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32. 青空の誓い




 翌日、訓練場でアレクにぽこぽこ叩かれていると、第九聖騎士団団長リリア・エリスがやってきてティルトを呼び出した。


「今回は我が団員が迷惑をかけた」


 リリアが言うには、聖騎士の二人は半年の謹慎と奉仕作業の後、聖騎士団に戻る意志があれば迎え入れるそうだ。彼女達に協力した第四聖騎士団の二人も同様の処分だという。


「陛下の温情で軽い処分だが、戻ってこれるかは本人達次第だな」


 リリアはそう言って鷹揚に微笑んだ。


 ことの発端となったチルマンは、司教の地位を剥奪され、一神官の立場でやり直すことになったらしい。本人はむしろすっきりした表情で励んでいるそうだ。


 南棟を焼いた子ども達の両親は、王宮の一部を焼いたという重罪に自ら爵位の返上を申し入れてきたが、それは許されず、南棟の再建を命じられたという。


「どうせ使っていなかったから、この際北棟の病人を移せる入院施設にしてしまえと陛下はおっしゃっている。アルドア侯爵とヴィガービーク子爵は建築家を呼んで頭を突き合わせているよ」


 子ども達には今後しばらく神学校で厳しい課題が出されるそうだ。


 いずれも随分軽い処罰だとリリアは肩をすくめた。


 アレクと一緒にそれを盗み聞いて、あたしはほっと胸を撫で下ろした。国王陛下はやはり寛大な御方だ。


 しかし、自分が使っていないからといって、後宮を潰してしまうとは。次の国王が女好きだったらどうするんだろう。


 次の国王といっても、国王陛下には跡継ぎも王妃様もいらっしゃらないようだけれど。


 国王陛下はまだ若いし、有力貴族達による「うちの娘を王妃に!」っていう熾烈な権力闘争とかないのだろうか。侯爵令嬢が雑用をしていたり、どうもこの国の王宮はのどかというか、緩やかな場所だな。


「ところで、それが噂の魔王の娘だな」


 ティルトと話していたリリアが、あたしの方にちらと視線を寄越した。


「魔王に生き写しとはいえ、こうして見ると普通の娘に見えるな」


 探るような視線に少し居心地が悪くて、あたしはアレクの後ろにこそっと隠れた。アレクは嫌そうにしていたが、後ろ手であたしを隠すようにしてくれたのでそれに甘えて背中にくっついた。


 その様子を見てどう思ったのか、リリアが愉快そうにティルトに言った。


「だが、リーヘルト。所詮、魔王の娘だ。ほだされるんじゃないぞ」


 そう忠告すると、リリアは来たときと同じく、豪快な風のように去っていった。


 アレクの背の影からそれを見送って、あたしは「むう」と口を尖らせた。


 ほだされるってなんだ。それじゃまるで、あたしがティルトを油断させて何か企んでいるみたいに聞こえるじゃないか。


 不機嫌になっていると、後ろからどん!と何かがぶつかってきた。アレクごと前につんのめって、「おい!」と文句を言われる。

 振り返ると、金髪の子どもがらんらんと目を輝かせてあたしの腰にひっついていた。ブランドンだ。その後ろから、妹のヴィオラと手を繋いだアルフレートが歩いてくるのも見える。


