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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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10/35

世田谷の壁

 私たちは焚き火の痕跡を消して旅に出た。

 移動ルートを追跡されないためだ。

 簡易爆弾は二つできた。私が強制的に酒の中身を捨てさせて、空き瓶にしたのだ。玉田さんは落ち込んでいたけれど、そんなの関係ない。

 瓶を投げるのはイトたんの担当になった。モノを投げるのがやけに得意みたいだったから。

 敵は私を殺さないはずだから、私が盾になる。それでも狙われるようなら空間を裂いて弾道をそらす。「向こう側」の怪物を刺激してしまうのはこの際仕方がない。


「もう分かってると思うけど、私、よく分からないタイミングでアイになると思うけど、そのときは適当によろしくね」

 私がそう言うと、ふたりは小さくうなずいた。

 納得いかないだろうけれど、私にもコントロールできないんだから仕方がない。あとはアイが作戦をおぼえていてくれるのを願うのみだ。


 やがて壁に行き当たった。

 バリケード……というのだろうか。乗り捨てられた車や瓦礫、鉄板、ベニヤ板などを組み合わせ、壁にしてある。そして黒スプレーで「通行禁止」の文字。

 私は玉田さんに尋ねた。

「これも組織が?」

「えー、いや、どうだろうな。あいつら、わざわざこんなことするかな? もしこれが広範囲に作られてるんだとしたら、かなりの労力だぜ? そんな大人数を動員できるんだったら、もっと街中に人がいないとおかしい」

 それは私には判断できない。

 これまで遭遇した敵は二人組。それが二回。玉田さんを合わせても計五名。たしかに、あまり大人数でない感じもする。まだ遭遇していないだけかもしれないけれど。

 玉田さんは眉をひそめた。

「あいつら、あちこちに張り紙して、必死に人材を集めようとしてたんだ。事務所だって閑散としたもんだった。で、行ったらその場で三百万。しかも拳銃のオマケつきだ。ここまで手厚い待遇ってことは、よっぽど人手不足だったんだろう。となると、壁を作ったのは別の連中と考えていい」

