出逢い①
この物語はフィクションです。登場する人物・名称などは架空のものです。
実際の車の運転では道路交通法を順守し安全運転を心がけましょう。
気が付くと私は真っ暗な屋外にいた。どうやらここは、峠の見晴台のようだ。周囲を見渡す限り、明かりは遠くに見える街並みと古ぼけた街灯の光だけだ。後ろを振り返ると一台の車が停まっていた。窓から手を出したドライバーが助手席へ乗るように促してくる。私は促されるままに助手席へと座り、シートベルトを締めた。ドライバーは私がシートベルトを装着するのを確認すると、車をゆっくりと動かし始めた。
窓の外に目をやるとかなりのスピードが出ていることが分かる。運転席に目を遣るが、ドライバーの顔はぼんやりしていて視認できない。自動車運転免許取得の際に受けた視力検査の結果に基づけば、私の視力は裸眼で両目一・〇以上あるから見えないはずはないのだが。
目の前に左カーブが迫ってくる。ドライバーの左手に視線を移すと素早く、四速から三速、そして二速へシフトレバーを動かしていた。カーブに進入したことにより私の体は右に揺れる。反射的に体が倒れないように足を踏ん張り、左手でドアの持ち手部分をつかんだ。それでも私は体を支えきれず、ドアの上部分にある持ち手に手を伸ばした。カーブを抜けた後、直線で鋭く加速していく。再び右カーブが見えてきた辺りで目の前は真っ白に染まった。
前述の内容は私が今朝起きたときに覚えていた夢の内容だ。なんであんな夢を見たのだろうと考えた。スマホのアラームを止め、一瞬考え込んだ。しかし現在高校三年生の私には朝ゆっくりと考察する時間などない。スマホで時間を確認すると、いつもより起きる時間が遅かったことに気づいた。慌てて身支度を始める。スヌーズ機能を設定していなかったら、完全に寝坊していただろう。
いつものバスに乗り、教室に着いたのは出欠確認時間の数分前だった。この時点で私はすでに今朝見た夢の内容について完全に忘れていた。初夏独特の蒸し暑さを感じつつ、もうすぐ高校生活最後の夏休みだなとぼーっと思っていた私に明るい声がかかった。
「ぼーっとしてどうしたの?もしかして恋煩い?」
こんな質問をしてきたのは、クラスメイトの松田美月だ。彼女とは偶然にも三年間同じクラスになった。帰宅部の私にとって数少ない友人である。常に明るいというより、何も考えていないのではないかと思うぐらい天真爛漫な彼女に返事をする。
「私たち、もう高三だよ。今後の進路をどうするか考えないといけないときに、恋愛に現を抜かしている時間なんてないでしょ。」
もうすぐ夏休みになる。進学するのであれば夏季講習を受けるために予備校に通うなど対策を講じなければならないだろう。
「未来は進路どうするか決めているの?」
美月は校則にギリギリ引っかからない程度に茶色く染めたセミロングの自髪をなでながら、問いかけてきた。これは今、一番聞かれたくない質問だ。さて、どう煙に巻こうかと考えていたら、担任の先生から声がかかった。
「おはようございます。豊田未来さん、昨日までが提出期限だった進路希望用紙を出していないのは貴女だけですよ。今日の放課後までに出してくださいね。」
教壇に上がった先生からそんな言葉を受け、私は深いため息をついた後に気の無い返事をした。
「大事な時期とわかっていながら、まだ進路決めてないんだ。ま、未来は成績良好だから進学するなら学校推薦枠でどこかの大学か短大に入れそうだよね。」
そう言葉を残して、美月は自分の席へと戻っていった。私は返す言葉がないので、彼女から視線を外し窓の外を眺めた。先生からの伝達事項をほとんど聞かず、私は外を眺め続ける。山と畑と数件の民家しか見えないが、三階に位置するこの教室からの眺めが結構好きだ。遠くの山頂を見つめつつ独りつぶやいた。
「進路か。どうするかなぁ……。」
放課後になると、私はそそくさと教室を抜け出した。進路の件で担任に呼び止められるのは面倒だ。三年生は必須科目以外を選択しなければ、全日午前中で授業が終わる。適当に自宅で昼飯を食べて、自室でごろごろしようと決意を固め、帰途についた。今日は金曜日だ。だから次に呼び出しを受けるのは早くても、週明けの朝のホームルームだろう。それまでにスマホで進路希望用紙の書き方を調べていれば問題ないと判断し、学校をあとにした。嫌なことや面倒なことは後回しにするのが私の性格だ。締め切りギリギリになってなんとか終わらせてしまうのが長所だと自負している。そのため今回の進路希望用紙の提出についてもなんとかなるだろうと思っている。
自宅に帰りついた私は台所にあったカップラーメンで昼食を済ませ、自室のベッドに寝転んだ。この至福の時を邪魔するように、スマホが私に新着メッセージが届いたことを伝えた。私はゆっくりと起き上り、スクールバックのサイドポケットに入っているスマホを取り出した。メッセージは母親からだった。明日も仕事になると書いてある。読み終わると同時にまたメッセージが届いた。祖母が具合悪いらしいから代わりに見てきて欲しいと書いてあった。断る理由もないので承諾の返事をした。
今年の四月から何度かこのように祖母は体調が悪いと言って連絡を寄越してくる。しかし、会いに行くとなんの不調も感じさせないのだ。おそらくただ単に暇なのだと思う。祖父が亡くなってからもう随分経つ。独り暮らしで話し相手もおらず、暇を持て余しているのだろう。祖母の家がある場所は私が住んでいる市の隣で、山を越えた反対側にある。私は毎回父の車を借りて通っている。
今回も会いに行った祖母は相変わらず元気そうだった。家には何もないからと祖母は言いつつも、煎餅や洋菓子やらを持ってきて私に食べさせる。絶対に太ると思いつつ、私は毎回それら全てを腹に収める。結局ダラダラと過ごし、帰宅しようと祖母の家を出たのは二十一時過ぎだった。