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2.迷子




 師匠が見つからない。


 こんなに長い間探し回っているのに見つからないだなんて、もしかしたら先に森の家に帰ってしまったのではないだろうか。


 いや、でも、可愛い弟子を置いていくだなんてそんなこと師匠に限って、やりそうだなあの男。


 そもそも普段から、あたしへの扱いがぞんざいなのだ。頭を叩かれるのは日常茶飯事だし、足を引っかけて転ばされたり池に放り込まれたこともある。やたら風の強い日に家の外に出されたこともあるし、何故か延々と竈の番をさせられたこともある。


 あれ?やっぱりあたし虐待されてない?


 いやいや、それでも衣食住を与えてくれていろいろ教えてくれたのは師匠だ。あたしは可愛い弟子だ。そのはずだ。


 だからきっと、師匠だってあたしを必死に探しているはず!


 そう信じて探し回るあたしの目に、人ごみの中に紛れる真っ黒いマントが飛び込んできた。


「師匠!」


 黒いマントは師匠のトレードマークだ。家の外に出る時は必ず着用している。


 だから、あたしはてっきりその黒マントの主が師匠だと思って、思いっきり抱きついてしまった。


「うおわぁっ!」


 あたしに突然抱きつかれた黒マントは、素っ頓狂な声を上げて地面に倒れ込んだ。


「あ、あれ……?」


 違う。これは師匠ではない。師匠はあたしが抱きついたくらいで倒れるような貧弱な男ではない。


「なんだテメェは!?」


 尻餅をついたままこちらを怒鳴りつける黒マントはあたしより少し年上の若者だった。師匠じゃなかった。


「ごめんなさい!人を捜してて、間違えちゃって」


 あたしは素直に謝った。


「あのさ、黒いマントに黒髪の背の高い三十過ぎの男の人を見かけなかった?」


「はあっ!?」


 謝りついでに尋ねると、黒マントの若者は不機嫌そうに眉を跳ね上げた。


「この俺が三十過ぎに見えるってのか!?」


「あ、いや、そうじゃなくて」


 あたしは慌てて手を横に振った。


「俺はまだ十九だ!」


「ほんとにごめん。そういう意味じゃなくて……」


「おいティルト!お前もなんか言ってやれ!」


 若者は横に突っ立っていた青年を振り返った。


 ティルトと呼ばれた青年は無言で若者を見下ろしている。


 というか、あたしは青年を見て驚いた。こんなに美しい人間がいるのかと思うほど、綺麗な顔をしていた。金色の髪は短く刈り込まれているにも関わらず、太陽の光を浴びてキラキラと輝き、汚れたことなどないような白雪の肌と晴れ渡った夏の空のような色の瞳が印象的だ。あまりに美しくて、天使だと言われても信じてしまいそうだ。


 しかしその美しい顔は今はうんざりしたように歪められ、若者を冷たく見下ろしている。


 若者の方は黒髪黒目の精悍な顔立ちで、二人とも、絵本で見た騎士様のようないでたちをしている。腰に剣を差していることからも、明らかに平民の身分ではない。


 あれ?もしかして、あたし、やっちゃった?貴族様に抱きついて地面に転がして「三十男と間違えました」って。やばい死罪。


 処刑の前って温情とかあるよね?最後に一目、師匠に会えるよね?と、一人で脳内処刑シミュレーションをしていると、金髪の方の騎士様が口を開いた。


「アレク、このガキは「間違えた」と言ったんだ。お前が三十過ぎに見えたわけじゃねぇよ、このウザクソ野郎」


 天使の口からびっくりするほど荒れた言葉が飛び出した。


 びっくり。天使様、意外とお口が悪くていらっしゃる。さては地上の穢れにまみれて翼を失くしたな。


 というか、ガキってあたしのこと?


 失敬な!あたしは本日、十五になったの!もう子どもじゃないんだっつの!