「お、俺は、お前みたいにすごい精霊使いになって、お前を倒してやるからな!覚悟しておけ!」


 ブランドンはそんな宣言をしてあたしを指さす。昨日の今日で、反省が足りないようだ。


「あたし何も悪いことしてないのに、なんで倒すのよ」


「魔王の娘なんだから、そのうち悪いことするだろ!」


 ひどい決めつけである。


「アンタ、反省してないわね。学校はどうしたのよ?」


「今は休み時間です。すぐ戻ります」


 アルフレートは丁寧にぺこりと頭を下げた。


「貴方が水の精霊で火を消してくれたと聞きました。ありがとう」


 ブランドンと違って、立派な子どもだ。


「アンタも少しはアルフレートを見習いなさいよ!」


「うるさい!魔物のくせに指図するな!お前が悪いことをしないように、俺達が見張ってやるからな!」


「こら!お前達、訓練場に入るんじゃない!危ないだろうが!」


 他の団員の訓練を見学していたアルガン君が子ども達を見つけて怒鳴った。彼は昨日、力を使いすぎたせいで、本日は訓練禁止を言い渡されて暇そうにしている。


「あたしはもうティルトとアレクに見張られてるから、安心して学校に戻りなさい」


 そう言い聞かせて訓練場から追い出そうとすると、ブランドンはぎゅっと眉根を寄せてあたしの手を握った。


「リーヘルトはいいけど、あの男には近づくなよ」


 そう言って、いつの間にか離れていたアレクを睨む。


 アレクはこちらに背を向けて立っていた。


「なんで?」


 ブランドンの顔とアレクの背中を交互に見て尋ねると、ブランドンは声を低めてこう言った。


「あれは、危険だから」


 危険?


「それって、どういう……」」


「ほら!出てった出てった!」


 駆け寄ってきたアルガン君が、ブランドンを担ぎ上げて訓練場の外へ運んでいく。アルフレートとヴィオラもそれについて去っていった。


 危険ってどういう意味か聞きそびれて、あたしはアレクの背中をみつめた。

 確かに、ぽこぽこ叩かれたり髪を引っ張られたりはするけど、十分加減はされているし、乱暴者という訳ではないと思う。

 口も性格も悪いけれど、ティルトとは仲が良さそうだし……あれ。

 そういえば、アレクがあたしやティルト以外と話しているのを見たことがないことに気づいて、あたしは思わず他の団員の様子を窺った。

 第十三聖騎士団は皆ティルトに心酔しているが、そのティルトの隣にいるアレクに対してはどう接しているのだろう。団員がアレクに話しかけるのも、アレクが団員に話しかけるのも、見たことがない気がする。


 あたしはたいていアレクと一緒にいるが、考えてみればアレクのことをまったく知らない。


 じっと見つめていると、振り向いたアレクと目が合った。


「おい魔物!何さぼってんだ!」


「さぼってないわよ!」


 怒鳴られて、怒鳴り返す。


「水以外の精霊を使ってみろよ!」


 駆け寄ると、そう命じられる。


 水以外、えーっと……駄目だ、歌が出てこない。


 火の精霊を呼ぶ歌、風の精霊を呼ぶ歌、土の精霊を呼ぶ歌。


 アクアによると、あたしは池に落ちた時に無意識に水の精霊を呼んでいたらしいし、師匠に歌えと言われて歌った時も魔物に襲われたりアレクに斬られそうになったりで絶体絶命の状況だった。

 命の危険を感じたら歌を思い出すのだろうか。

 だとすると、火の精霊を呼ぶ歌を歌うためには、火に包まれればいいのか?

 いや、さすがにそれは怖い。


「……まずは土に埋まってみる?」


「何言ってんだ?お前」


 あたしの独り言を聞きつけたアレクが、怪訝そうに眉をひそめる。


「おいクソ野郎ども!気合い入れろ!ふやけたミミズみたいな骨無しは第十三聖騎士団にはいらねぇんだよっ!!」


 訓練する団員達に、ティルトが檄を飛ばす。


 団員達が「うおおお!」と嬉しそうに盛り上がる。


 アレクがそれを見てげんなりとした顔になる。


 あたしはふっと微笑んで、青い空を見上げた。



 師匠、いろいろ大変なことはあるけれど、あたしは頑張って精霊王になります!


 今、どこにいるかわからないけれど、元気でいてくださいね。


 師匠がいつか迎えに来てくれるって、ローはずっと、信じていますから。



 よく頑張ったな、ロー。



 そう言って笑う師匠の顔を想像して、あたしは「よっし!」と気合いを入れて空に向かって拳を突き上げた。






これにて第一部終了です。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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