表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大事なことは

作者: たまもや

このページを開いていただきありがとうございます。

「たまもや」と申します。



今回は三題噺企画、第四弾となります。


お題は、

「海、会話、メール」です。


いつもより少し長いですが、楽しんでいただけると幸いです。


 この間までは多くの人で賑わっていたであろう海辺には、人は見当たらず、少し肌寒い風が強く吹き、海は酷く荒れていた。空もあいにくの曇り模様だ。

「久しぶりだな」

背後から、缶コーヒーを両手に、木部孝則はそういった。

「そうだな、突然すまんね」

 俺は、隣に置いていた缶コーヒーを、見せつけるように持ち上げる。

「2本も、いらねぇな」

 彼のその言葉をきっかけに笑いが生まれた。彼と気兼ねなくいられるのはきっと俺たちに通ずるものがあるからだと思う。

「相変わらずだな、お互い」

「本当にな」

 そういうと彼は、隣に座った。俺はブラック―コーヒーを彼に渡し、微糖コーヒーを受け取る。蓋を開け、乾杯をする。軽く飲んだ彼は、

「なにがあったんだ」

 海を見つめながら言った。

「千絵ちゃん元気か?」

 千絵ちゃんは、俺たちの一つ下の子で、孝則の彼女だ。

「とりあえず卒業はできるみたいだ」

「そりゃよかった」

「なんか悩んでるんだろ」

「悩んでねえよ」

「お前が微糖飲むときは、悩んでる時だけじゃん」

「御見通しってわけか」

「伊達に4年間も一緒に居てねえよ」

「それもそうか」

 そう言って一枚のエアメールを渡す。差出人は、倉田有彩。俺の彼女だ。

「おお、有彩ちゃんからか。あっちで元気にしてるのか?」

「結構順調みたいだよ。この間も知り合いの開いた個展に何点か出させてもらったって」

 俺の彼女である有彩は、大学を卒業した後、本場の空気に触れて活動したいということで、パリへと単身で行ってしまった。今は、大学時代の先輩の家に居候している。

「読んでいいのか?」

 大丈夫だろ、と返答すると、彼は丁寧に中身を取り出した。

「え、これだけ?」

 中身は一枚の写真のみで、表には、飾られた絵の前で大きく手を広げた彼女、裏には「やったよ!」の一言と名前が書かれている。

「まあ、あいつらしいだろ」

「たしかに」

「これがどうしたんだよ」

「その絵、美術館に飾られた、有彩の絵なんだよ」

「え、すごいじゃねえか!」

「ああ」

「なんだよ、嬉しくないのか?」

「もちろん嬉しいさ。少しずつ夢を叶えていってるんだからなあいつは」

「…そういうことか」

 何かを察したのか、彼は立ち上がると。

「喧嘩でもしたか」

 またしても俺の方を見ることなく言う。

「まあ、そういうことだ」

「とりあえず話してみな」

 そういうと彼は、腕組をした。

「連絡は、極力取らないようにしてるのは知ってるよな」

「ああ、絵に集中して欲しいからだったっけ?」

「そう。だから月に一度だけ電話することにしてるんだよ」

「その時に喧嘩になったのか」

「喧嘩というか、俺が悪いんだけどさ」

「詳しく」

 俺は、自分の失態を話した。


「元気にしてたか?」

「うん、こっちは相変わらずだよ、そっちは?」

「まあ、ぼちぼちかな」

「そっかそっか。ちょうど今家についたところ」

「お疲れ様。こっちはもうベッドの上だよ」

 時計を見ると、短針がちょうど1と2の中心あたりにいた。

「今日ね、嬉しいことがあったんだよね」

「え、そうなの、なに?」

「ん?内緒」

「いや、隠さないで言ってよ」

「えー、やだ」

「何で隠すんだよ」

「なんででも?」

「理由がないなら言えよ」

「直人、なんか怒ってる?」

「別に怒ってねえよ」

「怒ってるよ」

「怒ってないって!」

 思わず声を荒げてしまった。

「ごめん」

