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第2話 本棚防衛ライン


 釘バットは振り下ろされ、ドスッという重たい音が振動とともに廊下に響いた。


 実の妹にトドメをさされるなら、それもいいだろう。


 綾香は目を閉じたまま、陽菜との小さい頃の記憶を思い出した。



 3歳年下の妹は、どこに行くにもお姉ちゃんに付いてくる子供だった。近所の同級生と遊ぶ時も家の中でお手伝いをする時も、陽菜はいつも綾香の後ろにいた。いつも、お姉ちゃんすごい、お姉ちゃんすごいと言いながら綾香の真似をしていた。

 だから、綾香もカッコいいところを見せたくて、無茶なことをたくさんしてみせた。


 家族でキャンプ場を訪れた時、川の流れが穏やかな場所で一緒に泳いで遊んでいた。上流のほうを見ると岩場の大きな石から川の中に飛び込んでいる子供たちがいた。綾香は怖かったが、陽菜に行ってくるね、と言い、飛び込み待ちの列に並んだ。その後、勇気を出してジャンプしたが、川の中で溺れかけた。


 アニメキャラ「フリフリフリルのマジカルまみちゃん」の魔法ステッキ「フリフリお祓い棒」が発売になった時は、CMを見て目を輝かせる陽菜に行ってくるね、と言い、1人で買物にでかけたが、お金をなくした挙句、迷子になった。


 サーカスで猿の玉乗りを見た時は、後日になっても感激していた陽菜に、サッカーボールに乗ってみせようとしたら、こけて頭を打った。


 あれ、全然かっこよくない。よくよく思い出していくと、綾香は昔から失敗ばかりしていた。そのたびに、陽菜から、お姉ちゃんやめて、お姉ちゃんやめて、と言われてたんだっけ。


 最終的に思い出したのは、眉をひそめて困惑する陽菜の顔だった。


 お姉ちゃん、最後まで失敗続きだったよ。




 目を閉じて随分と時間がたった気がする。


 綾香は全く痛みを感じなかった。もう死後の世界に来たのかと、おそるおそる目を開けると、そこにも眉をひそめて困惑する陽菜の顔があった。


「やっぱり、やっぱりできないよ!」


 釘バットは廊下に突き刺さっていた。どうやら、さっきの一撃は空振りだったらしい。まだ生きていた。ゾンビとして。


「だって、私の、私のお姉ちゃんだもん」


 まだ殺されなかったことに、ほっとしていたのも束の間に、やたらと芝居がかった言い方だな、と綾香は引き気味に妹を見ていた。


 陽菜が玄関に意識を向けてることに気付いた綾香は、妹の手口を理解した。


 友人がいた手前、自分の姉をいきなり、なぶり殺しにはしなかったんだろう。

 悲劇のヒロインを装い、その後、確実に任務を遂行する。

 陽菜はこのような緊急事態でも計算高い強かな女なのだ。


 そういえば、思い出の中でも、綾香が失敗した時、近くに陽菜はいなかった。綾香が無茶なことをする時は、いつも遠くから観察しているのだ。



 このままではマズイ。芝居の最後にはきっと殺される。



 陽菜は感情に左右されて危険な道を選んだりしない。超現実主義者なのだ。癒し系の見た目に騙されてはいけない。


「一体、誰が。誰がお姉ちゃんをこんな風に!。」


 陽菜が釘バットを握り直す。予想通りの展開だ。


「陽菜っっっ!もういいよっ!」


 同情した友人が玄関から廊下に走り寄って、陽菜の肩を抱いた。陽菜は、ありがとう、とその子の手に触れた。


「でもね、私がやらなきゃいけないんだよ。私じゃなきゃ駄目なんだ。」


 猿芝居に友人を引っかけて、陽菜は悦に浸り釘バットから手を離した。綾香はこのチャンスを見逃さなかった。


 綾香は後ろに振り返ると全速力で階段を駆け上がった。顕わになったお尻に可愛く揺れる暇さえ与えなかった。それでも綾香のTバック姿は陽菜たちの判断を鈍らせるには充分なインパクトだった。


 自室まで無事に走りきることができた。足でドアを閉める。なにか手を使わずにドアを塞ぐ方法はと思案する。ドアの横に3段ボックスの本棚と姿見があった。本棚と鏡の隙間に入り込んで、背中で本棚を押した。お尻が冷たい。本棚がドアの前に倒れ、防衛ラインを築けた。


 急いで机に向かう。机の上の携帯を口でくわえて、横になった本棚の前に座り込んだ。

 間一髪、陽菜がドアを蹴ってくるのに間に合った。蹴りながら、陽菜が叫ぶ。


「開けろー!殺すぞー!」


 おい、本心が出てるぞ。さっきまでのヒロイン設定はどうした。自分の算段が狂って、ここまで取り乱すとは。ガン!ガン!と何度もドアを蹴ってくる。ドアは少し開いているが、こちらも負けじと背中で本棚を押す。口にくわえていた携帯が落ちた。涎でベタベタになっている。


