19. 朝の庭
ベッドがふかふか過ぎて落ち着かなかったせいか、やけに朝早く目覚めてしまった。
こんな豪華なベッドで寝たことないからなぁ。憧れていたけど、あたしにはやっぱり森の家の寝床がお似合いなのだな。
さて、起きてしまった以上身支度を整えたいのだが、顔を洗いたいけど水ってもらえるのかなぁ。どうしたらいいんだろう。
ティルト達はまだ寝てるだろうし、まさか顔を洗いたいという理由でアクアを呼び出すことは出来ない。使用人に関わる訳にはいかないから、階下からもらってくることも出来ない。
「外に、井戸があるはずよね?」
あたしは昨日の服に着替えてこっそりと廊下に出た。使用人と行き合わないようにしずしず廊下を進むが、まだ薄暗いためか誰とも出会わなかった。階下ではすでに起き出して朝食の準備やらが始まっているのかもしれないが、運良く人影を見ることもなく外に出ることが出来た。
さて、井戸があるなら厨房の近くだと思うが、人がいたらどうしようかな。誰もいないことを祈るか。
あ、寝る前に水を汲んでおいて部屋に置いておけばいいんだ。今夜からそうしよう。
そんな風に考えながら中庭を歩いていたあたしは、庭の真ん中でぼーっと空を眺める人物に気づいて思わず足を止めた。
向こうもあたしに気づいて、盛大に眉をひそめる。
「お前、何やってやがんだ」
アレクがずがずかとこちらに歩いてくる。
あたしは盛大に溜め息を吐いてがっくしと肩を落としてみせた。
「なんだその態度は?」
「朝一に拝むなら天使かダンディの顔が良かったなぁって思ってさ。なんでよりにもよってアンタなのよ」
「そりゃこっちの台詞だ!なんで朝から魔物の顔を拝まなくちゃならねぇんだ!」
「あたしの顔はかわいいけど、アンタは目つき悪ーーー」
言い返そうと顔を上げて、こちらを睨みつけてくる黒い瞳と目が合った。
昨夜のことを思い出して、あたしは顔が赤くなるのを感じた。
アレクは急に黙り込んだあたしに一瞬怪訝な顔をした後、カーッと真っ赤になった。
「っ、許可なくうろつくんじゃねぇよっ!!さっさと部屋に戻れっ!!」
アレクが怒鳴ってあたしの髪を乱暴にかき混ぜた。照れ隠しなのだろうが、痛いので必死に逃げる。
「おら、戻るぞ!」
「あ!ちょ、ちょっと待って!」
ひきずり戻されそうになって、あたしはばたばた抵抗した。
「あたし、水をもらいたくてっ」
「水?」
「顔洗いたくて……」
アレクは「ああ」と頷いた。
「後で持って行ってやるから、部屋に戻れ。もう少ししたら使用人どもが動き出すから」
使用人と顔を合わせることになるのは確かに面倒くさそうだ。あたしは素直にアレクに従って部屋に戻った。
あたしを部屋に戻した後、アレクは隣のティルトの部屋に入ったようで、声が聞こえてきた。
『……朝だっつってんだろ!起きろコラ!』
『ぐかー』
『その体勢でよく熟睡出来るな!?半分以上ベッドから落ちてるじゃねぇか!』
『んがー』
『起きねぇとぶん回して壁にぶつけんぞっ!!』
その言葉の少し後に、壁がどがんっと音を立てたので、どうやらアレクは有言実行したらしい。
直後に地獄の底から響くような呻き声が聞こえて、後は静かになる。
……天使は朝が弱いのか。
ひょっとして毎朝こうやってアレクが起こしてるんだろうか。
伯爵家の嫡男にしては優雅じゃない目覚めだな。
壁にぶつけないと起きないなら、使用人に彼を起こすのは不可能だ。アレクはもしかして、ティルトの目覚まし要員でこの家に住んでいるのでは……いや、まさかな。
そういや、アレクは庭で何をしていたんだろう。
後できいてみようかな。
そう思っていたのだが、その後、水を持ってきてくれたアレクがやけに疲れた顔をしていたので、あたしは何も訊けなかった。
伯爵家の嫡男を起こすのは結構な重労働らしい。
***
朝食の席で顔を合わせたティルトは、朝の光に包まれて麗しき天使そのものだった。
部屋が汚いとか寝汚いとか微塵も感じさせなくてすごいなぁ。
ダンディもティルトに似て部屋汚かったりするのかなぁ。ちょっと気になるけど、伯爵の部屋に侵入したりしたら問答無用で手打ちになる。確認しにいくのはやめておこう。
騎士の制服に着替えて馬車で王宮へ出勤。馬車の中はやっぱり気まずかった。だから、なんであたしの正面がダンディなのよ。場所変わってくれアレク。
今日の帰りは絶対場所変わってもらおう。変わってくれないなら膝に乗ってやると脅せば変わってくれるだろう。
訓練場に整列していた聖騎士達の前に立ち、ティルトが罵倒のような朝の挨拶をしてひとしきり盛り上がった後、「明日は第四・第九聖騎士団と共に市中警備だ」と告げられる。
「前回、大量の魔物が侵入してきた理由もわかっていない。気合いを入れて務めを果たせクソ野郎ども!!」
クソ野郎呼ばわりされて歓喜する聖騎士を眺めて、あたしもこの団に所属する以上は天使に「クソ野郎」呼ばわりされて喜べるようにならなければいけないだろうかと考える。しかし、隣に立つアレクはげんなりしているので、第十三聖騎士団は天使狂でなければならないという訳でもないはずだ。
「魔物って、いつも襲ってくるわけではないの?」
ティルトが他の団長との明日の市中警備の配置決めに行ってしまったので、団員達が各自訓練している横でアレクに尋ねる。
「ああ。結界があるからな」
「結界?」
「初代精霊王がこの国全体に結界を貼ったと伝えられている。そのため、この国には弱い魔物は入ってこれない」
そうなんだ。
初代精霊王の結界って、この国が出来たのが500年前だから、その頃からずっと結界の効果が続いているっていうこと?
本当にまだ効果あるのかな。実はとっくに効果切れてたりしない?
「強い魔物は入ってくるの?」
「入ってこれたから、魔王がローレライをさらえたんだろうが」
「あ、そうか」
あたしは一応納得して頷いたが、何か違和感を感じて首を傾げた。
「おい、さっさと剣を構えろ」
「あ、うん……」
レイピアを抜くと、アレクが精霊をまとわせろと命じる。
そう言われても、やり方がわからない。
アクアを呼べばやってくれると思うが、訓練って毎日あるし、その度にアクアを呼び出してもいいものだろうか。アクアだってあたしのお手伝いばっかりしてられないだろうし。
「どうした、歌え」
「……無理」
「は?」
「う、歌える時と歌えない時がある」
「はあ?」
アレクが盛大に顔を歪める。
「ふざけてんのか!?」
怒鳴られてしまうが、アクアのことを考えるとやっぱり訓練の度に頻繁に呼び出していいものではない気がする。
アクアにうんざりされて嫌われたら悲しいし。
後でアクアに相談してみよう。どういう時なら呼び出していいかを。
だから、あたしはアレクの怒声を身を縮めてやり過ごした。
「……歌を歌えないなら、テメェにはなんの価値もねぇんだぞ」
最後にそう言い放って、アレクはあたしに背を向けて行ってしまった。