 明らかにさっきより暗いトーンで彼女は言う。こっちこそごめん、と言おうとしたとき、

「もう切るね。おやすみ」

 曖昧な返事で通話は終了してしまった。

 その数日後、一通のエアメールが届いた。


「お前、それは最低だぞ」

 彼は話を聞くなり、まず俺を罵った。

「そもそもなんで機嫌が悪かったんだよ」

「ちょうどその日、仕事で、先輩に言われたんだよ。お前にはこの仕事向いてないって。個性も見えないし、ただただ、こなすようにやってるようにしか見えないって。」

 一言一句違わず、先輩の言葉を繰り返した。そして、吐き出すようにつづけた。

「それなのにさ、彼女のあいつは、好きな絵を描いて、その絵が認められて、どんどん先に進んでるんだよ。夢で食っていくのが不安で、怖くて、逃げた俺とは違って。逃げた先でもうまくいかない俺とは違って!」

 彼は、相変わらず腕を組んだまま、海を見つめたまま、言った。

「いっとくけど、俺は、優しくないからな」

「知ってる」

「そりゃよかった」

 だから彼を呼んだのだ。彼は、優しい言葉をかけてはくれない。その代わり、彼なりの意見を素直にぶつけてくれる。

「まず、男として、お前の気持ちはわかる」

「うん」

「自分がうまくいかない中、彼女が成功していってるんだ。嫉妬する気持ちはわかる」

「うん」

「劣等感を感じるのもわかるし、悔しいのもわかる」

 何も言えずに、首を縦に振った。

「学生時代とは打って変わって、だもんな。余計にきついよな」

 自慢ではないが、大学の成績は良かった。どの科目も平均以上の成績は取っていたし、欠点も一つもなかった。一方、彼女はほとんどの科目において平均以下で、欠点ぎりぎりのものさえあった。そういう彼女の面倒を見ていたせいか、俺は、自分の方が優位にいると思い続けていたんだろう。

「でもな、彼女に当たるのは違う、間違ってる」

 諭すように彼は言う。

「そして、俺は必要ないんじゃないかっていうのも間違ってる」

 核心を突かれて、動揺する。

「有彩ちゃんさ、卒業する前に言ってたんだよ」

 そう言うと、彼は、卒業前のある日の話を始めた。



「たかっちはさ?やっぱ結婚とか考えてるの?」

 彼女は、直人がトイレに行ったのを確認し、問いかけてきた。

「どうした急に」

「いやー、どうなのかなーって」

「あと一年、千絵は学生だからまだ先かな。有彩ちゃんは、考えてるの?」

「直人が選んでくれるなら、してもいいかなーって」

「そうなんだ」

 そんなことを考えているタイプには見えなかったので、少し驚いた。

「直人がいるからね、無茶やっても大丈夫だって思えるんだよね」

「あいつ、お母さんみたいだもんな」

 あはは、膝を叩きながら笑う。

「でもね、私がこんなんだから、いっぱい我慢させてるんだろうな、とも思う」

「そうか?」

「直人って、嬉しいときも哀しいときも、口に出さないんだよね」

「確かに」

「だからね、会わないとわかりづらいの」

「顔にはすぐ出るけどな」

「そうそう。パリに行っちゃうと、もっと我慢させちゃうのかなって」

「まあ、そうだな」

「だからね、今はまだそういう話はしてないの、思ってはいるけどね」

「あいつ、鈍いからな、言わないと気付かないと思うぞ?」

「それでいいの。私が成功して、こっちに返ってきたときに、直人が私のこと必要だと思ってくれてたら、私から逆プロポーズするから」

「男の立場がないな」

「そうかなぁ」

 再び笑いあっていると、話の中心人物が帰ってきた。


 気づくと、ズボンのふとももの部分が濡れていた。。

「確かに、仕事っていう面で言うなら、今は、お前はうまくいってないし、彼女はうまくいってる。でもな、それだけじゃないだろ恋人って。優劣とかじゃないんだよ。どっちが上とか下とかじゃない。調子がいいときには一緒に喜んで、悪いときには一緒に落ち込む、それができるのがいい恋人なんじゃないのか」

