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30. 自白






「聖騎士が付け火を……?」


 二人の聖騎士が連れて行かれた後、群衆は戸惑ってどよめいていた。


「魔王の娘に操られてたんじゃないのか?」


「そうだ!そうに違いない」


 誰かの漏らした声に、次々に賛同する声が上がる。


「そうだ!うちの子が後宮なんかにいたのも、魔物に操られたせいに違いない!」


 いまだに泣いている金髪の子どもの親らしき、恰幅のいい男性がそう声を張り上げると、そうだそうだと大合唱が起きた。

 あたしはうんざりしてティルトをみつめた。もう付き合ってられないので帰りたいのだが、この場が収まるまでは身動きがとれなさそうだ。

 国王陛下も少し困ったように眉を下げて小首を傾げている。いきり立つ群衆をどう宥めるか考えているのかもしれない。


 あたしは群衆を見回して、人々から少し離れたところにクローラリア大司教が立ってこちらを見ているのに気づいた。何を思っているのか、その顔つきからはわからない。

 この有様を見ても、まだあたしに根を下ろせというのだろうか。あたしが根付ける大地など、この場所にはないだろうに。

 アデライトはまだ群衆とあたしの間に立っている。その近くには青い顔で地面を見つめるチルマンがいた。


「ーーー違う」


 大人達のがなり声の中に、その高く細い声は鈴の音のように響いた。


「違う。違います」


 親に縋りついて泣いていた子どもの一人が、こちらを見て口を開いていた。


「僕達が、やったんだ」


 大人しそうな子どもは、見た目に反して力強い目つきで顔を上げた。


「僕達が、後宮に火をつけた」


「アルフレート!?」


 彼と妹を抱きしめていた母親が、驚愕の声を上げる。


「何を言っているの?あなた、魔物に操られているの!?」


「違うよ、母さん。僕がやった……」


 小さな拳をぎゅっと握り締めて言うアルフレートの姿を目にして、隣で両親に抱きしめられていた金髪の子どもが、泣きながら声を張り上げた。


「違う!アルとヴィオラはついてきただけだ!俺が、俺が火をつけた!」


 子どもの泣き叫ぶ声が、庭に響き渡る。


「俺がやったんだ!魔物のせいにすれば、みんなが喜ぶと思って!!」


 金髪の子どもの両親が慌て出した。


「ブランドン!何を言っている?」


「ああ、きっとまだ魔物に操られているのよ!自分が何を言っているかわかっていないんだわ!」


 両親はより強く子どもを抱きしめるが、ブランドンはそれを跳ねのけて群衆に訴えた。


「みんなが!恐ろしい魔物だって言ってたから!二回も付け火したって怒ってたから!そんな悪い奴なら俺が追い出してやるって思ったんだ!」


「ブランドン!」


 両親が慌てて子どもを押さえ込んだ。当然だろう。子どもとはいえ、城に火をつけて王宮の一部を焼いたのだ。一族郎党、処分は免れまい。


 子ども達の訴えに、双方の両親は自分達一族の行く末を案じて真っ青になっている。


 だが、彼ら以上に顔を青くして、ぶるぶると震えている人物がいた。


「……なんてことだ……」


 力ない呟きが漏れた。


「こんなことになるとは……」


 虚ろな目をしたチルマンが、どさりと崩折れて地面に膝を突いた。


 あたしの背後で、アクアが「愚かな人間!」と憎々しげに鼻を鳴らした。


「私はただ……、侯爵令嬢を怯えさせた魔王の娘が許せず……魔物を追い出したい一心で……」


 チルマンが震える声で独白する内容に、群衆が言葉を失う。


「大聖堂で倒れたのを見て、やはり悪しき魔物に違いないと確信して……何か、きっかけさえあれば追い出せる、排除できると思い込み、付け火を……」


 若い聖職者は、地面に身を伏して肩を震わせて呻いた。


「なんてことだ……私が、自らのうちの悪しき心に負けたために、聖騎士と、子ども達にまで、悪しき心が伝染してしまったのだ……」


 宿舎で起きた小火は、この国から悪しき魔物を追い出したいと願った若き聖職者の暴走だった。

 街中で燃えた精霊の火は、憧れの聖騎士の傍にいる魔物を追い払いたい女性達の計画。一度、宿舎で火をつけているのだから、そんな魔物に遠慮することはないと、思ったのかもしれない。

 そして、最初と二度目の付け火を知り、それでも何も罰を受けずにふらふらしている魔物を許せない子ども達が、言い逃れできないように「三度目の犯行」をでっち上げようとした。


 そういうことか。

 犯人は、それぞれ違ったんだ。共通していたのは、あたしを追い払いたいという願いだけ。

 ほんの小さな火事でも、魔物の仕業だと人々が騒げば、魔王の娘は追いつめられて本性を現して消えるはずだったのだろう、彼らの考えでは。


 あたしはなんだか気が抜けて、大きく息を吐き出した。


「どういうことだ」


「付け火は魔物の仕業ではなかったのか……?」


「そんな馬鹿な……」


 人々がまたざわめき出すが、今度のどよめきはさっきまでとは随分様子が違っていた。魔物の仕業だと自信満々に決めつけていたのに、犯人が次々に自白してしまったからだろう。


