毛利元就とクソガキ三本の矢
日本の戦国時代に、毛利元就という男がおりました。主家を下克上にて滅ぼしお家の領地を数十倍に増やした、押しも押されぬ大大名です。
そしてこの元就は、平和には戦国一敏感だという自負がございました。その元就からすると、自分の3人の息子たちがやれ1番大きいケーキは自分のものだだの、この俺の魚の腹わたを食べるのはお前だだの、やれ隠してたお菓子を食べただの食べてないだの、涼しい場所は俺のもんだだの、毎日くだらない喧嘩をしている事が我慢できません。協力と平和の大切さを、しっかりと教育する必要すら感じておりました。
しっかりと準備を整えた元就は、ある日満を持して息子達を呼びつけました。呼ばれた三兄弟は何のやらかしがバレたのかと思って、みんなかつてないほどしゃんとして元就の前に座っております。ここ最近では一番団結力を発揮していました。
長男隆元は日々城を抜け出して城下で遊んでいましたし、次男元春は内緒でネズミをもう20匹は飼っています。三男隆景に至っては、小麦とネコじゃらしで種ができないかをもう3年は研究しておりました。他にも様々にやらかして、探られて痛い腹しかありませんでしたので、誰かを生贄にするよりもみんなで黙っている方がよっぽど怒られる確率が低いのです。団結もすると言う物でした。
「今日貴様らを呼んだのは他でもない、協力の大切さを教え込むためだ」
元就の声からは微かに怒りが滲んでおりました。
一方で三兄弟は三人とも、密かに胸を撫で下ろしておりました。何せ彼らときたら、今朝方三人で喧嘩のように戯れていた時に、元就がそこそこ大切にしていた硯を落として割ってしまっていたのです。そのことはまだバレてはいないようでした。そしてこれからもバレてはなりません。団結力が試されます。
「んな事言う? 俺らこんなに仲良しだよ?」
迂闊な発言をするのは、いつも長男隆元の役目でありました。長男なので貧乏くじをひかされるのです。隆元は自分の事を弟達に劣っていると思っておりますので、この役目に文句はあれど、不満を言う事はありません。
「んー、あまりに今更じゃけえ」
畳み掛けるのは、次男元春の役目です。元春は戦場を読む目に長けておりますので、当然こう言った場面では、話の流れを操作する余計な一言を言うのがすこぶる上手でした。
「そもそも仮に仲が悪かったとしたら、こうして三人並んで座っていませんし、時期が遅すぎです手遅れです」
煽るのは、末っ子隆景の役目です。隆景はとても頭が良く敵を思い通りに動かす事さえ不可能ではありませんでした。ですので人を煽って怒らせるのも、兄弟で一番得意です。
三兄弟はそれぞれ得意分野が異なっていますので、足の引っ張り合いもしますが、協力すると素晴らしいコンビネーションを見せます。残念なことと言えば、この素晴らしいコンビネーションは、主に悪さを隠すために使われることでございます。
「喧しい」
元就は三兄弟それぞれの美点を兼ね備えた、三兄弟プロトタイプとでも言うべき人間でした。あまりに優秀だったので、正式版である三兄弟は美点を3つに分けて、それぞれ少しずつ強化して生み出されたくらいです。三兄弟がわざと怒らせようとしている事はお見通しでした。しかし、早くお説教を終わらせるためにしているのだと勘違いもしていました。何せ元就の脳みそは1つですが、三兄弟には合わせて3つもあります。いくら能力が優っていても、発想の多様さだけは1/3しかありませんでした。
「というか、お前達が言って聞かせた程度でどうこうならんことはわかっておるわ」
元就の経験則からして、彼の息子達は経験しないと理解しないタイプでございます。元就は自分の後ろから、むんずと矢を3本取り出しました。それは些か曲がった枝に葉で作った矢羽を取り付けた、妙に粗末な矢です。素朴感に溢れており、おおよそ飛びそうには見えません。
「ここに矢がある。一人一本折ってみせよ」
「父上、これボロうないか?」
元春はとても素直な子でしたので、思った事を口に出してしまいます。元就は手元の矢で、軽く元春を叩きました。
「いたい」
「やっかましいわ! 矢とて貴重な軍事物資、これしきの事でボキボキと折れるか」
「まあまあ、だから折れば良いんでしょ?」
隆元の手の中で、歪な矢がぼきりと折れます。元春は軽々と、隆景は少し力を込めて矢を折りました。所詮は木の枝、チョロチョロのチョロでございます。
元就はようやくことが進んだので頷きます。
「1本の矢はそのように容易く折れる。では次に、3本まとめて折ってみよ」
元就は三兄弟へそれぞれ3本ずつ矢を渡します。
「せえのっせぇ!」
「ふんっ!」
「んっ……ラァ!」
三兄弟はそれを、それなりにガッツリ力を入れて折りました。
元就はもっと苦戦して、なんなら一人くらい折れないものがいると思っていたので、あてが外れてしまいました。しかし、元就は謀神と名高い毛利元就でございます。用意していた次の策をとり出しました。
