18. 部屋
食事を終え部屋に戻ると、ベッドの真ん中に畳んだ寝間着が置かれていた。
あたしはそれを衣装ダンスに仕舞って、荷物から自分の寝間着を取り出してベッドの上に置いた。
それから、溜め息を吐いてふかふかのベッドに腰を下ろした。
立派な暖炉も大きな窓を覆う分厚いカーテンも豪奢なチェストも精緻な彫刻を施された姿見も鏡台も布張りの椅子も、幼い頃に絵本で読んで憧れていたもののはずなのに、ちっとも心が弾まない。
ローレライは、生まれた時からこんな家で暮らしてきて、あの森の家での暮らしに耐えられたのだろうか。
家の裏の畑を耕して、木の実やキノコを集めて、冬には凍った水を割って水を汲まねばならない。そんな暮らしに、伯爵令嬢が馴染むことが出来たのだろうか。
それとも、愛する人が共にいれば、どんな暮らしにだって耐えられたのだろうか。
あたしが、師匠と一緒に楽しく暮らしていたように。
「師匠……」
思い出すのは、あたしを置いて去っていった師匠の背中。
あの日、師匠は最初からああやって姿を消すつもりだったのだろうか。あたしをリーヘルト家に押し付けるために街へ連れ出したのだろうか。
精霊王になれというなら、精霊王になれるまで見守ってくれればよかったのに。
師匠……
どさどさどさっ
『ふぐぅ』
ん?
なんだ?今の音。
というか声?
物思いに沈んでいたあたしは、部屋の外から聞こえた物音に現実に引き戻された。
気のせいか、呻き声みたいなものも聞こえるんだけど。
あたしは恐る恐る部屋の外に出てみた。
廊下には誰もいない。二階には五つの部屋があり、あたしは南側の三つ並んだ右端を宛がわれていた。
物音はあたしの隣、真ん中の部屋から聞こえた。少し迷ったが、扉をノックしてみる。返事はない。
「もしもーし……」
あたしは勝手に扉を開けてみた。なんか声みたいなのも聞こえたし、誰か倒れでもしていたら大変だからね。
「大丈夫……うわっ!」
扉を開けた途端、部屋の外に崩れてきた書類の山にあたしは驚いて身を引いた。
「……あ?」
部屋の真ん中で、溢れかえる物の中から身を起こしたティルトがあたしを見た。
「……何か用か?」
「え?」
あたしが呆然と床の見えない部屋とティルトの顔を見比べていると、左端の部屋の扉が開いた。
「今の音なんだよ、また何か崩したんか?」
呆れたように欠伸をしながら、アレクが出てきて、立ち尽くすあたしを見て眉をしかめた。
えーっと。
「部屋、隣だったんだ……」
「俺は、お前を見張る役目があるからな」
物を崩しながら立ち上がって、ティルトが言った。
いや、隣なのはいいんだけどさ。
「何、この惨状……」
きりっとした目つきのティルトはいつも通り天使のごとき眩さなのだが、いかんせん足元がごみ溜めではせっかくの天使の容姿も威力が半減する。降臨場所は選ぶべきだろう。
「いつものことだ。気にするな」
アレクがあたしの背後に立って言う。
「いつものことって……」
そういえば、前にアレクが「部屋汚い」って言っていたような気がする。
「でも、宿舎の部屋はきれいだったのに」
「あそこは聖騎士団の宿舎であり、王家の敷地だ。俺の部屋じゃない」
なるほど。
でも、伯爵家なら侍女とか使用人が片付けてくれるのでは?
「他人に片付けられると、何がどこにいったかわからなくなるから嫌なんだよ」
「こんなんでも、こいつにとっては使いやすい部屋らしいぜ。自分のものを他人に触られるのをすげぇ嫌がるんだよ、こいつ」
「へぇ……」
「だから、べたべたしてくるご令嬢とか、本当は容赦なくぶった斬りたいっていつも愚痴ってるんだよな」
「そっか。相手の方が身分高いと邪険に出来ないもんね」
貴族社会は大変だなぁ。
あたしがうんうんと頷いていると、言われ放題のティルトがアレクを睨みつけた。
「ていうか、お前、ひとのこと言える部屋かよ」
「え?アレクもごみ溜め?」
「んな訳ねぇだろ!」
「見せて見せて!」
「あっ、こら!」
あたしはアレクの脇をすり抜けて、左端の部屋に駆け込んだ。
「え?」
ティルトとはまったく正反対の部屋に、あたしは目を丸くした。
家具がベッドしかねぇ。
「勝手に入るな!」
「なんでこんなに物がないの?若者の部屋とは思えない!」
「うるせぇな!」
「ていうか、貴族の部屋なのに、あたしの部屋より質素じゃダメじゃん!部屋交換してあげようか?待ってて、寝間着と荷物だけ取ってくるから!」
「余計なことすんな!」
「だって、なんでこんなベッドと暖炉しかない部屋に押し込められてんの?アレクもしかしていじめられてるの?悩みがあるなら相談して!」
「目下の悩みはテメェの存在だよ!なんで魔物と一つ屋根の下に暮らさなきゃなんねぇんだ!せめて大人しくしてろ!!」
後ろからアレクに羽交い絞めにされてばたばた暴れていると、上階から階段を駆け降りてきたダンディが近隣に響き渡りそうな声で怒鳴った。
「うるさいぞお前達!!いい子だから早くおやすみしなさい!!!」
ダ、ダンディ……
いい子呼ばわりされた十九歳と十七歳はすんっと大人しくなり、十七歳は静かに部屋の扉を閉め、十九歳は羽交い絞めにしたままのあたしを右端の部屋に運び、ぽいっと投げ入れて扉を閉めた。
あたしは床に座り込んで、ぽりぽり頭を掻いた。
うーん。騒いだせいか、一気に眠くなってきた。
寝間着に着替えよう。
あたしはベッドの上の寝間着に手を伸ばした。
「おい。明日はティルトがいないから、俺が……」
言い忘れたことがあったのか、アレクがノックなしでいきなり扉を開けた。
あたしはスカートを脱いでシャツを脱ごうとしているところだった。
「……っ俺がお前を見張るからなぁっ!!」
怒鳴りながら扉を叩き閉められた。
人のこと魔物呼ばわりする癖に、着替えを見て真っ赤になるなよ。
ていうか、ノックをしろよ。
アレクに覗かれたってティルトに言いつけるぞ。
ああもう、師匠に知られたら「はしたない」って叱られる。
あたしは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
顔が熱い。
「うぅ〜……」
なんか、めちゃくちゃ賑やかな一日だったなぁ。
森での静かな暮らしとはまったく違う騒々しさに、あたしはぷーっと息を吐いた。




