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6話・旦那様は、意地悪です。


 サラの旦那様は、好き嫌いがあっても、絶対にそれを言わない。そしてそれを認めない。

 だけど手を動かす速度がまるで違うことを、きっと自覚してはいないのだろう。

 それをサラに可愛いなどと思われていることにも、まったく気づいていなかった。

 スープなどの温かい汁物や、リゾットなどの米を使った料理が好みなのかスプーンの進みも早い。

 そして米は、玄米よりも白米が好きらしい。

 玄米は保存がきくので重宝するのだが、精米するのは一苦労だ。

 道具で地道に籾殻を取る作業は疲れるが、エリックが喜ぶのならとサラは苦労して白米を提供する。

 少ない量でも満足して欲しいので、サラは細かなところにできるだけ気を配って料理をしていた。

 そしてエリックが最も苦手にしているものが、野鳥獣の肉だった。

 現に今も、他のものは綺麗に食べきっているのに、皿の上で干し肉だけがその存在を主張している。

 獣臭いのでサラもあまり好きではないのだが、この干し肉は今朝、お隣さんにお裾分けしてもらったものだった。

 サラが男性と、しかも遭難者と暮らしていることをどこからか聞きつけて、偵察がてら暮らしぶりを見に来たのだ。

 湖水を凍らせたらこと自体は知られていないが、手を繋いで逃げている様子を誰かに目撃されたのかもしれない。

 エリックはお隣さんには滞在を断られたと言っていたので、お互い微妙な空気のまま挨拶だけを交わしていた。

 村人たちはみな、遭難者を嫌う。

 サラのような一人暮らしの女性の家に、男性の遭難者を入れることは、特に。

 普通ならば受け入れることはないが、サラは物心つく前から両親がいないので、そのあたりの村のしきたりを曖昧にしか教えられていなかった。だから可哀想という理由だけで、エリックを招き入れてしまったのだ。

 そのことをお隣さんはひどく後悔しているようだった。

 サラは、干し肉を鑑賞しているかのように佇んでいるエリックをそっと盗み見る。

 彼を助けたことに後悔はない。むしろよかったと思っている。

 だって今は遭難者などではなく、サラの素敵な旦那様なのだから。


「その干し肉、食べれないのなら――」


「誰が食べれないと言った?」


 エリックはサラよりもだいぶ年上なのに、性格は負けず嫌いで子供っぽい。平気なふりをして肉を平らげると、口直しなのかスープのおかわりを要求してきた。

 そしてお腹が膨れると、いつものように安楽椅子に移動して、二人はそれぞれ好きなことをする。

 サラが編み物をする時は、エリックは肘掛けに肘を置いて片手で本を読んでくれるようになった。

 それでも時々、邪魔してくる。

 栞を挟み、パタンと本を閉じたエリック。

 今日は棒針を持つ手を、後ろから握られた。


「ここからどう編む?」


 肩越しに顔が寄せられ、頰が触れ合った。

 今回は編み物をやめさせるのではなく、自分もやってみたいらしい。


「ここの三つ目に右針を通して、糸をかけて引き出して、こうです」


 サラは手本にゆっくりと棒針を動かして説明した。

 そしてほどいて元に戻す。


「うぅむ……細かい」


「そうじゃなくて……ここをこうして、こうです」


「ここを通して、こうか?」


「違います違います!その一つ隣です!」


 赤ちゃん用のケープが、エリックの手によって悲惨なことになりつつあった。

 苦戦していたエリックは、あっという間に飽きてしまったのか、編みかけのままケープを絨毯に放り出した。

 サラは「もうっ!」とぷりぷりしながら、落ちたそれを一度ほどいて修正をする。


「これまでずっと一人きりで、つまらなくはなかったか?」


「今日みたいに、たまーに村の人が遊びに来ます。それに生まれた時からこうなので、他の生活を知りませんよ。今は旦那様がいるから、毎日が幸せで、新鮮で、楽しいです」


 サラが笑顔でそう告げると、エリックはまた編み途中のケープをその辺に捨ててしまった。


「もうっ!」


 怒って膨らんだサラの頬に、突然ふにっとした柔らかなものが押しあてられた。きょとんとしている間に、何度も。何度も。

 それがキスだと気づくと、彼の唇が触れた部分に熱が宿って赤くなった。

 するとエリックは何を思ったのか、サラの色づいた頬を、かぷりと噛みついてきた。

 痛くない程度のそのあま噛みに、サラの背中はぞぞぞっとして、亀のように首を引っ込めた。


「旦那様ぁ〜、わたしは食べ物じゃないですよぉー!」


 サラの訴えに、はっとしたエリックは、ばつが悪そうにすまないと謝る。

 旦那様はつい食べたくなるほど、自分のことが好きらしいと解釈しておくことにした。

 なのでサラも、首を捻らせてエリックの頬に口づけようとしたのだが、残念ながら距離が届かずに、唇が触れたのは結局彼の顎の先だった。

 エリックはそよ風に揺らいだ水面のような瞳をどこかへと向けてから、照れ隠しのようにサラの頭に頬をすり寄せ乗せてきた。


「わたしは枕でもありませんよー?」


「可愛いサラ。枕よりは……ぬいぐるみ?」


(ぬいっ、ぬいぐるみっ……)


 ショックでサラの目が涙でじわりと潤んだ。


「旦那様はわたしのことを、ぬいぐるみだと思っていたのですか……?」


「ああ、そうだよ?」


 からかい口調で肯定された。

 涙目で膨れっ面のサラは、安楽椅子をぐらぐら揺らして反発する。


「……どうした、サラ?拗ねたのか?うん?」


「わ、わたしはあんな、ぽてんっとも、もふんっともしてません……!」


「別にサラが太ってるとかではな……くっ、はははっ!…………う、いや、すまない。そんなことは全然思ってないよ」


 涙目で睨みつけたサラに、エリックは軽く両手をあげた。


「私が悪かった。調子に乗った。毛糸のワンピースがぬいぐるみのようなだけで腰もくびれているし、手足も細い」


「毛糸のワンピースはもう着ません」


「それでは寒いだろう?毛皮なんて着たら、よけいにぬいぐるみになってしまう」


「もうっ!」


「今の抱き心地が完璧なのだから」


 エリックのぎゅっ!がきて、旦那様が大好きなサラはなし崩し的に不機嫌をほどいき、力を抜いて身を任せたのだった。



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