元就の握りしめた手の中には、女の腕ほどの太さの木の枝がございます。枝は三方に膨らみ、ちょうど空き地に3つ積み重ねられた土管にブルーシートをぴったりかけたような形をしております。その右端には、葉っぱで作った矢羽がつけられ、左端はささくれ尖っております。こんなものが刺さったら、体の中に木屑が残るに違いありません。
「いや明らかに3倍の太さじゃきかないんだけどぉ!?」
隆元もそれなりに素直な子でしたので、我慢出来ず突っ込んでしまいます。念のため申しておきますと、これまでの矢もどきは、女の指1本分程度の太さでございます。
「3本の枝が融合すると間を埋めて太くなるという事だ」
元就は自信満々に答えます。父元就があまりにも自信満々に答えるものですから、三兄弟はみな、自分が間違っていたかもしれないと思いました。何せ元就は非常に物知りな父親で、こと自然について彼が言う事は、これまでほぼ全てが正解でした。間違えるのは明日の天気くらいのものです。三兄弟は元就の知識を盲信しておりました。
「父上が言うならまあ、そうなんでしょうけど」
隆景は矢を受け取ってしげしげと眺めます。ゴツゴツと太くて、簡単に折れそうには見えません。しかし三兄弟はこのやけに太い矢を折らなくてはならないのでございます。
「春兄上」
「ん」
元春は三兄弟一の力自慢でございます。隆景から矢を渡された元春は、とりあえず力の限り曲げて見ました。ミシミシと軋む音がしますが、矢は折れそうにありません。
元就はその様子を見て、深く頷きました。計画通りでした。三人が心を合わせて一つになればこの矢の様に折れない、とそういう事を言えば仕舞いでございます。
しかし三兄弟は揃いも揃って、無理だと言われるとやりたくなるタチでございました。押すなのボタンは押しますし、入れるなと言われれば入れるような子供たちです。折れないと言うなら、どんな手を使っても折りたくて仕方ありません。3人で顔を見合わせると、徐に頷きあい、三角を描くように座り直しました。
「じゃあまあ俺が乗せるじゃん?」
「私も乗せますね」
隆元と隆景は正座した足の上に矢を渡し、動かないようにしっかりと握り締めます。こういった小さな悪巧みをする際は、三兄弟にはアイコンタクトでさえ不要でした。お互いの考えがわかるほど手慣れております。哀れ、元就手製の葉っぱの矢羽はぐしゃぐしゃに壊れてしまいました。
元春はそんな事は気づきもせずに立ち上がります。元就が自分の子供達の執念にちょっと引きながら見ていると、元春は高く上げた足をガツンと矢に叩きつけました。1回、2回、3回と力をかけていくと、矢はミシミシ、ギチギチとなります。これで最後とばかりに、元春が力一杯足を踏み落とすと、矢が隆元と隆景の腿に沈み込み、たわみ、そしてついにボキリと折れてしまいました。三兄弟が協力して得た勝利です。思わずハイタッチものでした。
「よし! 折れた!!」
「折れた」
「三人がかりですからね、当然です」
元就は頭が痛くなりそうでした。何故この協力がいつもできないのでしょうか。育て方が悪かったのかもしれません。喧嘩をするほど仲が良いのかもしれません。どちらにせよ、元就は徒労感で一杯でした。
「それで何だったか……まあそのように、協力すると、普通ではできぬような事もできる、とそういう訳だ」
「うんうん、まったくもってそうだね!」
「疑いの余地がない」
「ではそういうことで」
三兄弟はそそくさと立ち去ろうとします。元就が硯の件を思い出す前に立ち去らなければなりませんので、三兄弟はとても素早くうごきました。
元就は喧嘩ばかりの三兄弟がしっかり協力できたので、もう良いかなという気分です。元就は怒りの長続きしないタイプでした。しかし、元就は怨みは晴らすまで忘れないタイプでもありました。まだ叱り忘れていたことがあるのです。
元就は三兄弟に、愛用の硯を割られ、おまけにごまかすようにそれっぽい石を置かれておりました。元就はガチおこでございました。
「いや待て、子供らよ」
元就の声は、怒りを滲ませていました。三兄弟が恐る恐る振り向くと、そこには怒れる父がいました。
「まだ儂の硯を割って隠したことの話が済んでおらん」
硯の件は普通にバレていました。バレバレでした。三兄弟の団結力は、元就の記憶に負けたのでございます。ガッツリ1時間は理詰めで説教をされました。これを機に、三兄弟は一層団結力と誤魔化しコンビネーションに磨きをかけることになったのでございます。
この話が長州藩に伝わっていくうちに、神聖謀神毛利元就様がこのようなくだらない下町の子供と父親のようなやり取りをするはずがないと熱弁する過激派によって、今の感動的で非常に道徳的な三本の矢というお話になったのだと、そう現代では伝わっております。
お読みいただきありがとうございます。
評価、感想もよろしくお願いします!
以下言い訳
Q. 隆元が卑屈じゃないのはおかしいのでは?
A. 隆元の例の卑屈手紙を読んだ元就がショックを受けていることから、表面上は卑屈に見えなかった可能性があります。あるったらあります。
Q. 元春の広島弁おかしくない?
A. 広島弁の友人は一人しかいません。つまりコラテラルダメージです。
Q. 時代考証は?
A. コラテラルダメージゆえ致し方なし。