表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/32

29. アデライト・マリアーナ・ジェイベルシュタイン





 子ども達を運ぶ聖騎士とダンディが外に出ていってしまい、聖騎士達がばたばたと駆け回っている中で、あたしは尻餅をついたままでいた。


 今更、心臓がどきどきしている。

 怖かった……

 天井が崩れてきた時もそうだけど、燃える建物に飛び込んだ時だって、本当は怖かった。アクアが助けてくれるとわかっていても、それでも怖かった。


 正直、足が震えて立てるかどうかわからないが、ここは危険だからとりあえず外に出ないと。さっきみたいに天井が崩れてくるかもしれないし。


 だが、あたしが立ち上がろうとする前に、誰かがぐいっとあたしの腕を引っ張って体を持ち上げた。


「痛っ……!」


 腕の痛みに思わず呻く。


 何事かと目を開けると、知らない顔の聖騎士が怒りの形相であたしを睨んでいた。


「貴様が火をつけたのか!?」


「はあ!?」


 何を言われたのかわからず、あたしは眉根を寄せた。


 聖騎士はあたしの腕を掴んだまま、無理矢理部屋の外に引きずり出した。痛いと訴えるが、聞く耳を持ってもらえない。

 周りにいた聖騎士達も、冷たい目であたしを睨んでいる。


 そのまま建物の外まで引きずられて、野次馬の集まった庭の真ん中に突き倒された。


「痛……」


 地面に手を突いて身を起こすと、野次馬の間から「この魔物!」と罵倒の声が上がった。

 顔を上げて見回すと、何十人もの人間があたしを取り囲んで嫌悪の表情を浮かべていた。中に、助け出された子ども達を抱きしめている両親の姿もある。子ども達は親に縋りついて泣きじゃくっていた。


「やはり魔王の娘は我らの敵だ!」


「火をつけておきながら、その火を自分で消して、こちらを油断させるための自作自演だったのだろう!」


「子ども達まで巻き込みやがって!!」


「こんな魔物、とっとと処刑しちまえ!」


 あたしは地面に座り込んだまま茫然とした。

 この人達は、火をつけたのがあたしだと思い込んでいるんだ。

 

