第4話 終わりの始まり
自室に戻ると、どうだった?と心配そうに仁美が聞いてきた。一人で不安だったのか、フリフリお祓い棒を握っている。巫女さんが持っている幣と違って、白い紙垂がレースでできていた。昔、姉妹で取り合いになった時にレース部分が千切れてしまって、ただの木の棒に見える。
陽菜は本棚を元の位置に戻しながら、大丈夫だったみたい、と答えた。
綾香が椅子に座って携帯を操作しようとすると、私がやります、と仁美は綾香の携帯を手にとった。なんて良い子なんだ、と綾香は尊敬の眼差しを向けた。
仁美が、「あ、暗証番号」と呟くと、陽菜はアイスを渡しながら、「1234だよ。馬鹿でしょ」と侮辱した。なんて嫌な奴なんだ、と綾香は軽蔑の眼差しを向けた。
綾香は携帯で「ズボン」「はきたい」と送った。陽菜はクローゼットを開けて、スカートを持ってきた。これでいいでしょ、と言い、綾香が再度、「ズボン」と書き込むと、穿かせるのめんどくさいと言い返した。
陽菜は綾香の前にしゃがみこむと、スカートを広げて、足を通せと言わんばかりに待機していた。
無いよりマシか、と綾香は言われるままに穿かせてもらうことにした。Tバックゾンビからの卒業。
「その腕も、どうにかしたほうが良さそうだね」と陽菜は救急箱を取りに部屋を出た。
仁美も綾香のボサボサヘアーを見て、髪しましょうかと、セッティングをし始めた。至れり尽くせりとは、このことかと2人に身を委ねた。
腕は包帯でぐるぐる巻きになり、破れて血塗れだったパジャマの上着も替えてもらった。髪は天然パーマを活かして、ふわふわに仕上げてもらった。これでゾンビ感は、かなりなくなったはず。
着替えを終えると、綾香は椅子に腰掛け、チャットを送った。「ゾンビ」「話せる」という文字に、ほんと?と陽菜が驚きの声をあげた。
「さっきのゾンビも出て行って、って話したら、従ってことかな。それ最強じゃん」
「少しだけ話せる」と付け足した。ゾンビを従えたというには語弊があった。誘導しただけだ。わかったよ、と陽菜は考えごとをしているようで、画面を見たまま答えた。
突然、なにこれ・・、と仁美が携帯を見て、声を震わせた。ニュースサイトを見ていたようだ。綾香が上半身を伸ばすと、見えやすくなるように携帯を顔の近くに持ってきてくれた。
『午後2時頃、政府による非常事態宣言が発動されました。東京の一部で暴動・テロによる脅威が確認されたため、都内における以下の区域を閉鎖・隔離する発表がありました。対象となる区は・・』
ここも入ってる、と陽菜は自分たちが対象の区域内にいることを口にすると、3人とも言葉を失った。想定の範囲ではあったが、いざ現実を押し付けられると、それは受け入れ難いものだった。
テレビで確認しよう、と言って、陽菜は立ち上がった。綾香の部屋にはないが、妹の部屋にはテレビがある。綾香も隣の部屋に移ろうとしたら、再び妹は、待って、と手の平で姉を制した。
「その、言いづらいんだけど、臭うんだよね。臭いが移りそうだから準備するよ。涎もつきそうだし」
綾香は椅子に戻り、「廊下から見る」と送信したが、音漏れしそうだから、と陽菜は1階に下りて、レジャー用のビニールシートを持ってきて広げた。シートの柄はフリフリフリルのマジカルまみちゃんだった。仁美が、「まみちゃんだ」と呟くと、「それもだよ」と手から離さない木の棒を指さした。
「・・先ほどもお伝えした通り、各地で甚大な被害が報告されています。交通機関は安全性・被害の拡大防止のために全面封鎖されています。また、政府から発表されている地域にお住まいの方は、早急に避難をしてください。繰り返します。画面に赤く映っている地域の方は早急な避難をお願いします。また、移動手段の確保が難しい方は厳重な戸締りをして、外からの危険に備えてください。繰り返します・・」
その時、外で何かがぶつかった音が聞こえた。窓の外を覗くと、通りは車で混雑していた。その内の1台が歩道にはみ出して横転していた。そこに何体ものゾンビが周辺に群がってきている。車は縫うように我先にとアクセルを踏んでいるようだった。
陽菜はTVを見たまま、「世界各地でも同じように都心部にゾンビが出ているみたい」と言い、立ち上がって窓まで来ると、「外にもゾンビがたくさんか・・避難したくても、いま移動するのは危険すぎるね。とりあえず、引きこもるために家の中の状況を確認しよう」と続けて話した。3人は1階へと移動した。
キッチンの冷蔵庫の中には、たっぷりと何日か分の食料と飲み物が入っていた。
陽菜は、「食べ物は大丈夫そうね。窓が割れたままにしておくのは不安だし、ガラスを片付けて補修しない?」と提案すると、キッチンを出て、ダイニングテーブルの窓のカーテンに手をかけた。
「ひなっ!!」
仁美が大きな声を出した。
毛布をかけていた父親が陽菜の白い足を掴んだ。
父親はゾンビになっていた。
叫び声をあげ、陽菜の足を噛もうとしている。
陽菜は咄嗟に掴まれていない反対の足で、親の顔面を蹴り上げた。
しかし、父親は掴んだ足を離さない。
父親はもう片方の手でも足をしっかりと掴んだ。
陽菜はバランスを崩し、尻餅をついた。
「おうおう!」
綾香はお父さん!と大声で呼びかけたが反応は無い。理性を失っているようだ。
陽菜は綾香が父親を呼んだのが分かった。
そして、それは無駄なことだと瞬時に理解した。
(続く)




