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#65

シリアスから逃げ出したい

SIDEリース


ガタゴト ガタゴト ガタゴト……



(……ん。ここは……)


 ふと、振動でリースが目を覚ますとそこは馬車の中のようであった。


 とはいっても、車輪や蹄の音から判断できたことであり、正確には何か棺のようなものの中に入れられているようである。


 おそらく運んでいるもの……リースを見られたくないのか何か荷物に偽装しているのだろう。




 目隠しはされていないようだが、口が布で防がれていて声を出せないようにされており、その代わりに手足が厳重に鎖で縛られているようである。


 肌に違和感を感じたので、よく見ると衣服が逃がされて、布一枚でくるまれているような状態だ。


 しかも、ご丁寧なことに舌をかみ切っての自殺を防ぐためか、口内にも何か詰められているようであった。



 「魔拳闘士の才能」で、普通のロープとか縄程度であれば炎の魔法を纏って焼き切ったりはできるが、流石に金属での拘束だと、溶かすことは可能なのかもしれないが危険性が高い。


 それに馬車の中だとすると火事にでもなったら横転し、自身の命が余計に危険にさらされることになる。



……それに、リースの今の状態はそもそもどういうわけか全身に力が入らず、頭も考えることはできるがまどろみの中のようにはっきりとした思考ができないようであった。


 おそらくは、病室でゲトロア(くそ親父)がぶちまけたガスか、それともその後に、リースの体に何かの薬を投与された可能性が高い。



 つまり、手足もまさに出ない状況にされて、輸送されている最中のようであった。


 

(……それに、多分「完全偽装の才能」も使えていないようだな)


 自分の体を見て見れば、いつもの偽装している男の姿ではなく……少々下半身が見にくい邪魔な胸部が存在していた。衣服が脱がされているので、自身の素肌がしっかりと見える。


