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第5話 家族の死


 父親は足に噛み付いた。


 迂闊だった。


 気づいていたはずだ。自分の父親がゾンビになっていくことに。


 陽菜はそれに毛布をかけて見ないフリをした。問題を先送りにした。今に思えば、きちんとトドメを刺して埋葬してあげればよかった。しかし、そこには綾香の存在があった。綾香がゾンビであり理性を保っていたことが、父親に対する希望となっていた。

 だからといって、父親を始末できなかったとしても、ゾンビ化の可能性は考慮して行動すべきだった。



「痛っ」



 綾香が声をあげた。父親は足を噛んだが、すぐに口を離した。足が腐っていたのだ。

 父親と陽菜の間に、綾香が割って入り、口元に足を伸ばしていた。それを父親がガブリと噛んだ。


 尻餅をついていた陽菜は横に転がっていたガラス片を掴んで、父親の目を刺した。ぐぉーという唸り声を尻目に何度も顔を刺した。何度も。


 父親は動かなくなった。陽菜の手はガラスで血だらけになっていた。綾香は窓の隙間から太陽を見た。太陽の愛想がいつもより悪かったので、綾香は太陽を睨みつけたが、どうやら、この世界の太陽は返事をしないようだ。仁美は泣いていた。




 世界各地で被害は急速に拡大していた。ニューヨークの街は火の海と化していた。ローマでは混乱に乗じて犯罪が次々と起きていた。マドリードは既に壊滅状態となっており、ジュネーブに世界のゾンビ対策本部が設立されようとしていた。


 綾香は昨夜のことを思い出していた。自分が世界を変えてしまったのだろうかと。綾香の生きたくも死にたくもないという想いが、世界にゾンビを生み出したのではないか。こんな世界は私が望んだものじゃない、私が願ったのは、もっと小さなぼやきだったんだと、綾香は神を恨んだ。




 外を見上げると、空は既に茜色になっていた。割れたガラスは片付けられ、窓はダンボールが貼られて補修されていた。


 けっこう片付いたね、と仁美が声にした。

 うん、と陽菜は返事をして、ご飯にしようとキッチンへ向かった。

 インスタントライスと、冷蔵庫に昨晩のおかずが残っていた。


 陽菜は綾香に、「人間のものを食べれるの」と馬鹿にする口調で呟いた。仁美がスプーンで口に運んでくれたので、おそるおそる食べてみると拒絶することなく飲み込むことができた。

 よかったと微笑む仁美のおかげで、ご飯の美味しいさが増した気がした。

 母親が作ってくれたバンバンジー風サラダを食べながら、陽菜は話し始めた。


「昼過ぎに外がけっこう騒がしかったけど、やっと落ち着いたみたい。でもね、ゾンビの数は増えてるんだよ。きっと多くの人がもうゾンビになったんじゃないかな。ここにずっといると、いずれ気づかれると思う。奴らなんて蝿と一緒だよ。ご飯の匂いとか、私たちがいることで、すぐにでも集まってくるかもしれない。だから、今夜、もう少し様子を見て、明日移動しよう。ネットとかテレビとかで避難できるか情報を集めよう。」


 「わたし」「避難できるかな」と綾香は携帯で送信した。


「お姉ちゃんが避難先で受け入れられるかについて考えてたんだけど、私たちが一緒にいて危険じゃないことアピールすれば大丈夫なんじゃない?ご飯も食べられるわけだし。ゾンビとも話せるから実は人類の救世主になれるかも」


 箸で私をさしながら、なんとかなるよと言った。行儀の悪い妹だ。

 「まぁ、最悪、銃で撃ち殺されるだろうけど」とボソッと付け足した。そうなる予感しかしない。


 夜までゾンビが襲撃してくることはなかった。水も電気もまだ無事だった。3人は電気をつけずにひっそりと過ごした。陽菜と仁美は、陽菜の部屋で。綾香は自分の部屋で寝ることにした。

 ゾンビ対策として、コップにビニール紐をガムテープで繋いで、階段と窓の付近に置いた。ゾンビが紐に引っかかったら、コップが同時に割れて、警報代わりになると考えた。


 綾香がベッドに横たわると、仁美がタオルケットをかけてくれた。女神のような女の子だ。

 おやすみなさい、と言って、仁美は部屋をでた。

 綾香は目を瞑って眠りについた。



 その夜、綾香は、また暗闇の空間の中にいた。




(続く)


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