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21. 初任務




 訓練場に戻るとティルトが帰ってきていた。

 アレクはあたしをぽいっと捨ててティルトの元へ行ってしまう。なんだよもう。


 辺りを見回せば、第十三聖騎士団員達が剣の訓練をしている。

 うん。あたしがあの中に混じるのは無理だな。剣を構える間もなく斬り捨てられそう。


 手前にアルガン君がいたので、とりあえず彼の戦い方をじっと見る。


 呪文を唱えると、剣に水がしゅるしゅると巻き付く。アルガン君が剣を振ると、水が細かい刃となって目の前の敵へ向かう。アルガン君の対戦相手が地面に剣を突き立てる。すると、彼の足下の地面が盛り上がって壁となり水の刃を防ぐ。

 今度は対戦相手が剣を振り、生み出された風に圧されたアルガン君が後ずさる。対戦相手は間髪入れず剣に炎をまとわせてアルガン君に斬りかかる。アルガン君は体勢が整わない、対戦相手の剣から火球が生まれてアルガン君に襲いかかる、負けるーーーと思った瞬間、アルガン君は顔色一つ変えずに火球に剣先を向ける。その剣先から大量の水が噴き出して、火球を飲み込み、その勢いのまま水の塊が対戦相手の腹に直撃する。

 対戦相手が膝を突いて咳き込んだところでアルガン君の勝ちとなった。


 対戦相手は土、風、火と三種類の精霊を使ったけど、アルガン君は水しか使わなかったな。

 にしても、水が刃になったり火球を生み出したり土で壁を作ったり、呪文一つでいろいろ出来るんだ。アクアは嫌がっていたけど。


「アルガンはうちの団で三番目に強い。水の扱い方だけなら随一だ」


 ティルトがあたしの背後に立って言う。


「アルガンの対戦相手はクライド・フリードソン。見た通り、精霊の使い方が器用だ。三種類の精霊を驚くほど上手く使う。アルガンとは対照的な戦い方だな」


 いつも無表情な天使様だが、団員のことを話すお姿はちょっとだけ誇らしげで輝きがすごい。眩しすぎて直視できない。


 しかし、アルガン君はそんなに強かったんだ。三番目ってことは、ティルト、アレクの次に強いのかな。


 あたしもあんな風に戦えるようにならなきゃ、精霊王にはなれないのか。

 道は果てしなく遠そうだけど、それが師匠の望みなんだから頑張らなきゃ。

 というか、ティルトとアレクはどれくらい強いんだろう。


「お前、ぼーっと見学してねぇで訓練しろよ」


 アレクに小突かれたので脛を蹴ってやったら喧嘩になった。


 二人そろってティルトに絶対零度の目で罵倒された。あたしは悪くないぞ。





 ***



 第四・第九聖騎士団との合同任務。兼あたしにとっては初任務だ。

 任務の前に団長同士の挨拶があったけど、第九聖騎士団の団長は不在ということで副団長が代理をしていた。ついでに、ティルトの後ろに立っていたあたしは第九聖騎士団の皆様に思い切り睨まれた。

 まあ、憧れの聖騎士様に魔王の娘とかいう変な女がくっついてるのは気にくわないだろう。おまけに、今朝も聖騎士様の家からふらふら出勤してきているしね。あたしが逆の立場だったら「何よあの女!きーっ」ってなるところだ。昔読んだ小説にそんな登場人物がいたな。


 さらに配置分けであたしがティルトと一緒に市中の見回りだと命じられると、突き刺さる視線がさらに痛くなった。


 ティルトはあたしを見張らないといけないのでねー。仕方がないんですよー。恨まないでねー。

 それに残念ながらティルトと二人きりではなくて、


「足を引っ張るんじゃねぇぞ、魔物」


 こいつもいるからね。


「でも、見回りって何をすればいいの?」


 持ち場を歩きながら、あたしは通り過ぎる人々を眺める。街の人々は活気があって楽しそうだ。

 ちなみにあたしは自分のフード付きのマントを被って顔を隠している。街の人を不要に怯えさせないようにね。なにせ、面が割れてるから。


「犯罪の取り締まりも行うが、主たる目的は魔物の討伐だ」


「え?結界があるから弱い魔物は入ってこないんでしょ?」


「もちろんだ」


 歩きながら、ティルトが説明してくれる。


「だが、魔物は人をそそのかすこともある。人の弱みや悪心につけ込んで惑わし、この王都に入り込むこともある」


「……人間の気配に紛れれば、結界を越えて入ってこれるんだよ」


 ティルトの説明にアレクが暗い声で付け足した。


「じゃあ、とりつかれてる人間がいないかさがせばいいのね?でも、それって見てわかるの?」


「見てもわからねぇよ。だから、怪しい奴がいたら捕まえて尋問するだけだ」


 要するに、軽犯罪を取り締まればいいんだな。なんだ、びびって損した。


「あ、でもこの間はなんで魔物の大群が襲ってきたの?」


 初めて王都にやってきたあの日のことを思い出して尋ねると、ティルトはぎゅっと眉間に皺を寄せた。


「原因を調べているが、まだわかっていない。幸い死人も怪我人も出なかったが、もしまたあんなことがあったら、王都中の人間が聖騎士団に不審を抱く。結界に何かがあったのか……調べられればいいんだが」


