16. 小火
謁見の間には、国王の他に大聖堂に集っていた貴族達が待ちかまえていた。
ティルトに連れられてあたしが謁見の間に入ると、彼らが薄気味悪そうな目であたしを見た。その視線に思わず足が止まるが、ティルトに肩を押されて国王の前に進まされる。
ティルトとアレクは貴族達の末席に加わり、あたし一人が国王の前で跪いた。
「大聖堂で倒れたそうだね。体は大丈夫かい?」
国王の声はいつもと同じく柔らかで穏やかだった。
「はい……」
「目が覚めたばかりで悪いが、何があったのかを聞かせてもらいたい。ここにいるヴァランタイン・シュテファン・クローラリア大司教からは、祈りの途中でキミが叫んで倒れたと聞いている」
そう言われて初めて気づいたが、玉座の近くに大司教と、大聖堂の扉を開けた若い聖職者が控えていた。
「間違いないな?」
「は。この娘は大聖堂に一歩足を踏み入れた瞬間から青ざめておりました。足取りも重く、祈りの最中も肩を震わせ汗を流しいかにも耐えられぬといった様子で、ついには「ここから出して」と叫んで意識を失ったのです」
大司教が説明する。
「大司教の話は他の貴族の証言とも一致している。ローゼン、「ここから出して」と言った理由を聞かせてもらえるかな」
「は……」
国王の問いかけに、あたしは僅かに顔を上げて、倒れる前の出来事を一つ一つ思い返した。
大聖堂に足を踏み入れた瞬間からのあの不安と恐怖。ここから出たいとしか考えられなくって、頭の中に声が響いた。
「……なんか妙な感覚があって、「ここから出して」って誰かが叫んでいたような……」
あたしは正直にそう言った。
国王がすいっと目を細めたような気がして、あたしは目線を上げた。しかし、目が合った時には国王はいつもの穏やかな目であたしを見ていた。
「ローゼンは、これまで教会で祈りを捧げたこともないのだったね。初めての祈りが大聖堂で、貴族達に囲まれていたのでは、緊張するのも無理はない」
あたしは目を瞬いた。
「恐れながら、陛下」
おっさん侯爵が一歩歩み出た。
「魔王の娘の「ここから出せ」と喚く様は尋常なものではありませんでした。あれはまさに悪しき魔物が聖堂の清らかさに身を灼かれ苦悶していたとしか思えませぬ」
おっさん侯爵の言い分に、あたしは眉をひそめた。悪しき魔物呼ばわりされることはこの際どうでもいいが、聖堂が清らかな場所という部分が何故だかひっかかった。
確かに立派な建物だが、あたしにはあの場所が清らかな場所とは思えなかったのだ。
あの時感じた不安と恐怖は、何かに似ていた。
何か、あれに似た感覚を、どこかで味わった気がする。
記憶の底をさらって、浮かび上がってきた鉄格子に思わず口から声が零れ出た。
「牢屋……」
「なに?」
あたしは思い出していた。師匠に置いていかれて、牢屋で目覚めた時のことを。
あの時の恐怖に似ている。
「牢屋で、目覚めた時に感じた不安と、大聖堂で感じた不安は似ていました……」
閉じ込められてしまったという恐怖だ。
あたしの言葉を聞いて、国王はすっと表情を消した。だがそれはほんの一瞬のことで、すぐにまたいつもの穏やかな微笑みが浮かぶ。
「この三日間、ローゼンは大変なことばかりだったからね。きっと疲れが出てしまったのだろう」
「陛下!」
「仮にローゼンが大聖堂に立ち入れないとしても」
国王がはっきりと言い渡した。
「それのみで、必ず悪しき行いをするに違いないと決めつけることは出来ない」
その言葉に、貴族達の間に動揺が広がるのがわかった。
「陛下!このような魔物は、御身のお傍に置くわけには参りませぬ!処刑出来ぬのなら牢に入れ、封印を施して魔の力を封じましょう!」
「……恐れながら、陛下は何故その魔王の娘にそれほど寛大なのですか?魔王軍の報復の恐れがあるため処刑出来ぬのであれば、せめて拘束し監禁するべきと思いますが」
おっさん侯爵が憤り、アレストリア公が重々しく尋ねた。
あたしもそう思う。貴族達は皆あたしのことを「魔王の娘」「魔物」と蔑んでいるのに、国王は常にあたしをローゼンと呼び決して見下そうとしない。
今更ながら心配になるが、あからさまにあたしを庇ったりしたら、国王が貴族達から反感を買ったりしないのだろうか。
