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アレがないと眠れない

 たぶん血糖値の変動で急に眠くなったんだと思う。

 みんなも昼寝をしていたようだ。

 コンクリの階段で寝たから少し体が痛い。

 日も落ちかけていて、そろそろ夜になろうとしている。

「イトたん、嘉代ちゃん、起きて。そろそろ夜だよ」

 夜なのに起こすというのも変な話だけれど。

 このままここで寝ていたら死んでしまうから。


 季節は、ようやく秋が深まってきたくらいだろうか。

 それでも信じられないほど寒い。これから本格的に寒くなってきたら、野宿なんてできないだろう。

 どこかで住めそうな場所を見つけないと。

 たとえば世田谷とか、鈴木さんがいた街のような場所……。


 *


 ガラスが中に入らないよう慎重に割って、車の中で寝た。

 窓が割れているから寒いことは寒いけれど、寒さの質が違った。下が地面じゃないことと、体温を奪う風がなかなか吹き込んでこないことが理由だろう。

 寝るときは、やはり屋根と壁が欲しい。


 もし組織へ行けば、受け入れてくれるだろうか。

 少なくとも屋根と壁はある。

 きっと水と食料も……。


 けれども、それと引き換えに大事なものを失うことになる。

 私の魔法は世界を壊せる。

 この力を、あの組織に与えておくわけにはいかない。


 いまにして思えば、地下シェルターから出るのは簡単だった。

 それでも行動にうつせなかったのは、人の死を見たくなかったからだ。「ママ」のことは嫌いだった。けれどもアイがなついていた。他の職員たちも。

 そしてアイが死んだ瞬間、彼女たちを生かしておく理由もなくなった。


 *


 イトたんのお母さんの実家は、当然のように上から叩き潰されていた。

 人の気配もナシ。

 木になっていた柿を齧ったが、渋すぎて食べられなかった。これでは鳥たちもつつかないわけだ。

 なのに、嘉代ちゃんは必死にジャンプしながら柿を集めていた。

「それ、食べるの? 渋いでしょ?」

「いまは食えん。渋を抜いてから食うんじゃ」

「どうやって?」

「アルコールをぶっかけるんじゃ。持っとらんか?」

「消毒液しかない」

「なら皮剥いて吊るしとくしかないのぅ。紐で縛ってな、肩で担いで歩くんじゃ。そのうち食えるようになるじゃろ」

 知恵袋だ。

 こんな子でさえ柿の食べ方を知っているのに、私はなにも知らない。


 ウサギにバカにされているような気がした。

 でも、あまり好かれてないんだから仕方ない。あとで耳をつけてあげよう。私がちぎったんだから、私が直さないと。


 ふと、音の近づいてくるのが聞こえた。

 羽音みたいなブーンという音。けれども、虫ではなさそうだ。

 嘉代ちゃんが刀に手をかけ、イトたんが手裏剣をつかんだ。私はウサギを抱きしめて眺めてるだけ。剣士に守られてるプリンセスみたい。こういうこと考えてるから嫌われるんだけど。

 接近してきたのは、輪っかのついた平らな飛行機だった。

「これ、あれじゃ。ラジコンじゃ。なんだっけ……」

 嘉代ちゃんは知ってる様子だが、言葉が出てこないようだ。

 イトたんが苦い笑みでつぶやいた。

「ドローンだね」

「それじゃ」


 するとドローンから声がした。

『なるほど、女が三人。チビどもはともかく、お前は合格だ。俺のシェルターに来ないか?』

 いちばん背が高いのは私だ。つまりこの声の主は私を誘っている。

 かなり若そうな声だった。

「シェルター? どこなの?」

『案内してやる。ついてこい』


 天気がいいからか、遠方にうっすらと富士山が見えた。

 形がしっかりしているところを見ると、特に噴火などはしていないようだ。世界がこんなになっても、自然は自然のまま。きっと怪物は、人の家だけを破壊したのだろう。


 私はドローンについていった。

 道に白骨死体がひとつ転がっていたほかは、特に異変もなかった。

 瓦礫をよけて道を進む。


 到着したのは、広めのスペースだった。

 建物はない。あってもすべて潰れている。もしかしてハメられたのだろうか? それならそれでいい。人を騙すようなヤツは切り裂いて、食べ物を奪ってやる。ただ歩くのだって疲れるのだ。