「ローゼン」


 それまで黙っていた国王陛下が、あたしの真正面に立って口を開いた。


「よくぞ、火を消して子ども達を救ってくれたね。礼を言う」


 あたしは顔を上げて国王陛下を見上げた。優しい飴色の目に見下ろされて、思わず涙腺がゆるみそうになるが、ぎゅっと歯を食いしばって耐えた。


 その時、ばたばたと足音が響き、数名の騎士が群衆をかき分けて国王陛下の前に跪いた。


「陛下」


 一番年嵩の男が口を開く。


「城内の井戸を調べてまいりました。井戸の様子は以前と変わらず、水量も水質も問題ないと思われます」


「そうか。ご苦労」


 男の報告を聞いて、国王陛下は楽しそうに目を細めて「くくく」と笑い声を漏らした。


「いやぁ、すごかったよねぇ。さっきのは」


 そう言って、国王陛下は空を指さした。


「突然、城内のすべての井戸から水が噴き上がって、水柱が空を流れて集まってきて南棟の火を消したんだもの」


 あたしはぱちりと瞬きした。アクアだ。


「本当に、あんなのは初めて見たよ。まるで頭がたくさんある水の蛇が、炎を食べているようだった。あっという間に火を消して、何事もなかったかのように井戸に戻ってしまったしね」


 あたしは国王陛下の言い分を聞いて頭の中でその光景を想像した。見たかったな、その光景。


「ローゼンの歌は、すごいね」


 国王陛下は感嘆するように言ってくれたが、すごいのはあたしではない。アクアがすごいのだ。アクアがいなければ、あたしなんて何も出来なかったんだから。


 でも、アクアの存在を説明する訳にはいかないので、あたしはもぞもぞする気分で身を縮めた。

 当のアクアは、いつのまにか姿を消していた。


「陛下」


 先程、報告を述べた男が声を低めて国王陛下に耳打ちした。

 

「陛下、この力は危険です。いつ、我々に牙を剥くか……」


「うん、自分の力を使って他人を陥れようと牙を剥くと、恐ろしいことが出来るとわかっただろう。聖職者でも、聖騎士でも、子どもでも」


 国王陛下はそう言って、居並ぶ群衆をくるりと見渡した。その視線を受けて、居心地の悪そうな顔をした人々は顔を伏せたり肩をすくめたりしている。


「ローランス」


「はっ」


 いつの間にそこにいたのか、国王陛下の背後にダンディが立っていた。


「今日はもう、子ども達を連れて帰りなさい。三人ともよくやってくれた。疲れただろう」


「はっ」


 ダンディの後ろにアレクもいて、国王陛下の言葉を受けて前へ進み出てあたしを助け起こした。


「……火傷は?」


「ん?」


「火傷はないだろうな?」


 眉を曇らせて睨みつけてくるアレクの目を見て、あたしは首を傾げた。


「大丈夫だよ」


 アクアの水の壁が守ってくれたので、肌も服も焦げさえついていない。


「……ん」


 納得したのか、アレクはあたしの腕を掴んでティルトの元へ連れて行った。


「あ、ちょっと」


 あたしは途中で身をよじってアデライトに声をかけた。


「ありがとう!庇ってくれて……」


「庇ってないわ。事実を言っただけよ」


 アデライトはふん!とそっぽを向いてしまったが、気位が高く傲慢そうな彼女が、働き者で善良な女の子だと知ってしまった。もう、どんな態度されても可愛い奴としか思えん。


 騎士達が地面に突っ伏すチルマンを助け起こして連れて行くのを見て思う。

 きっと、彼はアデライトに好意を抱いていたんだな。だから、アデライトに無礼を働いたあたしのことが許せなかったんだろう。


「あの、国王陛下」


「なんだい?」


 あたしが国王陛下に声をかけると、アレクが咎めるように腕を引っ張った。不敬だと言いたいのだろうが、無視して国王陛下にお願いした。


「付け火の犯人達、あんまり重い処罰にしないでください」


「どうしてだい?陥れられそうになったのはキミなのに」


 国王陛下はゆったりを首を傾げる。


「そうなんですけど……元はといえば、あたしが侯爵令嬢の胸を揉んだ挙げ句に大聖堂でぶっ倒れたのが原因なような気もするので」


 麗しの侯爵令嬢に無体を働いた魔王の娘が、聖なる場所で「出して」と喚いて倒れたのだ。若い聖職者が「あの悪しき存在を侯爵令嬢から遠ざけねば!」と暴走したのもわからなくはない。後のことはもう、負の連鎖だ。


「そうか。そういうことなら、きちんと皆で話し合うから安心しておくれ」


「ありがとうございます!」


「……おい、いい加減にしろ」


 馴れ馴れしすぎたのか、アレクに首をきゅっと締められて強制的に引きずられてしまった。呆れ顔のティルトと共に王宮を後にし、あたしはリーヘルト家の馬車に放り込まれたのだった。






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