蓄のすべてを運び出すのも不可能だしな。もって数ヶ月ってところだ」

 たぶん、僕たちより頭はいいんだと思う。

 けど、バカだ。

 僕も溜め息をついた。

「だったらさ、仲間になればいいんじゃない? 僕も伊藤さんも大谷さんも、一緒に旅してるけど、お互いにお金なんて払ってないよ。だって仲間だもん」

「は?」

「マリオネットさんも仲間になればいいんだよ。ま、ホントは仲間なんて邪魔なだけだって思うけどさ……。でも、いっぱい助けられちゃったし。僕も考えを変えたんだ。マリオネットさんも考えを変えたら?」

「……」

 彼は目を見開いている。

 これまで対等な仲間を持ったことがないのかもしれない。

 勝つか負けるか、お金で雇うか雇われるか、きっとそれしか体験したことがなかったんだ。

 僕の場合、ほとんど人と関わった経験さえなかったけれど。でも気持ちは分かる。姉さん以外、誰も対等じゃなかった。分かり合えなかった。仲間と呼べる人間なんて、絶対に出会えないと思っていた。

 だけど、そんな僕に玉田さんが「仲間」を教えてくれた。伊藤さんは「友達」を教えてくれた。完璧に理解し合えたとまでは思わないけれど。でも、僕は知った。理解なんてしてなくたって、一緒にいることはできるんだって。

 長い沈黙のあと、マリオネットさんは少し笑みを浮かべてこう返事をした。

「一晩考えさせてくれ」

「別に急がないよ。ここが水没する前ならね」


 *


 僕たちは部屋へ戻った。

「ただいま、姉さん」

 片耳のウサギとも再会。

 どこからどう見ても「虚無」みたいな顔だけど、久しぶりに見るとなんだか安心する。中身が空っぽのウサギ。いとおしくなる。


 伊藤さんはベッドにダイブした。

「やー、びっくりしたよー。アイくんがあの人誘うなんて」

「変かな?」

「ううん。面白いと思うよ。だってあたしらとは違った才能持ってるし。鈴木さんを救出するときも、たぶん力になってくれると思う」

 そこまでは考えてなかった。

 でも大人だし、お金のことについては僕たちより交渉がうまいはず。もしかすると、僕たちだけでやるより成功率は高いかもしれない。

「大谷さんも一緒に来てくれるよね?」

 僕が尋ねると、彼女はもじもじした様子を見せた。

「もちろんじゃ。けど、その『大谷さん』ちゅーのはこっぱずかしいけぇ……。いつもみたいに、下の名前で呼んで欲しいんじゃ」

「嘉代ちゃんがいいの?」

「うん……」

「じゃあ嘉代ちゃんだね。改めてよろしくね」

 赤くなってうつむいてしまった。

 すると伊藤さんがいきなりバタバタ暴れ始めた。

「ズルい! だったらあたしのこともイトたんって呼んでよ!」

「才子ちゃんじゃダメなの?」

「ダメなの! それは禁句だから!」

「でも僕、伊藤さんがいいな」

「……」

「ダメ?」

「ダメじゃない……」

 急にしおらしくなってしまった。

 二人とも、今日はなんだかかわいらしい。


 *


 夕食はみんなでとることになった。

 みんなだからウサギも連れてきてしまった。久しぶりに会えたのが嬉しくて。

「あー、食事をしながらでいいので、今後の方針について聞いて欲しい」

 マリオネットさんがそんなことを言いだした。

 アリスは律儀に手を止めていたけれど、僕は食事を続けた。ずっと外を歩きっぱなしだったから、体が栄養を欲していた。

「まずアリス。お前はクビだ」

「えっ?」

「もう俺の部下ではない。よって俺の命令を聞く必要はない」

「な、なんで……」

「まあ聞け。一方的に見捨てるわけじゃない。このシェルターは数日以内に水没する。俺は資産の大半を失うことになるから、お前になにも与えることができなくなる。よって主従関係は解消。今後は同じ立場となる。俺たちは、この三人の仲間となり、ともに旅をすることになる」

