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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

隔離病棟の化け物

作者: アオニシキ


 白い天井に、窓もない真っ白な病室。これまた白い引き戸に今、僕があおむけに寝そべっているベッド。ここはある病院の一室である。相部屋ではないが一応ベッドの周りにはカーテンも用意されている。そんな部屋に僕は居た。いわゆる入院中というわけだ。


 さて、そんな僕の入院生活だが一つ大きな問題がある。誤解してほしくないのだが、この病室には大きな問題はないと思っている。水道もあるし、誰とも合ったことは無いが浴場も併設されている。そんな環境において大きな問題とは何か?


「暇だ……、天井の謎の黒点を数えるのももう飽きてしまった」


 圧倒的な娯楽不足によって時間を持て余し気味という問題だ。ありていに言えば暇なのである。このような狭い部屋の中でできることなどたかが知れている。なぜかこの部屋には電子機器も持ち込めないらしく、スマホもない僕にできる事なんてたかが知れており、二週間もあればやりつくしてしまったのだ。


 そんな時ある一つの噂話を耳にした。この病院内に潜む隔離病棟の化け物の噂だ。この病院の隔離病棟には感染力の大きい病気だとか精神的な崩壊を促す病気だとかの恐ろしい病気を持った患者がパンデミックを避けるために隔離されているとの話らしい。その隔離病棟の患者をカムフラージュにして化け物が潜んでいるという噂だ。一説ではこの病院自体が化け物を研究するための施設だとか……荒唐無稽な話だが暇つぶしにはなるだろう。


「そんなわけで隔離病棟に冒険に行ってみようかな?」


 暇を持て余していた僕はそんなノリで隔離病棟冒険ツアーを始めることにして意気揚々と真っ白な病室を出た。病室を出ると見慣れた廊下が顔を出した。代わり映えのしない灰色の廊下だが気にせず普段とは違う方向へと進む。普段使わない区間はなぜだかドキドキする。



 灰色の廊下を進んで鉄でできた格子戸を開いて、透明な引き戸をこじ開けて、それらしいところまでやって来た。


「やっぱりこの辺の道は使われてないのかな」


 目の前に現れる扉はほとんど古いのかなかなかに動きにくくなっていた。当分使われてないにしては小ぎれいで透明な引き戸なんかも最新式に見えたのに不思議だ。そう思いながら歩いていると廊下の雰囲気が変わった。灰色からオレンジに変化していた。なんとなく隔離病棟の方に入ったのかと感じることが出来た。同じ病院なのだから当然だが基本的なデザインや照明は変わらない。


「ん? この先に大勢の人が居るのかな」


 周囲を観察しながら歩いていると廊下の先に大広間のような部屋があるのを確認した。そこに大勢の人が居るのだろうか? もしかしたら隔離病棟に住む入院患者かもしれない。そう思って駆け出そうとした時だった。



『ピーンポーンパーンポーン、緊急放送、緊急放送。

 隔離病棟に入院中の患者様が脱走しました。近辺のお客様はご注意ください。また、近辺の職員は脱走した患者様の保護に向かってください。繰り返します。緊急放送──』



 そんな放送が病院内に響いていた。僕はとっさに周囲を見回したが脱走したらしき人物は見当たらない。だが、隔離病棟に住む者はやはり恐ろしいものなのだと思い、慎重に進むことにした。病院側が注意を促すような人たちがこの先には居るのだ。見物だけにしようと思いつつ、ドキドキしながらそろりそろりと放送でざわめいている様子の大広間へ向かうことにした。




 大広間には大勢の人が居た。受付でザワザワする看護師に、定期検査に来た社会人らしき人。幼い子供の手を引く母親……世間一般で言う普通の人たちがそこには居た。


 おかしい。ここは隔離病棟のはずなのになんで普通の人たちがこんなにもいるのだろうか。窓からは穏やかな光が差し込んでいた。まさに穏やかな病院の一室というべき場面だが、その穏やかさがおかしい。


「ここは隔離病棟のはずだよな……それにしては穏やかというか、平和というか、隔離という言葉に当てはまらないような……受付だからかな」


 おそらくここは隔離病棟の受付で、この先にもっと恐ろしい場所があるのだろう。そう思い込もうとして辺りを見回した。


 そうしたら手をつないでいる親子が目に入った。怖がる子供を親が励ますありふれたワンシーン。それを見てふと思い出す。『僕』の母さんってそういえば入院してから見てないな……


 ──そもそも、母さんって、誰だっけ?


