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7話・指圧は痛くありません。


 単調な日々の繰り返しに、今がいつなのかわからなくなってきた。


 ルイミ村で消息を絶って数ヶ月、もうすでに死亡したと判断されて、婚約も白紙に戻っているだろうか。


(アマリーは、待っているのだろうか……)


 待っていて欲しい反面、無駄な時間を過ごさずに誰かいい人と幸せになっていて欲しい。家同士の結びつきのための結婚ではなく、愛する人と。……愛してくれる人と。


「――旦那様ぁー!こっちですってばぁー!」


「わかってる……!」


 エリックがまた失敗したことで、軒下に落ちた雪の塊を、サラがいそいそスコップで押して運んでいく。

 どうやら感傷に浸る時間を間違えたようだ。

 雪降ろしの最中は、雪だけに集中しないと。

 最近は吹雪きが多く、エリックが遭難していた時期がまだ優しかったと思えるほどの、極寒と積雪量だ。

 野性動物さえ一匹も見当たらないこの地に、ルイミ族がわざわざ住み着いた理由がまったく理解できない。

 未開の土地ならば他にいくらでもあっただろうに。

 敵が攻め入って来ないことぐらいしか、ここに住む利点が思い浮かばなかった。

 屋根の雪は腹立たしいことに毎日毎日、落としては積もり、落としては積もる。その繰り返しだ。

 この暮らしに馴染んできたからこそ、これまで無意識に押し込めてきた不満が出てくる頃合いだった。

 生きるためだと言い聞かせても、重労働と娯楽の少ない日常は身に堪える。

 雪降ろしを何とか終えると、エリックは寝台でうつ伏せで倒れ込んだ。

 するとサラは寝台に上がり、エリックの背中を跨ぐと、全身の張った筋肉をゆびで揉みほぐし始めた。


「ぐっ……!」


「ガチガチですね」


「うっ、ぐっ、サ、サラ!いっ……痛っ!」


「我慢ですよー」


 どこにそんな力を隠し持っていたのか、サラの強力な指圧に、エリックの口からは情けない呻きと悲鳴がもれる。


「つ、潰れ……」


「潰れませんよー。ほぐしているだけです。すぐによくなりますからねー」


 サラの親指が、背骨の横を容赦なく抉りつける。


「ぎぃぃぃ……!」


 バキィッ!と骨が絶叫をあげた。

 エリックは真剣に、折れたと思った。

 凍死しかけたあの日よりもすぐそこに、死を感じた。

 あまりの苦悶に脂汗をにじませて、生理的な涙を一筋流した。


(二度としてもらうものか……!)


 しかしその反面、揉みほぐされた身体は以前よりも遥かに軽くなっており、悔しいがサラには指圧の才能があると認めなくてはならなかった。


「男の人は痛みに弱いっていうのは、冗談だと思っていました」


 ころころと笑うサラに、エリックは軽く矜持を傷つけられた。


「それは聞き捨てならない。……よし、サラ。次は私が指圧をしよう」


 有無を言わさずサラを寝台に倒して、うつ伏せに組み敷いた。

 妙な背徳感に一瞬躊躇いはしたものの、エリックは親指の腹でサラのツボを強めに刺激した。――のだが。


「あー……」


 サラの愛らしい唇からこぼれたのは、悲鳴ではなく心地よさげな快楽の声。

 エリックは手加減をやめて、全体重を親指へとかけた。


「はわぁー……」


(なぜっ、なぜ効かない……!)


 肩から腰までいくら強く揉みほぐしても、サラからは気持ちよさそうな声しか引き出せない。


「極楽ぅー……」


(地獄を見せるはずが……)


 エリックは完敗して、むだな疲労を重ねたまま、寝台へと深く沈んだ。

 そのまま眠りこけてしまったのは、たぶん、仕方のないことだった。




* * *




 すっかりと寝入ってしまったエリックに、サラはいそいそと毛布をかけて、暖炉の薪も多めに入れておいた。

 エリックは労働とは無縁の綺麗な手をしていたので、やはり雪降ろしは朝晩の二回に留めておくのがいいかもしれない。

 どのみちすでに傾いた家だ。反対側に傾けば、もしかしたらまっすぐになるかもしれないし。

 サラが毛布の上からエリックの背中をとんとんとゆったりしたリズムで叩いていると、彼がかすかに何かを呟いた。


(寝言?)


 耳を近づけると、「すまない……」という言葉が聞き取れた。


「……うぅ……」


 悪い夢でも見ているのか、うなされているようだ。


「旦那様……?」


「……ア、マリー……」


(アマリー?)


 エリックの知り合いだろうか。

 夢で名前を呼ぶくらいだ。きっと親しい人に違いない。


(旦那様の妹?友達?――それとも、……恋人?)


 サラはエリックの素性は何一つ知らない。

 彼が名前しか明かさなかったせいもあるが、サラ自身も積極的に聞かなかったからでもある。

 サラが一緒に寝てしまったせいで彼が旦那様になってしまったが、もしかしたら他に好きな女性がいたのかもしれない。

 そう考えるだけで、胸がズキズキと痛み出した。

 エリックに指圧されても痛まなかった身体が、それだけで鈍い重みを負って身動き取れない。

 枕に顔を押しつけると、お隣さんが帰り際に言い残した言葉がふいに脳裏に蘇った。


「遭難者を旦那になんて馬鹿な真似はやめておきなさい。――サラ、親切で言ってるのよ?雪がやめば、彼らは村を出ていくの。それで、二度と帰っては来ないんだから」


 彼らは一時的にこの村に留まっているにすぎない。

 時が来れば、帰っていく。――どこかへと。

 それまでの間、機嫌を取ったり優しく接してくるのは、生きて帰りたいがため。

 だけどエリックは違うかもしれない。

 だって、旦那様になってくれると言い、毎日仲良くくっついて過ごしている。


「旦那様は、ずっと一緒にいてくれますよね……?」


 その問いかけは、眠るエリックの夢の中に、届くことはなかった。



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