 俺は、言葉を発することができず、首を縦に振る。

「別に彼女は、できるお前が好きなわけじゃないんだ。いい部分も悪い部分も全部含めてお前が好きなんだよ。いま少し調子が悪いからって、必要ないだなんて絶対に思っちゃいけない」

 ただただ首を縦に振る。顎から滴るそれは、拭っても拭っても一向に止まらない。

「今、電話かけろ」

 予想外の指示に、なんともいえない声がこぼれる。

「こういうのは早い方がいいんだ、こっちは昼だから、あっちはたぶん朝だろ」

「今2時だから、だいたい7時ごろだと思う」

「モーニングコールがてらにかければいい」

「でも、月に一度って」

「うだういってないで、さっさとかける」

「うん」

 ポケットから携帯を取り出し、「よく使う項目」から「有彩」を選択する。しばらく画面を見つめていると、急にしゃがみこんだ彼が、番号のボタンを押した。

「ちゃんと謝れよ」

 コールが鳴る。1コール、2コール、3コール、4コール目の途中で、電話を取る音がした。

「もしもし」

 どこか懐かしさを感じる寝起きの声で彼女は言った。

「ごめん」

 唐突に、まず謝罪をした。

「うん」

「それと、絵、おめでとう」

「うん、ありがとう」

「そ、それだけ」

 そういったところで、携帯を奪われた。

「もしもし、久しぶり、孝則だけど、おめでとう」

 そういうと俺を置いてきぼりに会話を始めた。


 しばらくして、

「はい」

 携帯を返してきた。それを耳に近づける、

「直人」

「はい」

「言葉で言ってくれないとわからないからね」

「うん、ごめん」

「でも、こっちこそ聞いてあげられなくてごめん」

「いやいや、せっかく喜んでたのに」

「いいの。ちゃんとさっきおめでとうって言ってくれたから」

「うん」

「それじゃあまたね」

 会話が終わりそうになる。

「あ、あのさ」

「ん、どうした」

「いろいろ話したいことがあるから、また夜にかけてもいいかな」

 少しの沈黙が流れたあと、先ほどよりも明るいトーンで、

「ふふ、今回だけだよ、待ってる」

 いたずらっぽい声で言う彼女。

「あ、ありがとう。それじゃあ、また」

「はーい、またね」

 そういうと電話は切れた。そしてすぐ、

「孝則、ありがとう」

 今回のヒーローに感謝の意を述べた。

「ああ、いいってことよ」

「本当に助かった」

「今日の夜飯おごりな」

「もちろん」

 ラッキーと喜ぶ彼に、

「有彩と何話したの?」

 そう言うと彼は、

「泣きべそ直人君について報告してただけだよ?」

 とにやにやしながら言ってきた。

「後で詳しく聞かせろよ」

「気分次第だな」

 そういうと彼は、海とは反対の方へ歩き始めた。俺も彼について行くように小走りをする。


 ふと振り返ると、雲の隙間から光が差し込み、その先の海はすっかり穏やかさを取り戻していた。

今回は、お題である、「会話」を物語に盛り込むのが難しく、

「会話」主体で進んでいく物語にしました。


書いているうちに、とても孝則に興味がわいてきてしまったので、

もし少しでも反響があれば、いつかのお題、または別枠で孝則の物語を書くかもしれません。



ここまで読んでいただいてありがとうございました。

感想やコメント、評価などしていただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。


これまでの作品もよろしくお願いします。


明日も更新予定です。


三題噺のお題に関しましては、以下のホームページを参考にさせていただきました。


http://youbuntan.net/3dai/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