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Car & Life ~豊田 未来の場合~  作者: 土肥士紋
4/10

出逢い④

この物語はフィクションです。登場する人物・名称などは架空のものです。

実際の車の運転では道路交通法を順守し安全運転を心がけましょう。

 (ふもと)まで下りきった後、私たちは近くのコンビニで休憩することにした。車から降りて最初にかけられた言葉は

「どうだった?初めて走り屋の助手席に乗ってみた感想は?」

スカッとした笑顔で、工藤さんはまるで一緒に観た映画の感想を聞いてくるかのように問いかけてきた。

「最初は怖かったですけど、段々と楽しくなってきて……。とても面白かったです。面白いって言うと語弊があるかもしれないですけど、不愉快ではありませんでした。ごめんなさい、うまく言葉にできなくて。」

支離滅裂な私の感想を聞いて、彼女は嬉しそうに

「いいよ、それで。自分の感じたことを完全に言葉で説明するなんて、無理なことさ。でも、よかった。恐怖しか感じてなかったなら非常に申し訳ないことをしてしまったことになるからね。」

そういった後に、私と反対を向き

「怖がって騒いでいてくれてもそれはそれでよかったかな。」

と小声でつぶやいているのを私は聞き逃さなかった。それでも聞こえなかったことにして、彼女のSっ気については尋ねず、私は別な質問をする。

「いつからこの車に乗って、あの峠を走っているんですか。」

そんな質問を投げかけながら、二人でコンビニへ入店した。彼女は少し間をおいて

「うーん……高校卒業してすぐにあのクルマは買ってもらったなあ。もっとも親の名義でローンを組んで、毎月アタシが返済しているんだけどね。あの峠を走るようになったのもそれと同時期だねー。」

店内でそれぞれ別なレジで会計を済ませて、店の外へ出る。助けてくれたお礼にここでの代金ぐらい私が出せばよかったな、と私は軽く後悔した。そんな私の後悔を全く気にしていない彼女は話を続ける。

「子どもの頃から兄貴の影響で、クルマが好きなんだよね。その兄貴はもうクルマに対して興味なくしてほぼ毎日合コン合コンって遊んでいるらしいけどね。ま、それが楽しいならそれでいいと思う。アタシは、合コンとか賑やかな場所は苦手だな。むしろ誰もいない夜の峠のほうが好きだ。」

彼女はそう言い終えるとエナジードリンクの缶に入った液体を一気に飲み干した。私は返す言葉が思いつかず、先ほど買った缶コーヒーのフタを開けて口をつける。


 私が好きなことや夢中になっていることって何かあっただろうか。誰か男の人に憧れたこともなく、好きなアイドルやアーティストもいない。特に趣味と言える趣味もない。アルバイトの履歴書を書くときも、わざわざ趣味欄がないものを探し求めたほどだ。将来の夢とか目標もないし、なんとなく今まで生きてきたんだな。今朝、注意を受けた進路希望用紙が書けないのも仕方ない。物心ついた頃から、ずっとなんとなく生きてきたからだ。私の沈黙をどう思ったか彼女は

「ねぇ、聞こえている?だいじょうぶ?少し車酔いした?」


 私は考え込みすぎて全く彼女の問いかけを聞いていなかった。驚いたことに彼女はこんな提案をしてきた。

「さっきの峠の頂上までの道をアタシのクルマで運転してみない?もちろんスピードなんか出す必要ないからさ。自分で運転してみなよ、横に乗っているよりずっと楽しいからさ。」

そういわれ私は面食らった。私は教習所の卒業検定以来、マニュアル車を運転していない。他人のスポーツカーを運転することが私にできるのだろうか。好奇心より不安が私の脳内を支配した。その気配を察したのか彼女は

「だいじょーぶ、だいじょうぶ。そんな緊張しなくても平気さ。別に一千万円するスーパーカーを走らせるんじゃないんだから。」


 そう言いつつ、彼女は私を運転席へ押し込んだ。彼女も素早く助手席側に回り乗り込んできた。私は飲みかけのコーヒーを一気に飲み干し、空き缶をドリンクホルダーへ置いた。エンジンスタートスイッチを押しこむ。しかし、エンジンはかからなかった。

「クラッチを踏みながらスイッチ押さないとエンジンかからないよ。」

彼女はからかい顔で私を見てくる。私はなるべく平静を装い、再度クラッチを踏み込みエンジンスタートスイッチを押しこむ。小刻みな音が数回鳴った後、歓声をあげるかの如くエンジンが動き出した。

「じゃあ、動かします。」

私はそう宣言し、ギアを一速に入れてクラッチをつないだ。次の瞬間軽い衝撃とともに、エンジンは静まり返った。エンストである。これは恥ずかしい……。

「慣れていないと仕方ないよ。ニュートラルに戻してエンジンかけなおして、もう一度やろう。」

工藤さんは教習所で初めて実車に乗った生徒を励ます教官のような優しい口調でそうおっしゃった。私は気をとり直し再度、エンジンをかける。先ほどよりも少し早くエンジンは始動の声をあげた。再び一速へとギアを入れてクラッチペダルに乗せた左脚をゆっくりあげる。本来であればその動きに合わせて車はゆっくり進むはずだが、動かない。

「サイドブレーキが降りてない。」

助手席に座っている工藤教官は、今度は強めの声で私に警告を発してきた。慌てて再度ブレーキを降ろす私。そのときクラッチペダルの扱いが雑になったため、車は数センチ前に飛び出し、再びエンジンは沈黙した。


「落ち着いてー。一回深呼吸しようか。何も焦ることも怖がることもないよ。手順は合っているから、今やった動作をゆっくり丁寧にやってみて。発進の時はアクセルペダルを置いている右足より、クラッチペダルを扱う左脚に集中するといいよ。免許持っているんだからできるよ、自然と体が思い出すはずだよ。」

彼女は具体的な助言とともに励ましてくれた。私は短く返事をし、エンジンスタートスイッチへ手を伸ばす。三度目の正直だ。短時間でのエンジンオンオフに不平を漏らすことなく、動き出すエンジン。今度は滑らかな発進をすることができた。数メートル進み、コンビニの駐車場から一般道へと出る直前で一時停止をした。左折ウィンカーを出し、左右確認を行う。深夜のため両方向とも車も人も皆無。一般道へ合流し、数十メートル進み赤信号の前で停止。右折ウィンカーを出す。ギアをニュートラルへ戻しサイドブレーキを引いて、私は安堵の溜め息をつく。私の安堵の溜め息を、隣に座る工藤さんは

「おいおーい、まだ一般道に出ただけだよー。気抜かないで山頂までたどり着いてね。」

そうおっしゃる彼女はどこまでも楽しそうだ。信号青だよという工藤さんの言葉を聞き、私は再び車を動かし始める。


 もうエンストはしない。

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