5.カルヴァンの手紙
「なんで、あたしがアンタなんかに運ばれなくちゃならないのよ!!」
「黙ってろ!俺だって嫌だわ!」
黒髪ことアレクの怒鳴り声が耳元で響く。
やめてよ!嫁入り前の娘が男と一緒に馬に乗ったなんて、師匠に知られたら「はしたない」って怒られちゃうじゃない!
「どうせならダンディの方がよかったわ!」
「お前みたいな怪しい魔物を叔父貴と一緒に乗せるわけないだろうが!」
「じゃあ天使!」
「天使ってティルトのことか?確かに見た目は天使みたいだが、あいつ部屋すげー汚ねぇぞ!!」
「やめてよ!乙女の夢を壊さないで!」
「少し黙っていられないのか、お前ら」
一頭の馬の背でぎゃあぎゃあ言い合うあたしとアレクに、隣で馬を走らせる天使ことティルトが見下した目線を送ってくる。
二頭の馬の前にはダンディの乗る一頭の馬、後ろには天使率いる第十三聖騎士団とやらが続いている。
「お前、ローレライの娘とか名乗っているが、そんなこと信じられるか!化けの皮剥いでやるからな!!」
「あたしが名乗ったんじゃないわよ!!ていうか、耳元で喋らないでよ!セクハラで訴えるわよ!」
「お前が馬に乗れないから仕方なく乗せてやってるんだろうが!」
「あーもう!早く師匠のとこ帰りたーい!」
あたしは薄暗くなり始めた空に向かって嘆いた。
そうこうするうちに、シュヴァロフハバービヒトの森が近づいてきた。
よし、やっと家に帰れる。
あたしは嬉しくてうきうきしていたが、あたしの後ろのアレクと隣で馬を走らせるティルトは顔つきを変えた。他の聖騎士達も気を引き締めたのが気配で伝わってくる。
そんなに警戒する場所じゃないのにな。確かに、街を襲った魔物達が森の向こうの山に向かって飛んでいったのを見たけれど、森で魔物を見たことなんて一度もないもの。
「皆、この先はいつ魔物と出くわすかわからぬ。夜も近い。十分に用心しろ」
ダンディがいい声で騎士達に檄を飛ばす。だから、そんな危険な場所じゃないってば!
まあいいや、実際に見てもらえばわかるだろう。あたしと師匠が、どれだけ平和な生活を送っていたか。
やたらと周囲を警戒する聖騎士団を引き連れて、あたしはずんずんと森を進んでいった。
森の様子は何一つ変わっていない。あたしは家に向かう前に小さな泉に一同を案内した。
「ここで馬に水を飲ませてあげるといいよ」
「大丈夫なのかよ……」
「湧水だから綺麗よ。あたしは何度も飲んでるけど、おなか壊したこともないわよ」
疑り深いアレクに胸を張って言う。アレクの馬は主人より賢いのか、泉の水をふんふん嗅いだ後で鼻先を突っ込んで水を飲み始めた。
馬と聖騎士団をそこに待機させ、あたしはアレクとティルト、ダンディの三人を連れて家に向かった。早く師匠に会いたくて、自然と小走りになる。
「師匠!」
扉を開けて、家の中に駆け込んだ。
家の中は暗く、ランプを持ったアレクが入ってきてようやく中の様子が見えた。
家の中は、今朝出てきた時と何も変わっていなかった。師匠の姿はない。まだ帰っていないのか。
あたしはほーっと落胆の息を吐いた。師匠はどこに行ったんだろう。ここで待っていれば、帰ってくるよね?
「おい、これ」
中の様子を調べていたティルトが、机に載せられた封筒を見つけてあたしに見せた。
封筒には、「ローゼンへ」と書かれていた。
あたしへの、手紙?
なんで、こんなものが。師匠が、これを残していったの?なんのために?
アレクが背後からランプの明かりを差し掛けてくる。
あたしは震える手で、受け取った封筒を開封した。
***
ローゼン
もう聞いたかもしれないが、俺の名前はカルヴァン・クロイツフェルトだ。
お前の母親、ローレライ・アンルー・リーヘルトは俺の幼馴染だった。
ローレライは伯爵令嬢で、俺は城に仕える宮廷医の見習いだった。
リーヘルト家は代々優れた聖騎士を排出する家柄で、何人もの精霊王を生み出していた。精霊王というのは、その代で最も優れた精霊使いに与えられる称号だ。
ローレライは、十五の若さで精霊王の称号を手にした天才だった。その力は絶大で、誰もがローレライを聖女と称えた。
ローレライの力で、魔物との戦いは人間の優勢で押していた。魔物にとっては、ローレライこそが脅威だった。
その脅威を排除しようと、魔王ハーゼンファイデが自らローレライに近づいてきた。
ローレライは十五の少女だった。
彼女は、魔王に恋をした。
魔王軍と戦う聖騎士団に所属し、精霊王の称号まで得ながら、魔王と恋に落ちる。そんなこと、許されるはずがない。
もちろん、絶対に秘密にしなければならないが、隠しきれるわけもない。彼女の兄のローランス、王太子時代からローランスのよき友だった国王マクシミリアン、そして、彼女の一番近くにいた俺は、なんとかしてローレライの目を覚まさせようとした。
ローレライを部屋に閉じ込め、二度と魔王と会わせないようにした。
だが、ある夜、単身乗り込んできた魔王が、俺達の目の前でローレライをさらっていった。
国王はローレライの名誉、リーヘルト家の名誉を慮って、国民には聖女は魔物にさらわれたとだけ告げた。
その一年半後、俺の元に、ローレライが訪れた。手に赤ん坊を抱いていた。
それがローゼン、お前だ。
ローレライと、魔王ハーゼンファイデの間に生まれた子どもだ。
俺はローレライから娘を頼むと託された。
この家は、ローレライと魔王が暮らしていた家だ。魔王の力で結界が張られていて、魔物の目には絶対に見つからない。
ローゼン、お前はこの家にいる限り、絶対に魔物にみつからない。だから、お前が大きくなるまでは、ここで育てるしかなかった。
だけど、お前ももう十五だ。
お前はローレライの娘。ローレライの精霊を操る力をすべて受け継いでいる。
聖騎士団に入れ、ローゼン。そして、精霊王となれ。
魔王の娘とお前を蔑む者もいるだろう。だが、決して負けるな。お前の存在を認めさせろ。
お前なら、必ず精霊王になれる。
俺の可愛いロー、愛しているよ。
お前の師より 永遠の愛を込めて カルヴァン・クロイツフェルト
手紙を読み終えたあたしは、その場にへなへなと座り込んだ。
師匠と共に暮らしたこの家の空気が、急にひんやりしたものに感じられた。
***
自分の部屋のベッドの上に膝を抱えて座り込む。
眠れそうにない。
ティルトやアレク達が家の中を調べ回っている気配と音が聞こえる。
他の聖騎士達は魔物を警戒しながら泉の周りで野宿するそうだ。
朝になったら、また王都へ行かなければならない。
あたしはこの家で師匠の帰りを待ちたいけれど、魔王の娘であるあたしを自由にしておく訳にはいかないと言われた。
師匠は、どこに行ってしまったのだろう。
今朝の師匠を思い出す。もう十五か、と言った師匠の顔が脳裏に浮かぶ。あの時、すでにあたしを置いていくことを決めていたのだろうか。
どうして……
あたしは枕元に置いた手紙を握りしめた。
こんな手紙だけ置いて、何も言わずにいなくなってしまった。
「師匠……」
あたしは抱えた膝に顔を埋めて呟いた。
***