『ちょっと待て。いまドアをあげる』

 ドアを「あける」ではなく「あげる」と言った。

 この地方の方言だろうか。

 いや、違った。モーター音とともにマンホールのようなものがせり上がってきて、それが入口となった。

『入ってくれ。俺のシェルターに案内する』


 罠なら罠でいい。

 私をイラつかせたら、その責任はとってもらう。


 それはエレベーターだった。

 私たちが操作するまでもなく、自動的に降下した。


「エルたん、度胸あるねぇ」

「おなかすいてるから」

「漁師さんのときは、よく我慢したなぁーって思ったんだけど」

「相手が悪人なら別」

 するとこの会話を聞いていたらしく、スピーカーから返事が来た。

『言っておくけど、俺は悪人じゃない。むしろ善人だな。か弱い女性たちを保護しようっていうんだから』

 保護者気取りか。

 私は思わず言い返した。

「か弱いかどうか、見た目で判断できるの?」

『少なくともプロレスラーには見えない』

「その判断基準、きっと変えたほうがいいわ」


 チーンと音がしてドアが開いた。

 待っていたのは、予想外に小柄な少女だった。いや、少年だろうか。セミロングの髪。スカートの短いメイド服を着ている。

「あ、あの、いらっしゃいませ……。僕、ここでメイドをしているアリスって言います。ご主人さまのところにご案内しますので、こちらへどうぞ」

 きっと中学生くらいだろう。声変わりもしていない。

 ここの「ご主人さま」とやらがどんな趣味なのか、早くも知ることができた。


 蛍光灯の眩しいコンクリートの廊下を進むと、重厚な木製のドアに行き当たった。

 アリスはコンコンとノック。

「ご主人さま、お客さまをお連れしました」

「ああ、入ってくれ」

 尊大な態度だ。


 ちょっとしたホールのような大部屋だった。

 壁一面のモニター。

 床には白黒のタイル。

 壁にはよく分からない電飾。

 そして回転椅子で、くるりとこちらを向いたメガネの男。顔立ちは若い。得意満面だ。しかしストレスでも抱えているのか、前髪かかなり後退していた。落ち武者のようだ。体もガリガリに痩せている。

「ようこそ、麗しの美女たち。ここが俺の楽園だ」

 この際、容姿と性格のギャップはいい。

「お招きありがとう。私はエル。水と食料をもらいに来たわ」

「気の強い女は好きだ」

「失礼な男は嫌い」

 すると私の返事を無視して、彼はパンパンと手を鳴らした。

「アリス、客人に茶菓子を」

「かしこまりました」

 少年は部屋を出て行った。


 会話が途絶え、妙な空気になった。

 こちらから言うべきことは多くない。

 用があるとすれば、この男のほうのはずだ。なにか言うなら言って欲しい。

 彼は演技じみた咳払いをすると、こう言葉を続けた。

「んー、まさか、世界がこんなことになるとはね。ソファへかけてくれたまえ。えーと、エルくんと……あとの二人は?」

「わしゃ大谷嘉代じゃ」

「伊藤です」

 イトたんは、あくまで下の名前を名乗らないつもりらしい。

 しかも相手がイケメンじゃないから露骨にテンションをさげている。

 男もソファへやってきて、こう告げた。

「俺は天才ハッカーの†マリオ☆ネット†だ。シクヨロ」

「……」

「どうかな、ここの居心地は? 核戦争に備えて、地下に住居を作っておいたんだ。まさか本当にそうなるとは思わなかったが。ま、打てる対策は打っておくタチでね。つい先手先手で動いてしまうんだ。自分の頭脳が怖いよ」

「本題は? まさか茶菓子の代わりに体を差し出せなんて言わないわよね?」

 私は結論から尋ねた。

 もしあの漁師たちのような要求をしてくるなら、応じられない。

 男は口をへの字にした。

「まあ待て。この俺がそこらの凡夫と同じに見えるのか? これはノブレス・オブリージュ。すなわち高貴なるものの義務だ」

「ならほかにも助けてるの?」

「ああ。だが、キレイなものだけだ。醜い連中は救わない」

「あなたも?」

「おっと、そこまでだ。俺だって鏡を見たことはあるさ。だが、ここを所有しているのは俺だ。俺がルールだ。すべての判断は俺がする」

「あなたの望む条件を言って。応じられそうなら残る。でもそうじゃなかったら帰る」

 水や食料が豊富に残っているなら、魔法で奪うこともできる。

 だが、しないのだ。

 私はしない。

 そう決めたのだ。

 少なくとも我慢できる限りは。

 男はキザに笑った。

「なにも。ここのモノを壊したり盗んだりしなければ、いつまでいてもらってもいい。俺は生活を華やかにしたいだけだ」

「ウソだったら体の一部が飛ぶけど」

「そんなことは見れば分かる。刀で武装した女が二人もいるんだからな。それに引き換え、こちらは丸腰だ。戦う前から勝負はついてる。だが、念のためひとつ言っておくぞ。ここのロックはすべて俺の生体認証だ。俺が死んだら冷蔵庫も開かない。入口のドアもな。これがなにを意味するか分かるな?」

