表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/35

死に際のセミみたい

 はんてんでもこもこになった僕たちは、円柱型エレベーターが地上に到着するのを待っていた。

 あまりスピードが出ないみたいで、けっこう時間がかかった。

『作戦内容は理解しているな? 俺の渡した計器でデータを測定しつつ、ドローンの回収へ向かってくれ。電波障害があるから、遠隔での誘導はできない。外へ出たらあとはお前たち次第だ。迷ったら地図を見ろ』

 スピーカーから、マリオネットさんの声が聞こえてくる。

 この話はエレベーターに乗る前にも聞かされた。きっとよっぽど信用されてないんだろう。僕たちは、ずっと地上を歩いてきたっていうのに。

「任せて。完璧にやるから」

 伊藤さんがうるさそうな顔で返事をした。

 報酬は金貨一枚。

 僕は鈴木さんを救出するために、お金を稼がないといけない。


 でもなぜ鈴木さんを?

 僕は鈴木さんに対して、そんなに思い入れがあっただろうか……。


 エレベーターが停止すると、ドアが開き、冬の街が広がった。

 白い。

 積雪はない。けれども、ただでさえ白いコンクリートが、冬の日差しにさらされて余計に白く見えていた。

 結露した水分が凍り付いて、余計に白く見せているのかもしれない。

 気温は氷点下だろうか。

 例年よりも寒いらしい。


 僕たちは震えながら外へ踏み出した。

 息まで白い。

「なによこの寒さ! 地球は温暖化してたんじゃないの?」

 伊藤さんが地球に苦情を言い出した。

 でも気持ちは分かる。

 こんなに寒くする必要はないと思う。


 僕は手袋代わりの軍手をした指でなんとか地図を広げた。

「えーと、まずは海に行って……海岸に沿って進めば見つかると思う」

 マリオネットさんがプリントアウトした衛星写真だ。海があるから方向で迷うことはないと思う。


 大谷さんは計器を動かした。

「データはわしがとるけぇ、道案内は兄さんがしてつぁかさい」

「うん」

 ちょっと危なっかしいところもあるけれど、素直でかわいい後輩だ。

 もし妹がいたらこんな感じなんだろうか。


 ウサギは置いてきた。

 少しぐらいなら離れていても問題ないと思う。すぐに戻ってくるのだから。それに、なんだかずっと見られている気がするし。


 歩き始めてからは、僕たちはずっと会話を交わさなかった。

 寒すぎて、楽しくお喋りしている気分ではなかったのだ。


 *


 砂浜へついてからも、気分は回復しなかった。

 見たいと思っていた海が、すぐそこにあるのに。

 冷たい水が僕たちの行く手を阻んでいるようで、不気味な印象さえ受けた。大地はこの塩水で分断されている。

 でも、これは僕の個人的な考え方。

 海に住んでいる魚たちからすれば、陸地のせいで海が分断されているように見えているはず。


 海辺を歩いていると、のたのたとこちらへ近づいてくる男たちが見えた。計四名。みんなガリガリに痩せこけている。

 大谷さんが刀に手をかけた。

 男たちは一瞬ぎょっとした顔になったけれど、すぐに笑みのような表情に切り替えた。

「待った。そういうんじゃない。冷たくするなよ。人間同士だろ?」

 ずいぶん人相が変っていたから気づかなかったけれど、たぶんあのときの漁師だ。五人いたはずだけど。

 彼はこう続けた。

「な、食いモンあまってねぇか? ここんとこ、ずっとまともなモン食ってなくてよ。ちょっとでいいから分けてくんねぇかい?」

「……」

 困っていて、しかも素直に助けを求めてくる人には、僕だって応じたい気持ちはなくもない。

 だけど……。

 この人たちは、僕たちを助けてくれなかった。食料の代わりに、卑劣な要求をされたのだ。僕はこの人たちを許せない。

「もし食料を分けてあげたら、おじさんたちは僕たちになにをしてくれるの?」

「はっ?」

「そっちが出してきた条件だよ。僕たちも要求する権利はあると思う」

「僕? なに言ってんだよあんた……」

「じゃあさ、海にもぐってお魚とってきてよ。それと交換してあげる」

「……」

 目が血走っている。

 もしかすると、力づくで奪おうとしているのかもしれない。でも、こっちのほうが強い。僕ひとりでも勝てるけれど、伊藤さんや大谷さんも刀で武装している。勝負にならない。

 後ろの男が口を開いた。

「ムリだ。もう行こうぜ」

「クソ、アテにならねぇな」

 最後に悪態をついて、どこかへ行ってしまった。


 悪いことをしたかもしれない。

 けれども、僕はどうしても助ける気になれなかった。もしかしたら僕たちは餓死していたかもしれない。それか、屈辱的な扱いを受けていたかもしれない。僕たち以外にも同じようなことをされた人がいるかもしれない。