 つまりは仲間に入れて欲しいということだ。

 一晩かからなかった。

 僕もパンを置いた。

「いいよ。歓迎する。仲間なんだから、今後は助け合おうね」

「俺は外の生活にはなれていない。だから、頭脳でサポートする。それでいいか?」

「お金もあるよね?」

「この際だ。金だろうがなんだろうが、できる限り提供させてもらう」

 とはいえ、僕たちだって、利用するだけ利用しようだなんて思っていない。

「世田谷に人が住めそうな場所があるんだ。そこの人たちは……まあまあ話の通じる人たちだから、きっと住ませてくれると思う」

「あの壁を作ってた連中か……」

「知ってるの?」

「衛星の映像でな。だが、途中にもひとつ街があったろう。たしか、町田あたりだったか。あれはどうなんだ?」

 きっと鈴木さんのいる街のことだ。

 僕は思わず溜め息をついた。

「あそこはダメ。みんなお金に汚いから」

「俺には向いてそうだが」

「たぶんね。そこで、マリオネットさんにひとつお願いがあるの。その街に僕の知り合いがいて、借金を返そうと、つらい仕事をさせられてるんだ。助けてもらえないかな?」

 すると彼は片眉をつりあげ、ふっと笑った。

「なるほど、だから金が必要だったのか。お前たち、つくづくお人好しだな。いいだろう。俺が交渉する。金の使い方は、俺のほうが詳しいだろうからな」

「ありがとう」

 僕はテーブルに金貨を三枚置いた。さっきもらったばかりの報酬だ。

 彼は眉をひそめた。

「なんだこれは?」

「お金の管理はマリオネットさんに任せたいの。僕たちが持ってると、きっと悪い大人に巻き上げられちゃうから」

「断る。小銭くらい自分たちで管理しろ。いざというとき役に立つかもしれん」

「じゃあこの金貨だけ持ってる。でもそれ以外はお願い。ダメ?」

「ふん。お前はじつにさかしい女だな。いや、男だったか。ご希望通り、金の管理は俺に任せてもらう。完璧にやるから安心しろ」

 これで交渉は成立。

 食事を終えた伊藤さんのおなかが鳴っていたので、僕のパンを半分わけてあげた。


 *


 翌朝、水は靴の上まで来ていた。もし下水管が詰まっているのだとすれば、水位はあがる一方だろう。

 僕たちは何度もエレベーターを往復させて、可能な限りの荷物を運び出した。台車やクーラーボックスがあるから、そこにいろいろ詰め込んでおける。といっても、積み込みすぎて僕の胸くらいまでの高さになってしまったけれど。


 寒いけれども、空は晴れていた。

 前に撃たれた肩の調子もいい。大きく動かすと違和感があるけど、あまり気にせず暮らせるくらいにはなっている。


「莫大な財産をつぎ込んだシェルターも、一年もたなかったというわけだ。ま、インフラが壊れてしまってはな……」

 マリオネットさんは名残惜しそうだった。

 アリスも寄り添った。

「ご主人さま……」

「その呼び方はやめろ、アリス。俺はもうお前の主人ではない」

「そんなことありません。僕を拾ってくれたのは、ご主人さまですから。ご主人さまは、ずっと僕のご主人さまです」

「なら勝手にしろ」

 落ち武者と少年であるということを無視すれば、少しいい話のような気もしないではない。

 伊藤さんが咳払いをした。

「そこの二人! イチャついてないで、作業手伝いなさいよ! この美少女に仕事させておいて、恥ずかしいと思わないの?」

 マリオネットさんは肩をすくめた。

「街についたら、まずは鏡を買う必要がありそうだな」

「皮肉は聞こえないように言いなさいよ!」

「善処する」

 にぎやかな旅になりそうだ。


 マリオネットさんは、紙のお金で一千万、金貨で数億以上の資産を有していた。どちらもすごく重たかったけれど。かといって置いていくわけにもいかない。

 きっと鈴木さんを救出できるだろう。


 姉さんの友達の鈴木さん。

 だけど、いつだったか姉さんとケンカして、疎遠になっていたと思う。

 あのときは哀しかった。

 僕とは関係ない話なのに。

「姉さん、今度は鈴木さんと仲良くできるといいね」

 ウサギにそう話しかけたけれど、虚ろな目でじっと遠くを見つめていた。

 いつもこんな表情。

 一度もお返事してくれない。

 なんだか憎たらしくなって、指で顔をおしつぶした。

 間抜けな顔のウサギ。

「あはは、変な顔。ほらほら、なんか言い返してみなさいよ。ブサイクウサギ」

 アイのヤツ、こんなのを私だと思って話しかけるなんて。

 もう二度とやらないで欲しい。

 ま、どうでもいいわ。こんな無機物。

 今度という今度こそお金の力で鈴木さんを救い出して、上からモノ言ってやるんだから。助けてあげたんだから、私の友達になりなさい、って。きっと彼女も断らないはず。あの子はお金をくれる人の命令を聞くんだから。内心どう思うかは知らないけれど。

 そう。

 人の本当の心なんて、絶対に分からない。

 ウソの友達でもいい。つらい思い出をなかったことにしたい。あの日の思い出は、鋭い棘となって心に刺さったままなのだ。早く解放されたい。お金の力でもなんでもいいから……。


(続く)

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