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24. 茶飲み話





 てっきり大聖堂に放り込まれて聖職者達に吊し上げられるのかと思ったのに、アデライトは先程の三階建ての建物のところに戻ってきて中に入ってしまった。躊躇いつつ、あたしもその後を追う。

 アデライトが足を踏み入れたのは、騎士団の宿舎のをもうちょっと豪華にしたような食堂だった。

 アデライトがその中の席の一つにさっさと腰を下ろすと、すかさず使用人がやってきて二、三言葉を交わすと素早く奥の部屋へ姿を消した。


「何をしていますの?早くお座りなさい」


 アデライトは呆れたようにあたしに言う。

 なんだかよくわからないけど、あたしもアデライトの向かいに腰を下ろした。


「ここの二階と三階は神学校よ。一階は食堂なのだけれど、城に出入りする者なら誰でも使っていいことになっているの。もちろん、生徒が優先だから、生徒が使う時間以外は、ですけれどね」


 今は授業中だから、使っても構わないわ。とアデライトは言う。


 神学校ということは、聖職者を目指す子供が学んでいるのかと思ったが、アデライトによると精霊を使うことが出来る子供が使い方を学んでいるのだという。


「試しは十五じゃないの?」


 あたしは驚いて尋ねた。


「試しの前の、まだ幼い時に精霊文字を読ませてみる貴族の親は多いのよ。それで才があれば神学校へ入れて、聖騎士団に入れる齢になるまで能力を鍛えるのが普通よ。ティルト様達も神学校出だわ」


「へー」


「試しはどちらかというと平民の中から精霊使いを見つけるためのものなのよ」


「ふんふん。詳しいねアデライト」


「これくらい常識よ!」


 アデライトが胸を張ったところで、使用人が盆を持って戻ってきた。 

 紅茶とアップルパイを前に置かれて、あたしは思わず目を輝かせた。

 好物を前に思わず食いつきそうになったけれど、我に返ってアデライトに尋ねる。


「ここって支払いは?」


「必要ないわ。王家の予算よ」


 マジか。国王陛下太っ腹だな。

 遠慮なくパイに食いつくと、じゅわっと林檎の甘酸っぱさが口に広がる。

 美味しい!

 けど、やっぱり師匠の作ったアップルパイが食べたいなぁ。


「さっきの話の続きだけれど」


 アデライトが紅茶のカップをソーサーに置いて口を開く。


「ここに居るのなら、貴方は伯爵家の人間という自覚を持たなくては駄目よ」


 あたしは咀嚼したパイをごくりと飲み込んでアデライトを見た。

 そういえば、初めて会った時はあんなに怯えていたのに、今日のアデライトはそれほどあたしを怖がっていないように感じる。あたしの態度があまりにもあまりなので、恐怖より怒りが勝っているのかもしれないが。


「別にいきなり貴族的な振る舞いをしろと言っているんじゃないわ。人に迷惑さえ掛けなければ今のままでいいーーーいえ、少しは口調や態度を改めてもらいたいけれど、とにかく、まずは心を開かなくてはいけないのよ」


 アデライトが何を言いたいのかわからず、あたしは眉をひそめた。

 貴族達はあたしを魔王の娘と思っているんだから、あたしがいくら心を開いたところで無駄だと思う。


「貴方、ずっと森で過ごしていたそうだけれど、王都を見た時どう思った?」


「へ?」


 いきなり話題が変わって、あたしは面食らった。


「どうって……人がいっぱいいて、にぎやかだなぁって」


「そう……森しか知らない貴方からはそう見えるわよね」


 アデライトは目を伏せてふっと息を吐いた。僅かに眉がしかめられている。


「この国はね、二十五年前に流行った病のせいで、人口が大きく減ったの。幸い、短い期間で収束したけれど、死者の数は多かった。どうにか再び人が増え始めたところで、十六年前にも同じ病で死者が出たわ。二十五年前のように流行ることはなかったけれど……質の悪い病で、生き延びたとしても後遺症が残ることがあったのよ」


「後遺症?」


「ええ……子供を望めない体になったの」


 確か、高熱が続いたり、病によってはそういうこともあるって、師匠から聞いたことがあるような気がする。

 でも、なんであたしにそんな話を?


