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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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11/35

文明

 進むにつれて、この国が復興しつつあることが分かった。

 この国といっても、日本国のことではなく、世田谷共和国のことだけど。

 中心部は瓦礫が撤去され、重機を使った建設も始まっていた。


 私たちが案内されたのは、仮設のプレハブ小屋だった。いちおう看板には「世田谷国役所」とある。あくまで臨時の建物なのだろう。

 護衛の男たちは外で待機となり、私たちと島村さんだけが中に入った。


「あら、お帰りなさい。騒ぎはもうおさまったの?」

 パイプ椅子に、でっぷりと太った中年女性が腰をおろしていた。

 応じる島村さんは苦い笑みだ。

「お客さんをお迎えしたよ。えーと、まずは紹介しておかないとね。こちらは妻の直美です」

「お客さんなんて珍しい。直美です。ゆっくりしていってね」

 ひとなつこい笑みだ。

 ちょっとイトたんに似ているかも。

 ただ、私は容赦しない。

「お招きありがとう。私はエル。世田谷を除くすべての世界のプリンセスよ」

「……」

 場が凍り付いた。

 もちろん平気。

 この程度は慣れてる。

 だいたい、誰も私の話をまともに聞かないのだ。これまでもそうだったし、今後もそうなる。なって欲しい。もしダメなら無視して。お願いだから。

 直美さんは「ファハー」とのけぞった。

「まー、面白い子。よろしくね、プリンセス」

「うん……」

 本来なら不敬罪だけれど、特別に許してあげる。


 島村さんは遠慮がちに告げた。

「直美ちゃん、悪いんだけど人数分のお茶菓子用意してくれる?」

「あいよ」

 お茶菓子。

 嗜好品が存在しているなんて……。

 生活水準が高すぎるわ。


 島村さんは向き直った。

「じゃ、私たちは奥で」


 *


 会議室だろうか。

 ホワイトボードが置かれ、長テーブルがあり、パイプ椅子が並べられていた。

「ここは国会も兼ねてまして。どうぞおかけください」

「では遠慮なく」

 私たちは三人で並び、島村さんはひとりで向かいに腰をおろした。

「あらためて自己紹介させていただきます。私、世田谷共和国の初代大統領、島村茂夫です」

「え、大統領? エリアの代表者じゃ……」

「ええ。まあ同じようなものです。まだあまり大きな街じゃありませんから」

 つまり玉田さんは大統領に銃を向けたことになる。あとで死刑になるかもしれない。みっともなく命乞いしたら助けてあげてもいいけど。

 私はひとしきり部屋を見回してから、こう応じた。

「なにが聞きたいのかしら?」

「外部からの侵入者についてです。もしあなたがたの話が本当なら、おそらく彼らが壁を破壊したことになりますから」

 なるべくこちらの発言に寄り添って話を進める感じか……。

 でもこの話法は怖い。

 相手が聞いてくれるのをいいことに、こっちが機嫌よく喋っていると、つい余計なことまで喋りすぎてしまう。その結果、矛盾が出る。アイがよくやる手口だ。


 私は思い切って白状した。

「じつはあの壁を壊したのは私よ」

「ああ、そうでしたか……」

「けど、損害賠償なら応じられないわ。お金もってないもの」

「ええ、それはまあ構わないのですが……」

 島村さんは困惑顔で頭をぽりぽりかき始めた。

 玉田さんが脇から口を挟んだ。

「なにか問題が?」

「魔女に関する噂はご存じでしょうか? この世界を破壊したのは魔女であると、このころ言われるようになりましてね。じつはすでに国内に紛れ込んでいるのではないかと、一部の市民が殺気立っているところなんです」

