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第1話 星に願いを


 月が踊る夜。森の木々の歌声が聞こえる。ざわざわと音をたてると、新緑の若葉が一枚、夜の空へと舞い上がった。月は笑いながらステップを踏んだ。山々はソフトクリームのように体を捻らせては、騒ぎたてないように自分自身を戒めた。今にも爆発しそうな雰囲気だ。海は天空を目指し、満潮の兆しをみせていた。


 そして、夜会に参加できない太陽は仲間外れにされたと言わんばかりに、ここのところ顔を真っ赤に染めていた。それが原因となり、いつもより早い初夏を私たちのところへ引き込んだ。


 きっと、そのせいである。


 拗ねた太陽の子供じみた行為は止まることもなく、日中の残り火は夜になっても燃え続けた。だから、太陽がすごすごとその姿を隠しても、気温は暖かいままだった。


 きっと、そのせいで、霞綾香は深夜まで浮かれてしまっていたのだろう。




 始まりは廊下からの罵声だった。


「あやか!もう寝なさい!!何時と思ってるの!!!」

 

 綾香は携帯アプリ「カースト制度で成り上がり☆ ver.2」で自らライブ配信をしていた。その内容として、ボーカロイドのマイナーソング「狂ってる?イッチャッテル?」を歌ってみた枠で頭を振り回していたところ、母親がノックもせずに部屋に入ってきたのだ。


 はっとした顔をみせた後、そっとドアを閉めるお母さん。綾香は頭の中が真っ白になっていたが、なんとなく儀式的にドアに向かって枕を投げた。何か言うべきだっただろうか。ドアの向こうで微かに階段を下りる音が聞こえる。


 机の上に固定された携帯画面のコメント欄に目を向けると「神回ww」「神回きたwwww」と連続で視聴者ユーザーからの投稿が書き込まれていた。配信者として撮影を開始して以来、これまでにない盛り上がりを見せていた。


 綾香は一瞬、この配信がユーザーによって動画としてアップされて、人気動画として多くの視聴を獲得し、バズるのではないかと期待した。しかし、不足の事態に心の準備ができていなかった彼女は、どうすれば配信が更なる盛り上がりを展開できるか想像することができなかった。


 結局は、自分のプライドが邪魔して、「きょ、きょうはこれでおわりでーす、またねー」と言い捨て、特に気も利いたことも言えないまま、配信の終了ボタンを押した。「ON AIR終了」というテロップが表示される。あと10秒で放送が終わるのだ。


 月はダンスに夢中になっていた。世界も相変わらず回っている。綾香は天を仰いだ。白い壁紙。いつもの天井だ。ふと木目の天井を思い出した。祖母の家は木造の戸建だった。見慣れない家で、当時、中学生だった綾香は眠れず、天井の木目を眺めていた。木目は人の顔となり、彼女に話しかけてきた。それはとても言葉に出せないような卑猥なものだったので、布団を頭でかぶり耳をふさいで眠りについた。

 そんな昔の記憶が脳裏をよぎった。今日だけはスケベな木目でも傍にいてくれたらいいのに。


 ため息をひとつつき携帯を見直した。ON AIR終了のテロップが流れたままだ。まだ2秒しかたっていなかった。

 もう寝ようと椅子から立ち上がった。綾香は上下とも薄いピンクに大きな星がデザインされたパジャマの姿で配信していた。ドアに投げつけた枕を拾おうと前かがみになった時に自分の失態に気づいた。


 いつも配信時には、ゲン担ぎに赤いTバックをはいているのだ。


 綾香は慌てて、パジャマのズボンを腰の上まで穿きなおした。

 急いで机に戻り、携帯を見る。携帯のディスプレイは、テロップが消え管理画面に転換していて、放送は終了していた。彼女はパチパチと画面をタップして、さっきまで流していた配信のバックナンバーを確認した。その動画には、配信終了前に前かがみになった勢いで背中の服がめくれて、腰の部分のTバックのTが顕わになる様子がカメラにバッチリと映っていた。