 数十秒の攻防が終わると、急にドアを蹴るのが止み、辺りは静かになった。


 とっさに前かがみになり、携帯の電源をつける。つけようとする。つかない。電源ボタンは画面横にあるが押すのが難しい。がぶっとくわえて、下歯で押そうとしたが顎が外れそうになった。あれこれと顔を携帯にくっつけて試してみるが、どうにも上手くいかない。試行錯誤に疲れて、ドアの方を見た。ドアの隙間から陽菜の顔の右部分と右目だけが出ていて、真顔でこっちを見ていた。ホラーかよ。


 目が合うと、陽菜は顔を引っ込めて、ひそひそと友人と話をしていた。声は聞こえそうだが、何を話しているかまでは分からない。綾香は自分の作業に戻ることにした。携帯電話を倒れた本棚に固定して、もう一度、下の前歯で電源ボタンを押そうとした。5回目のチャレンジで見事成功し、携帯のバックライトが点灯した。ほっと胸を撫で下ろす。

 外から声が聞こえてきた。


「せーのっ!」


 女子たち総出の突進に防衛ラインは突破された。本棚に押されて綾香はごろんと一回転した。うつ伏せになる。

 足と肩を使って仰向けに転がった。目の前に広がる景色は、釘バットを振り上げる制服姿の妹だった。



「お姉ちゃん」



 目を閉じて、また回想シーンに入ろうとしたら陽菜から話しかけられた。陽菜と目が合う。


「やっぱりそうだよ!お姉さん意識あるんだよ」


 友人が部屋の入り口から叫ぶ。陽菜はバットを振り上げたまま、無言で綾香を見ている。綾香も意識があるという証明の手段が思いつかず、陽菜を見つめていた。陽菜が口を開く。


「・・あなたは霞綾香ですか?」


 綾香は仰向けのまま首を縦に振った。陽菜と友人が顔を合わせる。


「ゾンビなのにお姉ちゃんなの?・・私が学校行ってないこと、お母さんに言った?」


 綾香は首を横に振った。


「私が夜中にずっと仁美ひとみと電話してること、お母さんに言った?」


 綾香はまた首を振った。というか、さっきから答えを知らない質問が来る。お前学校行ってないのか。夜中に電話してるのも知らないけど。本棚の向こうにいる友人を見ると、うんうんと頷いていた。あの子が仁美か。


「・・私はお姉ちゃんがライブ配信してること友達に話したけどね」


 何のカミングアウトだよ。影で悪口言うのはやめておくれよ。仕返しに足を噛んでやろうかと思ったけど止めた。殺される。


「アプリは特定できなかったので大丈夫ですよ。かなり探したんだけど」


 仁美がフォローを入れた。あまり良いフォローではない気がしたが、見られてないと知って安心した。


「とりあえず起きて。聞きたいことがたくさんあるから」


 綾香は起き上がると、机の椅子に座った。陽菜は綾香の携帯を取ろうとしたが、手を引いて立ち上がった。


「なにこれ、唾でベトベトじゃん、汚い」


 ティッシュで携帯を拭いた後、手にとって何か操作を始めた。それが終わると綾香の足元に携帯を置いた。画面はSNSのチャット機能になっていた。チャットのメンバーは陽菜と仁美になっている。


「足で操作したほうがやりやすいでしょ」


 盲点だった。足の指は確かにまだある。試しに少し操作してみたら、時間はかかるが文字を打てた。


「こんにちは」


 綾香が挨拶を送信する。仁美が初めましてと返信してくれた。


「どうしてゾンビになったの?誰にやられたの?あと、その格好は何?・・その、ヤラレちゃったの?」


 陽菜が直接、言葉で質問してきた。綾香はチャットで、「お母さん」「ヤラレテナイ」と返す。


「お母さん?お母さんもゾンビになったってこと?そっか・・。え、何もされてないの?じゃあ、なんでそんな格好してんの?」


 綾香は「ゲンカツギ」と送った。陽菜は、意味わかんないし、と呟いた。


「お母さんにゾンビにされたってことは今日は学校に行ってないのね。外に出なくてよかったかも。大変なことになってるよ。」


 陽菜がそう言うと、仁美も話し始めた。


「私たちは、その、今日は学校に行ってなかったんです。時々なんだけど、学校を2人で休むことがあって・・。それで、私の家にいたら外が騒がしくなって、外を見たら、ゾンビが人を食べてた。そのあと、私の家にもゾンビが入ってきた。お兄ちゃんが暴走族だから、私たち、武器を持って外に出たんです。外に乗り捨てられてる車があったから、ここまで来れました。陽菜の運転で」


「最後、壁にぶつかったけどね」


 2人は笑っていた。やっと一息つけて安心したのだろう。仁美の家族はどうなったのか。聞きたいことはたくさんあったが、足での文字入力が追いつかない。


「このままだと危ないかもね、ここも危なくなるかも」


 陽菜が急に真面目な顔をした。たしかに人間がいることを知られれば、この家にもゾンビが来るかもしれない。

 綾香たちがこれからの計画を立てようとした時に、1階で窓ガラスが割れる音が聞こえた。




(続く)


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