4.謁見
目を覚ますと牢屋にいた。
牢屋でしょ、これ。小さな窓に鉄格子嵌まってるもん。
今日、あたしの誕生日なんだけど!?なんで牢屋に入れられてるの!?
「ちょっとーっ!誰かーっ!」
あたしは扉をどんどん叩いて叫んだ。
「誰かいないのーっ!?」
誕生日に初めて街に降りて聖騎士に殺されかけて魔物に襲われて師匠に置いて行かれて牢屋に入れられるって、あたしがいったい何をしたというんだ。あんまりだ。
「ねぇってばーっ!誰か……っ」
扉を叩いて泣き叫んでいると、がちゃり、と錠が開けられる音が響いた。
「うるさいぞ!この魔物が!」
勢いよく扉が開けられ、室内に入ってきた黒髪が抜き身の剣先をあたしに突きつけた。黒髪に続いて入ってきた天使も、抜いた剣をあたしに向けている。
「ちょ……っ」
「大人しくついてこい!逃げようとしても無駄だ!」
「はあ!?なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないの!?」
あんまりな扱いに、あたしは黒髪に向かって食ってかかった。
「初対面の乙女に剣を向けるなんて野蛮でしょうが!あんたらそれでも聖騎士なの!?」
「黙れこの魔物がっ!」
「誰が魔物よ!こんなに可愛い女の子を捕まえて!可愛い女の子を泣かせるなんて聖騎士失格よ!」
「泣いてねぇじゃねぇかっ!!」
「あんたじゃ話にならないわ!!ダンディ呼んできなさいよダンディ!!」
「ダンディって誰だ!?」
「おい、アレク」
言い争うあたしと黒髪に、冷ややかな口調で天使が口を挟む。
「魔物の声に惑わされるな。黙って連れて行けばいいんだ」
「あ、ああ……わかった」
黒髪は不承不承頷いた。力関係は氷の天使の方が上らしい。まあ、黒髪は見るからに単純そうだもんな。
「連れて行くって、あたしをどこに連れて行く気?」
「黙っていろ」
剣を突きつけてあたしを牢屋からつつきだし、天使と黒髪は両脇からあたしを牽制して廊下を進ませる。
「ねぇ、あたしの師匠は?ここにいないの?」
あたしは天使に尋ねた。
「うるさい、口をきくな!」
「あんたに聞いてないわよ!この下っ端!」
「誰が下っ端だ!!」
「天使の下僕!!」
「はあ!?このっ……」
「アレク」
あたしの言葉に噛みつこうとした黒髪だったが、天使の一言で黙り込む。
やっぱり下っ端だ。
剣を突きつけられたまま歩かされ、やがて建物の外に出た。目の前には広大な緑の広がる敷地と、壮麗な宮殿。
そう、宮殿。
「えええっ!」
思わず立ち尽くすあたしの背中を、黒髪がどん、とつつく。でも、黒髪に食ってかかっている余裕はあたしにはなかった。
目の前にあるのは間違いなく、王族が住まう王宮だ。王宮の傍には大聖堂だろう雲突くような大きな建物と、その横におそらく聖騎士達の住まう建物がある。ここから目に出来るのはそれだけだが、王宮の敷地内には王家の霊廟や神学校、図書館などもあると本で読んだことがある。
あたしは自分が出てきた建物を振り返った。どうやら、あたしは塔に幽閉されていたらしい。
回廊を通って、あたし達は宮殿に足を踏み入れた。天井の高いきらびやかな廊下を進み、やがて物々しい巨大な扉の前に立たされた。
扉の両脇に控えていた騎士が、黒髪と天使に向かって恭しく敬礼する。
重たい音を立てて扉が開かれ、あたしの目に光の洪水が流れ込んできた。
明るい陽光の差し込む人の背丈より大きい窓と彫刻の施された柱、真紅のカーペットが続く先にはーーー玉座に座り王笏を携えた人物。
玉座の前に進み出た黒髪と天使が片膝をついて跪く。あたしはあまりのことに反応できず、ぼけっと突っ立ったまま国王を見上げた。四十を過ぎたばかりくらいの、金色の髪を肩に垂らした優美な面立ちの国王は、こちらを見下ろして穏やかに微笑んだ。
「ご苦労。ティルト、アレク。下がってよい」
「はっ」
黒髪と天使が深く頭を下げて、真紅のカーペットの横に立ち並ぶ貴族達の末席に混ざった。
カーペットの上に取り残されたあたしは、戸惑いを隠せずにきょろきょろ視線をさまよわせた。立ち並ぶ貴族達の中に師匠の姿はない。師匠はどこに行ってしまったのだろう。あたしはなんで、ここにいるのだろう。
「さて、娘よ。正直に答えなさい」
静かな、けれど有無を言わさぬ口調で、国王が言った。
「キミは、何者だ」
何者って、そちらこそ何者だ!って、国王様ですよね。はい。
「あたしは、ローといいます」
とりあえず名乗る。国王は微笑みながら首を傾げた。
「クロイツフェルトはキミをローゼン・ローレライ・リーヘルトと呼んだそうだが」
そうだ。確かに、師匠はあたしのことをそう呼んでいた。それが、あたしの名前だと。
だけど、そんなの今まで一度も聞いたことがない。あたしはこれまでずっとただのローで、師匠は師匠だった。
「クロイツフェルトって……」
「キミと一緒にいた男の名は、カルヴァン・クロイツフェルトだろう?」
「……ずっと、師匠としか呼んでませんでした。名前を教えてもらったことはなくて、あたしもローとしか呼ばれたことがなかったです」