「?調べられないの?」


 難しい顔のティルトの顔を覗き込むと、夏の空色の目で見下ろされた。いいなぁ、あたしもそんな晴れ渡った明るい空の色の目だったら、怯えられなかったかもしれないのに。


「初代精霊王の結界は、結界の「核」がどこにあるかも、どんな結界なのかも、誰も知らないんだ」


「え?」


「わかっていることは、六家の名を絶やしてはいけないということだけだ」


 あたしはかくりと首を傾げた。結界と六家に何か関係があるのだろうか。


「六家の名を絶やしてはいけないという意味は、結界を張る際に六家の家名を結界の「核」の「鍵」として使ったかららしい。つまり、六家の家名が結界を維持する呪文なんだ」


 王都の真ん中の大きな噴水までやってきて、ティルトは一度足を止めた。


「六家の収める領地のどこかに、結界の「核」が隠されているらしい。その領地を六家の名を持つものが収め、名を呼ばれ続けている限り、結界は効力を保ち続ける」


 あまりに複雑な結界に、あたしはぽかーんと口を開けた。そんなことまで出来ただなんて、初代精霊王とは本当にどんな人だったんだろう。


「六家が特別ってそれでなんだ」


「ああ」


「でも、ティルト達リーヘルト家は王都の家に居て領地にいないじゃない。いいの?」


「領地の家にはクソババアがいるからな」


 クソバ……おばあさんか。おばあさんってことは、ダンディとローレライの母親?


「六家の名の者は必ず一人は領地に残らなければならないと決められているから、もしもババアがくたばったらクソ親父と母さんが領地に戻る。だから、俺はもっと強くならなければならない。聖騎士団団長が抜ける穴を埋められるくらいにな」


 まあ、クソババアはまだまだくたばりそうにねぇけどな。とティルトが吐き捨てる。嫌いなんだろうか?


「そういえば、アレクの家って……」


 振り向いて尋ねようとした時、人混みの中から女性の聖騎士が歩み出てきて「リーヘルト様!」とティルトに呼びかけた。


「お耳に入れたいことが」


 背の高い赤髪の女性騎士には見覚えがある。小火の時に、ティルトに進言していた二人のうち一人だ。


 何かあったんだろうか。

 あたしがひょこっと近づくと、女性が怯えた表情になったので仕方なく二人から離れた。


 アレクが噴水の縁に腰掛けていたので、あたしも隣に腰を下ろす。

 下ろした途端、わあぁっ、と人混みの中で騒ぎが起きた。怒鳴りあうような声が聞こえる。


「ちっ、何やってやがる」


 ちらりと見えたのは聖騎士の制服だった。第四騎士団の誰かが喧嘩しているようだ。


 アレクが立ち上がりそちらへ向かう。ティルトも話していた女性聖騎士を押しとどめ、そちらへ足を向けた。

 街の真ん中で聖騎士が喧嘩なんかしてたら問題だもんね。まあ、口喧嘩で手は出てないみたいだからすぐ収まるでしょう。


 あたしは噴水に腰掛けたまま、アレクとティルトが戻ってくるのを待った。


 街行く人をぼんやりと眺める。

 若い女性が二、三人固まって笑いながら通り過ぎる。

 街の人は皆楽しそうだ。数日前に魔物の大群に襲われたというのに随分立ち直りが早い気がするが、それともこれが普通なのか。あたしは街や人間については師匠から少しだけ教わったけれど、ほとんどは本で読んだ知識しかないからな。

 でも、よく見るとお年寄りがほとんどいないな。やっぱり年輩者は魔物が怖くて閉じこもってるのかもしれない。

 そんなことを考えてぼーっと街の人を眺めていたあたしは、自分の周囲にまったく注意を払っていなかった。


「きゃあ!」


 叫び声が上がった。


「火が!」


 火?


 あたしが怪訝な顔で声の方を振り返ると、三十才くらいの女性が胸の前で手を合わせてぶるぶる震えていた。と、次の瞬間、


 ごおっ


「!?」


 あたしの体の周りに、炎が噴き上がった。


 なに!?


 炎の勢いで、あたしのフードが巻き上がる。悲鳴が聞こえた。


「ローゼン!」


 至近距離で燃える炎に目を眇める。ティルトが走ってくるのがかろうじて見えた。


 呪文を唱える声が聞こえて、二方向から飛んできた水流があたしの周りの炎を消した。

 炎が消えてなくなったのを確認すると、あたしはその場にへたり込んだ。


「何があった」


 剣を収めるティルトに尋ねられるが、あたしはふるふる首を横に振るしか出来なかった。




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