わんちゃんのさくらあんぱん
わんちゃんは、さくらちゃんのかっている犬です。
なぜ名まえが「わんちゃん」かというと、まだ赤ちゃんだったときのさくらちゃんが、ペットやさんでおりに入っているわんちゃんを見て「わんちゃん、わんちゃん!」と言ったからです。
わんちゃんの前からはなれると、さくらちゃんが大泣きしたので、パパとママはわんちゃんをペットやさんからつれて帰ることにしたのです。
さくらちゃんのパパとママは、パン屋さんです。
わんちゃんは、パン屋さんの横にあるさくらの木の下でのんびり花をながめたり、お客さんのお出むかえをしてすごします。
ママとうれのこったパンを半分こしておやつにするくらいの時間になると、さくらちゃんが学校から帰ってきます。
ところが。
ある日の朝おきてみると、パン屋さんにパパもママもいません。さくらちゃんも、いません。
出かけたのかな?
わんちゃんは、さくらの木の下でずーっと待ってみましたが、だれも帰ってきません。
たいへんだ!パパもママも、さくらちゃんもどうしたんだろう?
わんちゃんは、3人をさがしにいきました。
いつもおさんぽに行く公園。
パパとよくあるいた川原。
さくらちゃんの学校。
でも・・・どこにも3人はいません。
わんちゃんはつかれて、おなかもペコペコです。
しかたなく、さくらの木の下によこになりました。
次の日。
わんちゃんがおきると、おなかがグゥーグゥーとなりました。
とってもおなかがペコペコです。
なにか食べるものがないかなぁ。わんちゃんは、パン屋さんの中をさがすことにしました。
すると、パンをおいていたトレイも、レジも、テーブルクロスさえもありません。
お店の中はからっぽになっていたのです。
わんちゃんの目からぽろりとなみだがこぼれました。
パパも、ママも、さくらちゃんも、わんちゃんをおいてどこかへ行ってしまったのです。
もう、もどってこないのです。
わんちゃんは、さびしくて、かなしくて、ワーンワーンとなきました。
それで、おなかはもっとペコペコになりました。
すると、どこからかパンのにおいがただよってきました。
どこだろう・・・?
わんちゃんはパンをつくるへやに入りました。においは、オーブンからだたよってきます。わんちゃんは、まえ足でえいっとオーブンをあけてみました。
そしたら、ありました、ありました!たくさんのあんぱんです。
わんちゃんはパクパクパクとあっというまに3つもあんぱんを食べてしまいました。
すると、その時となりでこえがしました。
「ねぇ。そのぱん、おいしそうだねえ。」
わんちゃんがそちらを向くと、そこには小さいもぐらがいました。
もぐらのおなかがグゥとなりました。
「きみもおなかが空いてるの?よかったら、食べなよ。」
わんちゃんはぱんをひとつもぐらにさしだしました。
「でも・・・ぼく、ぱんを買うようなお金ないんだ・・・。」
「いいよ、いいよ、あげるよ。お金なんかいらないよ」
もぐらはうれしそうにあんぱんをたいらげました。
「こんなおいしいもの食べたのは、ひさしぶりだなあ。ありがとう、わんちゃん。」
それからしばらく、わんちゃんともぐらくんはのこりのぱんをたべて毎日すごしました。
なんで、もぐらくんとわけていたかって?