 どうしても許せなかった。


 *


 しばらく進んだところで、僕たちは休憩することにした。

 崩れかけた壁がかろうじて風よけになっていたし、そこらに木材も転がっていたからだ。こういうところで休んでおかないと、次いつ休めるか分からない。


 伊藤さんが焚き火をおこして、僕たちは暖をとった。

 食事もある。缶詰のパンと鶏肉。ペットボトルには新鮮な水。僕たちは恵まれている。それもこれもマリオネットさんのおかげだ。

 大谷さんはパンをくわえたまま、いろんな角度から計器を眺めていた。

「ほふぇなんなんふぁふぉーふぁ」

「なに?」

 パンのせいでなにも聞き取れない。

 大谷さんはパンを手に持ち替えた。

「これじゃ。なんなんじゃろうな?」

「電波を計ってるんじゃないの?」

「うーむ」

 たまにピッと電子音がする。

 特に操作する必要はない。電源を入れたまま持ち運ぶだけでいい。マリオネットさんはそう言っていた。


 *


 休んでいたら日が暮れてきたので、僕たちはそのまま夜を過ごすことにした。

 寒いことは寒いけど、体の芯まで冷える寒さではなかった。たぶんはんてんのおかげだ。食べ物も十分ある。外でこんなに安心できるのは初めてかもしれない。


 夜は寒さで何度も目をさました。

 それでも、死を覚悟する瞬間は一回もなかった。

 我慢しようと思えば我慢できるレベルだ。

 それに僕たちは、寒くならないようお互いにくっついていた。あったかいだけでなく、安心感もあった。


 *


 朝、また缶詰を食べて進んだ。

「なんじゃかピッピピッピうるさいのぅ」

 大谷さんの手にした計器が、リズミカルに音を立てるようになっていた。

 もしかすると、バッテリーが切れそうなのかもしれない。でも、ここではどうしようもなかった。コンセントなんてどこにもない。


 僕は地図を確認した。

 海岸にいることは分かる。

 でも、正確な位置は分からなかった。目印になりそうな建物もない。漠然と東を目指している。


「大谷さん、家とは逆方向だね」

 僕がそう声をかけると、彼女は計器をみつめたまま言った。

「ええんじゃ。本気で帰れるとは思っとらんかったけぇ。どうせくたばるなら、広島に近いほうがええと思っとっただけなんじゃ」

「……」

 この世界では、未来に希望を持つことができない。

 なんで世界が壊れたのかは……。僕には分からない。見ていないのだから、分からなくて当然だ。目が覚めたらこうなっていた。僕はなにも悪くない。僕は世界を救おうとしただけだ。