 放心状態の綾香は両手を広げて、体全体でTの形になってベッドに倒れこみ、呟いた。


「オワタ、お母さん乱入からのTバック晒し・・人生オワター」


 まとめサイトにのるかな、のったら死のうと綾香は現実逃避をしていた。


「あー・・死にたいな、生きるけど。死にたいな、生きるけど。ねぇ神様」


 うつ伏せになったまま、ぶつぶつと神頼みをした。よく分からないお願いに、月も踊るのを止めて首を傾げた。パジャマの星がひとつ流れ星になって消えた。

 悩んでいるのも馬鹿らしくなり、綾香は布団をかぶって眠りについた。





 上にも下にも遮る物が何もない真っ暗な空間に綾香はいた。

 身体は重力に影響することもなく浮かんでいた。

 彼女は長い眠りから目覚めた時のようにだんだんと意識がはっきりしていくのを感じた。しかし、体の浮遊感から、きっと夢の中にいるんだろうと、ぼんやりした気持ちで状況を受け止めていた。


 視線の先にわずかな光が現れた。

 その光はだんだんと大きくなり、その中から人の形が浮かび上がってきた。


 光の中には神様がいた。自ら光を放っている。





  ――そなたの願い、叶えようぞ





 ひげもじゃの神様がかざした杖から眩い光がでて、綾香の体は光に包まれた。


 綾香は、願いってなんだっけと呟いた。

 男か?彼氏?同じクラスのやつに告白されるのか?それとも、恋愛じゃなくてインターネットでバズって有名人になれるんだろうか。こんなとこで神の能力使うなよ、あんな動画で有名人かよ、恥さらして有名になりたいんじゃないよ・・と考えているうちに、どんどんと強くなっていく光の中で、彼女の意識は薄れていった。





 時計の針は10時半をさしていた。綾香は昼前まで寝ていた。学校には完全に遅刻だろう。昨日の出来事や夢のせいで疲れて寝すぎたのかもしれない。ってか、母親はなんで起こさなかったんだろう。綾香はおかあさーん、と大声を出した。


 返事のつもりだろうか、お母さんのうなり声が聞こえた。あうあうー、と言っている。お母さん?うなり声?あうあうー?階下からドン!ドン!ドン!と音を立てて階段を上ってくると、お母さんは部屋のドアを開けた。青ざけた血色の顔をして、頭から血を流していた。


 綾香は即座に母親がゾンビだと気づき、両手でゾンビの接近を妨害しようとした。しかし、その両手をわしわしと食べるお母さん。みるみるうちに綾香は両方の手の肘から先を失った。そして意識も失っていった。


 再び目が覚めると、部屋には誰もいなかった。両手はなくなっており、かなり出血したようで意識は朦朧としていた。周りを見渡すと、昨日までと同じ自分の部屋だった。窓の外の太陽は怒っていないどころか、表情を無くしたようだった。そして、綾香は自分に自我が残っていることに気がついた。


 なんだこれ、生きてるぞ。


 立ち上がる時にふらつきはしたが、廊下を出て階段を下り、洗面所まで歩くことができた。

 洗面所の鏡を見て、綾香はぎょっとした。青ざめた顔。綾香はゾンビになっていた。

 え、ゾンビって、こんなにハッキリ自己認識できるものなのかと驚きつつ、顔をまじまじと見た。

 特に傷などはなかったが、寝起きで髪はボサボサだった。パーマのウェーブ具合がゾンビ感を強調していた。


 大量出血したせいで、一気に頬が痩せこけている。 

 お、ダイエット成功じゃんと身体のラインをチェックしようと腰をひねった勢いで、パジャマのズボンがストンと落ちた。赤いTバックが顕わになった。無意識にズボンを穿きなおそうとしたが、腕がないからズボンをあげようがない。


 なんだこれ・・と頭の中で繰り返しながらも、お腹がすいた綾香はキッチンに向かっていった。


 綾香の家は間取りがリビングダイニングキッチン(LDK)となっている。8畳ほどのリビングダイニングにはテーブルとテレビがあり、キッチンスペースとはカウンターで仕切られている作りになっている。

