12. 侯爵令嬢
朝食の後、一人の騎士がやってきて国王があたしを呼んでいるとティルトに告げた。
あたしを呼んでいるなら直接あたしに言えばよくない?目の前にいるのに、伝令の騎士はあたしの方を一回も見なかったぞ。
先に団員達の元に向かうアレクを見送って(あたしとアレクは一回ずつ小突きあって)から、ティルトはあたしを連れて王宮へ足を踏み入れた。
廊下を進んでほどなく、華やいだ声がかけられた。
「ティルト様!」
豊かな赤毛にアメジストの瞳、ワインレッドの素晴らしいドレスを揺らして、目に鮮やかな美少女が駆け寄ってきた。
「お久しぶりですわ」
ドレスを摘んで優雅に挨拶をした後で、美少女はあたしを見てハッと顔を歪めた。
「この娘は……もしや、例の……」
「ああ。ローゼン・ローレライ・リーヘルトだ」
ティルトがあたしを紹介する。美少女はひっと短く叫んでティルトに縋り付いた。
「いやだわ。魔物の血を引いているだなんて、汚らわしい!ティルト様に近寄らないでちょうだい!」
美少女に間近で罵られて、あたしはすっと両手を上げた。
どうしても、我慢できなかった。
***
「さて、ローゼン」
国王が玉座から穏やかな声で語りかけてくる。
「本題の前に、アデライト・マリアーナ・ジェイベルシュタイン侯爵令嬢に不埒な真似をした件について、言い訳を聞かせてもらえるかな?」
「は!私は生まれてこの方、年上の男と二人暮らしで、街に降りるまでは自分以外の女の子というものを見たことがありませんでした!」
あたしは深く頭を垂れた体勢で弁明する。
あたしが床に付きそうなほど頭を下げて跪いているのは自分の意志ではなく、後ろからティルトに背中を踏みつけられているせいである。
「正直、街でも食堂でもテンションは上がっていたのですが昨日まではいろいろあってそれどころじゃなく、でも今朝改めて至近距離で女の子を目にして欲望抑えがたく」
「いきなり胸部に手を当てたというわけだね?」
「は!大変結構なお胸でございました」
「なるほど。反省が足りないようだね」
国王は優しい声で言い、ティルトの足に力が込められてあたしの額は床に付きそうになった。
「ローゼン。キミはもう少し自分の立場を考えて行動しなければならないよ。キミのしたことでリーヘルト家が迷惑を被ることになる」
玉座の前にはあたしの他にも、ティルトとアレクとダンディ、それから知らないおっさんがいる。
しかし、国王の言う通り、あたしが何かするとティルト達に迷惑がかかってしまうのだな。これまでは師匠と二人きりで暮らしていたから、家同士の係わりとか貴族のあれこれとか考えたこともなかったけれど、今のあたしはリーヘルト家に庇護されている立場なんだ。
「は、反省してます……」
「よろしい。では、本題だが……」
「お待ちください、陛下!」
おっさんが声を上げた。
「我が娘が魔物に襲われたのです!大切な娘はすっかり怯えきっています!おのれ……魔物め!」
おっさんはさっきの美少女の父親らしい。ちらっと見た限り禿げ上がった貧相なおっさんだったからな。美少女、母親似なんだな。よかったな。あたしも母親似だったらこんなにも魔物扱いされなかったかな。
「邪な魔物を処刑し、魔物を飼い馴らすリーヘルト家にしかるべき処罰を!」
おっさんは国王にそう訴える。
「ジェイベルシュタイン侯爵。怒りはもっともだが、ローゼンは王宮に来たばかり。生まれてからずっと森の奥で暮らしており、まだ多くの人と関わる知識が足りないんだよ。大目に見てやっておくれ」
国王が優しい声で諭す。慈愛に満ちた声だ。物語に登場する国王って、もっと威張りくさっているもんだと思っていたけど、この国王陛下はひどく寛容だ。
「しかし……そもそも怪しい魔物、それも魔王の娘などを王宮に引き入れるなど……」
「しかし、彼女を野放しにすると、魔王軍がローゼンをさらい魔王の娘として陣頭に立てて我々に対抗してくる恐れもある。魔王軍にとってはいなくなった魔王に代わる新たな王となる可能性を持った少女だ」
国王の言葉に、おっさんは息を飲んだ。あたしもぱちぱち目を瞬く。
「また、彼女を処刑すれば魔王軍がどんな報復に出るかもわからない。私は常に国のため、民のために最も善いと思う行いを心掛けている。リーヘルト家は優秀な聖騎士を生み出す家であり、この国に必要だ。ローゼンは我々の傍に置き、人間の味方となるよう導かなければならない」
国王の声はどこまでも穏やかで優しいが、有無を言わさぬ響きを持っている。
「しかし、ジェイベルシュタイン侯爵令嬢の誇りを傷つけた件については、後ほど私からローゼンへ罰を言い渡す。それでいいね?」
「はっ」
「はっ……」
国王の言葉に、ダンディが頭を下げ、おっさんも不承不承頷いた。
「ローゼンも、これからは貴族の娘としてふさわしい振る舞いをすること。いいね?」
「ははーっ!」
正直、貴族の娘というのは違うんじゃないかと思う。あたしの母親は貴族の娘だったというけれど、魔王と逃げたわけだし、あたしの家族は師匠だけだし。
でも、とりあえず国王に口答えはしないことにする。あたしがここでごねたら、余計にダンティ達の立場が悪くなるかもしれない。
「うん。では、本題だ。私が今日ローゼンを呼んだのは、聞きたいことがあったからなんだよ」
国王がティルトに命じてあたしの背中から足をどかせる。ずっと踏みつけられていたので、ようやく顔を上げて国王の顔を拝むことが出来た。
国王は笑顔で尋ねた。
「聖騎士の宿舎にあるとうに枯れたはずの井戸が、今朝になって豊かに水を湛えているとの報告があったんだが、何か心当たりはないかな?」
ぎっくぅ。
あたしは思わず目を逸らした。
昨夜、アクアがあたしの歌に合わせてたくさん水を出してくれて、帰り際に「この井戸、ちゃんと水が湧くようにしておくわね!」と言って井戸の中に消えていったのだ。水の精霊って枯れ井戸を復活させることもできるんだなぁ。
でも、アクアのことはまだ話さない方がいいんじゃないだろうか。なんといっても、彼女の姿はあたしにしか見えないのだし。
あたし自身が魔王の娘だ魔物だと疑われている状態で、魔王の瞳を持っているので精霊の姿が見えますというのは余計に皆を怯えさせてしまう気がする。
「ローゼン?」
「わ……わかりません」
あたしはそっぽを向いて答えた。
国王がじっとあたしを見下ろしている。背後からもひしひしと視線を感じる。ティルトとアレクだろう。うう、疑われてる。
「そうか。しかし、枯れたはずの井戸が再び我々に水を恵んでくれるのは喜ばしい奇跡だね。精霊に感謝しよう」
「は……」
あたしはほーっと息を吐いた。アクアのことは、まだ他の人には黙っていよう。アクアは人間が嫌いみたいだったし、精霊使いに精霊から嫌われているよなんて伝える訳にはいかない。
「では、ジェイベルシュタイン侯爵令嬢への無礼に対する、処罰を言い渡す」
国王が話題を切り替えたので、皆がぴっと姿勢を正した。
「ローゼンは、邪な心を抱いていない証を見せなさい。ローランス、ティルト、アレクはローゼンに大聖堂で祈りを捧げさせ、その姿を見守りなさい。いいね?」
国王はにっこりと微笑んで言い渡した。