 僕は……。

 僕は被害者だ。


 もうバッテリーがもたないのか、計器はピピッピピッと主張を強めていた。やがてピピピッピピピッと激しさを増したかと思うと、最後はピーッと音が止まらなくなった。

「じゃかぁしぃのぅ……。死に際のセミみたいじゃ」

 大谷さんは計器をぶんぶんと振った。

 もちろんそんなことで回復するわけがない。


 伊藤さんが目を細めた。

「アレじゃない?」

 彼女の指さす先、砂浜に黒っぽい物体が落ちていた。

 頑張って目をこらすと、たしかにドローンのようにも見えなくもない。

 耳障りな電子音を聞きながら、僕たちはそちらへ向かった。


 ドローンだった。

 砂の上に落ちたからか、壊れているようには見えない。きっと持ち帰ったら普通に使えるようになるだろう。

 周囲に人の気配もない。

 ネコが数匹いたけれど、計器がうるさい音を立てていたせいか、サッと逃げ出してしまった。なでたかったのに。


 ドローンを伊藤さんのバッグにくくりつけ、僕たちはその場を離れた。

 すると計器もピピピッと次第に収束していった。

 バッテリーがなかったんじゃなくて、妨害電波に反応していたのかもしれない。


 *


 日が落ちてきたので、焚き火を囲んだ。

 計器の音はずっと鳴りっぱなしだったけれど、ここの少し手前でようやく落ち着いてくれた。ずっと聞いていたら頭がどうにかなりそうだった。

「明日には帰れるね」

 僕は缶詰を片付けながら言った。

 片付けるといっても、壁際に寄せるだけだけど。

 伊藤さんは難しそうな顔をしている。

「あれってなんの音だったんだろ……。嘉代ちゃん、それちょっと貸してもらえる?」

「ん」

 受け取った伊藤さんは、裏側のラベルをじっと見つめた。

「これって線量計じゃない? 放射線計るやつ」

「放射線?」

 その言葉はテレビで聴いた気がする。

 でもよくは知らない。

 伊藤さんは眉間にしわをよせて、怖い顔になっている。

「原発とかの事故で漏れるやつだよ。浴びたらダメなやつ」

「原発……」

 そういえば、いまは誰が管理しているのだろうか。

 もしかすると、誰かが善意で対応してくれているのかもしれない。

 それか、誰も管理していない、か……。

 大谷さんは自分の体を確認し、顔をあげた。

「なんともないが……」

「いまはね。でもあとから体がおかしくなる可能性があるし、ヘタすると死ぬと思う」

「……」

「あいつ、なんの説明もしなかったよ。エルたん……じゃなかったアイくん、これは問題だよ! あいつ、あたしらのこと騙したんだ!」

 マリオネットさんは、電波障害としか説明してくれなかった。

 もし本当は放射線が原因なのだとしたら、僕たちは騙されたことになる。

 けれども、僕はすぐには結論を出せなかった。

「そうだね。帰ったら確認してみよう。もし騙してたなら、ちゃんと説明してもらわないと」

「莫大な慰謝料を請求してやろうよ! あたしみたいな美少女が死んだら、この世界の損失なんだから!」

「うん」

 僕はマリオネットさんに恩を感じてる。だから正直、争いたくはない。なにかの間違いであって欲しいと思った。


 *


 翌日、浜辺を進んでいると、漁師のおじさんたちを見かけた。

 人数がひとり減っていた。

 そして取りつかれたような表情で、なにかを食べていた。

 カラスの群れが上空を旋回していた。


 シェルターについたのは日も傾きかけてきたころ。

 時計がないから正確な時刻は分からない。


 僕はコンコンとマンホールのような入口をノックした。

「戻ったよ。開けて」

 すると奥のほうでモーター音がして、円柱型のエレベーターがせり上がってきた。

 ドアが開くと、かすかに異臭がした。たぶん下水のにおいだ。設備に異常でも発生したのだろうか。ここでは計器は鳴っていないのに。

 中に入ると、すぐにスピーカーから声がした。

『よく戻ったな。エレベーターをおろす。だが気をつけろ。水が来ている』

「水?」

 僕は思わず眉をひそめた。

 地下に水なんて来たらすぐに水没してしまう。

 マリオネットさんの声も冴えない。

『内陸で降った雪が急に溶け出して、下水に流れ込んだんだろう。いや、それだけならまだいい。おそらくどこかで下水が詰まってる。誰も管理なんてしてないはずだからな』

 そう。

 原発だけでなく、下水だって、これまでは誰かが管理していたのだ。

 管理する人がいなくなれば、正常に働かなくなってしまう。

 僕たちは、見えないところで、誰かのお世話になっていたのだ。


 エレベーターが下へ向かう途中、伊藤さんが口を開いた。

「あのさー、この線量計、向こうでピーピー鳴ってたんだけど。下についたらきちんと説明してよね」

『そ、そうか。分かった』

 さすが伊藤さん。

 有無を言わさぬ態度だ。

 でもたぶん、僕もこれくらい強気でいかないとダメなのだ。いつも衝突を避けようとして、弱気になってしまう。相手に譲るか、殺して黙らせてしまうか、その二つしか僕には選択肢がない。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