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26. 大義名分




「ジェイベルシュタイン侯爵令嬢!?」


 悲痛な声を上げた若い聖職者には見覚えがあった。

 確か、祈りを捧げた日に、大聖堂の扉を開けていた男だ。

 彼はアデライトと、その背に隠れたあたしを見て、真っ青になって立ち尽くしている。


「チルマン司教様。いかがなさいましたか?」


 アデライトがくりっと首を傾げて尋ねると、男は我に返ったように口を開いた。


「な、なにを……何をしておられるのです?そんな……おい、貴様ら!ジェイベルシュタイン侯爵令嬢から離れろ!!」


 青かった顔を今度は真っ赤に染めて、チルマンという男はあたしを指さした。


「こ、この魔物がっ、王宮に入り込んだだけでは飽き足らず悪事を重ねおって……私が必ず追い出してくれる!!」


 正義の心に燃えているらしいチルマンとやらは、必死にあたしを威嚇してアデライトから離れろと叫んでいるが、自分が近寄ってきて引き離そうとはしない。

 そんなにもあたしのことが怖いのか。聖職者が魔物に怯えていては駄目だろうに。


「チルマン司教様、クローラリア大司教様はお戻りでしょうか?」


 チルマンが激昂しているのに目を丸くしつつ、アデライトが尋ねた。


「はっ……な、何故ですか?」


「この者が、お話をしたいと……」


「なっ、なりません!そんな汚れた魔物を大司教様に近づけるなど!」


「ですが、朝お会いした時に、大司教様も一度この者とお話したいとおっしゃられていたので……」


 アデライトが言うと、チルマンの顔がどこか焦ったように歪められた。


「そ、そんなことは決して……っ」


「何を騒いでいる」


 朗々たる声が響いて、全員がはっとそちらに目をやった。


 大聖堂の方から、ゆったりとした足取りで歩いてくるクローラリア大司教の姿が見えた。




 ***



「ねぇ、やっぱりやめようよ」


 アルフレートが不安げに口にした。

 腕にくっついた妹も心細げにしている。アルフレートは妹の手をぎゅっと握ってやった。


「何言ってんだ!怖じ気付いてんじゃねぇよ!」


 兄妹の前を進んでいたブランドンは眉をつり上げて振り向いた。


「黙ってついてこい!」


「だって……勝手にここに入ったってバレたら叱られるし」


 アルフレートは薄気味悪そうに辺りを見回した。長い廊下は薄暗く、天井のシャンデリアも埃を被ってくすんでいる。足下にも埃が積もっていて、アルフレートは口と鼻を押さえてあまり息を吸わないようにした。


「早く帰ろうよ。もうすぐ暗くなっちゃうし」


 既に泣きそうな妹に代わりアルフレートが訴えるが、ブランドンは聞く耳を持たない。一度言い出したら聞かない性格なのは昔からだが、最近は前にもましてひどいとアルフレートは溜め息を吐いた。


「だいたい、火なんてつけて本当に大丈夫なの?」


「平気だって!ここは今は使われてないって父様達が言ってたもん!誰にも迷惑かけねぇよ!!」


 言いながら、ブランドンはあちこちの部屋の戸を開けて中を確かめる。物が積み上がっていたり、反対にがらんと何もなかったり、本当に長い間使われていないのだと確信して「どうだ!」と胸を張った。