「貴族の中にもたくさんの死者が出て、生き残ったとしても跡継ぎを望めない体になったりで、いくつもの家が潰れたそうよ。六家だけは絶やしてはならないと、先代の陛下はお命じになられたけれど、私のお父様もお兄様が三人いたのに、お二人は亡くなられてお一人は跡継ぎを望めなくなりお父様が侯爵位を継ぐことになったのよ」


 アデライトは急にぐっと身を乗り出してきた。


「わかる?この国は、人手不足なのよ」


 勢いに圧されて、あたしはちょっと身を引いた。


「魔物と戦ってこれ以上人口が減るなんてもってのほか、ならばそうならないために貴方をどう扱うか、誰もまだ決めきれていないのよ」


 あたしはぱちぱちと目を瞬いた。


「もしも、この国に十分な力があったら、貴方はすぐに処刑されていたかもしれないわ。ローレライを拐かした魔王の血を引く娘として」


 アデライトは声を低めて言った。


「貴方がこの国の貴族の身内である自覚を持つならば、貴方の存在を受け入れるべきと考える貴族は多いと思うわ。健康で子孫を残せる、貴族の身内としてね。今はまだ、皆口に出せないだけなの。大人達が口に出さないから、それがわからない子息子女からは迫害を受けているかもしれないけれどね。ティルト様は貴方を魔物扱いしないでしょう?あの方はご理解されているのだわ」


 あたしはぽかん、と口を開けた。いきなりこの国の弱点を打ち明けられて、何を言えばいいかわからない。

 なんでこんな話になったんだっけ?わからない。師匠に優しく教えてもらいたい。


「よく考えるといいわ。私もまだ、貴方をどう扱うか決めかねていますの」


 アデライトは渇いた喉を潤すように一息に紅茶を飲み干した。


 アデライトの口調がいきなり丁寧になったり逆にくだけたりするのも、あたしをどう扱っていいか迷っているせいかもしれない。


 あたしは混乱しつつカップを持ち上げた。

 紅茶はすっかり冷めていた。




 ***



 お茶を終えて建物の外に出ると、「そろそろ大司教はお戻りかしら?」とアデライトが首を傾げた。

 いよいよ大聖堂に放り込まれるのか、と思いながら彼女の後について行こうとした時、いきなりがつっと衝撃があって視界が揺れた。次いで、鈍い痛みが額にじくじくと広まる。


「貴方達!何をしているの!?」


 アデライトが怒鳴った。


 痛む箇所に手をやると、ぬるりとした感触がして、信じられない気持ちで見た指先には血が付いていた。


「この国から出て行け、魔王!!」


 甲高い子供の声がした。

 あたしは痛む額を押さえながら声のした方を見た。七、八歳くらいの子供が三人、こちらを睨みつけている。

 投げた格好のままこちらを睨みつけている金髪の子供が犯人らしい。よく見ると、あたしの足元に僅かに血の付いた石が転がっている。


 ……アデライトはあたしの覚悟次第で受け入れられると言っていたけれど、こんな有様じゃあいくらあたしが心を開いても無駄じゃないだろうか。


 あたしはとりあえず金髪の子供を睨み返した。


「……あたしは魔王じゃないわ」


「お前は悪い奴だって、みんな言ってるぞ!」


「あたしは魔王じゃないし、何も悪いことはしていないし、あんた達に出ていけなんて言われる筋合いはないわ。少なくとも、いきなり人に石を投げつけるのが「悪いこと」じゃないと思っているような相手が「悪い奴」と呼んだからって、なんの説得力もないわ」


 あたしが睨みながら言い返したせいか、子供達は怯んだようだった。赤毛の男の子にくっついていた女の子など早くも泣いている。


 やっぱり、あたしの自覚がどうこういう問題じゃない気がする。


 そもそも、あたしは別に貴族になりたい訳でも、貴族らしく生きるつもりもない。あたしは師匠と再会してまた森で暮らすのだから。


「ちょっと!子供を脅かさないで!ほら!こっち来て!」


 あたしに睨まれてぶるぶる震えている子供達を見かねたのか、アデライトがあたしの腕を引っ張った。


 大人しく連れて行かれながら、あたしはぐっと唇を噛みしめた。




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