「ええ、問題ないわ」

 体をジロジロ見られるくらいなら、なんとか耐えられると思う。

 それに、もう聞いてられないほどイトたんのおなかが自己主張している。なんとかこれを黙らせなくては。


 メイドがキッチンワゴンで茶菓子を運んできた。

 あったかい紅茶、そして山盛りのクッキーだ。

 テーブルに置かれた瞬間、イトたんが手を伸ばした。素早い反射神経で嘉代ちゃんもとった。私も端からそっととった。

 紅茶なんて目もくれず、私たちはクッキーをむさぼった。

 きっと動物みたいだったろう。

 けれども、仕方がなかった。最後に食べたのは水ナシのカップ麺だ。バターの風味ただよう香ばしいクッキーなんて、この先何年食べられるか分かったものじゃない。


「ヤバ、うますぎて死ぬかも」

 イトたんは大袈裟だ。

 けれども、気持ちは分かる。

 私も幸福すぎて頭がどうにかなりそうだ。極上の餌をもらったハムスターみたいに脳が狂喜している。

 小麦の味というのは、こんなに甘かったのだ。


 マリオネット氏は引いている。

「よほど腹が減っていたんだな。夕飯はもっとすごいぞ。だがその前に、シャワーを浴びてくるんだ。獣みたいなにおいがするぞ」

「案内して」


 *


 三人でシャワーを浴びた。

 久しぶりのシャワーだったから、ついはしゃいでしまった。イトたんがふざけるから。

 体が清潔になって、生き返ったような気持ちだった。

 そこまでは、いい。

 問題は服だ。

 着替えようと思ったら、なぜかメイド服しかなかった。


 私たちはひとまずそれを着用し、部屋へ戻った。

「説明して欲しいんだけど」

「まずは座ってくれ」

 余裕の態度だ。

 刀も没収されている。

 やり方が汚い。

 私はどっとソファへ腰をおろした。

「説明して。私たちの服は?」

「アリスに洗濯させた」

「頼んでない」

「衛生上の問題だ。まさかあの汚れた服でここを歩き回るつもりだったのか?」

「そうよ。私はともかく、二人にこんなカッコさせるのはやめて」

「仲間をかばうその姿勢、なかなか素晴らしいな。だが、断る」

 頭部に蛍光灯の光を反射させながら、彼は優雅に紅茶をすすった。

 完全にナメられている。

「やり方が卑怯よ」

「なら出て行くか? 俺は止めない」

「……」

「判断するのは、夕飯のあとでもいいだろう。そのころには服も乾く」

 本当に好きになれない。

 でも、食べ物は欲しい。

 つまり私は屈したのだ。

 恥ずかしいメイド服。ふとももがあらわになって、下着が見えそうな服を着せられて……。裸で人前にいるみたいで落ち着かない。

 嘉代ちゃんも納得していなかった。

「服はなんでもええ。じゃが、刀だけは返してもらえんか? ありゃあわしの魂じゃけぇ」

「変わった娘だな。安心しろ。帰るときに返す」

「ダメじゃ。わしゃあれがないと安心して眠れんのじゃ」

「ふん。ここで振り回さないと約束できるのか?」

「わしゃ恩を仇で返すマネはせん。もし約束を破ったら、この場で腹を切るけぇ。頼む! このとーりじゃ!」

 土下座してしまった。

 いったいどこでどんな生活をしていれば、こんなふうに育つのか。

 男も困っている。

「分かった分かった。顔をあげろ。そこまでされたら返さないわけにはいかない。そっちの子はどうだ?」

 けれども、イトたんは上の空だった。

「え、あたし? あたしはいいです。なにげに重いし。ここであずかっててください」

「分かった」

 このやり取りを、嘉代ちゃんは信じられないものでも見るような目で見た。食事のために魂を売り払ったように見えたのかもしれない。けれども、イトたんはそういう女だ。


 私は脱力して背もたれへ身を預け、けれども、すぐに反動で前傾姿勢になった。完全に忘れていた。

「そういえば、私のウサギは?」

「荷物はまとめて保管している。まさか、お前もアレがないと眠れないのか?」

 いちいち得意顔なのがウザすぎる。

「確認しただけでしょ」

「洗濯したいならいつでも言え。アリスが対応する」

「捨ててないならそれでいいわ。そのまま置いといて」

 あんなウサギ、手元になくたってちっとも困らない。

 困らないけれど……。

 せっかくだから、いまのうち耳をつけてやりたい気もする。


(続く)

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