「僕には母さんどころか家族の記憶が……ない?」


 そのことに気が付いたとき、頼りにしていた足元が急に崩れ落ちたような不安に襲われた。


 呆然とする僕を目覚めさせるかのような放送がかかる。


『ピーンポーンパーンポーン、緊急放送! 緊急放送!

 隔離病棟の脱走者は総合棟、受付広場に向かった模様! 近隣の患者様はお気を付けください! 繰り返します! 緊急──』


 切羽詰まったような声だった。その声に僕は現実に引き戻された気がした。だが、驚いて声を上げることを防ぐことはできなかった。


 その声を聴かれてしまったのか、僕は隔離病棟の住人に気付かれた。幼い子供がこちらを指さしたのだ。


「ママ……怖い。コワイよ!」


「あら、どうしたの? 何が……ヒィッ!?」


 幼い子供特有の甲高い声は広い空間に馬鹿みたいに響いた。そうしてこちらを見た人から穏やかな目の輝きが失われて、黒くドロついた濁った眼になっていく。その目は恐怖と排斥をないまぜにしたおどろおどろしいものだった。


 化け物になった人々が「化け物だ」とささやき合う声はさざ波のように広がっていった。そんな化け物たちが僕に襲いかかってくる前に僕はがむしゃらに逃げ出した。

 いや、見られたくなかったのだ。あのグズグズに溶けた闇のようなの目にミラレタくなかったのだ。


 ──見られた、ミラレタ? ミラレタ!?


 錯綜する思考の中駆け出した僕は、もはやここに来た道もわからず、ただただ大広間から真っ黒に染まった廊下へと逃げだしたのだ。




 真っ暗な廊下だった。あの人の悪意を煮詰めたようなドロドロの化け物から逃げた僕は帰り道もわからなくなっていた。


「ここはどこ? 怖くなって無茶苦茶に逃げちゃったからな……」


 早く自分の病室に戻らないといけない。そう思いながら廊下をさまよっていた。ふと隣を見れば一面が鏡になっていた。


「そういえばあの病室に鏡は無かったな……」


 なんとなく僕は鏡に近づく。


「真っ暗でよく分かんないな」


 そう言うと、唐突に光が戻って来た。廊下にある照明が再び点いたのだ。


「まぶしっ……えっ?」


 そこで僕が見たのは大広間で見た化け物によく似た、ドロドロとした黒いヘドロのような化け物が鏡に写った姿だった。


「あれ、えっ? ええ、僕は、僕が……化け物」


 ──大広間で思い出したんだ。

 僕には母親が居ない。父が居ない。兄弟姉妹が居ない。家族が居ない。記憶が無い。名前が無い。理由が無い。肉が足り無い。自由が無い。性格が無い。感情が無い。輪郭が無い。友達が無い。笑顔が無い。顔が無い。手が無い。足が無い。体が無い。ない無いナイない無いない………………


 僕は、人間じゃ、ない。


 ブザーが鳴り響く。かけてくる足音がうるさい。化け物と蔑む目が焼き付く。頭にあたる部位がツキツキと鋭く痛む。ブザーが、うるさい。僕を、蔑む、目が、あんなに、イッパイ。







 ──ニクヘンガ、トビチッタ。





  ~~~~~~


 この日、一つの病院がつぶれた。ニュースで大々的に取り上げられることは無かったが、隔離病棟から隔離されていた患者が脱走してしまうという不祥事が発生し、信用が下がったのが原因と言われている。


 真実を知る者は、誰も、いない。


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