「でも、王宮に火をつけるなんて大罪だ!バレたらどうなるか……」


「心配すんな!あの魔物がここから出てくるの見ただろ?」


 ブランドンは幼い顔ににやりと笑みを浮かべた。

 石をぶつけたあと、ブランドン達はこっそりと魔物の後をつけたのだ。魔物ともう一人の少女は城から何か布のようなものを運び出してここへ置きに来たようだった。


「ここで火が出たら、あの魔物の仕業だってみんな思うだろ!だから大丈夫だ!」


 既に二度、火付け騒ぎが起きている。犯人は魔王の娘だと皆言っている。だから、ここで起きたことも必ず魔王の娘のせいになると、ブランドンは確信していた。


 ブランドンは大人達が何故悪い魔物を追い払わないのか理解できなかった。

 そして、大人達に出来ないなら自分がやってやると決意したのだ。


「三回も火をつけたら、さすがに父様達もあの魔物を捕まえてやっつけるだろ!これでみんな安心できるんだ!俺達の力で魔物をやっつけるんだよ!」


 ブランドンは何を言っても聞かないと、アルフレートは肩を落として諦めた。こうなったら、できる限り騒ぎが最小限に収まるように自分がうまく立ち回るしかない。

 ぎゅうとくっついてくる妹の肩を抱いてやって、アルフレートは何があっても妹だけは守ろうと決意した。


「この部屋だな!」


 三階の部屋の扉を開けて、目的の物を見つけたブランドンは明るい声を上げた。

 部屋の隅に重ねられているシーツは、確かに魔物と少女が運び込んだものだ。この部屋で火が出れば、間違いなく魔物が疑われる。


「ほら、早く来いよ!」


 ブランドンに手招きされて、アルフレートとヴィオラも恐る恐る部屋の中に入った。


「やるぞ!」


「……ねぇ、本当にやめておいた方がいいよ」


「なんだよ!お前はこの国に魔物がうろうろしてても平気なのか?」


「そうじゃないけど……」


 アルフレートは大人に任せておけばいいと思っている。それに、魔王の娘と呼ばれている少女だって、さっき見た限りでは普通の女の子のようにしか見えなかった。こんなことして陥れていいとは思えない。


 だけど、ブランドンは大人しいアルフレートのことを普段から馬鹿にしているので、どんなに説明してもわかってくれないだろう。


「本当に火事になったらどうするんだよ」


「ぐだぐだうるさい奴だな!もしも火事になりそうになったら、お前の妹が火を消せばいいだろうが!」


 ブランドンに指さされて、ヴィオラがきゅっと身を固くした。アルフレートは妹を後ろ手に庇う。

 ブランドンは火、アルフレートは土、ヴィオラは水の精霊が使えるのだ。


「でも、神学校で精霊の力は聖騎士団に入るまでは許可なく使っちゃいけないって……」


「うるさいうるさい!魔物をやっつけるためなんだから許されるに決まってるだろうが!」


 ブランドンはアルフレートの言葉を振り切って、火の精霊を使う呪文を唱えた。


 ブランドンは六歳の時に、父から精霊文字を見せられて読んでみろと命じられた。四つあった文字の三つは読めなかったが、一つは何故か目にした途端口から知らない言葉がこぼれ落ちた。そして、何もない空間に小さな火が燃え上がってすぐに消えた。

 我が家に聖騎士を授かったと、父も母も大喜びしてくれた。

 神学校に入れと言われた時は、きっと修行をしてもっと強い炎が使えるようになるんだと思っていたのに。実際に神学校で学ぶのは、力の扱い方と聖騎士としての心構えが中心で、自由に精霊を使わせてもらえなかった。

 でも、ブランドンは精霊の力を使えるのだ。その力を使って魔物を倒すことの何が悪いというのか、ブランドンには少しもわからない。


「燃えろ!」


 これでいい。自分が正しいのだと、ブランドンは疑っていなかった。


 ブランドンの前に、小さな火が現れた。その火を、ブランドンは燃やしても問題なさそうなガラクタに燃え移らせるつもりだった。


 だが、火はブランドンの前で、ぼっと燃え上がった。

 その火から、火の粉が飛んで床に飛び散る。火はブランドンの手から離れて、ゆらりと歪みながら窓の方へ流れていった。ブランドンはまだ、火を自分の意志でコントロールすることが出来ない。


 火が、カーテンに燃え移った。

 飛んだ火の粉は、絨毯に積もった埃を焼き、煙が上がった。

 

 カーテンがぼうぼうと大きく燃え始めた。

 最初は煙を上げていただけだった絨毯が、突然燃え上がって火を走らせた。


「っ!?」


 ブランドンは驚いて後ずさった。


 床を走る火が、積み重なったシーツに燃え移った。


 炎がどんどん勢いを増して、延焼範囲が広がっていく。


「うわっ……っ」


 ブランドンは恐怖にひきつった声を上げた。


「ブランドン!」


 アルフレートがブランドンの腕を引っ張って叫んだ。


「逃げなきゃ!」


「ヴィ、ヴィオラ!水だ!火を消せ!」


 カーテンを焼き、天井にまで伸び始めている炎を見つめて、ブランドンが叫ぶ。だが、返事がない。



「ヴィオラ!」


 ブランドンとアルフレートは八歳。ヴィオラはまだ六歳だ。

 彼女は自分達の周りで燃え広がっていく火の中で、目を見開いてぶるぶる震えていた。恐怖のあまり、声も出ない。


「ヴィオラ!」


 アルフレートが肩を揺らしても反応しない。自失した妹を抱きしめて、アルフレートは叫んだ。


「逃げろ!」


 だが、炎が燃え移る勢いは子供達が動き出すより早かった。あっという間に、戸口の絨毯まで火を上げ始め、部屋から出られなくなる。


「あ……あ……」


 炎の色に染まる室内で、三人の子供達は呆然と立ち尽くした。




 

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