 あの鉄パイプの防衛隊のことだろうか。

 島村さんは溜め息まじりにこう続けた。

「ですので、もしあなたがその魔女なのだとしたら、きっと大変な騒ぎに発展することでしょう」

 その手の話は、バッドエンドだらけの昔話で見た気がする。

 私は思わず笑みを浮かべてしまった。

「魔女狩りでも始まるのかしら? 国賓として招いたプリンセスを火計に? あまりに野蛮だわ」

 もしそんなこと考えてたら、逆に殺してあげるけど。

 島村さんは額の汗をぬぐった。

「いえいえ。そうしないために、ですね。ここはどうか、じつはあなたの仕業ではなかったと宣言していただきたいのです」

「うっ……。私、もう鉄パイプ切断するとこ見られちゃったけど……」

「うかがっております。ただ、その点はご安心ください。『あること』を『なかったこと』にするのは政治のイロハですので。こちらでなんとかします」

「……」

 汚いわね……。

 最初から会話に参加せずぽかーんとしているイトたんはともかく、話を理解している玉田さんは複雑そうな顔になっている。

 島村さんもムリは承知のようだ。

「とても不安定な情勢です。いまは治安の維持を最優先に考えておりまして。プリンセスのお力添えをいただきたいと」

「いいわ。協力してあげる」

 この人は、そこらのおじさんと違って、きちんとプリンセスの扱いをわきまえている。実際はプリンセスを自称するだけの、ただの人殺しだけれど。


 島村さんがほっとしたところで、直美さんがお茶菓子を持ってきた。

 コップに注がれた麦茶と、大皿に盛られたお煎餅。

 醤油のいいにおいがする。まさか、ここで焼かれたものでは……。だとすれば、私がいままで過ごしてきた世界とは、天と地ほども豊かさが違う。

「どうぞ召し上がってください」

「いただきまーす!」

 プリンセスを差し置いて、イトたんが動き出した。

 その動作は俊敏。

 お煎餅をひったくって、いきなりバキリと噛み砕いた。

「ヤバ! 死ぬほどうまいんですけど!」

「今日焼いたばっかりだから。まだあるから、遠慮せず食べてね」

「はーい!」


 私は恥を忍んで告げた。

「大統領、あとでお醤油を分けて欲しいのだけど……」

「ええ、はい。もちろんご用意いたします」

 素直に献上するのはいいことだわ。ここを植民地にして強制的に取り上げる必要がなくなる。

 島田さんは、すると私の表情をうかがうような様子を見せた。

「代わりと言ってはなんですが、外の様子をお聞かせ願えないかと」

「外? なにが聞きたいの?」

「あなたがたのあとに現れた、スーツの集団。彼らはなにものです?」

「それは私の執事が説明するわ」

 お煎餅を食べたかったので、あとは玉田さんに任せた。


「あー、あいつらね……。こちらのプリンセスを追ってる悪い連中です。銃まで所持してましてね。俺たちは追跡を逃れるため、各地を転々としている最中だったんです」

「銃を……」

「あの穴、早めにふさいどいたほうがいいですよ。また入ってきますから」

「手配しましょう。ところで、追われている理由を聞いても?」


 私はお煎餅を齧った。

 のたうつほどおいしい。

 和菓子より洋菓子のほうが好きだったけど、いまこの瞬間から宗旨替えしてもいい。醤油の香ばしさ、そしてお米の味。なんならこれが主食でもいいのではないだろうか。

 ご飯がないなら、お煎餅を食べればいいのよ。


「理由かぁ……。ま、さっきも出た通り、彼女は特殊な能力を有してましてね。それを悪用しようと企む組織がある、といったところです」

「つまり、あなたたちを狙って来たと」

「そういうことになりますね」

 さっきと言ってることが違う。

 島村さんはそれでも怒らなかった。

「分かりました。では、あなたたちのおこなった戦闘は、あくまで自衛のためであると、こういうことですね?」

「もちろん」

「結構です。あとはこちらでうまく処理しておきましょう。宿を手配しますので、しばしこちらでお待ちください」

 島村さんは出て行った。


 まだ罠の可能性がある。

 もう胃の中だけれど、麦茶やお煎餅に毒が盛られている可能性だってあった。イトたんは半分くらいひとりで食べてしまった。


 すると、イトたんがおなかを抑えてうずくまった。

「あ、ヤバ。なんかオナラ出そう……」

「出したら縁切るから」

「あたしたち、ズッ友じゃなかったの?」

「ずっとも?」

「永遠の友達!」

「厚かましいわね。オナラするまでの友達よ」

「うぐぅ……」

