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11. 宿舎の朝





 目が覚めて、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。

 くるりと首をめぐらせて、そういえばここは聖騎士の宿舎だと思い出す。


 あたしは欠伸をして起き上がった。

 顔を洗おうと水甕の水をすくった時、昨夜の出来事を思い出した。

 水の精霊と夜の庭で戯れた記憶。


「……おはよう、アクア」


 聞こえているかわからないが、小さく呟いてから顔を洗った。

 顔を拭いて、着替えようと畳んでおいた服に手を伸ばした時、ノックなしで扉が開けられた。


 むっつりした表情の天使ことティルトがずかずかと入ってきて、あたしは唖然とした。


 ちょっと!ノックもなしに女の子の部屋に入ってこないでよ!着替え中だったらどうしてくれるんだ?


 ティルトはむっつりと無愛想のまま、持ってきた包みを小さなテーブルの上に叩きつけた。


「これを着ろ。聖騎士の制服だ」


 そう言って、代わりにあたしの服を手に取った。ブローチも一緒に。


「ちょ、ちょっと!」


 そのまま持っていこうとするので、あたしは慌てて呼び止めた。

 しかし、あたしが何か言う前に、ティルトは凍えるようなまなざしであたしを睨みつけた。


「陛下の話を聞いただろう。これは精霊王にのみ許された色のドレス。ブローチは代々リーヘルト家の娘が当主から与えられ、結婚する際に当主に返されるものだ。お前に身に着ける資格はない」


 あたしはぐっと言葉を飲み込んだ。


 もちろん不満ではあるが、おそらくティルトの言い分の方が正しいのだろう。あたしにとっては師匠からのプレゼントでも、リーヘルト家からすれば代々伝わる由緒ある宝なのだ。


 あたしは伸ばしかけていた手を下ろした。

 師匠から貰ったものだけど、元々はローレライのものだ。

 師匠があれを大切にとっておいたのは、ローレライのものだったから。


 あたしのためのものじゃない。


 ティルトが部屋から出ていくのを待って、あたしは彼が置いていった服に袖を通した。

 紺色のツーピースで、スカートとズボンの違いはあるが色とデザインは昨日見た他の聖騎士達と同じだ。女子用の制服があるということは、あたしの他にも女性の聖騎士がいるのかもしれない。そう考えながらスカートの裾を摘んだ。


 着替え終えて部屋を出ると、扉の前にティルトが仁王立ちになっていて、あたしは腰を抜かしそうになった。


「これを持て」


 そう言って、鞘に納まった細い剣を渡される。ティルトやアレクが差しているのより二回りぐらい細い。それでも、持ってみるとずしりと重かった。剣なんて持ったこともないからな。振り回すためには鍛えなくちゃ。


「ついてこい」


 ティルトの無愛想は元々のものなんだろうけど、あたしに対しては全身で拒絶している感じがする。それでも、それを口に出したり追い出そうとはしないから、アレクよりは遥かに冷静で公平だ。


 冷たくされようが魔物と呼ばれようが、あたしはここで頑張るしかないのだ。


 あたしはアクアの笑顔を思い出した。大丈夫。あたしには水の精霊が味方をしてくれる。他の三つの精霊も呼び出せるようになって、仲良くなって、精霊王になってみせる!待っててください師匠!


 気合を入れ直したところで、食堂にたどり着いた。いくつかある長机にぱらぱらと人が座って食事をとっている。ティルトについて食堂に入ると、視線が突き刺さった。


 ティルトに指示され、山盛りのパンとスープの入った鍋の置かれたテーブルから自分の分を取って戻る。ティルトがアレクの向かいの席に座ったので、あたしはアレクの横に腰を下ろした。


「なんでここに座るんだよ!」


「いいじゃない。どこに座ったって!」


 いちいちうるせぇ奴だ。出会ってからずっと怒鳴ってるとこしか見てないぞ。さてはヒステリーか。


「ねぇねぇ、女のひとがいるよ。あの人達も聖騎士なんだよね?」


 食堂の隅の方に固まっている女性達をみつけて、あたしはティルトに尋ねた。

 十代後半から二十代くらいの女性が数人、こちらを見て何か囁き合っている。そのうちの二人、一番若そうな金髪と赤髪の少女があたしを睨みつけてきた。すぐに逸らされたけれど、そこに怯えではなく妬みの情を感じとって、思わずティルトの顔を見た。


 ああ。この顔だもんな。若い女の子は夢中になるよね。天使だもんね。

 そんで、その天使の傍に魔王の娘がいたら気に入らないよね。

 あたしの天使に近寄らないで!ってことだろう。はいはい、ごめんなさいよっと。でも、ティルトから色々教わらないといけないので、勘弁してつかぁさい。


「あれは第九聖騎士団だ。平民の女が入団するとあそこに入れられる」


 ティルトはあたしに視線を向けないものの、ちゃんと答えてくれた。


「平民しかいないの?」


「貴族の令嬢は騎士団なんかに入らねぇよ。たとえ精霊使いの才があってもな。普通は親が許さないだろう」


 ティルトに聞いたのに、アレクが答える。


 確かに、貴族のご令嬢が騎士団に入るなんて、危なくて周りは止めるだろうな。


「そっか。でも、ローレライは?」


「……ローレライは、変わり者だったらしい」


 そりゃ、魔王に恋するぐらいだから、変わり者には違いないだろうけど。……でも、師匠が愛した女性なんだ。きっと、師匠が愛するぐらい魅力的な女性だったのだろう。


「……ダンディに聞けば、ローレライのこと教えてくれるかな?」


「やめろ。クソ親父には聞くな」


 パンをかじりながら呟くと、聞き咎めたティルトに厳しい口調で止められた。


「あのクソ親父は、いまだにローレライのことを整理しきれていないんだ。リーヘルト家の当主として憎まねばならないが、兄としての愛も捨てきれていない」


 確かに、街中であたしをみつけた時、ダンディは最初手放しに喜ぶ様子を見せた。妹しか身に着けられないはずの色のドレスと家に伝わる宝石を身に着けた少女を妹だと思い、行方知れずだった妹をみつけて心の底から歓喜していた。


 それだけ愛しい妹が、魔王の子供を産んでいたなんて知らされて、内心はどれだけ衝撃を受け動揺していることか。傷心ダンディに違いない。


 ティルトもそれを案じているのだろう。


「何かあれば俺に言え。親父には近寄るな。お前の姿を見るだけでも辛いだろう」


 ティルトの言い分はもっともだ。


 あたしはちょっと肩を落として頷いた。






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