 「完全偽装の才能」が働かず、女の……本体の姿へと体が変わっているようである。


 原因として考えられるのは、自分のイメージがはっきりせずに、まどろんでいる頭の状態だろう。



 はっきりとした思考がないと作動しないという弱点がこの才能にあるようなのだと、リースのこれまでの人生経験上理解していた。


 普通に睡眠をしているときは一応偽装できたままのようだが……常時自身の姿を考えているがゆえに、身に沁みついたものだとも考えられる。






 そこまで考えたところで、馬車が停止した。



 リース入りの棺のようなものが持ち上げられた感覚がし、そのままどこかの建物中へ入り込んでいるようである。


 周囲の音がほとんどしないことから、首都ではなく、かといって寝ていた感覚からそこまで遠く離れた場所でもない感じであった。





 床に置かれたかのような感覚がした後、運んできた人の足音が遠ざかり、そして聞きなれたというか、聞きたくもない足音が聞こえてきて、そのふたを開けた。



「ほぅ、もう目が覚めていたか娘よ」


 リースの目が開いていることに意外だったのか、その男、ゲトロアはそう声に出した。


むぐぐぎゅぎゅて(何をしようとして)ぎゅいんぐぎょ(いるんだよ)ぐごぐごごごぎゅ(このくそ親父)!!)」


 リースは怒りながらが叫ぼうとするも、口を防がれているためくぐもった声しか出ない。



「ふっふっふっふ、何を言いたいのかはまぁ分かる。伊達にあの性悪なサキュバスによって、男であるのにお前を産まされたわけではないからな」

ぐごうごうごぐぐご(自業自得だろう)!!」



 不気味な笑みを浮かべるゲトロアに叫ぶも、やはり声がきちんと出ないことにリースはもどかしさを覚えた。



「しかしまぁ……改めてお前の身体を見ると、あの忌々しい性悪なサキュバスに似た体つきをしていて、この身体でなければ襲いたいところだ」


 その言葉に、リースはものすごい悪寒を覚える。


 実の娘を……この男(ゲトロア)は性的に襲おうとしていたのだと。


 ただ、彼の身体はサキュバスとの色欲に溺れ、リースを男なのに産まされたことによってその機能が無くなり、興奮はすれどもそのような気持ちにはならないらしい。



「この場所はな……ある意味お前の母ともいえるサキュバスと何回も色欲に溺れ、互いに享楽にふけった場所。そこにお前を連れてきたのはその懐かしさもあるかもしれん」


 ふと、何かを思い出して遠い目になるゲトロア。


 ただし、感慨にふけるような目ではなく、色欲に溺れた日々の後悔をしているかのような目であった。




「さてと、お前をわざわざ強制的に連れ出し、この場所に来たのにはわけがある」

むぐごあぉぅ(わけだと)?」


 ニヤリと笑みを浮かべたゲトロアに、リースは先ほどよりもさらに強烈な悪寒に襲われた。



 ぱちんと、彼が指を鳴らすと……部屋の扉を開けて出てきたのは数人ほどの覆面をした男たち。


 その者たちは皆裸であり、見たくもない光景が見える。


「ぐふふふふふ、良いのかねエルソード男爵殿」

「この娘を我々の好きに扱っても」

「ああ、良いだろう。こちらとしてはわたしの血を残せればいいのだし、そちら側にとっても黙ってさえいればいいことづくめではないか?」

「確かにその通りだ。いやぁ本当にこのような機会に巡り合えるとはなぁ」


 笑顔のゲトロアに、覆面の男たちの会話はいかにも楽しげだが、その内容はこの後に何をしようとしているのかをリースに悟らせるには充分であった。


もがぁっつ(まさかっ)!?」

「わかったようだな。リース、娘であるお前にはわたしの血が流れている。血が残りさえすれば、我が男爵家は不滅のようなものであり、その子孫にわたしの血が流れさえしていればいいのだ。そう、わたしの血を受け継ぐ子孫がいればそれでいいのである!!」


 まるで何かにとりつかれたかのように宣言するゲトロア。


 つまり……彼の子孫であるならば、男爵家は不滅だとでもいうかのような、血統を重視しすぎて狂っているかのようなことになっているのだ。


 そしてこの裸の覆面の男たちは……親がだれになろうと、リースに子供を産ませるためだけの、快楽にふけりたいだけの者たちという事である。



 その事に気が付いたリースは暴れようとするが……いつの間にか、部屋全体が何かピンクの靄のようなものに覆われていて、力が抜けていた。


 体が熱く、まるでうずくかのような……またなにかしらの薬を使われたのだろう。



「ふふふふ……実の娘が性的に襲われる様子をわたしはここでしっかり見ておこう。きちんと子をなすための作業であるならば甘んじてその現状を受け入れよう」


 そう言いながらどっしりとゲトロアは構え、見逃すまいと目を血走らせる。


 覆面の男たちが近づいてきて、リースは恐怖に襲われる。


もが(誰か)……もがががっつ(助けてっつ)……」



 リースの目から涙がこぼれ、今まさに貞操の危機という時であった。






ドッカァァァァァァァン!!

「何をやろうとしてんじゃいこの馬鹿野郎どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 突如としてリースの背後にあった壁が爆発四散し、彼女には当たらずそのまま破片は覆面の男たちとゲトロアに直撃した。


「うわぁぁぁ!?」

「ぎゅがっつ!?」

「ぐはっつ!?」


 破片が直撃し、反対側にぶっ飛ばされるゲトロアと覆面の男たち。


 リースが驚きに目を見開いていると、彼女の前に一人の影が下りて来た。


 見るだけでも、その纏う雰囲気が明らかに激怒しているモノであり、気が弱かったのか覆面たちは気絶していく。


 ゲトロアは腐っても貴族としての間違っているかのようなプライドのおかげか気絶はしていなかったが、その恐怖故にがちがちと歯を鳴らし、顔面を蒼白にさせていく。



「もが・・・・・ががが!?」


 リースをかばうかのように立つ人物に、リースは何者なのか気が付く。


 何かよくわからないようにされており、仮面を付けてはいるが……直感でカグヤだとリースは理解した。


『何を楽しもうとしたのかはわかりたくもないですが、はっきり言って物凄い嫌な奴ですね』

「ドラゴン的にも、こいつら完全に不快な存在ダ」


 そう言いながらその隣に人の姿で現れたのは、同様の仮面をつけた女性二人。


 片方はカグヤの魂魄獣であるアンナに……あと一人誰だっけ?



 その一人の名前をド忘れしつつも、カグヤが助けに来てくれたようで、リースはそのまま安心するかのように張り詰めていた恐怖が途切れ、意識を失うのであった……





―――――――――――――――――――――――――――――――

SIDEカグヤ



「ひぃぃぃぃっ!?」


 目の前で、失禁しておびえる成人男性を前にして、カグヤの頭は怒りながらも恐ろしく冷静であった。


(こいつがゲトロア・フォン・エルソード……リースの父親であり、最低最悪の奴か)



 その外見の特徴から何者か判断しつつ、その状況を理解する。







 数時間前、病室に駆け付けたときにはすでにリースの姿はなく、追跡しようにも手掛かりがなくてどうすべきかとカグヤは考えていた。


「くそっ!!どこにいるんだリースは!!」

『おそらくエルソード男爵家当主のゲトロアとかいう人が自ら動いたのでしょう。腐っても、落ち目になってもその前はそこそこ仕事ができる人だったと言いますし、その行先が読めません』



 この時にはすでに、カグヤたちはシグマ家からの報告書類で何をゲトロアが行うとしているのかはわかっていた。


 ただその対策をとる前に、先に行動に移されてしまったのである。



 より正確な情報を得ようにも、今回はカグヤの独断で動いているわけであり、シグマ家そのものに影響がなければその情報を得る人たちを動かすようなことはできない。


 自力で解決しろと言っているかのようだが、今の状態は手詰まりであった。



「報告書によると、異常にまで最近血に拘っているらしかったが……そこから考えられるとすれば」

『おそらく、リースさんに無理やりにでも子供を産ませようとしているのでしょう。適当に子息は事故にでもあって療養中だと世間には流してそのうちなかったことにして、親戚筋だとか言って、産ませた子供を跡継ぎにでも出すかもしれません』

