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6.魔王


「なるほど」


 手紙を読み終えた国王は、静かに息を吐いた。


 報告を終えたダンディとティルトとアレクは難しい顔で黙り込んでいる。

 あたしは、三人の後ろでぼんやりしながら跪いていた。


 森の家で一晩過ごしたが、師匠が帰ってくることはなかった。朝になって、身の回りのものを詰めた荷物を持って聖騎士団と共に王都へ戻ってきた。

 戻ってきて早々に国王の元へ引き出されたのだが、もしかしたら、魔王の娘など生かしておけないと処分されるのかもしれない。


「ローゼンが、ローレライと魔王の娘というのは本当のようだね」


 国王の言葉に、ダンディが肩を震わせる。

 あたしは、どこか他人事のような気分で国王の言葉を聞いていた。


「そうか。クロイツフェルトが……」


「陛下。申し訳ございません。我が妹の愚行のゆえに、御心を騒がせ奉り……私は兄として、どのような罰をも甘んじて受けます」


「罰など必要ない。ローランス、これは、一人の少女が恋をした結果だ」

国王はあたしに目を向けて静かに尋ねてきた。


「ローゼン。キミは何も知らなかった。今、一番戸惑っているのはきっとキミだろう。何か、言いたいことはあるかな?」


 あたしは、ゆっくりと俯けていた顔を上げた。

 国王の目をじっと見る。


 あたしはすーっと息を吸い込んだ。


「言いたいことは……あるに決まってんじゃーんっ!!」


 一息に叫んで、あたしは頭を抱えて後ろにのけ反った。


「なによこの手紙ーっ!!こんな手紙一枚残してあたしを置いて消えるとか、師匠何考えてんの!?あたしの親代わりだから衣食住の保障は義務だって言ってたくせに!師匠のバカバカバカ、薄情者っ!!」


「おいっ」


 ブリッジの体勢で喚くと、何故かアレクが慌てて立ち上がった。


「その格好やめろ!その体勢だとその、パン……下着、見えるだろうが!!」


 手を不自然にうろうろさせるアレクを見かねたのか、ティルトがそっと手を伸ばしてあたしのスカートの裾を直した。


「森の中での暮らししか知らないのに、一人でどうやって生きていけっていうのさ!魔王の娘だからって理由で処刑とかされたらどうしてくれんの!?馬鹿ーっ!!」


 あたしが床にひっくり返ってばたばたし出すと、アレクが「足を上げんな!」と騒ぐ。うるさいなもう、それどころじゃないんだこっちは!


「なるほど」


 あたしの渾身の嘆きを聞いた国王は、いったい何を理解したのか、深く頷いた。


「ローゼン、キミはローレライにまったく少しも似ていないね」


 何故か微笑みを浮かべて、国王はあたしを見た。


「おいで。キミに見せたいものがある」


 国王はそう言って、玉座から立ち上がった。





 ***



 生まれて初めての馬車に乗せられ、連れて行かれたのは王国の南に位置するなだらかな丘だった。背景には山々が連なり、遠くにこの一帯を治める領主の館であろう大きな建物が見える。


「ローゼン、キミは昨日初めて街に降りたと言っていたね。キミの顔を見た人々がどうして怯えるのか、不思議に思わなかったかい?」


 馬車から降りながら、国王が言った。


 丘の上には不自然な黒い建物があり、数人の兵士がその周りに立っていた。

 窓もなく、扉一つしかない不思議な建物の中に、国王は迷うことなく入っていく。あたしとダンディ達も後に続いた。

 その建物の中には廊下も部屋も何もなく、ただの広い空間があり、そこに透明な立方体のようなものが浮かんでいた。


「その答えが、これだよ」


「え……?」


 その立方体の中心に、人が入っている。あたしとそう変わらない年齢に見える。

 あたしはその少年の顔をまじまじと見つめた。


 その少年の顔は、あたしにそっくりだった。


 もちろん、男女の違いはあるけれど、あたしが男になったら彼とほとんど同じ顔になるだろうと思える。双子と言われても、誰も疑わないはずだ。うっすらと開かれたままの瞳は、あたしと同じ金色だった。


 たった一つ違うのは、髪の色。あたしは栗色の髪で、少年は黒髪だ。


「これが、魔王ハーゼンファイデ。キミの父親だ」


 国王の言葉に、あたしは目を瞬いた。


 魔王?この少年が?


「魔王にしては可愛すぎませんか?」


「魔物は力が強ければ強いほど、人と変わらない見た目をしている。こんな可愛い顔でも、魔王ハーゼンファイデは恐ろしい力を持った魔物だった」


 あたしの疑問に答えて、国王が透明な立方体を拳で叩く。


「十五年前、突然ここに魔王が現れ、動きを止めた」


「動きを……?」


「そう。見た通りだよ。透明な壁のようなものの中に、十五年間ずっと閉じこもっている。生きているのか死んでいるのかもわからない。どれだけ攻撃してもこの壁は崩れない。だから、生きていたとしても殺すことも出来ない。我々に出来ることは、いつか魔王が動き出す日が来ないか恐れながら見張ることだけだ」


 そうして、国王はあたしの方を見た。


「だから、キミを見た国民は、ついに魔王が動き出したのかと思ったんだよ」


 なんと。魔王と間違えられていたとは。

 失敬な。あたしはこんなにおしとやかな乙女なのに。いくら魔王にそっくりとはいえ、よく見たらわかるだろう。まず、性別が違うし!


「キミが、魔王の娘だということは、これを見れば誰もが信じるだろう。だけど、キミの髪の色と、歌声だけは、ローレライ譲りだ」


 国王がそう言って、あたしの髪を愛おしそうに撫でた。


「クロイツフェルトは、ローレライを愛していたんだよ」


「え……?」


「だから、キミを育てたんだろう。憎い魔王の子どもであっても、ローレライの願いだから」


 あたしははっと息を飲んだ。

 師匠。

 師匠は、魔王とそっくりなあたしを育てて、どんな気持ちだったんだろう。

 師匠の気持ちを想像して、あたしは痛み出した胸を抑えた。


「平気かい?」


「はい……」


「キミには辛い事実だったと思うが……」


「はい」


 あたしは唇を噛んで俯いた。


「師匠が、あたしが成長するたびに、あたしの顔を見て深い溜め息を吐いていた理由がわかりました……」


「そうか……」


 国王はあたしを慰めるように優しく肩に手を置いた。


「よく聞いておくれローゼン。キミには何も罪はないが、キミが魔王の子どもであることは事実だ。キミの存在は魔物達にも知られてしまった。だから、私達はキミを常に見張らなくてはならない」


 口調は優しいが、有無を言わさぬ響きだった。


「キミは証明しなければならない。キミが人間の側だと。魔物ではないのだと」


 そうか。あたしは魔王とそっくりな魔王の娘なのだから、あたしのことを魔物と見る人もいるのか。アレクがそうだな。あたしのこと魔物って呼ぶし。


「これは命令だよ、ローゼン。キミは聖騎士団に所属し、ローレライから受け継いだ力を使って、精霊王を目指しなさい」


「精霊、王……」


 師匠の手紙にも書いてあった。精霊王を目指せ、と。


 師匠。

 師匠は、あたしに精霊王になってほしいのか。

 そのために、あたしをここに置いていったのか。

 そのために。

 なら。


 あたしが精霊王になれば、師匠は、帰ってきてくれる?


 よくやったなロー、って褒めてくれる?


 だったら、


「……あたし、精霊王になります!」


 だったら、やるしかない!!

 見てろよ師匠!


 ローは絶対に精霊王になってみせますから!!




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