 般若面みたいな顔で耐えている。

 でもオナラくらいで縁を切っていたら、毎日絶縁することになってしまう。なぜならイトたんは、毎晩寝ながらオナラをしているからだ。

 まあ私は完璧な存在だからしてないけど。たぶん。


 *


 まずは共同浴場へ案内された。

 島村さんが配慮してくれたのか、私とイトたんしかいなかった。

 男湯には玉田さんと島村さんで入ったと思う。おじさんがふたり。いまの私がアイじゃなくてよかった。


 サッパリしてから宿へ案内された。

 といっても仮設住宅だ。

 玉田さんも同じ部屋だったけれど、いまさら気にしない。


「ヤバ、肌つやっつやなんだけど!」

 イトたんはずっと自分のほっぺを触っている。

 つやつやというか、もちもちというか。絵に描いたように健康的だ。

 私もつやつやのはずだけど、そんなことより腕が痛い。傷口はふさがっているし、化膿もしてなかったけれど、少し動かすと痛みが走る。風呂で血流がよくなったせいかもしれない。

 玉田さんは無精ひげを剃って、少し若くなったようにも見える。おじさんに見えるけど、もしかするとまだ二十代かもしれない。


 イトたんはベッドに寝転がり、壁際に背をあずけた。

 やっぱりどこからどう見ても人間のフリをしたネコみたい。

「でさー、エルたんは、いつになったらアイくんに代わってくれるの?」

「失礼ね……。オナラしたのにまだ友達のつもり?」

「お詫びに背中洗ってあげたじゃん。あ、前だっけ」

「死にたいならそう言って」

 まっ平らだから前だか後ろだか分からない、などと、裁判沙汰になりそうな罵詈雑言を浴びせられた。私のぶんのお煎餅を返して欲しい。


 お風呂上がりでテンションがあがっているのか、イトたんは玉田さんにも攻撃を仕掛けた。

「おじさんもさぁ、大変じゃない? お風呂上がりの美女二人に囲まれて。あ、間違っても妙な気は起こさないでよね?」

「なら、護身用に銃を預けておこう。俺が妙な動きをしたら容赦なく撃ってくれ」

「こっわ。マジギレしてるし!」

 軽くあしらわれているだけだ。

 ま、怒らないのが分かっているから、こうして冗談も言えるのだろう。

 私も便乗することにした。

「でもどうなの? 玉田さん、私のこと女だって気づいてたよね? 最初はどう思ったの? 他の連中は、みんな品性のなさをさらけだしてきたけど」

 彼はふっと笑った。

「ま、俺だって聖人君子ってワケじゃねぇ。最初はキレイな女だと思ってワクワクしたよ。ただ、少し話してみて、尋常じゃない状態だってのはすぐ分かった。そしたら今度は、急に気の毒になちまってな。なんとかしなきゃって……」

 また上からモノを言う。

 かわいそうなヤツだと思って情けをかけてくれた、とでもいうのか。

「もし最初から私だったらどうしてたの?」

「べつに。仲良くなるならそれはそれ。ならないならそれも結果だ。歳もだいぶ離れてるしな。まあなにも起きんよ」

「カッコつけてるわね。アイが好きなタイプよ、それ」

「気を付ける。ただ、俺らそもそも敵同士だぜ? 利害が対立してる。仲良くなりようがない」

「じゃあ伊藤さんのことは? かわいいと思う?」

「ああ、思うよ。なんだか親戚のクソガキみたいでな」

「あはは」

 友達がバカにされたのに、思わず笑い転げてしまった。

 イトたんは、またぶちゃネコみたいな顔になってる。


 修学旅行みたい。

 もしあのとき誘拐されず、学校に通い続けることができたら、こんな瞬間があったんだろうか。

 そう考えたら、僕は急に寂しい気持ちに襲われた。

 間違いなく楽しい気分だったのに。


「ね、伊藤さん」

 僕が仰向けになって呼びかけると、彼女はむっとした顔で覗き込んできた。

「なによ?」

「よかったら、僕の髪切ってくれないかな? なんか、長すぎる気がするんだ」

「えっ? アイくん?」

「うん。こんなに長いと、また女の子だと思われちゃう……」

「……」

 ダメだったかな?

 もしそうなら、あまり期待できないけれど、おじさんに頼むしかない。

 気安く人に触らせちゃダメって姉さんには言われてたけど、髪を切るときくらいはいいはず。

 でも、あんまり短くし過ぎると姉さんに怒られちゃうかな。


 ウサギがじっとこっちを見てる。

 虚ろな黒目。

 僕になにか言いたいんだろうか。

 なにも言ってくれないくせに。


(続く)

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