 彼女がリビングのドアを開けて中に入ると、父親がダイニングテーブルの脇で倒れていた。


 お父さんっ!と駆け寄ろうと思ったが止めた。首の辺りから大量出血し、ビクビクと痙攣していてグロい。ワイシャツを鮮やかな赤で染めていた。大方の予想では、昼食休みで家に戻った時に母親と争ったのだろう。


 それでも動いているから、父親もたぶん生きているかもしれない、いや死んでいるのか、と悩みつつ、綾香はキッチンに向かった。血液が足りないせいか頭がズキズキと痛い。この状態でも終わりは来るのかな。ゾンビは頭が弱点っていうし。


 冷蔵庫の取っ手に腕を伸ばそうとしてバランスを崩し転んだ。そういえば腕がなかった。腕がないと地面から立つのに苦労する。まず、おでこと足で土下座の姿勢をとり、次に上半身を起こして正座し、最後にコンロ横の収納棚に肩でもたれながら立ち上がった。


 これは冷蔵庫の開け閉めも骨が折れそうだと、うんざり立ち尽くしていたところで蛇口が目に入った。あれならレバー式なので開閉がしやすそうだ。

 シンクに顔を近づけて、ほっぺたでレバーを上げると水がでた。コップが持てないので蛇口から直接飲んだ。


 ダイニングに移動してテーブルに備え付けの椅子に腰をかけた。花瓶は割れているし、テーブルに置いてあった調味料や郵便物が床に散乱していて、室内は荒れていた。綾香は父親を眺めながら、物事を整理することにした。



 ――私が起きた時、私は人間だった。朝の時点では父親も母親も人間だったのではないだろうか。母親に襲われたということは、まず最初に母親がゾンビになったのではないだろうか。


 それから、母親は私の声を聞きつけて、私に噛み付きゾンビを感染させた。たぶん、理性はもう無くなっている。

 父親は痙攣し続けているところから察するに、まだ襲われて間もないのだろう。首を噛まれたことが致命傷にはなっているが、食われた形跡が少ない。きっと母親による犯行だろう。腕を2本も食っているから腹は満たされていたのではないか。


 その後、行方不明。妹の陽菜も安否不明。中学校の状況次第かな。


 ゾンビは家の外からやってきたはずだ。私の家は戸建てで、しかも人通りの多い道路に面しているため、早い段階でゾンビの餌食になった。そう考えると、人間はまだまだゾンビじゃない可能性がある。


 いまの状態で人と会うのは非常にまずい。きっとゾンビは敵対視されている。さっきから発声練習をしているが、あうあうとか、おうおうとか言うのが精一杯。腕がなくて筆談もできないから意思の疎通ができない。口でペンをくわえられるだろうか。


 いや、それ以上にまずいのは、Tバックゾンビという変質者のようなファッションをしていることだ。Tバックのことは家族にも知られていない。知られているのはアプリの一部のユーザーだけのはず。――



 綾香は頭に電球が浮かんだ。意思疎通のためのアイデアを閃いた。携帯アプリでライブ配信をしよう。そして、ゾンビになったけど理性があることをみんなに伝えよう。


 アイデアを実行しようと、携帯が置かれている2階の自室へと向かうことにした。綾香は椅子から立ち上がってリビングのドアから廊下へ出た。玄関のドアが開いていた。



 そこには、妹の陽菜の姿があった。友人と思われる学生服を着た女子と数人で玄関に立っていた。



「お姉ちゃんっ!!」



 癒し系だったはずの陽菜の手には無数の釘がささった金属バットが握られていた。友人も身構えている。陽菜は仁王立ちで立ったまま俯き、言葉を続ける。


「そんな格好で・・、陵辱されてしまったのね」


 靴を履いたまま廊下にあがる陽菜。綾香は、靴を脱いで落ち着いて、と伝えた。


「おうおう!おうおうおう!!」


 たぶん伝わらなかった。


「大丈夫だよ、楽にしてあげる」


 綾香は振り上げられたバットを見て、そっと目を閉じた。




(続く)

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