盾使いの告白
キマイラ討伐から半年ほどがたった。
私は何度か《硬き鉄塊》の4人やスレイン、アデル達と共にダンジョンに潜る様になっていた。
彼等は優秀な冒険者で、信頼の出来る者達だ。
しかし、私は今だに自らの名すら彼等に告げていなかった。
冒険者はあまり他の者の素性を詮索したりはしない。
それは実力が全てである冒険者のマナーという奴だ。
別に私は後ろ暗い所がある訳ではない。
しかし、冒険者になったばかりの頃、素顔を晒したり、軽々しく名乗ると舐められてしまうのではないかと思っていたのだ。
また、ずっと1人で戦って来たと言うのも理由の1つだ。
1人で戦っていた理由は単純で、もう親しい人間を失いたく無かったからだ。
しかし、今となっては何故、そこまで意固地になっていたのかが不思議だ。
あの日、ダンジョンで出会った冒険者達はすでに掛け替えのない仲間となっている。
名乗ったり、素顔を見せる事が出来てないのは単にタイミングが無いからだ。
いつかは名乗る事も有るだろう。
そんな私の耳に重大な情報がもたらされた。私が探し求めていたの降霊の水鏡の情報だ。
降霊の水鏡は死者の魂を映し、短い間だが言葉を交わす事を可能にするマジックアイテムだ。
迷宮でごく稀に発見されるらしい。
その降霊の水鏡なのだが、この迷宮都市ダイダロス、最大のダンジョン《天海の大迷宮》の36層、グレーターゴーレムの守るエリアでそれらしき物が発見されたらしい。
それは今だにダンジョンの中にある。
ずっと探し求めて来た物が手の届く所まで来ているのだ。
しかし、場所は36層、とても1人ではたどり着く事は出来ない。
降霊の水鏡にたどり着くには仲間の協力が必要だ。
しかし、私の都合で彼等に命を賭けてくれなどと言えるのか?
私がいつもの宿で悩んでいると、宿の娘が部屋をノックした。
私に来客らしい。
ヘルムを被った私が下の食堂に降りると半年前に薬の入手を頼んだロキと名乗る行商人が居た。
「こちらがお約束の薬です」
『これで、本当に?』
「はい、確かにスモッグトータスの毒で傷ついた喉を癒せる筈です」
『そうか、感謝する』
「いえいえ、私もおかげで恩人に報いる事が出来ました。
では、私はこれで」
『ああ』
「それと、悩んでいるなら打ち明けた方が良いですよ。
それが仲間と言う物ですし」
ロキの言葉は私の心臓をドキりと跳ねさせた。
『何故?』
「ふっふっふ、私は商人ですからね。
人の心を見抜くのには、結構自信があるのですよ。
ではまた、どこかでお会いしましょう」
そう言うとロキは立ち去って行った。
私は部屋に戻ると薬を飲み干した。
薬は魔法薬だったのか直ぐに効果を現した。
「あ、あー」
数年ぶりの自分の声に違和感を覚える。
しかし、これでようやくこの迷宮都市に来た目的の半分を達成した。
後は降霊の水鏡を…………
わたしはロキの言葉を思い出しながら宿を出るとギルドに向かう。
今日はみんなダンジョンには潜って無い筈だ。
案の定、彼等はギルドの酒場に居た。
酒場の一角を占領して、今まさに飲み始めようとしている所だった。
よかった。
出来れば酒が入る前に話を聞いて欲しい。
「お?盾使いじゃねぇか!
お前、最近なんか忙しそうだったが今日は空いてるのか?」
私は最近、降霊の水鏡の噂を集める為、忙しかったからな。
「お前も一緒に飲もうぜ!」
私はマスターからエールを受け取ると彼等のテーブルに着く。
「じゃあ、乾杯と行こう!」
「その前に聞いて欲しい事があるんです」
私がそう切り出すと全員が驚きの表情でこちらを見る。
「え、お、おまえ、その声……」
「ああ、今日、薬を手に入れて声を取り戻したんですよ」
「え、いや、それもだが、その……」
私は歯切れの悪いロニタスの言葉を無視してヘルムを取る。
こんな事を頼むのだ。
顔を見せ、名を名乗るのが礼儀だろう。
「私の名前はソフィア・フォン・アイギス。
亡国イザール神聖国の元貴族です。
みなさんにお願いしたい事があります」
「いや、つーかお前…………女だったのか?」
カムイの呟きがやけに静かな酒場に響いていた。