 私は考えるのが面倒だから、彼の推測に任せることにした。

 イトたんも暇そうに脇腹をかいている。

「別の連中って?」

「さあな。ただ、『通行禁止』のメッセージをこちら側へ向けてるってことは、やったのは向こう側の連中ってことだろう」

「私たちに来て欲しくないと思ってるってこと?」

「おそらく。理由は分からんが。けど、この手の壁は必ずどこかで途切れる。瓦礫を迂回しながら移動すれば、そのうち回り込めるはず」

「そんな簡単に行く?」

「組織よりヤバい連中に遭遇する可能性もある。ま、旅の行き先はあんたに任せるさ。俺たちはただのストーカーだからな」

「……」


 私は特に行きたいところがあるわけでもない。

 地下に閉じ込められているのがイヤだっただけ。

 だから壁があるなら、引き返してもいい。

 または、引き返さなくてもいい。


 私は意識を集中して、空間を縦に切り裂いた。

 すると、宇宙みたいにまっくろな裂け目ができた。

 正確には宇宙ほどクリーンじゃないけれど。なんだかもやもやしている。奥には怪物の気配。語りかけてくるような、けれども聞き取れない声。

 範囲を広げると、向こう側からの波動が高まってきた。

 キィーンという耳障りな高音。

 精神が高揚してきた。

 闇の奥に光が見える。

 これに魅了されたら終わる。


 私はふっと空間を閉じた。

 バリケードはゆがんだまま。人が通れるほどの隙間ができていた。


「ふぅ。これで通れるでしょ?」

「……」

 二人とも怯えたような顔になっていた。

 慣れているつもりだったけど、やっぱりちょっと寂しい。

「マズかった?」

 イトたんはぶんぶんと首を振ったけれども、玉田さんが納得しなかった。

「勝手に入って見つかったら、面倒なことになるぜ?」

「大丈夫よ。最初から開いてたって言えば」

「ったく。たいした度胸だな、あんたは」

「褒めてるのよね?」

「もちろんだ」

 渋い顔になってしまった。


 *


 けれども、バリケードを超えたところで、特に景色は変わらなかった。

 ところどころに「世田谷共和国」と書かれた看板が設置されているくらい。

「こんな国あったっけ?」

 私が尋ねると、玉田さんが肩をすくめた。

「新しく作ったんだろう。共和国ってことは、選挙でリーダーを選んでるってことだ。少しは文明が残ってるかもな」

「文明ねぇ……」

 瓦礫と看板しか見当たらない。


 けれども、しばらく進むと四人組の男たちと遭遇した。

「ん? 何者だ!?」

「国民番号を言え!」

 鉄パイプを持ち、頭にハチマキをしたおじさんたち。

 ハチマキには「世田谷防衛隊」とある。

 これが文明なのだろうか。

 イトたんが爆弾を投げつけようとしたのを、玉田さんが慌てて制した。

「ちょ、ちょっと待った。俺ら、間違って入り込んじまっただけでしてね。土地を荒らすつもりは毛頭ないんです。ホントに」

「怪しいヤツらだな。特にそっちの忍者!」

 それはそうだろう。

 私から見ても怪しい。

 イトたんは地団駄を踏んだ。

「忍者じゃない! これしか服がなかったの!」

 こんな時代だ。服だって簡単に手に入るわけじゃない。拾ったものを着るしかないのだ。

 男たちの服装だって、ちっともオシャレじゃない。おおかた間に合わせの服を着ているのだろう。条件は同じだ。

 イトたんがちゃんと顔をさらしたので、男たちも納得したらしい。

「分かった。じゃあそれはいい。だいたい、こんな堂々とした忍者がいるわけないからな。だが、だからといって見逃すことはできない。ここにいるってことは、鉄壁の防御を乗り越えてきたってことだ。本部で詳しい話を聞かせてもらう」

 勝手なことを言っている。

 私は前に出た。

「お断りよ。私は誰の指図も受けない」

「生意気なガキだな。お前たちは国境線を超えたんだ。こちらの法に従ってもらう」

「なら力づくでどうぞ?」

「……」

 男たちは互いに顔を見合わせている。

 いきなり仕掛けてこないだけ、まあまあ文明的と言えるかもしれない。

 すると玉田さんが、卑屈な態度でヘラヘラと場を取り繕った。

「まあまあ。勝手に入ったことは謝りますから。すぐ出ていきますしね。どうかここはひとつ、穏便に……」

 このやり方、私は好きになれない。

 なぜ悪いヤツにペコペコしなくちゃいけないのか。

 あまりに下手に出たせいで、男のほうも図に乗ってしまった。

「なんだあんた。恥ずかしくないのか? いい歳した男が、こんなガキにアゴで使われて」

「えへへ……。いや、まあ、ねぇ……」

 イライラする。

 比較的若い男が、玉田さんの足を蹴った。

「とにかく来いよ。あんま手間かけさせんな」

「あの、暴力はちょっと……」

「俺たちも忙しいんだよ。こいつで叩かれねぇと分かんねぇのか?」


 そう。

 言葉でどうにかなるなら苦労しない。

 こういう連中には、動物でも分かる「恐怖」を与えてやらないと。

 私は空間を裂き、男が見せつけていた鉄パイプを半分に切断した。


 カラーンと音がして、みんなの動きが止まった。

「えっ? あれ? いまの……えっ?」

 男は目を丸くしている。

 なにが起きたか分からないといった表情。

 私は親切にも状況を教えてあげることにした。

「私が切ったの。次は腕を落としてあげる。そうしないと、いつまでもここに拘束されそうだから」


 リーダーらしい小太りのおじさんが後ずさった。

「こ、こいつが魔女だ! 世界を滅ぼした魔女だ!」

 恐怖が伝播して、男たちは「ひぃ」と情けない声をもらしながら、我先にと逃げ出した。

 魔女――。

 魔法を使う女なのだから、魔女というのもたぶん間違いではないはずだけれど。でも自己紹介もしていないのに、勝手に正体を見破られるとは。


 イトたんは鉄パイプのところにしゃがみ込んで、しげしげと切断面を見つめた。

「キレイに切れるもんだねぇ……」

「そんなこと感心しないで。それより、なんなの魔女って? 私はいいけど、アイは怒るよ。僕は男だ、とかなんとか言って」

 まあそこは問題の本質じゃないんだけど。

 玉田さんも顔をしかめていた。

「ここの連中が警戒してたのは、きっとあんたのことだな」

「私ってそんな有名人だったの?」

「きっと組織のヤツが適当な噂を流したんだろう。特殊能力を使う女がいるって。そこに背ビレと尾ヒレがついて話がデカくなった」

「でも魔女だよ? ちゃんと男装してるのに」

「あんな能力見せられたら誰だって気づく。それに、あんたの線の細さは、どこからどう見ても女だ」

「……」

 つまり玉田さんは、最初から私が女だと見抜いていたということだ。

 まあ他の人間もだいたい見抜いていたけれど。

 この人の場合、分かった上でアイのウソに付き合ったからタチが悪い。アイはさぞかし気をよくしたことだろう。あの子はチョロいから、すぐ調子に乗ってしまう。


 玉田さんは左右をキョロキョロした。

「あいつらの仲間が駆けつけてくる前に、俺たちも撤収したほうがよさそうだ。もし戦闘になれば、せっかくの爆弾がムダになる」

「でも、どっちに行けばいいの?」

「奥になにがあるか分からない以上、来た道を引き返すほうが安全だろう」


 *


 けれども、玉田さんの予想はハズレた。

 つまり、ちっとも安全じゃなかったということだ。


 道を引き返すと、私が作ったスペースから、スーツの男が入り込んでくるところだった。

 お互い、いるはずがないと思っていたからか、困惑したまま見つめ合った。


 それは狭い道だから、私たちの姿を確認したのは一人だけ。残りの連中は後ろにいる。

「おい、止まるなって。狭ぇんだから早く行けや」

 前が見えない連中は、悠長にそんなことをぼやいている。


 ヒュッと瓶が投げられた。

 それは先頭にいた男の顔面に直撃。「うがぁ」と悲鳴をあげさせた。

 床に落ちた瓶を、玉田さんがパァンと撃ち抜いた。

 びっくりするほど大きな炎が、ぼうっと燃え上がった。


 爆弾というには物足りない火力だったけれど、炎の広がりは目を見張るものがあった。こちらとは距離があったはずなのに、かなりの熱が伝わって来た。もう少し近かったら前髪がチリチリになっていたかもしれない。