「キミはいくつだい?」
「今日で十五になりました」
何故、国王からこんなことを聞かれるのだろう。師匠はどこに行ってしまったんだろう。あたしを置いて。
生まれてからずっと一緒にいた師匠がいないというだけで、世界にたった一人取り残されたような気分だ。
「なるほど。ローゼン、キミは知っているかな?我が国の貴族は、名と姓の間に、男ならば父の名、女ならば母の名が入るんだよ。
そこにいる聖騎士団長がローランス・ジークフリート・リーヘルト。その息子がティルト・ローランス・リーヘルトというようにね」
「はあ……」
国王がダンディと天使の方を顎で指して言う。
あたしがそちらを見ると、ダンディは難しい顔でむっつりと黙り込み、天使は氷の無表情で立っていた。
「ということは、キミの名前がローゼン・ローレライ・リーヘルトならば、キミは貴族で、母の名前はローレライということになるね」
「はあ……って、ええ!?貴族!?」
思いがけない言葉に、あたしは面食らった。
国王はさらに続ける。
「そう。聖騎士団長ローランス・ジークフリート・リーヘルトは第17代リーヘルト伯爵だ。そして、彼の妹の名が、ローレライ・アンルー・リーヘルト」
あたしはもう一度振り返ってダンディを凝視した。
ダンディは眉間に皺を寄せて口を引き結んでいる。そういえば、師匠が去り際にダンディに向かって「お前の姪」と言っていた。あたしが、ダンディの妹の娘ということ?まさかの親戚ダンディ?
「ローゼン、キミはローレライがどこにいるか、今どうしているか、何も聞いていないというのだね」
「はい……」
「でも、キミは歌を歌ったね。ローレライの歌を」
「歌?」
あたしは首を傾げた。
「歌を歌い、水の精霊を操り、火を消したと聞いている。ローレライの歌を歌えるということは、キミがローレライの娘である証拠だ」
「恐れながら、陛下」
それまで黙っていたダンディが、列から進み出て国王の前に跪いた。
「その娘がローレライの娘だなどと、あのクロイツフェルトの戯言にすぎませぬ。到底真実とは思えず、歌を知っていたからといって、その娘をローレライの娘と認める訳には……」
「しかしリーヘルトよ。この娘の着る服は、ローレライが精霊王となった日に私が贈ったドレスではないか。アンデュー地方の絹糸を使い、精霊王にのみ許された色で染めたドレスだ。そして、リーヘルト家に伝わるルビー「ローゼンライト」も持っている」
国王の言葉に、ダンディはぐっと口を噤んだ。
あたしは自分の身に着けたドレスとブローチを見下ろした。朝、これを渡してくれた師匠の顔が思い浮かぶ。
あの時は、このドレスを着て師匠と一緒に街を歩いて、初めて目にするものをたくさん見て、それで、師匠と一緒に森の家に帰るんだと思っていたのに。
なんで、あたしは宮殿で国王の前に立たされているんだ?
ていうか、師匠。師匠はもしかして、一人で森に帰ったのだろうか。あたしを置いて。
「あ、あのあの!あたし、もう家に帰りたくて!」
師匠のことを思うと一刻も早く家に帰りたくなって、あたしは国王に申し出た。
「どこに家があるんだい?」
「シュヴァロフハバービヒトの森の奥です!」
「嘘を吐け!!」
黒髪が叫んだ。
「あの森に人が住める訳がないだろうが!!」
「住んでるもん!!」
あたしも言い返した。
「ああ、そうか!!お前は魔物だから平気なんだな!!」
「あんたさっきからなんなのよ!人のこと魔物魔物って、名誉毀損で訴えるわよ下っ端!!」
「誰が下っ端だぁぁっ!!」
「アレク」
天使が名前を呼ぶ、絶対零度の声だ。黒髪がピタッと口を噤む。
やっぱり下っ端じゃん。
「ローゼン。キミはシュヴァロフハバービヒトがどういう場所か知っているのかい?」
「森です」
「うん。森だね」
国王はふっと息を吐いた。
「あの森は、ハバービヒト山の麓に広がる森だ。ハバービヒト山は魔物の巣窟であり、人は決して立ち入ることが出来ない。そんな魔物の巣窟の麓の森で暮らすだなんて、普通の人間にとっては命がいくつあっても足りないことだね」
あたしは目を見開いた。
魔物の巣窟?
そんな馬鹿な。あたしは魔物なんて、今日街に降りてくるまで一度も見たことはない。
「本当にあの森に住んでいたのかい?」
「ほ、本当です」
「その場所に、案内することは出来るかい?」
「はい!」
あたしは背筋をぴっと伸ばしていいお返事をした。
「では、案内してもらおう。
ローランス・ジークフリート・リーヘルト、
ティルト・ローランス・リーヘルト、
アレクサンダー・マルス・ダンブルク」
「はっ」
名を呼ばれた三人が跪き、頭を垂れる。
「聖騎士団を率い、シュヴァロフハバービヒトの森に向かい、この娘の言うことが真実か確かめて参れ。もしもそこにカルヴァン・クロイツフェルトがいた場合、確実に私の前に連れて参れ。取り逃がすことは許さぬ」
「はっ!」
三人の男達は力強く頷いた。
あたしはもう、とにかく師匠に会いたいと、そればかり考えていた。




