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24話・旦那様は王子様です。


「サ、ラ……?」


 見間違えるはずがない。その流れるような艶のある白金の髪は、毎日エリックが口づけていたものなのだ。

 試しにもう一度呼びかけてみると、ようやく届いたのか、彼女がこちらを振り向いた。――サラだ。

 そして驚きを露にした顔でエリックをじっと食い入るように見つめてから、安堵したようにへにゃりと笑った。

 白い頬がいつもよりもやけに赤く染まっているが、他の誰でもない。間違いなくサラがそこにいる。

 ドーランとの結婚はどうなったのかとか、なぜここにいるのかとか、理由なんかは全部後回しにして、エリックはサラを二度と離さぬよう抱きしめた。

 抱きついたと言った方が正しいかもしれない。

 この懐かしい抱き心地を、どれだけ夢に見たことか。夢にされて、どれほど焦がれたか。

 サラも無邪気に、エリックの背中へと腕を回してくる。


「旦那様……!来てくれたのですね?」


「来るに決まってる!……遅れはしたが」


「わたしを助けに来てくれたのですか?王子様みたいに?」


「……助けに?」


 少しだけ身体を離して顔を窺うと、サラは涙目になりながら、鞄が知らない間に消えて無一文なり、途方に暮れていたところだった語った。

 それを聞いたエリックは背筋が凍りつくのを感じて、サラを抱く腕がかすかに震えた。

 鞄はおそらく掏られたのだろう。それはどこの町でもよくあることだ。

 そもそも鞄から目を離している時点で掏ってくださいと言っているようなものだ。

 のんびりとしているところはサラの美点ではあるが、無一文でこの先一体どうする気だったのだろうか。

 駅の中だからまだ人の目があり掏摸ぐらいにしか遭わなかったのだろうが、一歩町中に踏み出していたら、すぐに路地裏に引きずり込まれていたはずだ。

 後は考えるのもおぞましい結末しかない。

 想像しただけでぞっとする。

 なぜ一人で村を出るという危険なことをしたのかと叱ろうとしたのだが、これもすべて自分のせいなので、エリックには何も言えるはずがなかった。

 自分がもっと早く帰って来ていれば、サラはあの村を出ようとはしなかっただろう。


「私に会いに来ようとしたのか?」


「……お父さんに、会ってみたくて……。ごめんなさい」


 エリックが怒っていると思ったのか、しゅんとした声が返ってきた。

 予想外の答えに内心がっくりしたのだが、サラが震えているので背中を撫でながら自分の気持ちも落ち着かせた。

 しかしサラとサラの母親を捨てた父親に、今さら何の用があるのだろうか。


「父親がどこの誰か知っているのか?」


「……知りません。でもどこかの貴族様だと言うし、探せると思ったのです。お父さんの気持ちがわかれば、エリック様の気持ちもわかると思って……」


 サラの父親ではあるが、そんな人でなしと一緒にはされたくはなく、エリックはつい語調を強く言い募った。


「私は帰ってからもサラを捨てようなんて一度だって考えなかった!ずっと会いたくてたまらなかった。会える日をどれほど心待ちにしていたことか。…………もう、遅くても」


 そうだった。もう遅かったのだった。

 それでもサラを離したくはなくて、このまま拐っていこうかと本気で悩んでいると、もぞりと腕からサラの愛らしい顔が覗いた。


「遅くはありません!エリック様はちゃんと間に合いました!まだ今日です!」


 サラが、ホームの高いレンガの柱にかかった時計を指差して、それを視線で追いかけたエリックは目を瞬いた。


(間に合った……?)


 確かに針はまだ十二時を回ってはいない。

 だがエリックはルイミ村にたどり着けなかった。偶然サラがここにいるが、本来ならば間に合ったとは言えない。

 しかしこれは期限内の再会に入るのだろうか。

 さっきまでの悲愴感が一気に吹き飛んだ。


 それはつまり――。


「間に合った……?私は間に合ったのか?本当に?」


「間に合いました!」


「間に合ったのか!」


「はいっ!」


 サラがぎゅうぎゅう顔を押しつけてくる。いなかった間の寂しさを責められているようだった。

 ようやくサラが自分のものになるのだ。エリックは歓喜して頭に頰をすり寄せた。ふんわりとしたあまい匂いがして、サラがここにいることを実感する。

 エリックはどうしようもなく口づけたくなった。

 ちょうどおかえりなさいのキスがまだだ。


「サラ、約束通り返しに来たよ」


 そうして唇を重ね合わせようとした――その時だった。

 糸が切れたようにサラの力がふつりと抜けて、エリックにくたりともたれかかってきたのだ。


「……サラ?」


 まぶたを下ろしたサラは、気を失ってしまったのか頬をぺちぺち叩いても反応がなく、そしてその肌が異様に熱いことに驚いた。

 エリックはすぐに彼女をベンチへと横たえた。

 頬がやけに赤い気はしていたが、日にあたりすぎて焼けてしまったのかもしれない。

 ホームには屋根があって直射日光はあたらないにしても、ずっと屋外にいたのなら太陽の影響は少なからず受けるだろう。

 幸い今は夜だ。これ以上は悪くはならない。

 この間にどこかで休ませるか、それとも村に運ぶべきなのか。

 エリックは応急処置として、水道でハンカチを濡らして来るとサラの顔の赤いところを冷やすようにあてがった。

 皮膚が炎症を起こしているのか赤く、痛々しい。

 肌に痕が残るだろうか。それでも愛せる自信はあるが、一向に起きてくれないことの方が気がかりだった。

 そういえばドーランも日にあたりすぎると倒れると言っていた。ならばルイミ族について詳しくない町医者より、やはり村の医者に見せる方がいいかもしれない。

 エリックは次の列車を焦燥に駆られながら待ち、サラを抱えて飛び乗った。



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