災難①
この物語はフィクションです。登場する人物・名称などは架空のものです。
実際の車の運転では道路交通法を順守し安全運転を心がけましょう。
祖母の家に着いて、車から降りたときに私はふと思った。祖母が留守だったらどうするかという疑問がふと脳裏を横切ったのである。幸いそれは杞憂に終わり、インターフォンを鳴らすと祖母は玄関を開けてくれた。私は開口一番
「おばあちゃん、私のスマホ見てない?」
と尋ねた。すると祖母は
「ああ。コレね。部屋に置いたままになっていたよ。」
祖母はそういいながら玄関横の靴箱の上に置いてあった私のスマホを手に取り渡してくれた。
「お母さんにも連絡したのだけど、出てくれなかったからコレどうしようかと思っていたんだわ。よかったわ、取りに来てくれて。」
優しい顔で微笑みながら話してくれた祖母に対して短く礼を述べて、祖母の家を後にした。
車へと戻り助手席へと座った私に級友の松田美月は
「おかえり~。」
と声をかけてきた。その声が少しうわずっており、何か悪さをした子どもがシラを切るかのようなトーンであることに若干の疑問を抱いた。特に追求することもせず返事をして、スマホの画面を表示したら、不在着信がずらっと並んでいた。ロック画面を解除すると全て発信者は今、私の隣に座っている人物からだった。
「アンタ!昨晩私に何回電話かけてきたのよ!?」
柄にもなく大声をあげてしまった。彼女からの弁明は
「心配だったんだよ~。今日最初に会ったときに言ったよー。何回電話しても出なかったって。」
不貞腐れて、彼女はそう吐き捨てた。着信履歴時間を確認すると30分刻みだったものが徐々に間隔が短くなり、最後の数件は1分単位で着信があったことを告げている。つっこむ気にもなれないくらい私は呆れた。
「じゃあ、帰ろうか。ミクちんの目的も果たせたみたいだし。」
ケロッとした表情で明るく言う彼女に私は同意した。帰ったらすぐバイトに行く準備をして家を出ないと間に合わないな。私は自分のスケジュールを頭の中で確認した。
帰り道の途中で私はバカをすることになった。今になっても、その時の自分の心境が全く理解できない。その顛末は次のような出来事だった。
帰宅途中、助手席で軽い眠気に襲われ、少し私は微睡んでいた。運転してくれている美月に悪いと思い、適当に話しかけなんとか寝ないように私は頑張っていた。そんな時に峠の入り口付近で、1台の車が後ろに張り付いてきた。明らかに私たちが乗っている車を煽ってきている。
「どうしよう?未来?」
不安そうに私へ美月は問いかけてきた。
「道、譲って先に行かせれば?」
私の答えに頷いた美月は道路の端へと車を寄せてハザードを出し、停車した。追い抜いて行った車は黒色の四角い車だった。車に詳しくない私には、車種など分からなかった。だが、パッと見で普通の車でないのは確かだった。窓ガラスにフィルムを張って車内が見えないようにしてあり、マフラーを換えているのか音が無駄にうるさかった。そしてすれ違いざまに重低音を無駄に響かせた音楽が耳に入ってきた。ああいう人種にはなるべく関わりたくないものだ。しかし、相手はそう思ってくれてないようだった。再び走り出した私たちが少し進むと、先ほど追い抜いて行った車が路肩に停まっていた。その車を追い越すと再び煽ってきたのである。
「ミク~…どうしよう…。」
泣きそうな弱々しい声で私に意見を求めてきた。
「次のカーブの先が直線だからそこでまた停まろう。そうすればもう何もしてこないでしょ。」
私は楽観的に言った。私も免許を取ってから一人で運転して何回か煽られた経験がある。だいたい譲ってしまえば問題ない。私の経験から考えればこの対応で問題ないはずだ。
私たちは路肩に停車してハザードを出して再び停車した。黒い車は私たちを追い越して行った。追い抜き様に少しスピードを緩めてこちらの車内を覗き込んできたように感じたが、気のせいだったろうか。とにかく先に行かせて視界に入らないようにしようと思い、長めに止まることにした。しかし、その願いは叶わなかった。あの車も数十メートル先で停車したのだ。さて、困ったことになった。別に帰り道はこの峠道だけではない。迂回しようと思えばできなくもないが、非常に時間がかかる。こんなくだらないことでアルバイトに遅れるのは、嫌だった。どうしたら前の車とこれ以上関わらずに済むか思案中の私に、運転席から美月はこんな願い出を申し出てきた。
「ねぇ…ミクぅ…。運転代わって~…」