それは、わんちゃんがさびしかったからです。
ぱんはへるけど、もぐらくんといっしょのほうが、さびしさもへったからです。
わんちゃんは毎晩、もぐらくんがたずねてくるのが楽しみになっていました。
しかしある日、ぱんはさいごの一つになりました。
「どうしよう・・・」
「はんぶんこして、たべようよ。」
こうしてぱんは、なくなりました。
さて・・・これからどしよう。わんちゃんは思いました。
もうごはんをくれる人はいないのです。
自分でごはんをさがさないと・・・。
「ねぇ、わんちゃん。ぼくにいい考えがあるよ。」
「なーに?もぐらくん。」
「ここには、オーブンがある。材料もいくらかある。だから・・パン屋さんを開けばいいんじゃないかな。」
「パン屋さん?ぼくが?」
「パンの作り方は知ってるだろう?だって、わんちゃんはずっとパン屋さんの犬だったんだし。」
ぼくがパンを作る。考えてもみなかったなあ。
次の日、わんちゃんははりきってエプロンをし、パンを作りはじめました。
しっぽと口を使って、小麦粉をボウルに入れて、たまごと牛乳をまぜます。
そして、たくさんたくさんこねます。たくさんこねると、だんだん生地がかたくなってきます。わんちゃんの手はまっしろになりました。
生地を小さく分けてあんこをはさめば、あとはもう焼くだけです。
オーブンがゴウゴウパンを焼いている間、わんちゃんはそばで待っていました。
オーブンはとてもあついので、そばの床もあったかいです。
売れるかな、売れるといいな。パンをみはりながらわんちゃんは思いました。
「あんパン ひとつ ひゃくえん」
わんちゃんは焼きあがったパンをお店の中にならべ、お客さんがくるのを待ちました。
お昼になりました。
お店にはだれも入ってきません。わんちゃんはうとうとしそうになりながら店番をしました。
夕方になりました。パン屋さんの前を、学校帰りの子どもや買ものぶくろをもったおばさんが通ります。
でも、だれも、お店に入ってきません。
とうとう、夜になりました。
お客さんは、ひとりもきませんでした。
わんちゃんはとてもがっかりしました。
あんまりがっかりしたので、パンを食べるのもいやなくらいでした。
するとその時、となりで声がしました。
「わぁ、そのパンおいしそうだねぇ」
わんちゃんがそちらを向くと、またもぐらくんがいました。
「ああ、もぐらくんか。みてよ、このパンの山。いっこも売れなかったんだ・・・。」
「こんなおしいしそうなのに、もったいないねぇ。」
「もぐらくん、ひとつ、たべる?」
「いいの?ありがとう、ぼく・・・おなかすいてたんだあ。」
ありがとう、ありがとうと言いながらもぐらくんはパクパクとパンを食べました。
それを見て、わんちゃんもパンを食べたくなり、けっきょく二人でパンを食べました。
こうして、パンはなくなりました。
ああ・・・明日はどうしよう。明日もパンが売れなかったら・・・。材料はだんだんへっていきます。お金がなければ、材料を買うことができません。
「ねぇ、わんちゃん。ぼくにいい考えがあるよ。」
「なーに?もぐらくん。」
「明日は、店の外にわんちゃんが出て、お客さんをよんでみたらどうだろう?」
「お客さんをよぶ?ぼくが?」
「おいしいパンですよー、ひとつひゃくえんですーって歩いてる人に言うんだよ。それで、お店にはいってもらうんだ。」
お客さんがくるのを待つんじゃなくて、自分で呼んでみる。
考えてもみなかったな。
次の日。わんちゃんはまたパンをつくってお店の中にならべました。
そして、わんちゃんはエプロンのまま、お店の外に出て人が通るのを待ちました。
お昼になりました。
いいお天気です。ほいくえんの子どもたちが、先生に手を引かれてあるいてきました。
「わぁー、わんわんだぁ」
「かわいいねぇ」
「エプロンしてるよ」
子どもたちは立ち止まってじーっとわんちゃんを見ています。
わんちゃんはさっそく子どもたちに話しかけようとしてみました。
ところが。
「あらあら、みっこちゃん、たっくん。立ち止まったらいけませんよ。早く早く。」
先生にせかされて、子どもたちは行ってしまいました。
夕方になりました。
エプロンをしたおくさんたちが、店の前を通ります。
あんぱん、ありまーす!
「わんわん、わんわーん!」
さっそくわんちゃんは大きなこえではなしかけました。
ところが。
「あら、わんちゃんじゃない」
「そんなにほえて、どうしたのかしら?」
あんぱん、買いにきて!