「時間はかかれど、確実に自分の血がつながった子供を出すとすればそう考えられるからな……」


 ただ、報告書を読むとある事実(・・・・)が判明した。


 その事を先に伝えようともしたのだが……このままではリースが傷物にされてしまう。



 最初の頃は喧嘩を売って来た野郎だとは思っていたが、友人として接していくうちにきちんと理解して、互いにわかり合っていた。


 アンナとの喧嘩は多発していたが、それでも大切な友人だ。


 そんな友人がひどい目に遭う可能性を考えると……怒りが湧いてくる。




「しかしどうやって見つけるかが問題だ」

『こうしている間にも馬車などで移動された場合距離を稼がれますからね』



 ぶっちゃけ馬車以上の速度で走れる自信が今のカグヤにはあった。


 けれども、流石に距離が空いてしまえば追いつくのに時間がかかり、間に合わない事態になる可能性だってあるのだ。


 現在地もわからないし、このままでは……


 っと、二人とも考えていたその時であった。


「待てよ?馬以上に早い手段で、追いついてなおかつ追跡できそうなのは……」


 ふと、カグヤの頭に妙案が浮かんだのである。


 


「そうだ!!サラがいたんだった!!」

『サラ……その手段がありました!!』


 思いついたのは、愛人だとか言ってはいるが、今のところ従者としての役割になってもらっている火炎龍(ファイヤードラゴン)のサラである。


 今は人の姿になってはいるものの、その中身は火炎龍(ファイヤードラゴン)のままであり、ついこのあいだもある国へ行く際に運んでもらったばかりであった。


 彼女なら馬よりも早く移動できるし、それに……








「え?鼻ですカ?一応そこいらの犬以上には聞きますガ」

「だったら頼む!!リースのところまで連れて行ってくれ!!」


 ドラゴンというのは、モンスターの中でも別格の存在でもあり、その能力もまた別格なほど上にある。


 その為、嗅覚による追跡が可能かどうか聞いてみたところ、大丈夫なようであった。


 ただ、リース自身の匂いが香水とかによって消されてしまう可能性があったために、病室の……漂っていたガスの残り香がリース、もしくはそれを出した人物についているだろうと思い、それで追跡してきたのである。



 そしてある程度までの距離に来たところで、アンナの魔法で聴覚をあげてもらい、部屋の中の会話だろうとその声を拾い、状況を理解して、現在の状況に至るのであった。


 認識障害を起こす仮面をつけているのは、一応相手に顔バレをしないようにするためである。


 無茶苦茶な入室方法なので、シグマ家の者だとバレている可能性もあるが……それでも圧倒的にこちらの方が有利である。




 相対し、顔面を蒼白にしているゲトロアの前に、カグヤは歩み寄……



「あ、もう気絶したよ畜生め」


 歩み寄って胸ぐらをつかんでやろうかとしたのに、もう限界が来たのかそのままゲトロアはあぶくを吹いて気絶した。


『カグヤ様の怒りのオーラがやばかったからですよ……あの雰囲気は圧倒的過ぎです』


 アンナがツッコミを入れるが、とりあえず現在の状況を魔法で記録しているようだ。


「っと、そう言えば肝心のリースは」


 ふと、その本人を思い出してカグヤは後ろを振り向こうとしたのだが……


『あ!?カグヤ様ストップ!!リースさんは今素っ裸ですってば!!』


 カグヤが来たことで安心したのか、恐怖から解放されたリースは気絶していたのだが、その衣服は剥がされて布一枚ではだけている状態。


 しかも、「完全偽装の才能」を使用していないのか、本来の女の子の姿……ハーフサキュバスとはいえ、サキュバス並みの妖艶な状態故に、慌ててアンナは……



ゴキッツ


「ぐがっ!?」


 カグヤの頭を無理やり両手でつかんで、鈍い音を立てて、見えないようにひねった。



『ダメですよカグヤ様!!今服を彼女に着せて……って』

「……アンナ、人間は首そこまで曲がらなイ」

『やってしまったぁぁぁぁぁ!!』


 悲惨なことになったので、サラのツッコミを受けつつ、アンナは慌ててカグヤを治療するのであった。


『カグヤ様すいませんすいません!!今治します!!』

(カグヤ様を完全に()れるとしたら、この魔女ではなかろうカ?)




追跡魔法とか冷静になって考えればあったかもしれないけど、相当慌てた状態だったのである。

本当はもっとダークにしようかなと思ったけど、ノクターン行きを避けました。

流石に書いている側の精神的限界があったのですよ。その展開を望む人は、自分で想像してみてください。流石にそこまで書く勇気は筆者にはありません。

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