 我に返ったあたしは、ティルトとアレクの姿を探した。だが、二人の姿が見つからない。この中に混じっているのか、それとも別の場所にいるのか。


『ローゼン』


 いつの間にか、アクアがあたしの背後に座っていた。


『ローゼン……こいつら、あたしが吹っ飛ばしてあげる』


 アクアの声には強い怒りがにじんでいた。


「……駄目だよ」


 あたしは弱々しい声で制止した。アクアに、あたしのために人を傷つけさせるなんて出来ない。


 でも、何十人もの人間に取り囲まれて罵倒を浴びせかけられていると、胸が苦しくて、誰かに助けを求めたくなる。

 傍にいてくれるアクアに、「全部吹っ飛ばして」と願いたくなってしまう。


 せめて泣かないように、あたしは唇を噛み締めた。


「処刑しろ」という叫びが増えて、囂々と群衆の声が渦巻く。皆の心が一つにまとまりつつあった。


 だが、その唸りの中に、不意に凛とした声が響いた。


「お待ちください」


 群衆の中に細い腕がすいっとまっすぐに立ち、人々はその腕の持ち主に道を開けて静まった。


 人々の間から歩み出たのは、侯爵令嬢であるアデライトだった。


 アデライトは群衆とあたしの中間ぐらいの位置で立ち止まり、腕を上げたままきっぱりと言い放った。


「この者は、後宮に火をつけてはおりません」


 群衆がどよめく。

 あたしは目を見開いてアデライトをみつめた。


 アデライトは、驚愕する群衆に圧されることなく続ける。


「この者は火が出るよりずっと前から、私と行動を共にしておりました。ジェイベルシュタイン侯爵令嬢アデライト・マリアーナ・ジェイベルシュタインが証明いたします」


 高位の貴族令嬢が魔王の娘を庇った。

 その事実に、群衆に混乱が広がっていく。


「こ、侯爵令嬢!」


 群衆の間からチルマンが飛び出してきて、アデライトを説得し始めた。


「こんな魔物の肩を持ってはいけません!御身の汚れになりますぞ!」


「私は、魔物の肩を持つのではありません。事実を述べているだけです」


 アデライトの堂々とした態度に、群衆達に混乱の次に疑念が広がった。


「侯爵令嬢がこんな嘘をつくはずない……」

「いや、しかし……」


 ざわざわと騒ぐ人々は明らかに先程までの勢いをなくしている。あたしはほっと肩の力を緩めた。


 だが、そのあたしの前に、女性聖騎士が二人歩み出てきて立ちはだかった。


「どうやって侯爵令嬢を味方につけたか知らないけど、安心しないでよね!」

「まだ、宿舎の小火と市中での件が残っているのよ!」


 金髪と赤髪の聖騎士達には、見覚えがあった。ティルトを憧れの目で見ていた娘達だ。


「そ、そうだ!宿舎の火はこいつがつけたに違いない!」


「市中では人がいる場所で火をつけたんだぞ!」


「なんて恐ろしい魔物だ!」


 アデライトの証言で弱まっていた群衆の声が、再び力を得て盛り返す。


「いや、後宮の火もこいつがやったに決まっている!侯爵令嬢の目を盗んで、どうにかして火をつけたんだ!」


「そうだ!子ども達まで殺そうとしやがった!」


 せっかくのアデライトの証言も、冷静さを失った群衆の前では無意味だったようだ。

 逆にあたしの方が少し冷静になって、どこか他人事のような気分で罵声を聞く。


 後で、国王陛下の前で説明すればいいや。あの方ならきっと、冷静に判断してくれるだろう。


 そう思って諦めたあたしの耳に、涼やかな声が届いた。


「道を開けろ。陛下の御前だぞ」


 庭に響き渡ったティルトの声に顔を上げると、こちらへ向かってくる国王陛下と、その後ろに控えるティルトの姿が目に入った。


 姿が見えないと思ったら、国王陛下を呼びに行っていたらしい。


 悠然と歩いてきた二人は、あたしの前まで来て足を止めた。

 女性聖騎士二人は飛び退いてその場に跪く。


「君達は、第九聖騎士団の者だね」


「はっ」


 国王陛下に尋ねられて、二人は声を震わせた。


「ちょうどよかった。ティルトがね、君達二人に訊きたいことがあるそうだ」


 国王陛下はいつもの穏やかな微笑みを浮かべて目を細めた。

 その横から、ティルトがすっと進み出る。


「第九聖騎士団所属メリッサ・シューマン、同クリシー・ミネット。市中警護任務の際に起きた火の精霊を使った付け火について、訊きたいことがある」


 ティルトの言葉に、跪いたままの二人がびくっと肩を跳ねさせた。


「メリッサ・シューマン。あの日、お前は俺の元に「耳に入れたい話がある」と報告に来たな」


「はっ」


「何故、俺の元に?第九聖騎士団の副団長ではなく」


「それは、お近くにいらしたので……」


「だが、あの日にお前が受け持っていたのはまったく違う地区だったはずだ。何故、お前はあそこにいた?」


「……申し訳ありません!魔王の娘などとご一緒にいらして、リーヘルト様の御身に何かあればと生きた心地がせず、僭越ながらお守りしたい一心でお傍に控えていました」


 メリッサという聖騎士はそう言って深く頭を垂れた。


「自分の持ち場を離れてか?」


「申し訳ございません!」


「二人組の相棒であるクリシー・ミネットと別行動をしてでもか?」


「はっ。深く反省いたしております!」


 ティルトはすいっと目を細め、メリッサの横のクリシー・ミネットに視線を移した。


「クリシー・ミネット。あの日、最初に「火だ」と叫んだ女性は、お前の姉であるユリア・ミネットだな」


 クリシーの肩が、ぶるぶると震えだした。


「騒ぎを起こした第四聖騎士団の二人は、お前達の同期だそうだな」


 ティルトの冷たい声に、メリッサとクリシーの伏せた顔がどんどん青くなっていくのがわかった。


 ティルトは再びメリッサに目線を戻して尋ねた。


「もう一度訊く。あの時、お前は一人だった。もう一人はどこで何をしていた。火の精霊を使えるもう一人は」


「あっ、あたし達はっ……魔物が団にいるなんて!リーヘルト様に……ティルト様に迷惑をかけるのが許せなくて!」


 クリシーが、弾かれたように顔を上げて叫んだ。


 その叫びを聞いて、ティルトの顔が嫌悪に歪められる。


「俺の代わりに罰したとでも言うつもりか?」


「ちがっ……あ、あたし達は、ただ……」


「ローゼン・ローレライ・リーヘルトはリーヘルト家の娘として偶せという国王陛下のお言葉に、逆らうつもりか」


「へ、陛下もティルト様も、魔物にだまされているんです!!」


 一連の会話を聞きながら、あたしは目を瞬いていた。

 街中で起きた火は、彼女達の仕業ということだろうか。

 あたしが魔王の娘だから、憧れのティルトの傍にいるのが許せなくて。


「ほう。俺や陛下が魔王の娘に操られているとでも言いたいか」


「い、いえ、そんな……」


「しゅ、宿舎の件と今回の後宮は我らのやったことではありません!これらは魔王の娘の仕業!宿舎の小火があったから、街でも騒ぎを起こせば陛下も魔王の娘を追い出してくださると思って……っ」


 ティルトはもう何も言わなかった。ただただ、冷たい目で二人の女性聖騎士を見下ろした。

 見下ろされているだけなのに、その細められた目に湛えられた静かな侮蔑に、二人はがたがたと震え出した。


 天使の怒りに誰もが声を失って息を詰めていると、その空気を打ち破って力強い声が響いた。


「ちょっとどいて、通してくれないか」


 張りのある低い声だが、女性のものだ。

 群衆をかき分けるようにして現れたのは、がっしりとした体格の三十代ぐらいの女性聖騎士だった。


「第九聖騎士団団長リリア・エリスだ。ここは私に預からせてくれ」


 リリア・エリスは赤銅色の短い髪をかき回して苦笑いした。


「私が不在の間に、団員に気のゆるみがあったらしいな」


 そう言うと、リリア・エリスは国王の前に立って跪いた。


「陛下。明日より復帰の予定でしたが、団員の不始末を詫びるために参上いたしました。此度のこと、第九聖騎士団を預かる団長として、ただただ深くお詫び申し上げる気持ちであります」


「久しぶりだね、リリア。よく戻ってきてくれた。嬉しいよ」


「ありがたきお言葉」


 リリア・エリスは国王陛下への一通りの挨拶を終えると、再び二人の団員に向き合った。


「聖騎士団たるもの、魔物を前に心を乱すなど言語道断。たとえ、魔王の娘が現れたとしても、だ」


 ちらり、とこちらに目線を寄越して、リリア・エリスが言った。


 がくりと肩を落として地面に突っ伏したメリッサとクリシーを、他の第九聖騎士団団員が助け起こして連れて行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