「あーっ! あーっ!」

 炎に巻き込まれた男たちは、パニックになって押しのけ合った。

 玉田さんは銃を構えているが、節約のためか撃たずに待っている。イトたんも二つ目の爆弾を投げない。


 壁の向こうから「おいムリだ!」「逃げろ!」「撤収!」などと怒鳴る声が聞こえた。声や足音からするに、十名近くがいたかもしれない。

 うずくまって炎上している男は三名。

 かなりの人数で乗り込んできたことが分かる。


 すると面倒なことに、この騒ぎを聞きつけた「世田谷防衛隊」が後ろから集まってきた。これも十名はいるだろうか。

「なんの騒ぎだ!?」

「燃えてるぞ!」

「部外者だな!」

「こいつが魔女だ! 俺は見たんだ!」

 テレビで観たことがある。サルの群れがケンカするとき、だいたいこんな感じで始まる。とにかく大きな声で吠えるのだ。

 玉田さんは銃を構えたまま向き直った。

「話を聞くつもりがあるなら銃を下ろす。だがそうじゃないなら、後ろの連中と同じ目にあってもらうぜ」

「……」

 男たちはツバを飲み込んだ。

 静かにしてくれるだけ、サルよりマシかもしれない。

 私が交渉してもナメられそうだったから、この場は玉田さんに任せることにした。中年のおじさんたちは、若い娘の話など聞こうともしない。それは地下シェルターにいたころ、イヤというほど思い知らされた。

 玉田さんは言葉を続けた。

「よし、代表者はいるか? もしくはこの場でもっとも権限のあるもの。前へ出てくれ。会話をするだけだ。話がついたら、互いに怪我人を出さず解散する。いい大人同士、マナーよくいこうぜ」

 するとメガネのおじさんが前に出た。

「私がこのエリアの代表をしております島村です。まずは銃をおろしていただけませんか?」

「失礼。玉田です。放浪者でね。迷惑をかけるつもりはなかった」

「ではなぜ『通行禁止』の文字を無視したのです?」

「そんな文字が? 入口がひしゃげてて、よく分かりませんでしたね」

 交渉なんてせず、力で分からせてやればいいのに。

 そんな気持ちもなくはなかった。

 島村さんは不審そうに顔をしかめた。

「ひしゃげていた? そこは昨日、うちのものが安全を点検したばかりですが」

「そう言われてもね」

 すると集団から「魔女だ! 魔女がやったんだ!」などとヤジが飛んできた。

 ただ、こればかりは言いがかりではなく、事実だ。

 玉田さんがうまく誤魔化してくれると期待しよう。

「開いてたんです。それでいいでしょう。この確認しようもない事象に、まだ時間をかけるつもりですか? 交渉不能と判断しますよ?」

「横暴な……」

「こっちは素直に出てくって言ってるんです。なにが不満なんです?」

「事情の説明を。こちらも自治の都合上、前後の関係を知る必要がありますので」

「向こうから乱暴なのが来たから対処しただけですよ。けど考えてみてください。俺ら、あいつらからこの国を守ったんですよ? 感謝されるならともかく、非難される覚えはありませんや」

「彼らの狙いが我が国ではなく、あなたたちだとしたら? 問題を持ち込んだのはそちらということになります」

「まただ。確認しようのない事象ですよ。俺たちは、たまたまここに迷い込んで、そして出て行こうとしただけなんです。それでも呼び止めるおつもりで?」

 交渉が強引すぎる気もするけど。

 島村さんも島村さんで頑固だった。

「分かりました。ではこうしましょう。私たちは、皆さんを客人として迎える。そして皆さんは、私たちに旅の出来事を伝える。水と食料、それに寝る場所も提供いたします。これでどうです?」

「罠かもしれない」

「私が逆の立場でもそう思います。ただ、信用していただくほかない。もし不安でしたら、その銃を私に突き付けてくださって結構です。この場にいる男たちは私の部下ですから、あなたが発砲しない限り、戦闘にはならないと思います」

 なかなか堂々としている。

 玉田さんはポケットへ銃を戻した。

「参りましたよ。マナーよくいこうって言ったのはこっちですからね。ただ、決定権はうちの姫サマにある。彼女が首を縦に振ったら応じましょう」

 玉田さんも、誰がリーダーなのかよく理解しているみたい。

 結構なことだわ。

 私は少しもったいぶって応じた。

「そうね。構わないわ。招待されてあげる。プリンセスなんだから、国賓待遇でお願いね」

 おじさんたちは唖然としている。

 なにもおかしなことは言っていないのに。


(続く)

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