ぼくの会社なのに、わるいことをするなんて、許せないのだ! このマジカルステッキでペンペンにしてやるのだ!
ろり子社長は『株式会社おもしろトンカツ』の社長さんです。とても偉いのです。おもしろい形のトンカツを作ることにかけては、世界中で右にならぶものはいません。
でも今日はもう、トンカツを作るのに飽きてしまったようです。調理場から社長室にかえってきています。やることがないので、両手を広げて、くるくるまわっています。
そうしていますと、社長室のドアを、ドンドンとたたくものがいます。
「ぼくはいるなのです! 入ってきていいのです!」
そうなのです。ろり子社長は、黒髪ショート・メガネの僕っ子なのです。
「社長! たいへんです!」
メガネをかけた紳士的な青年がはいってきます。これで、部屋の中には、二人のメガネがいることになります。部屋の中は、あまい香りがします。ろり子社長がさっきまで食べていた、ドーナツの匂いです。
「ドーナツを食べている場合ではありません!」
「バレたのだ。とても恥ずかしいのだ」
ろり子社長は、ドーナツの袋で顔をかくします。
「そんなことをしている場合ではありません。わるいことが起こりました。うちの社員に、わるいことをするやつがいたのです」
これには、ろり子社長もおこります。顔をまっかにします。
「ゆるせないのだ! ぼくの会社なのに、わるいことをするなんて、許せないのだ! それじゃあ、なんのために会社を作ったか、分からなくなるのだ!」
ろり子社長は、こぶしをグーにしていいます。
それからシャドーボクシングをはじめます。男はそれが終わるのを待っていましたが、終わらないので、待つのをやめて言います。
「その通りです。今回の件はきびしく対処するとしても、ほかにもわるいことをしているやつはいるのでしょう」
「いやなのだ! わるいことをさせないようにしたいのだ!」
「はい。そのご相談です」
青年はメガネをくいっとあげます。
「分かったのだ。それで、何かアイデアはあるのか?」
ろり子社長も、くいっとあげます。
「よくやられているのは、モラル啓蒙の動画を作って、社員全員に見させる……とかですね」
「なるほどなのだ。でも、わざわざわるいことをしているやつが、動画を見たくらいでいきなり改心するとは思えないのだ」
「そうなんですよね……」
青年のメガネが、ずるりと下がります。
「そんなことが本当に出きたら、それはもう教育というより、洗脳なのだ。兵器と呼んでも過言ではないのだ。そしてそんなすごい洗脳動画の作成スキルがあるなら、その人はのんきに教材なんか作ってる場合じゃあないのだ」
ろり子社長のメガネも、ずるりと下がります。
「それもそうですね……どうしますかねえ」
「うーん……やっぱり不正をやってるやつを見つけだして、吊るしあげるのが、いちばん抑止力あるのだ! ぼくのマジカルステッキでペンペンにおしおきしてやるのだ! 屈辱なのだ! 楽しいのだ!」
ろり子社長のメガネが、きらりと光ります。
「ええ、ええ。とはいえ、我が社の社員は十万人もいます。そのなかから、わるいことをしている人を見つけだすのは……ええ。とても、むつかしいです。十万人全員を調べていたら、一人千円かかったとして、一億円くらいかかります」
「一億円……はちょっと高いのだ……」
ろり子社長のメガネがくもります。
「うーん……どうしたものですかねえ」
青年のメガネも、くもります。
「うーん」
「うーん」
二人でうでを組みながら考えます。
しばらくの間、二人でうなったところで、ハト時計がなきます。これは、考え始めてから、五分以上もたった合図なのです。
「難しい! やめるのだ! 五分以上考えるのは、時間の無駄なのだ!」
「は!? わるいことをやめさせるのでは!?」
「やめさせるのを、やめたのだ! うーん、そんなことより、ぼく、おやつをいつでも食べられる会社にしたくなったのだ!」
「えええ、なんでまた……。話がとびますね」
青年はあきれてメガネをふきます。
ろり子社長は、そのメガネを取り上げます。そしてポケットからアメ玉をとりだして、青年の口の中に放りこみます。青年の口のなかは、ふんわり甘さが広がります。
青年は口を開いて、なにか言おうとします。が、そのくちびるはろり子社長の人差し指で押さえつけられます。
「というわけで、全社におやつボックスを配置するのだ!」
「はい。でもお金がかかりますね。予算はどれくらいでます?」
青年はメガネを取り返し、顔にかけなおします。
「おやつを食べた人は、ぶたさん貯金箱にお金をいれるのだ! そうすれば、お金はそんなにかからないのだ。十万円もあればできるのだ。 いつでもおやつを食べられる会社……とっても楽しくなるのだ!」
「……社長、本気で言ってます?」
「ぼくはいつでも本気なのだ! 本気のぼくは、言うこと聞かないと、おまえをクビにするのだ!」
「いやいや、クビはこまります。分かりました。では、すぐに設置しましょう」
「楽しみなのだ! 早くするのだ!」
ろり子社長はシャドーボクシングをはじめたので、青年はそっと社長室をでました。さっそく、おやつボックスの手配をはじめたのです。
それから一ヶ月がたちました。ろり子社長のいうとおり、会社のいたるところに、おやつボックスが配置されました。たしかに、いつでも、おやつが食べられます。便利です。おいしいのです。楽しいのです。ろり子社長もにっこりです。
「これは楽しいのだ! おもしろいトンカツのアイデアが、次から次へうまれてくるのだ! ゾーン状態なのだ!」
ろり子社長が社長室ではしゃいでいると、ドンドンと、ドアを叩く音がします。
「はいっていいのだ! おっ、お前はあの時の青年なのだ! 良くやったのだ!」
ドアを開き一礼するのは、確かにあのときの青年です。
「ありがとうございます。しかしですね、社長。今日は悲しいお知らせをしにまいりました」
「うむ。今日は機嫌がいい。聞くのだ」
「おやつボックスを設置したのはよいのですが、じつは、わるいことが起こっています」
「わるいこと?」
「はい。お金を払わずにおやつを食べているものがいます」
「なんと。わるいやつがいたものだな」
「ええ、悲しいことです。一部の拠点では、大幅に売上がずれています。社長。やはりあのとき、我々は考えるのをやめるべきではなかった。わるいやつをなくすために、もっと考えをめぐらせるべきだったと思っています」
青年のメガネがくもります。
しかし、ろり子社長は、ケラケラと笑いだします。
「ぼくのことを甘く見たらだめなのだ」
「どういうことですか?」
「売上が大幅にずれる拠点があるということは、つまり、そこにわるいやつがいるということなのだ。おかしをちょろまかすようなわるいやつは、きっと他にもわるいことをしているはずなのだ」
「ええと……あっ!!」
「わるいやつがいる場所を、たったの十万円で絞りこんだのだ! あとはそこを中心に、不正がないか徹底的に調べるだけなのだ!」
「なるほど……社長……そのようなお考えがあったのですね。分かりました……!」
「ふっふっふ。ぼくの会社なのに、わるいことをするなんて、許せないのだ! このマジカルステッキでペンペンにしてやるのだ!」
そういってろり子社長は、ふところから一本の長いごぼうを取り出すのでした。
めでたし、めでたし。