22. 脱走
街で起きた謎の炎の出現について、あたしは何も心当たりがない。
ティルトとアレクから何度も何度も尋問されたが、わからないとしか答えようがなかった。
ティルトは難しい表情だったし、アレクはあたしを疑っていたけれど、どうにかあたしの仕業ではないと納得してくれた。
「あの時、街には聖騎士が混ざっていた。お前のことをよく思わない者が悪戯心でやらかしたんだろう」
見つけたら重く処罰せねばならない。と、ティルトは舌を打った。
ティルトはそう言ってくれているが、他の人間はあたしを見てあからさまにひそひそ話し合っている。
『やはり魔物ですわ』
『何を企んでいるのか……王宮にまで入り込んで』
目下のところ、あたしにとっては犯人探しよりこっちの方が厄介だった。
やってもいないことで疑われるのは心外だし、なにより、あちこちから刺さる視線が煩わしくて耐えられない。
貴族連中から悪く思われるのはまだいいとして、第十三聖騎士団の団員からも敵を見る目で見られるので非常に居心地が悪い。ティルトの手前何も言ってこないが、このままでは団員達の不審と不満が爆発する日は遠くないだろう。
「はぁ……」
憂鬱だ。
疑いが晴れるまでじっとしていろとティルトにきつく言われてしまったので、言い返すことも出来ない。
そんで、一番鬱陶しいのが、
「ちょっと!トイレ行くときまでついてこないでよ!」
「仕方ねぇだろ!俺が見張らねぇといけないんだから!」
小火の調査で忙しいティルトに代わり、アレクがあたしにつきまとっていることだ。
「ねぇ、ティルトはどこにいるの?」
「テメェは黙ってろ。付け火がお前の仕業だったら即牢獄行きだからな」
こいつは、ほんと性格悪いな!
こいつに比べりゃティルトは口は悪いけど天使だわ!見た目も中身も天使だわ!
あたしはムカつきながら早足で宿舎の廊下を歩いた。まだ昼間なので、聖騎士達は任務や訓練に出ていて、宿舎に人はいない。
一階にもトイレはあるけれど、あたしは二階を使えと言われている。他の団員はなるべく二階は使わないようにしているみたいなので、一応女子として配慮されているようだ。
本来なら女子は皆第九聖騎士団に所属するため、宿舎も別なのだが、あたしは諸々の事情で女子宿舎では預かってもらえないのだ。見張られたり怖がられたり諸々あるので。
「さっさとしろよ」
「トイレの前で見張らないでよ変態!」
「誰が変態だ!!」
アレクといつもの言い合いをしてからトイレに入る。
よし。
あたしはすぐさま自分の頭の上にある小さな窓を開けた。
手を伸ばせば窓の縁に手が届く。指に力を入れて足を壁に掛けてもう片方の足で床を蹴る。
「んっ……」
窓から顔を出し、窓枠を掴んで、腕の力で体を引っ張り上げる。
「よいしょ……っと」
落ちないように気をつけつつ、下を見る。青青とした芝生に、落下の邪魔になりそうなものはない。あたしは躊躇わずに飛び降りて、両足で着地した。衝撃に思わず呻くが、転ぶこともなく上手く降りられた。
へへん。二階だからと安心したら大間違いだぜ。貴族のご令嬢ばっか見てて油断したな。あたしは十五年間森の中で育った野生児だぜ。なめんなよ!……いや、野生児は言い過ぎだ。森に愛された元気な少女なのだ、あたしは。
よし。アレクに気づかれないうちに逃げなくては。
一人でぶらぶらしてたら、また何かあった時に疑われるってわかってはいるんだけど、もう四日もあの性格の悪い偏見男につきまとわれているのだ。いい加減限界だ。
あたしはさっさと走り出した。目的地はーーー大聖堂だ。
付け火騒動も気になるけれど、あたしはどうしてももう一度確かめたかったのだ。自分が本当に聖なる場所に立ち入れない存在なのか。
たまたまあの時だけ、気分が悪くなったという可能性は低いだろうけど、気分の悪くなった原因が本当にあたしにあるのか。
もしかして、大聖堂の方に原因はないだろうか。
大聖堂で倒れてしまった時に、一瞬だけ見えた光景。それに、牢屋で味わったような閉塞感と恐怖と怒り。そして、あたしには覚えがないけれど、あたしが叫んだという「ディード」という名前。
本当は、ティルトに頼んで調べてもらった方がいいことはわかっている。だけど、彼は今付け火の方で手一杯だろう。
アレクに頼んでも聞く耳持たないだろうし、やっぱりあたし一人で大聖堂に向かい、大司教に話を聞くしかない。