「わんわん、わんわんわん!」
「じゃあね、わんちゃん。」
おくさんたちは、わんちゃんの話をむしして言ってしまいました。
それもそもはず、人間には、犬のことばがわからないのですから・・・。
とうとう夜になりました。
お客はひとりもきませんでした。
わんちゃんはとてもがっかりしました。
あんまりがっかりしたので、パンを食べる元気もないほどでした。
するとその時、となりで声がしました。
「わぁ、このパンもおいしそうだねえ」
わんちゃんがそちら向くと、またもぐらくんがいました。
「うん、ありがとう・・・でも、今日も売れなかったんだ。」
「ひとつも?」
「うん、ひとつも。」
「どうしてだろうねえ。こんなおいしそうなのに。」
「もぐらくん、ひとつ、たべる?」
「いいの?わんちゃん、いつもありがとうね。」
もぐらは大事そうにパンをもらい、パクリと食べました。
「すばらしくおいしいのになあ。」
「そんなことないよ、ただのあんパンさ。」
「でもぼくは、夜しか外に出られないからさ。こんなおいしいもの、めったに食べれないんだよ。」
「そっかあ・・・じゃあえんりょなく食べてよ。どうせ、売れのこりだし。」
二人はパクパクパンを食べました。
こうして、パンはなくなりました。
でも・・・明日はどうしよう。材料はもう、ちょっとしかのこっていません。明日パンが売れなかったら、わんちゃんはもうパン屋さんができなくなってしまいます。
「ねぇわんちゃん。ぼくにいい考えがあるよ。」
「なーに、もぐらくん。」
「明日は外にパンをならべてみなよ。」
「外に?パンを?」
「さくらの木の下でお店をするんだよ。そうしたらみんな、わんちゃんがパンを売ってるって気がつくだろう?」
外でお店をする。考えてもみなかったな。
次の日、わんちゃんはさくらの木の下にテーブルを運びました。
その上にパンを並べて、
「あんパン ひとつ ひゃくえん」
の紙をはりました。
今日もいい天気です。わんちゃんはパンの上におちてくるさくらの花びらをはらいながら、お客さんを待ちました。
お昼になりました。
制服をきた男の子がさくらの木の前をとおりかかりました。
「あれ、こんなところにパン屋が出てる。」
ふーん、と男の子はパンをながめました。
「さくらがけあんパンかぁ。おいしそうだな。ひとつおくれよ。」
男の子がさしだした百円を、わんちゃんはうけとりました。
「あ、さくらがいっぱいかかってるのにしておくれよ。」
わんちゃんは花びらをはらいそこねていたパンをふくろに入れて、男の子にわたしました。
「ありがとな、わんちゃん」
ふくろをうけとって、男の子は言いました。
やった!やった!わんちゃんのあんぱんが売れました!
・・・どうやら、花びらがかかっていた方がいいようです。
夕方になりました。
学校がえりの子どもたちが、さくらの木の下をとおります。
「わぁ、さくらあんパンだって!」
「おいしそうだなぁ」
子どもたちが集まっているのをみて、大人たちもなんだ、なんだと見にきました。
「犬のパン屋さんだって?」
「まぁ、さくらのかかったあんパンなんてすてきね。」
「これ、ひとつ下さいな。」
「わたしはみっつください。」
花びら大もりのあんパンは、つぎつぎと売れていきました。
夜になりました。
机の上には、ひとつもあんパンは残っていません。
ぜんぶ、売れたからです。
わんちゃんはお金をかぞえました。これで明日、新しい材料を買いにいけます。ああ、よかった。わんちゃんはほっとしました。
すると、その時となりで声がしました。
「あれ、今日はもうパンがないの?」
わんちゃんがそちら向くと、またもぐらくんがいました。
「すごいねぇ、ぜんぶ売れたんだ。」
もぐらくんはおどろいて言いました。
「そうなんだ、もぐらくんの言うとおりにしたらお客さんがきてくれたんだ。
きみのおかげだよ、ありがとう!」
「そっかぁ・・・よかった。役にたてて、うれしいよ。」
2人は思わずにっこりわらいました。
ですがその時、2人のおなかからグーと音がしました。
「・・・おなかすいたなぁ。」
「でも、今日はパンないもんね・・・」
もぐらくんが残念そうに言いました。
「あっ!もぐらくん、ちょっと待ってて!」
わんちゃんはきゅうに思い出して、お店のたなを開けました。
「あった、あった!」
そこには、ひとつだけあんパンがおいてありました。
「そういえば今朝、ぼくのたべるぶんを取っておいたんだ。」
「でも、それはわんちゃんのだろう?」
「うん。だから・・・2人で半分こしようよ!」
2人はあんパンを半分こして食べました。
「おいしいねぇ」
「うん、おいしいね」
こうして、パンはなくなりました。
もぐらくんがいて、あんパンがあって、よかったな。
わんちゃんは思いました。
次の日も、また次の日も、パンはすべて売り切れました。
あんまり人気になったので、わんちゃんはもぐらくんにも手伝ってもらい、もっと多くパンを作るようになりました。
今では、あんパンだけでなく、いろいろなパンを作っています。
そして、お店にも毎日たくさんの人がパンを買いにきてくれるようになりました。
やがて、わんちゃんのパン屋さんは、この町いちばんの評判のパン屋さんになりました。
いつか、さくらちゃんたちが噂をきいて、パンを買いにきてくれたらいいな。
わんちゃんはこころのすみっこでそう思いながら、今日もせっせとパンを焼いているのでした。