しかし、あたしの心配など無用とばかりに、国王は鷹揚に微笑んだ。
「私はね、ローゼンのことを思うと魔王よりも先にローレライのことを思い出すんだよ。そして、子をクロイツフェルトに託して姿を消さなくてはならなかった彼女の悲しみを想像してしまう」
国王は少し遠い目をした。
「母に置いていかれた子は血の繋がらない男を頼みに成長した。けれど、結局その男も子を置いていった。ひとりぼっちになったその子は、生まれのせいで捕まり牢に入れられたが、何も知らない子はさぞかし怖かったことだろう」
あたしは目を伏せた。ひとりぼっち、という言葉が、思いの外胸に重く響いた。
「またな、ローゼン」と、師匠は言った。
大丈夫。捨てられた訳じゃない。置いていかれただけ。師匠には何か理由があってあたしを置いていったんだ。
「勘違いしないでほしい。私はローゼンを憐れんで甘やかしているのではない。ただ、私は王として目の前の少女にも公平でありたいだけだ。我がストーリーエル王朝の誇りのために」
国王が静かな中にも威厳に満ちた声で言い渡した。
「ローゼンが人に危害をくわえた時には容赦なく罰しよう。だが、なんの罪も犯していない者に罰を与えることはしない。よいな」
「……はっ」
国王にそこまで言われては、貴族達もそれ以上何も言えないようだった。つまり国王は、あたしを処刑や投獄したいのなら、悪事の証拠を持ってこいと言っているのだ。
あたしに対しては、人に危害をくわえることは決して許さないぞ、とも。
「皆、わかってくれたようだな。では、ローゼン。今日はもう帰って休みなさい」
「は……」
「陛下」
ティルトがすっと歩み出て跪いた。
「先ほど、聖騎士の宿舎にて小火騒ぎがありました」
「ほう……?」
「聖騎士の宿舎内、ローゼンを休ませていた部屋の扉の前で、何者かが紙を燃やしたようです。幸い、火はすぐにローゼンが精霊の力で消しました。後ほど、正式な報告があがると思いますが、僭越ながら私がお耳に入れることお許しを」
「許そう。下がりなさい」
国王はいつもと変わらぬ優しい声で言った。
ざわざわと狼狽える貴族達を余所に、ティルトが何事もなかったように元の位置に戻る。
「小火については正式な報告が上がり次第、近衛騎士と内務官に調べさせよう。では、全員下がれ」
国王が謁見の終了を告げ、貴族達が礼を取り退出する。あたしもティルトに促されて謁見の間を後にした。
「まったく……面倒かけるんじゃねぇよ」
謁見の間を出るなり、アレクに軽く小突かれる。
あたしはしょんぼりしつつ宿舎に戻ろうとした。
「おい、どこに行く」
「え?宿舎に……」
ティルトに尋ねられて答えると、彼は凍えるようなまなざしであたしを睨んだ。
「あれは任務や訓練で家に帰れない者が泊まる場所だ。お前の棲家には出来ない」
そう言われて、あたしは困惑した。
あたしは王都に家もなければ知り合いもいない。森の家からここまで通うことも出来ない。どうすればいいというのだろう。
あたしが困っていると、ティルトは肩をすくめて嫌そうな顔をした。
「お前の部屋は用意してある。ついてこい」
「え?」
「お前はリーヘルト伯爵家の預かりだ」
用意って、伯爵家に?
ちょっと待ってほしい。いくら行くあてがないとはいえ、伯爵家に居候できるほどあたしの面の皮は厚くない。
「それはちょっと……」
「お前は見張られてる立場なんだぞ。野放しに出来るか」
あ、そうか。あたしから目を離して何かあったら伯爵家の責任問題になるから、目の届くところに置いておかなくちゃいけないのか。
でも、ダンディはあたしの顔を見るのも嫌だろうに、なんか申し訳ないな。
廊下の先を歩くダンディの背中を見る。彼は何も言わないが、あたしを毛嫌いしていることは間違いないと思う。
うう。それにしても、伯爵家か。部屋を用意したって、きっと物置とか庭の隅の小屋とかだろう。それなら家人と顔を合わせることも少ないかな。
既にさんざん迷惑をかけているのだし、ここは素直に従った方がいいだろう。
あたしは開き直る覚悟を固めて、リーヘルト家の面々の後についていった。