「誰がウザクソ野郎だ!」


「テメェに決まってんだろ」


「おっまえ!二つも年下の癖に生意気なんだよ!」


 天使と若者が口汚く言い争い始めた。


 やだ、街って物騒。師匠が言っていた通りだ。


 というか、もう行っていいかな。あたしは師匠を捜さなくちゃ。


 そう思うのだけれど、あたし達が往来であんまり騒ぐもんだから、周りには人だかりが出来ているし、騒ぎを聞きつけたのか貴族の乗る馬車までやってきて音を立てて止まった。


 その馬車から、四十歳ぐらいのとってもダンディなおじさまが慌てた様子で降りてきた。


「クソ親父?」


「叔父貴?」


 天使の方が「クソ親父」と呼び、黒髪の方が「叔父貴」と呼んだ。ということは、この二人って従兄弟なのか。

 しかし、ダンディな男性は息子と甥には目もくれず、まっすぐにあたしを見て叫んだ。


「ローレライ!」


 え?


 駆け寄ってきたダンディがあたしの肩を掴んだ。


「ローレライ!生きていたんだな!ああーーーローレライ……」


 ダンディは感極まったように声を震わせたが、あいにくあたしはローレライではない。人違いだろう。


「この青いドレスと赤いブローチを見て、まさかと思ったが……生きていたんだな。ローレライ」


 あ、もしかして、このドレスの元の持ち主と勘違いされているのか。それなら仕方がない。古着の宿命だろう。その誰かさんは事情があって大切なドレスを手放し、それを師匠が買ったということか。


「あの、人違いです。あたしは……」


「さあ、兄さんに顔をよく見せてくれ。ローレライ。こんなフードを被ってどうしたんだ?お前の柔らかな栗色の髪と、美しい春の若葉のような緑色の瞳を見せてーーー」


 あたしが目深に被っていたフードを、ダンディが勝手に脱がした。

 あたしの顔があらわになる。


 その途端、ダンディは真顔で硬直した。


 にぎやかなはずの街が、一瞬、しん、とする。


 え?


 あたしが首を傾げた。その時だった。


 野次馬の中から悲鳴が上がった。

 一人のご婦人が恐怖にひきつった悲鳴を上げ、それにつられたのか、次々に叫び声を上げて逃げ出す人達。


 え、なに?


 戸惑うあたしの肩を掴んでいたダンディが、強い力であたしを突き飛ばした。


「貴様!ローレライをどうした!?」


「え?」


「よくもローレライを!!」


 ダンディは目を吊り上げてあたしを睨み、腰の剣を引き抜いた。剣の刃は青く輝いている。


 てことは、この男性は聖騎士なのだ。


 本で読んだことがある。王国に仕える聖騎士は、精霊の力を操って魔物と戦い人々を守る特別な存在だと。


 ふと気づくと、黒髪と天使の二人も、輝く剣を抜いて厳しい顔つきで睨んでいる。

 あたしを。


「ちょ、ちょっと待って!」


 冗談じゃない。なんで初めて来た街で、聖騎士三名に剣を向けられなければならんのだ。

 師匠は「街は怖い」と言っていたけど、これは物騒とかそういう問題じゃない。いたいけな十五の乙女に殺意満々で剣を向けてくるとか、ダンディ失格だ。


「何か誤解して……」


「黙れ!」


 説得しようとしたあたしの言葉を遮り、失格ダンディは短く何かを唱える。歌のような抑揚のついた言葉。

 呪文だ。


「精霊よ!魔を打ち倒す力を我に!」


 ダンディの手元に炎が生まれ、その炎が剣を包むように収束する。

 火の精霊の力をまとわせた剣が、あたしに向かって振り上げられる。


 斬られる!


 一瞬、頭が真っ白になった。


 だが、その瞬間、信じられないことが起きた。


 さっと日が陰り、ぎゃあぎゃあと耳障りな獣の鳴き声が空に響き渡った。



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