4話・あまい新婚生活です。
サラの小さな穴蔵のような家には、いくつかの部屋がある。
湿気対策に重点を置いた部屋には大量の薪がところ狭しと詰め込まれていて、一番寒い北側に位置する部屋は貯蔵庫だ。
暖炉のある部屋は、キッチンとリビングと寝室を兼ねていて、横にはやや広めだが縦には狭い。
あとは特に使われていない空き部屋や物置部屋があるだけだ。
エリックが手持ちぶさたであちこちの部屋を開けて回っていると、ある一室で、古い書物が整然と並んだ本棚を目にした。
サラが本を読んでいるところは見たことがないので、彼女の祖母のものかもしれない。
雪ごもりの間は暇をもて余す。なので読書は最適な暇潰しになりそうだった。
上段の一番端から一冊引き抜いて戻ると、暖炉のそばでサラが黙々と編み物をしていた。
「今度は何を作ってる?」
サラの横には青系統の毛糸玉が、山のように篭へと盛られている。
「旦那様の、手袋と帽子です」
それを聞いて、なぜ青ばかりだったのかを理解した。
エリックの瞳の色に合わせていたらしい。
「手袋と帽子?また作るのか?」
すでに雪降ろしの時用に、手袋も帽子もありあまるほど作ってくれていたというのに、まだ作る気なのか。
サラは編み物が趣味なのか、二本の棒針を器用に動かしながら、ただの毛糸玉をみるみる手袋の形に編んでいく。
安楽椅子にかけたエリックは、真剣な表情をしているサラの腰を掴むと定位置へと乗せた。
毛糸の玉から糸が伸びて、サラはそれを調整しながらいそいそと編み物を続ける。
エリックはそんなサラを抱き込む姿勢で本を開いた。
当然サラの手元は、本によって大部分が遮られる。
集中力を途切れさせ彼女は、すぐに不満を口にした。
「もうっ、旦那様!編み物の邪魔はしないでくださいっ!」
まったく恐くないが、それでも怒り心頭らしいサラは、編み物途中のその棒針でバシバシ!と本を攻撃してきた。本こそが敵だとばかりに、安楽椅子をがたがたと揺らしながら。
ちょっとした仕草や表情が可愛くて、エリックはついつい彼女をからかいたくなってしまう。
「せっかく編んだのに、ほら、ほつれてしまうよ」
「あぁっ……!」
サラは開かれた本の脇から顔を覗かせて、大慌てで修正に入った。
「もうっ……もうっ!旦那様の手袋なのに!」
エリックが、ははっと笑うと、サラはきりのいいところで手を止めて、疲れたのか脱力してこちらに背中を預けてきた。
「もう終わったのか?」
エリックは篭の中に置かれた、中途半端な状態の手袋を見遣り問う。
「旦那様が邪魔したからじゃないですか〜」
それはその通りだ。
だからこそエリックはちょっかいをかけたのだ。
サラは編み物に熱中していると、こちらを構ってくれずつまらないから。
「また後にします。……旦那様の分を作り終えたら、次は赤ちゃんの分を作ろうかなぁ」
腹部を撫でるサラの独り言を聞き、エリックは複雑な表情をしているだろう自分の顔を間違って見てしまわないように、そっと窓から目を背けた。
今のところサラとの間に何もないし、これから先も手を出すつもりはない。
サラはどうやって子供ができるかを誰にも教えられていなかったらしく、夫婦になったら自然と授かるものだと思っている。
エリックもあえて、真実を教えようとはしなかった。
雪ごもりの期間さえ終了すれば、この地を去る。
サラには相応の礼をするつもりではいるが、本物の『旦那様』になるつもりはなかった。
それに彼女は気軽に手をつけていい娘ではない。遊びでなど、もってのほかだ。そう思うほど、エリックはサラを大事に思っている。
しかし逃れられない別れがあるからこそ一線を引くべきなのに、サラを見ると不思議と構いたくなってしまうのだ。
二人だけしかいないこの空間。仲良くすごしたいと思うのは、きっと普通のことだろう。
「旦那様に似た、男の子がいいなぁ……」
エリックは卑怯にも本を読むていを繕い、サラのうっとりとした呟きに、何も返すことはなかった。
* * *
「サラはたまにふと家からいなくなるが、雪ごもり中は村人でも外に出ると危険だろう?」
サラはエリックから、そんな素朴な質問を受けた。
確かに彼の言う通り、たまにこっそりと村の人に会いに外出している。ただ外出と言っても、外で会っているのではない。外に出なくても村全体が繋がっている雪のない道があるのだと答えると、今度は怪訝そうな顔をされてしまった。
この村の常識は、やはり外の世界とは違うらしい。
部屋の片隅にある寝台へと先に潜り込んだサラは、地面へとちょんと指差した。
「地下に通路があって、村の人はそこで自由に往き来できるようになっています。雪の中を無理して外から来る人はほとんどいません」
エリックは興味を持ったのか、寝台に入ってきてからも詳しく話を聞きたがった。
地下通路は古くからこの村の地下にある。遥か昔、先祖が歳月をかけて掘削したのだと言い伝えられていた。
おかげで村民同士、雪に阻まれることなく助け合いができる。
急病人が出たとしても、すぐに医師が治療しに来てくれる。
「地下通路か……。なるほど、それなら雪がいくら降ろうと村人たちの交流は行えるということか。この家にも地下通路に繋がる場所が?」
「貯蔵庫の床にある扉から階段を降りていけば、地下通路に繋がっていますよ。……気になるなら、明日行ってみますか?」
提案してみると、エリックは子供のように喜色を浮かべかけたが、途中でそのことに気づいたのか、慌てて取り繕った咳払いをした。
「……知っておかないといざという時、迷子になっては困る。そうだ、明日は地下通路でデートをしようか?」
デートというよりも、『冒険』や『探検』と、その顔が物語っていることに本人は気づいていないのだろう。
(旦那様、少年みたいで可愛い)
サラは正面からエリックに抱きつくと、すかさず身体を反転させられた。
安楽椅子の時と同じく、背中から抱き込む形だ。
「旦那様の顔が見たいです」
「そんな可愛いことを言って、……誘惑してるのか?」
「誘惑したら、……顔を見せてくれますか?」
サラが真剣に問いかけているのに、ぎゅっと腕のしめつけが強くなった。
これでは振り返ることすらままならない。
「顔は見せないよ。それは明日のお楽しみだ。ほら、早く寝なさい」
あまやかなエリックの声音には睡眠導入作用があるのか、サラはもっとたくさん話がしたいのに、まぶたがどんどん重くなってきた。
「夜更かしぃー……」
「いい子は寝ないと、明日起きられないよ」
「うぅー……」
唸り続けることは叶わず、サラは健やかな眠りについたのだった。