あたしのことを魔王の娘と忌み嫌っているとしても、まさかいきなり攻撃してきたりはしないだろう。
「確か……六家の一つ、クローラリアの当主ってティルトが言ってたな……」
若い頃は聖騎士だった、とも言っていた。
聖騎士を引退した後に聖職者になって大司教にまでなったのか。しかも侯爵家の当主の仕事しながら大司教に上り詰めている。相当有能なおっさんなのだろう。
師匠以外の大人の男は慣れていなくて実はちょっと怖いんだけど、でも、頑張る。
「見ててください!師匠!」
決して負けるな。お前の存在を認めさせろ。
師匠がそう書き残したのだから、何があってもあたしは負けるわけにはいかないのだ。
***
大聖堂の前に立ち、荘厳な建物を見上げてあたしはごくりと息を飲んだ。
この中に入って大司教に話を聞かなければ、と思うのに、なかなか足が動かない。
怖じ気付いているだなんて、あたしらしくないぞ!と心の中で自分を叱咤する。
いざ行かんと足を踏み出した時、大聖堂の扉がギイイイッと開いた。
「では、失礼させていただきます」
出てきた少女が中に向かって腰を折る。
少女が顔を上げ、こちらを向き、ーーー目が、合った。
「……」
寸の間、無言で見つめ合う。紫の瞳が驚きに見開かれた。
「……ちょっと、あ、……あなた、こんなところで何を……」
アデライト嬢はスカートを握り締めてぶるぶると身を震わせた。
今日の彼女はシンプルな赤いワンピースに、豊かな髪を後ろで一つにまとめ、三角頭巾まで被っている。まるで庶民の娘さんのような格好に思わず首を傾げると、アデライト嬢は何かに気づいたようにハッと辺りを見回した。
彼女の視線を目で追うと、城の方から二、三人の貴族がこちらへ向かってくるのが見えた。
さっと顔色を変えたアデライト嬢が、あたしの腕をがしっと掴んで走り出した。
「こっちへ!」
「え?」
目を白黒させるあたしを、アデライト嬢は引っ張って走り大聖堂から遠ざけた。
「いったい何を考えていますの!?」
大聖堂から少し離れた三階建ての建物の近くまでやってきて、アデライト嬢はあたしの腕を放して怒り出した。
「貴方、自分の立場がわかっているの!?一人でふらふらして……貴方が何か問題を起こしたら、困るのはティルト様やリーヘルト卿なのよ!?」
アデライト嬢はぷりぷり怒ってあたしを責めた。
「とにかく、ティルト様を捜すわよ!」
「ええ?ちょっと待ってよ、せっかく抜け出してきたのに」
「だからどうして抜け出すんですの!?ティルト様は貴方のために苦労なさっているのよ!貴方が小火を起こしたりするから……っ」
「あたしがやったんじゃない」
あたしいはむすっと頬を膨らせた。
やっぱり貴族達の間ではあたしが犯人ってことになってるんだろうな。
「あたしがなんでそんなことしなきゃいけないの?」
あたしが問い返すと、アデライト嬢はぱちくりと目を瞬いた。
「それは……貴方が魔王の娘だから……」
「魔王の娘だと小火おこすの?スケール小さくない?」
「それは……魔王の娘の考えることなんて知りませんわ!」
アデライト嬢の態度を見て、大方の貴族は彼女と同意見なのだろうなと呆れる。
何が目的なのかはわからないけれど、魔王の娘なんだからやったに違いない。という訳だ。
冷静なのは国王陛下とティルトだけだな。この二人も別にあたしの味方ではないけれど、少なくとも頭ごなしに決めつけないだけマシだ。
それにしても、本当の犯人はあたしがやったと決めつけられている現状を見てほくそ笑んでいるかと思うと腹が立つ。
出来ればあたしの手で犯人を暴いてやりたいが、聞き込みしようにも知り合いはいないし、そもそもあたしが聞いても怯えられるか敵意を向けられるかでまともに話してもらえない。
でも、何もしないであの性悪男に見張られてるだけなのはうんざりなんだよなぁ……
あ。
あたしは目の前のアデライト嬢をまじまじと見つめた。
「な、なんですの……?」
怯えて後ずさるアデライト嬢の肩をがしっと掴み、あたしはにやりと笑った。
あたしが聞いても答えてくれる人はいないだろうが、侯爵令嬢を無視する人なんかいる訳がない。
そうだ。大司教と話をするのだって、あたしが直接尋ねるより、中にアデライト嬢を挟んだ方が円滑にいくに違いない。
「国の平和を守るのは、貴族としての務めだよね?」
あたしが顔を覗き込んでそう言うと、アデライト嬢はぷるぷる震えて青ざめた。




